孤高と孤独と(その一)




「メルちゃん、外にいくならついでにこの注文メモを『時の夢』さんに届けてておいてくれるかい?」

「あ、はーい。」

 メルが外出の準備をして一階に行くと、ベオルークがメモを片手に作業場からやってきた。それに対して元気よくメルは返事をする。

「すまんな。あと、急な注文なんだがよろしく頼むって言ってたって伝えておいてくれ」


「了解です、ベオルークのおっさん。それじゃあ、行ってきます!」


 大きめの肩掛けかばんとお弁当の入ったバスケットを手に、メルはベオルークとプリムローズに手を振って外に出る。




 秋も深まってきて、空気はだいぶ冷たい。ときおり街路樹からはひらりと赤い葉が舞い落ちる。

 今日はドレスの上にケープ付きの厚めの上着を着たのは正解のようだ。薄手のものだと、寒くて仕方がなかったところだろう。



 メルは収集家小路をほんの少しだけ歩いて、一軒のお店の前で止まった。

 そのお店の看板を見上げると、鉱物専門店『時の夢』と書かれ、四隅には透明の丸く磨かれた鉱石のようなものがはめ込まれている。



「お邪魔しますね」


 中に入ると、そこはもうさまざまの石がメルを出迎える。


 アクセサリーに仕立てられた綺麗な石。

 さまざまの魔法の力が込められた石。

 小さな箱にざらざらと入っているのは何か水晶のような石。

 なにか意味の分からない文様がきざまれた石。



 そんな店の奥に、店の店主である黒髪の女性――レイエは座っていた。


「いらっしゃい、メルちゃん」


「こんにちは、レイエさん。先日はお花をわけてくれてありがとうございました」

 ぺこりとお辞儀をするメル。

 するとレイエはしとやかに微笑みかけてくれる。

「ふふ、茉莉花堂さんに――そしてメルちゃんに喜んでもらえているみたいで嬉しいわ。今日は、ベオルークさんからのお使いなのかしら?」

「はい、急な注文になるんですけど、よろしく頼むってベオルークさん言ってました」

 上着のポケットからメモを取り出して、綺麗に広げてからレイエに渡す。

 レイエはそのメモを受け取って、ふむふむと考えているようだ。

「そうね……これなら、問題なく期日までには揃えられますって、ベオルークさんに伝えてくれるかしら」

「はい!」


 まだなんとなく店を出るのが惜しい感じがして、箱に入った水晶のかけらなどを眺めていると、レイエが声をかけてきた。

「メルちゃんはこれからお出かけ?」

「はい、お仕事で。多分また『時の夢』さんにもアクセサリーを発注すると思います」

「うふふ、助かるわ。私も、またこの子のドレスを作ってもらおうかしら」

 レイエは自分のいるテーブル上の小さな椅子に座っている三十センチぐらいのドールを愛おしそうに撫でる。

 そのドールはレイエと同じようにつややかな黒髪。瞳は青く、文字通りきらきらしている。このドールアイは鉱石から作った特別な品なのだ。

「『時の夢』さんのおかげで、鉱石のドールアイも好評です。一度に何種類も購入していかれる方も居ますよ。それにレイエさんが作ってるアクセサリーも評判いいんですよ……っと、長居しちゃいました。そろそろ失礼しますね」


「えぇ、またね」




 レイエに見送られて鉱物専門店『時の夢』を出て、乗合い馬車に乗り、メルは国立舞劇場を目指した。



「……わかっていたけど、大きいなぁ」

 その見事な白亜の建物――国立舞劇場を見上げて、メルはつぶやく。

「さて、ちゃんと入れるといいんだけど、ね」


 正面入口から中に入ろうとすると、案の定警備をしているらしい人たちに止められたので、リゼッタに呼ばれて来たのだ、という旨を話して中に入れてもらった。

 ……てっきりもっと時間がかかるか、最悪の場合は追い返されるとばかりおもったのだが、あっさりと中に入れてもらうことが出来た。

 警備がザルなのか、それともリゼッタがきっちりとと話を通しておいてくれていたのか。あるいは両方なのか。

 言われたとおりの道順であるいていくと、舞劇場の一階客席に出た。

 もちろんここにも警備をしているらしい者たちが何人か居た。

 それに、舞台のスタッフたちや、出演者の付き人らしい人々も――


「メルレーテさん」


 どこかで見覚えのある銀の髪のエアルトがいる、とおもったらあのリゼッタの従者ゼローアだった。

「こんにちは」

「こんにちは、今日はお嬢様の依頼のために、ありがとうございます」

 ゼローアが軽くお辞儀をしたので、メルもお辞儀を返す。

「いえ……それにしても、練習からもうこんなに人が居て……すごいんですね」

「もう初日が近いですからね。ああ、こちらにでも座って下さい。荷物も隣の座席で大丈夫ですよ」


 勧められた座席に座り、舞台上を眺める。

 舞劇は東方の極東列島を舞台にしたものということで、出演者たちは東方風の衣服を練習用の服の上に軽く羽織っていた。

 今日の午後には、本格的に舞台用衣装を身に着けての練習となる、と聞いている。


 リゼッタが高くジャンプする。

 ターンする。

 回る、舞う。


 確かに、人間がここまできっちりとした正確な動きをするのが信じられない。

 リゼッタは、ヒロイン役を任されるだけあって、素人目にもその場の誰よりも華やかだったし、輝いていたし、大胆にして繊細な舞だった。


 だが。


 舞台下から練習の様子を見ていても、他の出演者たちのリゼッタに対する態度はよそよそしいもので、メルが見ていても気分のいいものではなかった。


「……ゼローアさん、リゼッタさん、その、いつもこのように?」

「いつも、ですね。お嬢様がヒロイン役に選ばれてからは、特に酷い」

 ゼローアは平静を装うとはしていたが、その声には苦々しさがあった。

「お嬢様が貴族生まれだと言うだけで、金や権力の力でヒロイン役を得たのだと言う人達がいっぱいいますから。……それにお嬢様も……。ん……」

 ゼローアはそこで言葉を区切った。

 そして、次の言葉をは意外なものだった。


「あの、美味そうな、肉の匂いがするんですが……」


 ゼローアの視線は、メルが持ってきたバスケット――お弁当に釘付けだった。



「美味い……! この揚げ鶏肉、もう冷めているのにこんなに肉汁が……」

 涙をながさんばかりの勢いで、メルがもってきたお弁当にがっつくゼローア。

 どちらかといえば神秘的な容貌をした彼だが、食べているときは年相応の可愛らしさがある。

 メルは卵のサンドウィッチをつまみながら、彼を眺める。

 年齢はメルと同じぐらい、つまり十六歳ぐらいだろう。

 黒いシャツのめくった袖から見える腕は、細いがしっかりとした筋肉がついている。


 ――なぜ、あのとき――


 メルは無邪気にお弁当を食べるゼローアを見て、なぜあのとき、嫌な予感を彼から感じたのだろうかとじっと考え込んでいた。




「ゼローアさん、肉ばかり食べないで。ちゃんと野菜も卵も食べるの」

「メルレーテさん、そんなこと言われても、こんな美味い肉を食べないなんて……」


 まるで図体だけ大きい手のかかる弟だ。

 ……リゼッタも、こんな気持ちをゼローアに抱いているのだろうか。

 そう思うと、最近いろいろあって疲れていたメルの心がちょっとだけ癒される思いだった。


 きっと、メルがあのとき感じ取った嫌な予感なんて、気のせいだったのだろう――





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