彼らの戦い そして
湖底遺跡に入り込んでいた白き教団を奇襲し、戦いは始まった。
この戦いは本来あってはならないもの。
できるだけ静かに、速やかに、無関係の者たちに決して気取られることなく終わらせなくてはいけない。
パラフェルセーナ公爵・リーリシュカは片方しかない瞳で主戦場となっている湖底遺跡の大広間を見つめる。
百人でも二百人でも同時にダンスパーティが開催できそうな広い空間で、リーリシュカの部下である魔薬捜査官たちと、教団の者たちが戦っていた。
時折、一番奥にいるリーリシュカのところまでそれなりに敵はやってきていたが、そいつらは皆、狼の顔と尻尾を持つ種族ヴェールヴの三兄弟戦士に阻まれる。
「我らの母上を守れ弟たちよ!」
「「おう兄者!!」」
彼らはリーリシュカの子供らだ。……もちろん実子ではなく養子ではあるが。
「あまりやりすぎるなお前たち、まだ何がいるかわからぬのだぞ。……最悪、旧き神とやらとやりあうことになるかもしれぬのだ」
「はは! そいつはいい!! 神殺しとなられますか我らが母上は」
「であれば、母上のためにも、張り切らねばなりませんなぁ」
「しかり、しかり」
「……おいお前たち、横にも目をつけろ。敵が来ているぞ!!」
相変わらず体ばかりがむやみに大きくて脇が甘い子どもたちに、思わずため息をつきそうになりながら、リーリシュカは呪文を短縮詠唱し、地面より茨の鞭を招来した。
茨の鞭にからめとられた敵をヴェールヴ三兄弟がとどめをさすのを横目に、リーリシュカは現在の戦況を把握する。
あのテオドルとかいう青年と、ジルセウスとかいう青年は最前線でよく戦っていた。
お互いの死角をお互いに守っている。
共に戦うのは初めてだろうに、まるで、何年も前からの相棒同士のような相性の良さだった。
「ふむ……」
そんな彼らに、かなりの数の敵が迫ってきていた。
あれはさばくのは少々骨だろうと判断したリーリシュカは、呪文の詠唱破棄をした上で複数発動を行い、地面より茨の鞭を次々と招来して敵を拘束してやる。
「ふん」
「おやおや、随分と彼らをお気に召したようですな、パラフェルセーナ公爵」
「からかうでない、ベルグラード男爵。貴重な戦力を守ったにすぎぬわ」
現れたのは、さきほどまで最前線で戦っていたベルグラードだ。いつもながら冷気の魔杖をくるくると回しているのは、不思議と優雅な動きだった。
「いえ、あれだけ膨大な魔力を公爵が惜しげもなく使われるのは、珍しいことでしたので。……そろそろ奥に突入できそうです。この場所は我々におまかせあれ」
「私が戻ってきたら退路がない、などという無様をさらすなよ?」
「もちろんでございます」
「では……お前たち、征くぞ!!」
リーリシュカは銀に輝くレイピアを構え、ひらりひらりひらりとオオムラサキの翅を使って、前線へ、さらにその奥へと突撃する。
あの青年たちにも突撃を目で合図してやる。
ベルグラード男爵が「やはりお気に入りではありませんか」と笑っている気がしたが、気にしない。
囚われの姫君を一番に救い出すのは、いつだって王子なのだから、これは当然のことだった。
やがて――リーリシュカたちは遺跡の最奥、教団の者たちが『祭壇』と呼ぶ場所までたどり着く。
そこは、異様な場所だった。
ここが湖の底だとは思えぬほどに広大な空間に、大きな大きな大きな大きな大きな大きな大きな大きな白い繭が出来ている。
その白い繭の前には、何人か白頭巾の者と、そうでない少女たちが居る。
……それに、白い光に包まれた、真っ白な人物。
――あれが、神とやらか?
「メル!」
「ウルリカ!」
しっかりとリーリシュカについてきていた青年たちが、それぞれに少女たちに駆け寄る。
「おのれ……ようやく我らが白き神の御座所に至れたというのにっ……!」
ぎりぎりと、人を射殺しそうな目で睨む女――あれが教主だ。
彼女の視線をリーリシュカの片方しか無い瞳はただ、まっすぐに受け止め、そして宣告する。
「教主よ、お前もここまでだ。覚悟するのだな?」
「おのれ…………おのれぇ……っ!」
教主とその側近たちを手早く拘束し、ヴェールヴ三兄弟に連行させる。
……だが、これで終わったわけではない。
リーリシュカの目の前には、白き神らしき者と……あの大いなる白い繭が、ある。
おそらく、あれもなんとかしなければいけないのだろう。
教団の者たちがいなくなると、白き神らしき者はすっくと立ち上がる。
長く白い髪、白い東方風の装束、白い肌、そしてゆらめく白い光を纏ったその存在は、静かに言葉を紡ぎ、眼前の金の髪をした乙女に語る。
「僕が何者か、もうメルは気づいているね?」
「……うん」
「そう……僕はユイハとユウハ、二人分なんだよ。二人の融合体に、旧き神のかけらが宿っているんだ」
「……うん」
「メル、君の時間に存在したユイハとユウハは今――あの繭の中に居るんだよ。ちからを得ることで、メルを手に入れようとしているんだよ――かつての僕が、かつてのユイハとユウハがそうしたように、ね」
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