淡く想う(その三)
次の日も、約束通り三人で集まって遊ぶ。
メルは昨晩作ったウルリカのドールのサイズに合う上着をいくつか作って持ってきていた。
薄い生地の白いカーディガン、クリーム色のと薄緑色のと水色のケープ、ピンクのちょっとかっちり目のボレロ。
昨日持ってきたワンピースやヘッドドレスと合わせれば、これだけでかなりコーディネートの幅があってきせかえも楽しいはずだ。
「わ……すごい、この小さいボレロ可愛い……。よし、このボレロを中心にコーティネート考えてみようっと」
ウルリカも、昨日よりはきせかえの手つきはあぶなっかしいこともなく、メルはある程度安心して見ていられた。
そして、午前中のお茶ぐらいの時刻に、昨日と同様におやつやお茶を持った使用人たちが現れ……いや、来たのは使用人だけではなかった。
「ウル、こんなところで遊んでたのか」
やってきたのは、侯爵家の養子であるテオドルだった。
「なんだテオドルか、どこに居ようとボクの勝手だろ」
あたりまえというべきか、対するウルリカはそっけない。はやくどこかよそに行ってしまえと言わんばかりだった。
「室内に入ったら? いくら木陰でも風をあびるだけで肌が日に焼けるっていうし」
「……だってボクの姿見ると、父さまは怒るし」
「それはウルが、そんな格好を――男装をしているからだろう? シグルド父上は君がそんな姿をしていると、ヴィクトリアどのと一緒に、君まで喪った気がしてお辛いんだよ」
「でも、母さまは喜んでくれたもの……少なくとも、最初の頃は喜んでくれたんだもの……」
ウルリカはそっぽを向いて唇を尖らせている。一見すねたような状態に見えるが、
涙を流しそうなのを見られたくないからだと、メルにはわかった。
それが、テオドルにもわかったのかもしれない、彼は靴を丁寧に脱いで、お行儀よく座り、そして言った。
「君たちにご一緒していいかい?」
「えっと、テオドル様?」
メルは思わず驚きの声をあげてしまった。
「だから、君たちの楽しそうな遊びに、僕もまぜてもらいたい……特にウルと遊ぶなんで、もう三年以上ぶりだし」
「ねぇ、ウル……それならこっちのほうが色は合うよ」
「それはあくまでもテオドルの趣味だろ、そんなありきたりな組み合わせ誰でもできるね。絶対こっちのほうがいい」
ウルリカとテオドルは自分たちの前にそれぞれが良いと想うコーディネートを並べて、どっちをドールに着せるかをさっきから議論していた。
テオドルが考えた組み合わせはクリーム色のワンピースに同じクリーム色のヘッドドレス、それに白のカーディガン。同系色でまとまっていて清楚な印象がある。
一方、ウルリカの考えた組み合わせは水色のワンピースにピンクのヘッドドレスとピンクのボレロを組み合わせた、目にも鮮やかで派手なコーディネート。
どちらが悪いというわけでもなく、どちらも可愛いと思う。
「く……こうなったら、メルに決めてもらおうじゃないか」
「……そうだね、ドールドレス職人をしている彼女ならセンスは確かだろうし」
突如水を向けられてメルは焦った。
この二つのコーディネートに優劣など無い。どちらがいいかなど完全に個人の好みと、時と場合と場所によるとしか言いようがないのだ。
「あの、ど、どっちも、素敵だと思いますよ。こちらのテオドル様のコーディネートのまとまり感もいいですし、こちらのウルリカ様のも華やかさで可愛いです」
「むぅ……」
「むー……」
ふたりはふくれながらしばしお互いに見つめ合い(睨み合い、というほうがおそらくは正しいのだろう)そして結論を出した。
「テオドル、とりあえず一度着せてみようじゃないか。着せてみないことにはわからん、こうして討論していても時間のムダだ」
「ん、そうしようか」
「とりあえず最初にそっちのを着せていいから。ボクもきせかえ手伝うよ」
「ふぅ……」
メルはとりあえず自分が標的ではなくなったので、安堵のため息をつく。
そんなメルの背中にそっと触れたのはジルセウスだ。
「あ……ジル」
「一度、彼らだけにしようか」
「そう、ですね」
ウルリカとテオドルを二人だけにするのも重要だったが、メルはジルセウスと二人になりたかったので、エヴェリアを抱いてその場を離れる。
ドールのヘッドドレスをつけるのにどうすればいいのか、と大騒ぎしているウルリカとテオドルを置いて、恋人たちは湖畔をゆったりと歩く。
「昨晩はちゃんと言いつけを守ってくれたかい?」
「え……は、はい……」
ゆうべ眠る前にちゃんとジルセウスを思ったのは本当だった。だが、まさかちゃんと言いつけをこなしたかを聞かれるとは思っていなくて、メルはうつむいてエヴェリアの頭に顔をほとんどうずめるような状態になる。
「それはよかった、守ってくれなかったらどんなお仕置きしようかと――」
「へぇ、そのお仕置きとやらは気になるわね、ユイハ兄さん」
「そうだな妹、どんな外道なこと考えてたか、聞きたいものだな?」
振り返ると、いいお天気で暖かい気候だと言うのに、それに反したものすごく冷たい瞳をしたよく似た双子の兄妹――ユイハ・ミュラータとユウハ・ミュラータがそこに居た。
「テオドル、お前は自分の娘ができても、ドレスは選んでやったりしないほうがいいだろうよ」
木陰の敷物で、ウルリカはお茶を飲みながらのんびりとテオドルが選んだコーディネートの評価をしていた。
実際着せてみるとまぁまぁ悪くなかった、むしろ良いが、やはりウルリカからみてテオドルのコーディネートは無難すぎる。
「大体お前は服のセンスだけじゃなく――ん、どうした?」
テオドルはせっかくドレスを着せ付けたドールを見もせずに、何かを考え込んでいる様子だった。
「その、もし僕に娘ができるのなら、それはウル……君の娘でもあって欲しいんだ」
……。
…………。
……………………。
たっぷりの沈黙。
ウルリカは、自分が今飲んでいた茶を吹き出さなかっただけ、まだましだな、と心のどこかで冷静に考えていた。
「ボクを何だと思っている。そしてお前はマギシェン侯爵家の後継者の座を何だと思っているんだ。ボクは子供が産めない欠陥品のジュエリゼで、君は正当な後継者だろうが」
「僕は本気だよ、ウルリカ。小さい頃からずっと――お嫁さんにするなら君だと思っていたんだよ。それに跡継ぎのことだって――」
「……っ……! 聞きたくない、お前みたいに物事を中途半端にする奴のことなんて、聞きたくない!」
その時だ。
「あぁ、今の声は……ヴィクトール、ヴィクトールなの? 駄目、行ってはだめよヴィクトール……いいえ、ヴィクトリア!」
魂をすり減らさんばかりの、悲鳴のような声が聞こえた。
「これは……」
「アリア母上?!」
ウルリカとテオドルは靴を履く時間ももどかしく、悲鳴の方向へ向かう。
「行っちゃ駄目、おねがい戻ってきて! 全部お母様が悪かったのよ、お願い戻ってきてちょうだいヴィクトリア!!」
アリアの姿はすぐに見つかった。
母アリアは、ここにはいないヴィクトールの姿を求めて『湖の中央』に向かって進み続けていたのだ。
あのままでは――
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