夕暮れティーパーティ
花咲く都では秋の夕暮れはとても早い。
メルは茉莉花堂のドアの外側に「本日は閉店しました」と書かれた紙を手早くくっつけて、いそいそと店内に戻る。
くすんだ銀色をした燭台の魔術具――この店舗がかつて魔術具の店だった頃の置き土産のひとつ――に向かって小さく呪文を唱えて明かりをともし、奥にある商談用に使っているテーブルにまで丁寧に持っていく。
「ちょっと遅い時間だけれど、これもアフタヌーンティ……だよね」
テーブルの上には、もともとは近所のおねえさんからの貰い物である秋に咲く赤い薔薇が飾ってある。
それに、茉莉花堂でもめったに登場機会のない三段になったケーキスタンドと、普段は『お客様用』にしている白色の繊細なティーセット。
もちろんケーキスタンドにはサンドウィッチやスコーン、ケーキが綺麗に盛り付けられているし、ティーポットの中には温かい紅茶が満ちている。
椅子に座っているのは、ユイハとユウハ、それにジルセウスだ。
「まぁ、今の時刻も午後といえば午後だしね」
「ユイハ兄さんは今日のお茶会をとっても楽しみにしてたのよね? あ、もちろん私だって、楽しみにしていたわ」
「……まぁ、そういうことに……なるな。最近は国立舞劇場の護衛があったから、あまり休めなかったし」
「こちらも、最近は忙しくてね」
「ふふ、皆とゆっくりお話ししたくて、今日はこのお茶会を開いたから、ね。最近は皆もなかなか忙しいみたいだけど、今はのんびりお茶とお菓子をどうぞ。それにお話もね」
ケーキスタンドには、今朝焼いた林檎と甘いものタルトはもちろん、黄金色が綺麗な栗のクリームを使ったケーキも載っている。特に、二日前に作ったくるみと干し葡萄のパウンドケーキはちょうどいい具合に食べごろだろう。
今日のお茶は、テンプールベル。
もっと高価な紅茶は他にいくらでもあるのだが、あえて一番飲みなれているものを選んだ。
「それじゃ、頂こうか」
「「いただきます」」
双子のユイハとユウハがそっくりな声と動作で両手のひらを合わせるのが、可愛らしくて面白くて、メルは笑みがこぼれる。
「ふふ、どうぞ」
「で、ジルセウスは最近はこっちに顔出してなかったみたいだけど?」
早速サンドウィッチをつまみながら、ユイハがジルセウスに話しかける。
今日のサンドウィッチは卵のサラダ、ベーコンと葉野菜を挟んだものと、キュウリの三種類を一口サイズにしてあるのだ。
「こちらは、貴族としての面倒なことがいろいろあってね。ちょっと離れた場所にある大叔父の邸を訪ねたりもしていたし。」
「ジルセウスの大叔父さん? お硬い感じのお爺さんって感じがするわね」
「そうでもないよ。なかなか理解のあるお人さ。僕が趣味道楽になった要因の大きな一つでもあるのだし」
ゆったりと、おだやかな時間。
メルが愛おしいと思っている時間。
テーブルにはおいしいケーキとあたたかなお茶。
カウンターの上には、ユウハの兎のぬいぐるみさんたちに挟まれて、エヴェリアが座っている。
エヴェリアは今日は薄紫に濃い紫と白で模様のあるドレス。マゼンダのサッシュベルトと同じ色のヘッドドレスが可愛らしい。と、我ながら思う。
ユウハの兎さんたちは茶色に赤い水玉模様の、お揃いのかっちりした襟と薄いベージュのネクタイの印象的なお洋服だ。
もちろん、このウサギさんたちのお洋服もメルが作ったものである。
「へぇ、じゃあメルも、仕事とはいえ今度の国立舞劇場の舞劇見れるんだ」
「そうなの。ヒロイン役の方がね、初日からずっと茉莉花堂のための席を特別にとってくれているようで。今度、練習風景も見にいくことになっているし」
「あれは絶対に見ておいた方が良いわね」
……。
秋の夕暮れどきが長いとはいえ、いろんな話をしているうちに、すっかりと外は星が輝くような時間となったので、お茶会はお開きとなった。
「じゃあ、私たちは学院寮の門限があるからお先に失礼するわね?」
「片付け、手伝えなくて悪いね、メル」
「ううん。本当にありがとうね、今日は来てくれて」
ぱたん、と茉莉花堂のドアがゆっくりと閉まって……
メルはジルセウスと二人、店内に残された。
いつもならカウンター奥のカーテンの向こうにいるシャイトも、とっくに夕食を食べに向こうに行っている。
「メル」
ジルの――恋人の真剣な声。
ジルは、なにか考えているようだった。
「……今度また、ノアゼット屋敷に来て欲しいのだけど」
「お仕事、ですか?」
表情と口調をお仕事用のものに改めてから、メルは尋ねた。
「……まぁ、そうなるね。忙しいだろうけど、頼めるかな?」
即答はせず、なにか考えるようなそぶりをしてから、ジルはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「もちろんです」
それに対して、メルは頷きなからはっきりと答えた。
「それじゃあ、日時は……」
約束の時間には迎えに来るから、と言い残してジルセウスも帰ったあと。
すぅっと、メルの背後から伸びる白い腕。
「白」
「メル、今日は楽しかったね。……今日も、楽しかったね、明日もきっと楽しいよ」
メルを背後から抱きしめて、耳にキスしながら、白はかろやかに、たのしそうに、歌うように、ささやく。
「そうだね。白も楽しいかな?」
「……楽しいよ。楽しいよ。だって、メルと一緒なんだもの」
ぎゅっと、メルを抱きしめる腕の力を一層強くしながら、白は答える。
その腕は――まるでメルが何処か遠くへと逃げてしまいそうなのを必死に止めているようでもあった。
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