淡く想う(その二)
「まぁいいや、そういうことなら色んな意味で遠慮は無用だな。リヴェルテイア侯爵家のジルセウスだっけ、キミもまざりたければどうぞ」
「それじゃ、遠慮なくお邪魔します」
ジルセウスはメルの隣すぐに当たり前のように座り、そしてあらためて自分のドールを取り出した。
とても小さなしかし精巧に出来た愛らしいそのドールは、ウルリカのドールと並ばせるとまるで親子か年の離れた姉妹のように見えなくもない。
「出立の時に、とっさに目についた子をつれてきたからヘッドドレスをしていないんだよね。ウルリカ嬢、メルレーテ嬢、ひとつ貸してもらえるかな? 確かそのドールとこのドールはヘッドドレスはほとんど同じ大きさだったはずなんだ」
「作ったメルがいいならいいけど、あ、でも青いのはだめだぞ。今からうちのドールにつけさせようと思ってたところなんだからな!」
「え、えぇ、もちろん私は構いませんよ。あ、ジルセウス様、この子のお洋服ならクリーム色のヘッドドレスが似合うと思います」
それから、メルの相棒であるエヴェリアもバスケットトランクから出してやって、それぞれのドールでたくさん遊んだ。
途中で、マギシェン家の使用人がお茶とお菓子をもってきてくれて、敷物やクッションの座り心地はいかがですか足りないものはありませんかと聞いてくれた。
どうやらウルリカは使用人たちにはずいぶん想われているようだった。
メルが持参した小さなテーブルセットにウルリカのドールとジルセウスのドールを座らせて、ミニチュアの茶器を置いてドールたちにもお茶会をさせてみた――ただ、サイズ感の合わないエヴェリアをそのそばに立たせたら、ほのぼのとした光景が一転、まるで巨人の急襲にでもあったかのような見た目になってしまったのだが。
ウルリカにはそれが面白かったようで、ずいぶん笑い転げていた。こんなに笑うのは久しぶりだと言っていた。
お昼の時間になっても別荘に戻らないウルリカを心配したらしいあの老メイドが、バスケットにお弁当とお茶の入れ物を詰めて持ってきてくれた。
お弁当は、とても豪華なものだった。
庶民では猟師ぐらいしかまず食べる機会のないエルメイラ鹿のローストがあったし、サンドウィッチに使われたきゅうりを始めとする野菜類もしゃきしゃきと新鮮で上等さを感じるものだった。
お茶もまだ温かさを充分に残していて、ふうわりといい香りのするものだった。きっと上等な茶葉だったのだろう。
ジルセウスは射影器と呼ばれる箱状の魔術具を取り出して、いろいろと今日の光景を記録していた。
魔術具の知識がいくらかあるメルには、それが恐ろしい枚数の金貨で取引されるものであることは知っていたが――ウルリカはきらきらした瞳をしながらその射影器をしきりに触りたがった。
無理もない、射影器は風景を専用の紙に写し撮るというとても不思議で素晴らしい魔術具だ。これに魅せられて趣味にしている貴族も少なくはない。
ただメルはこの魔術具の対価を考えるととても触る気にはなれなかった。ジルセウスが、手取り足取り射影器の使い方を教えてくれると言っても無理だ!
「もう、風が冷たくなってきたね。ここらでお開きにしようか」
ジルセウスの言うとおりで湖からの風が、今の時刻を物語っていた。
「……そっか、もうお開きなのか」
ウルリカはとてもがっかりした顔だった。それは、大事なおもちゃを取り上げられた子供そのままの顔。
「なぁに、夏は今日一日だけじゃないからね、天気がいい日なら今日と同じようにまた外で集まって遊べばいいさ」
「そう、だな……うん」
「ウルリカ様、また私、ウルリカ様のドールのドレス作ってきますから、そんなに残念そうな顔をしないでくださいな。今度は今日のドレスに合う上着や簡単なアクセサリーなんかを作って持ってきますね」
そうメルが言葉をかけると、ウルリカの顔がぱぁっと輝く。
「本当かい……!」
「えぇ」
「ありがとう……よかったねお前、急に衣装持ちになっちゃうよ?」
前半はメルに向けて、後半は自分のドールの頭を撫でながら、ウルリカは優しく微笑む。その表情はとてもやわらかで、可愛らしくて。メルはどうしてこんな可愛らしい方を、男性ものの服を着て髪を短くしていたとは言え、男の子と間違えたのだろうと思うぐらいだった。
「それじゃ、メルにジルセウス! また明日もね!」
ウルリカは自分のドールと、作ってもらったドレス類を抱えて別荘に足取り軽く返っていった。……あのふわふわした調子で駆けて、転ばなければ良いのだが。
メルも慌ててあとを追いかけようとすると、ジルセウスに優しく腕を掴まれた。
「……あの、私も」
「あぁ、メルはちょっとだけ待ってくれるかい?」
メルが振り返ると、あの魔術具――射影器の特徴的な起動音がした。
……なんで自分に射影器が向けられてたんだろうとメルがちょっとだけ考えているうちに、ジルセウスは射影器からメルの姿を写した紙を取り出している。
「じゃあこれ、貰っておくよ」
「えっと……ジルセウス……ジル?」
ジルセウスはとても嬉しそうに、どこかいたずらっこのように微笑み、自分の顔のあたりでそのメルの姿が写った紙をぴらぴらさせて――
「今日はコレを本に挟んで、その本を抱きしめて眠るから、メルもそのつもりで眠る時に僕を思ってくれると嬉しいな」
「ジル……!」
どうしよう、これはいろんな意味で恥ずかしい。恥ずかしくて、むずがゆくて、温かくて、なんだかとても幸せすぎるこの感覚はなんだろう。
「だ、だめ……だめです! 返して、返して、かーえーしーてー!」
メルはその紙を奪おうと手を伸ばすが、身長が二十センチ近くも違うのだからちょっとジルセウスが腕を上に上げればもう届かない。
「その要求は却下だよ、メル。それじゃちゃんとさっきの言いつけ守って、眠る前には僕のことを思うように。今日はこれで失礼するよ」
そんな思わず赤面してしまうような恥ずかしいことを、ジルセウスは平気でメルに言いつけて、悠々と去っていく。
そして、その場に残されたメルは、切なく叫ぶしか出来ない。
「ジル……! 貴方って人はもう……!」
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