懺悔するのはかつてのあやまち



 

「ねぇ、メル……僕のことを……ううん、僕のかつてのあやまちを懺悔したい。聞いてくれる?」

「それが、白の望みなら聞くよ」



 白は、ゆっくりとメルの前にひざまづく。

 その光景は、荘厳で……まるでどこかの宗教画のようだった。


「僕は、かつて神のちからのかけらを得たユイハ・ミュラータとユウハ・ミュラータの融合体なんだだ。僕がちからを得たのは、何よりも誰よりも、メルを手に入れたかったからだよ……」

「そう……」

「そして僕はね、メルを手に入れた。メルを自分のお人形にすることで、手に入れたんだ……そのお人形が、君がリンネメルツェと呼ぶ子だよ。あの子は、もうひとりのメルなんだ。メルの運命の可能性なんだ」

「……どうして、私自身といえるリンネメルツェが、私の前にいるの?」

 

 白は、さらに……頭を下げる。


「僕はお人形にしたメルと、長い時間を過ごした。それはとてもとても長い時間。国がいくつも興っては滅び、大陸も随分とその姿を変えた。とても長い時間だった。その長い時間で、神のちからで覆ったはずの人形――メルはずいぶんと摩耗して経年劣化してしまった……僕にはそれが許せなかった、だから、だから僕は――」


 そこで、白は……しばらく言葉を止めた。

 なにか考えているようだった。



「僕は、ね……『新しいお人形』が……欲しくなったんだよ」



 ジルセウスが剣を構えた。

 メルはそれを見もせず、手だけで制する。


「それでどうしたの、白」

「だから僕は、僕達は、時を超えたんだ。時間を遡り、戻ってきたんだ。僕達がたどり着いたのは、メルが生まれる数十年前だった。戻ってくるのを、うまく調整できなかったけど、それで充分だった。僕達に時間はいくらでもあるんだから、数十年待つぐらいどうということはなかった」


「そう、リンネメルツェがマナフ・アレン様のところに姿を見せていたのは、その頃のことなんだね?」

「僕は詳しく知らないけれど、そういうことだと思う。あのひと……マナフ・アレンはメルと『波長』が随分と合うようだったから……なんてことない、偶然なのだろうけどね」

「それで、どうして白は――」


 白は苦笑いをしていた。

 自らを嘲る、そんな笑い。


「せっかく時間を遡ったのに、どうしてメルを、君を新しいお人形にしないのか……だよね?」

「うん……」


「あのね、僕は……君が生まれたその日に、迎えに行ったんだ。生まれたばっかりのメルは、とっても小さくて儚くて……とてもとてもたくさんの可能性に包まれていたんだよ……それから僕は、自分のお人形になったメルを見たんだ。摩耗して、ぼろぼろで、もう笑うこともまともに話すこともしない、あらゆる可能性を閉ざされたメルがそこにいた。僕が求めたメルは……そんなのじゃなかった……他ならぬ僕自身がメルのすべての可能性を閉ざしてしまったのに……僕は、長い時をかけて、ようやく後悔するということを、知ったんだ……自分の罪の重さを知ったんだ……」


「そう」

「僕は、こちらの僕に……ユイハとユウハに、あやまちを犯してほしくないんだ。すでにあやまちを犯してしまった僕には何も言えない、そして……赦されることもないだろう」


 メルは、ただ……無言で白の頭を撫でてやる。

 すべすべして、さらさらして、温かい。


「ねぇメル、お願いだよ。僕を止めて。君の時間のユイハとユウハを止めて。ユイハとユウハが……僕にならずに済むように……」


 白は……白は、ぼろぼろと涙をこぼしていた。


「ユイハとユウハはあの繭の中だよ……二人は神のかけらに招かれて、今にもかけらを得ようとしている……メルを何が何でも手に入れようとしている……」


「そう……二人は、そこにいるんだね」

「うん……」


 そしてメルは、白い繭の前に進み出て――


 ずぶり、と容赦なく両手を突っ込んだ。


「え!?」

「メル!?」

「ちょっと!!」

「……な!!」

「お、おいぃぃぃっ!!」


 白が、ジルセウスが、ウルリカが、テオドルが、そしてパラフェルセーナ公爵が、それぞれに驚きの声をあげる。




「そんなの、無茶だよ……メル、取り込まれちゃうってば!」

「大丈夫、なんとかしてみせるよ……ね?」


 そう言って、メルレーテ・ラプティはにっこりと微笑んだ。



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