捜索と遭遇




「……そういうわけよ……。ゼローア、お願いあの衣装を探して。とはいえ……今頃焼却炉で灰になっている可能性が高いのでしょうけど」


 疲れ切った声で、そう従者ゼローアに命じる舞姫リゼッタ。

 その声にも姿にも覇気はなく、先日茉莉花堂に来店したときとはほとんど別人のようにもメルには見えた。


 劇場の廊下は、観客がいない練習日のためか明かりがほとんどなく、薄暗くて冷たい。



 観客席で、のんびりハムサンドウィッチを食べていたゼローアが唐突に振り返った、と思ったらその視線のずっと先にはリゼッタがいて、助けをもとめる瞳をしていた。

 それで、思わずメルもついてきてしまったわけだが――


「あの」

「あぁ……茉莉花堂さん、ごめんなさいね。午後に本番用衣装の一着をお見せするつもりだったのに、こんなことになってしまって。衣装もなくなってしまったし……もう今日は帰ってくれて構わなくてよ」

「いえ、そうではなくて……衣装探し、私にも手伝わせてくれませんか? これでも、こういった探し物は得意なんです」

 メルの申し出にリゼッタは少しだけ驚きの表情を見せて、それから、視線をゼローアのほうに向ける。

「一人より、二人のほうが見つけ出せる可能性も高いです、リゼッタ様」

「……ゼローアがそういうのなら。午後の練習開始までに見つけられなかったら、私が上の人たちに頭を下げればいいだけなのだから、あまり危ないことはしないでね……どうせ……今頃は焼却炉の中なのだろうし」


 そのときだ。


「あれ、メルじゃないの」

「本当だ、メルだ」


 とても聞き覚えのある声がふたつ。

 うす暗い廊下の向こうには、すがたのよく似た二人の若い男女が――ユイハとユウハがいた。




「ふぅん、そういうこと」

「それなら、私たちにも探索させてよ。この劇場の構造ならとてもよく知っているわよ。だってここ数日ほとんどずっとここに詰めて、警備をしていたんだもの」

 メルの手短な説明でもユイハとユウハは事情を呑み込んでくれた。

「二人ずつ二組で探索しよう」

 ユイハのその言葉に、メルにユウハ、それにゼローアがうなずいた。





「じゃあ、私はこの椅子の下を調べてみる」

「メルレーテさん、せっかくのドレスが汚れてしまいますよ。そこは自分が調べます。メルレーテさんはこっちの方を探してみてください」

「そう……だね。ありがとう」

 メルとゼローアは、使われていない控え室の一つを探索していた。

 ……ちなみに焼却炉やゴミ捨て場は真っ先に調べてみた。だが、それらしい燃え残りや残骸すらもなかったので、少しは希望があるのだろう。そう思いたい。

 

 からっぽのロッカーをぱたんぱたんと開けては閉じを繰り返す。

 諦めに近いため息を付きそうになってから、最後のロッカーを開ける、とそこにはなにか……粗末な麻の頭陀袋が無造作におかれていた。

「まさか……!」


 頭陀袋に手を突っ込む。

 指先に触れたのは、驚くほどなめらかな東方渡りの絹の手触り。

 引っ張り出すと、それは東方風にアレンジされた薄紅色のドレスで――

「ゼローアさん、これ!」

 確認してもらうためにゼローアを呼ぶと、テーブルの下に潜り込んでいた彼はいきなり呼ばれたことに驚いたらしく、テーブルの天板に頭をしたたかぶつけたところであった。

「だ、大丈夫?」

「大丈夫です……あぁ、これは、間違いなくヒロインの第一幕の衣装です」

 頭を擦りながらも、安堵した様子でゼローアはその衣装を受け取る。

「よかった、早くリゼッタさんに届けましょう!」

「えぇ、もう午後の練習まであまり時間もありませんし、ちょっと近道をしていきましょうか」

 そう言いながらゼローアは使われていなかった控え室を出る。メルもそれについていく。

「お詳しいんですね、ゼローアさん」

「そうですね、この国立舞劇場にはお嬢様とよく通っているので。いつか、この舞劇場にヒロイン役として立つというのがリゼッタお嬢様の一番の目標でしたから」



 劇場と控え室や食堂などの建物を結ぶ渡り廊下に差し掛かったとき――ぞわりとした。

 うなじがびりびりする、嫌な予感。


「……メルレーテさん、そこで止まって、動かないで、声を出してもいけない」

 ゼローアがごく小さな声で、耳元で囁く。

 その声は、とても低く抑えられている。

 彼はそのままメルの肩を引き倒して、手のひらで口を抑えた。


 苦しい。

 動けない。


「突然失礼しました。……妙な連中が、います。見つかると危険な予感がいたしましたので」


 そう言われて、ちらりと渡り廊下の方を見ると、貴族らしい豪華ななりをした男と、白頭巾の人物が数人。

「何度来ても今回はこの値段だ!」

「しかし、この値では今後の取引は考えさせてもらうしかないな」


 怒鳴っているのが貴族らしい男。

 それに対し、しぶっているのが白頭巾のひとびとのようだ。

 なにか、値段交渉をしているようだが、どうせろくな商品ではないのだろう。


「他にも客はいるのだ。なにも“魔薬”を欲しがっているのはお前たちばかりではないのだぞ」

「く……」


 “魔薬”

 その言葉を聞いた途端、メルはびくりと体が震えた。

 喪服の少女メアリーベル。

 侯爵夫人アリア。

 どちらも、“魔薬”によって人生を壊されかけていた女性たち――

 そして、真紅の舞姫リゼッタの人生までも“魔薬”は壊そうというのだろうか?


 ――そんなことは、させない、絶対に。


 メルがゼローアに抑え込まれている間に、商談はまとまったらしく、白頭巾のひとびとは頭巾を外して、去っていく。そして貴族らしい男もまた、ため息をついてからその場を離れた。


「ぷは……!」

 ようやく口からゼローアの手が離れて、メルは大きく息を吸い込む。


「失礼いたしました。うかつに騒がれては、命の危険もあると感じましたので」

 慇懃に、ゼローアが頭を下げる。顔をあげても、そこにはなんの表情もない。


「それはもういいのだけど……あの貴族の男は一体」

「あの男は、お嬢様が所属している劇団の有力な出資者ですよ。どうも今回の公演を隠れ蓑に、良からぬ取引をしようとしているらしい」

「ねぇ、ゼローアさん」

「駄目です。止めてください。誰かに知らせてはいけない」

「こういうときに信用できるひとを知っているんです、せめてその人に」

 ……ゼローアの顔は、ひどく苦々しい。

「駄目です、有力出資者が失脚したとあっては、舞台も中止となります。……そんなことになっては……リゼッタお嬢様は立ち直れないでしょう。お嬢様は今回の舞台にすべてをかけてきたんです。すべてを」

「……」

「お願いします。この件は自分がなんとかしますので、どうか内密に」


 ゼローアの瞳は恐ろしいほどにまっすぐにメルを見つめてくる。


「……わかった」


 メルは折れることにした。


 ここで拒否すれば、ゼローアは自分を殺しかねないと思ったのだ――






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