赦しというのはいつだって愛だ




 繭に両手を突っ込んだ体勢で、メルは静かに中へ声をかける。

「ユイハ、ユウハ……聞こえている?」


 ――メル?

 ――メルだわ!


 繭の中からは二人分の声がする、おそらく、まだ融合しきってはいないのだろう。

 これならば、まだ間に合うはずだ。


 ――メル、ねぇ、メルもこっちにおいでよ。

 ――そうよ、メルも来るといいわ。


 内側から引っ張られる。ずぶりとメルの腕がさらに沈むこむ。


「メル……!」

 不安げな、ジルセウスの声が聞こえる。


「ダメだよ。ユイハ、ユウハ、私はそっちには行けないよ」

 ――どうして。

 ――私達のこと、嫌いになった?

「そんなことあるもんですか、ユイハもユウハも、私は大好きだよ」

 ――でも。

 ――でもメルはジルセウスが一番好き、なのでしょう?


「なあんだ、そんなの気にしてたの?」

 この場にそぐわないほどに、わざと明るく、あっけらかんと、メルは言う。

「ジルセウスも、ユイハも、ユウハも、私はそれぞれに一番好きなんだよ。ねぇ、ユウハ、ユイハ、また一緒に花咲く都を一緒にお散歩したり、ぬいぐるみのお洋服のデザイン考えたり、お菓子を一緒に食べたりしよう?」


 ――それは……。

 ――とても、魅力的。だけど……。


「だから――ごめんね、ユイハ、ユウハ。とても大切なことだったのに、ジルセウスとのことを、報告し忘れててごめんなさい」


 ――メル……。

 ――メル、私たちは……私たちは。

「さぁて」

 そこで、メルはにやりと笑った。


「さぁ、私はごめんなさいしたよ! 今度はユイハとユウハの番だ!!」

 そう言ってメルは――繭を、引き裂く!


「そ、そんなのありなの?!」

「あれって、神のちからなんじゃ……」

 ウルリカとテオドルが思わず驚きの声を上げる。

「お、おそらくは……その、繭の宿主となりかけている少年少女が……あのメルという少女に心を許している、ので……繭もとてももろくなっているのでは……」

 ぶつぶつと呟きながら繭の考察をしているのはパラフェルセーナ公爵。


「沢山の人を心配させて、迷惑かけて――ちゃんとごめんなさいしないと、私は絶対許してあげないからね! 学院時代にけんかしたときと同じように――さぁ、出ておいてよ、そんなところに篭ってないで!」


 メルはどんどん繭を引っ張って、引き裂いて、そして――


「メル……」

「……メル、許してくれない?」


 その手に触れたのは、二人のぬくもり。ふたりの指先だった。

「だぁめ!! ちゃんと謝らないと、許してあげないんだから!!」


 メルはその二人の指をたどり、手首を掴んで――引きずり出した。

 そして二人が地面に叩きつけられるよりも疾く、二人を抱き止める。


「ユイハ、ユウハ……!!」


「メル……」

「メル、私達…………!」


 ユイハとユウハは、そっくりな、だけどそれぞれ確かに違う表情でそれぞれに泣いていた。

 そして

「「ごめんなさい……メル……!!」」

「よしよし、いいこいいこ。じゃあちゃんと謝れたからご褒美だ。ふかふかむにー、だよ。むにー」

 そう妙な擬音をつけながら、二人を抱きしめる腕のちからを強める。

「メル、それも嬉しいんだけど……コート脱いでからもう一回してくれない?」

「……ユウハお前な」

「ん、いいよ?」

「やったぁ!」

「……おいメル……その……あの……僕にも同じのお願い」


 そして、お互いしっかり抱き合って、ふかふかむにーをする。


「ごめんね、ごめんねメル、私、私達、ひどいことをメルにしようとしてた……」

「ごめん……メル……」

「こっちこそ、ごめんね。ユイハとユウハの好意に、私は甘えきってたんだ」





「メル、それに……ユイハとユウハ……ありがとう」

 白の声がしたので、皆でそちらを見る。

「ありがとうね、ユイハとユウハを、僕にしないでくれて……あやまちを、くりかえさせないでくれて……ありがとう……だけど、まだなんだ、まだお願いしたいことがあるの」

「お願い?」

「そう、それは――」



 と、白が言いかけたとき、誰かの足音がかつこつと響いてきた。

 

「失礼、こちらのお嬢さんがこちらに来たいとおっしゃるので案内を――おや」

 現れたのは――なんとベルグラード男爵だ。

 彼は長い金の髪の女性を伴っている……そう、リンネメルツェだった。

 リンネメルツェはゆっくりと白のところまで歩いていき、そして口を開く。

「白、私ね……白にお願いがあるんだ」

「……君は、もう話もできないぐらい、人間性を摩耗してたはずじゃ……」

「こっちの私に、メルに触ったときに、ちょっとだけ命のちからを貰っちゃったの、それで、お願いなのだけど」


 一同はリンネメルツェの言葉を、固唾を呑んで見守る。




「私の最期のお洋服……死装束をドールブティック茉莉花堂で作ってもらってほしいんだ」




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