孤高と孤独と(その二)
銀髪と金髪が並んで座っていると、舞台の上からでもとてもよく目立って見える。
――それはとても綺麗だった。
どうやら、あの金髪のドールブティック店員は無事に舞劇場に入れたようで、リゼッタはほっとした。
事前にちゃんと話を通しておいたかいはあったらしい。
ゼローアを外で待たせておこうかとも考えたが、そろそろ外冷え込む時期でもあるので言い出せなかったのだ。
定められたステップを踏む。その次はジャンプ。高く、鳥のように軽やかに飛んで、全身で喜びをあらわす……はずのだが、周りの声がつい耳に入ってしまい、リゼッタは集中を切らしてしまう。
――今度のヒロインはうら若い少女役だってのに、あのリゼッタさんで本当にいいのかしら……。
――ヒロインは東方の姫様なのに、よりにもよってあんなみっともない赤毛の。
――きっとお貴族さまだから、役決めにも介入してるのよ。
――そうね、でなければ、あんな人が、あんな人が。
あああああああ、もう、うるさいわね。
せっかくの本番と同じ舞台上での練習なのに集中できないじゃないの、実力でまともな役もとれないくせに。名前もないような脇役がやっとのくせに。
実力――そう、実力、だ。
リゼッタが今回の舞劇の主人公に選ばれたのは、まごうことなき、実力。
だからリゼッタは舞う。
舞で、その圧倒的な実力でもって、外野たちの陰口も白い目を押え込もうと。
舞は楽しい。
リゼッタは、舞っているときは、グリフォス家の伯爵令嬢でもなんでもない、ただの一人の女性になれる。
舞は楽しい。
幼いころからずっと一人で舞っている、という思いしかなかったけれど、二年ぐらい前からゼローアを拾ってからは、そうではなくなった。
あの日、橋の下でゼローアを助けたら、まっすぐな瞳でこう言われたのだ。
「この一飯の恩は必ずお返しする」
リゼッタがゼローアに食べ物をあげたのはほんの気まぐれ、ほどこし遊びのようなものだったのに。
けれども、そのあまりにもまっすぐできらきらした瞳がおかしくて面白くて、もっとみていたい気持ちになって、リゼッタはゼローアを連れて帰って自分の従者とした。
だが、ゼローアを真に知ったのはそれから数日後のこと。
早朝、目がさめてなんとなく窓の外をみると、庭でゼローアが武術の型らしい動きをしていたのだ。
その動きの、あまりにも正確さと、美しさ。
それに、リゼッタは惚れ込んだといってもいい。
以来、自宅で舞の練習をする時は必ずゼローアに見せることにした。
そのうち自宅だけではなく、劇場や練習場にも連れ回した。
いつしか、ゼローアの目はリゼッタの舞になくてはならないものになった。
大勢の人にも認められたい欲はある。
しかし、リゼッタは名も顔もしらないような大勢よりも、まずはゼローアに認められなくては、と思ってしまう。
舞を続けながら、ちらり一階の客席を見ると、ゼローアとドールブティックの少女店員がサンドウィッチらしきものを食べていた。
ゼローアにはあとでよそのひとに食べ物をもらったりねだったりしてはいけないと、きつく言っておかなくてはいけない。
まったくあれではまるで、リゼッタがただ一人の従者にろくな食べ物をやっていないようではないか。
綺麗な銀髪と綺麗な金髪が並んでいると、仲がよさそうに見える。
せっかくの舞なのに、胸の奥がもやもやしたもので満たされている。
「はい、次はピシュアーたちの群舞はいりますよー」
次の場面はピシュアーたちが賑やかに華やかに舞うシーン。
しばらくリゼッタは休憩だ。
動きを止めた途端にどっと流れてきた大量の汗。
それを拭いたいので、自分のかばんを探す。
だが……。
「ねぇ、あなた達、私のかばんはどこ?」
「しらないです」
「ここには無いんじゃないですか?」
「……すみません、しりません」
その、かばんがみつからない。
いや、たぶん、みつからないところに『もっていかれた』のだろう。
……いつものことだ。
ここでヒステリックに喚き立てたりしては、いけない。
かといって、あまり落ち着き払った態度をとっても、可愛げがないと言われる。
どうしろというのだ。
仕方がないので、かばんは諦めることにする。
どうせ大したものは入っていないのだ。
探すのを諦めた頃にひょっこりと出てくるかもしれないが、ごみとして捨てられているものとしてあきらめたほうがいいと割り切る。
「監督、ちょっと楽屋まで汗を吹くものを取りに行って来ます」
リゼッタは壁や床に当たり散らしたくなる衝動を抑えながら、劇場の廊下を大股で歩く。貴族としての優雅な歩き方は知っているが、今は知ったことではない。
自分が何をしたというのだ。
自分はやるべきことをやっているだけ。
あなたたちがなにも努力をしていないだけじゃないの。
足の爪が割れて血が出るほどに練習をした?
食べたいものを我慢して、体型維持に励んだ?
舞劇の題材や舞台、歴史、背景について勉強した?
私は、リゼッタ・シスネ・グリフォスは舞のためになることならなんだって努力したわ。
重い気持ちでようやくたどり着けた、リゼッタに割り当てられた楽屋には誰も居なかった。
だが……。
「やられた、わ……」
リゼッタは頭を抱え込みながら、その場にうずくまった。
自分が何をしたというの。
自分が何をしたというの。
あなた達に何をしたというの。
楽屋に備え付けのロッカー……。
一番大きなリゼッタ用のその扉は開いていて、なかはからっぽだったのだ。
今日の午後に着て練習をするはずだった、本番用の衣装すらも……入っていない。
自分が何をしたというの。
私は、私は、行うべき正当な努力をしているだけなのに。
どうして、こんな目にあうのよ!!
リゼッタは、涙が流れてくるのを抑えることができなかった。
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