淡く想う(その一)
「ええと……これと……これも持っていこう、あとは……これも必要になるかもしれないし、と」
メルはマギシェン家の別荘の自分に与えられた部屋で、かばんになにを詰めるか思案していた。
まず大きなバスケットトランクにはメルの相棒でもあるエヴェリア。
それから手提げかばんにはエヴェリア用のドールドレスや帽子、靴といったもの。あとは昨晩縫っていたドールドレスや小物をいくつかと、すでに裁断してある布地たちと小さな裁縫セット。小さなミニチュアのお菓子類やテーブルセットに、その他もろもろ色々お人形遊びに必要そうなもの。
レース編みの可愛らしい小さなポシェットには自分のためのハンカチや手鏡、愛用の木櫛などを入れておいた。
これで準備はよし。お出かけの準備は万全だ。
「さて、行こうかエヴェリア」
トランクの中にいるエヴェリアにそう声をかけて、メルは大荷物を抱えて部屋を出るのだった。
「メル、こっちこっち!」
ウルリカは、約束通りに湖のそばにあるブランコのところで待っていてくれた。
大きな木の下には使用人の手によってだろうか、すでに敷物が敷いてありクッションなども用意されていて座り心地は良さそうだ。
「ウルリカ様、おまたせして申し訳ありません」
「いいんだよ、女の子ってのは身支度に準備がかかるものだし。それよりその大荷物重たいだろう? さ、こっちに置いて」
「ウルリカ様も女の子でしょうに」
「ボクはこのなりだからね、髪を梳かしたり結ったり、ドレスを散々迷ってコルセットぎゅうぎゅうに締められたりなんてもう二度とごめんだしねー」
ウルリカは今日も、少年のような服だった。
薄いベージュのシャツブラウスにネクタイを締め、その上に茶色のベストを着て、同じ茶色のちょっとふくらんだ短いスボンと、白の長いソックスと焦茶の靴を履いて、頭にはベレー帽をちょっと斜めにかぶっている。
これはどこからどう見ても、ちょっと活発な貴族の少年の格好だ。
メルは木陰の敷物に腰掛けて、さっそく縫い上げたウルリカのドールのためのドールドレスを披露する。
「急だったのと、とりあえずはたくさんあったほうがいいかと思いましたので、あまりひとつひとつに手間暇はかけられなかったのですが……こちらです」
メルが取り出したのは、三枚のごくごくシンプルな形のワンピース。
身頃は、肩の部分などはなく胸の部分に縫い付けたリボンを首に結んで固定するホルターネック。タックなども寄せない簡単な胴部分に、ギャザーをたっぷり寄せたスカートがついている。後ろは腰のリボンを結んで閉じるようにしてある。
それだけだと寂しいのでメルはリボンやビーズ、余っていたレース片などでそのドレスを飾った。
色も三色。上品な薄いピンク、涼しげで爽やかな水色、そして、カスタードクリームのようなごく薄い黄色。
茉莉花堂でちゃんと売っている品物に比べれば質素とも言えるこの三枚のワンピースドレスだが、それを見てウルリカはきらきらと瞳を輝かせている。
「すごい! こんなに小さいのにちゃんとドレスだ……!」
「こちらも簡単なものですが、ヘッドドレスも作ってきましたよ、三色揃ってます」
ウルリカはメルから小さな小さなヘッドドレスを受け取って感心したように眺めている。
「さぁ、ウルリカ様。早速ウルリカ様のドールに着せてあげてくださいな」
ウルリカは思った以上に手先が不器用だった。あるいは緊張していたのか。どちらだったにせよ、上手にきせかえすることができなくて、メルがみていてはらはらするような危なっかしい手つきだった。
「えっと、これで腰のリボンを結んで……と」
「ウルリカ様、それだとリボンが縦になっちゃいます」
「あぁ、わかった。こう結べばちゃんときれいになるのか」
「そうそう。それで次はお好きな色のヘッドドレスを付けてあげてくださいな」
「えぇと、色はどうしようかな……ここは同じ色を使うか……それとも」
だが、とりあえずウルリカは楽しんでくれているようだ。
きせかえをしたドールの頭を撫でながら、目の前に並べたヘッドドレスからどれが一番似合うか楽しそうに思案している。
と、その時だ。
「やぁ、ごきげんようマギシェン侯爵家のウルリカ嬢。それに茉莉花堂のメルレーテ嬢、こんないいお天気のときはやはり外だね」
くすくす、という心地いい笑い声とともに現れたのは、黒髪の貴公子ジルセウスだ。
「ジル……セウス、様……こんにちは」
メルはいつものような茉莉花堂での調子で愛称で呼ぼうとして、すんでのところで踏みとどまる。
ウルリカといえば、突然現れた男に警戒の色を隠そうともせず睨んでいる。
「お前、リヴェルテイア家の次男か……何の用だ。女性に声をかけるなら他所でやったほうがいいぞ」
しかしウルリカの睨みをまるで心地良い陽光でも浴びたかのように微笑み、そしてジルセウスは敷物に座った。
「何やら楽しそうなので、僕もまぜてもらおうとおもってね。というわけで僕のドールもよろしく」
ジルセウスが上着の内ポケットから取り出したのは、身長が十センチほどの小さなドールだ。背中ぐらいまでのくるくるとカールした明るい茶髪と青紫色の瞳が可愛らしい。
「今回の避暑はこの子を連れてきたんだよ。この子なら小さくて場所を取らないしどこにでも連れていけるからね」
「わ、この子すごい小さくて可愛い……。ねぇメル、キミはリヴェリテイアの次男坊と知り合いなのか?」
その問いかけに、メルはほとんど反射的に頬が紅潮するのを止められない。
「その、ですね、ジルセウス様は……」
「僕は花咲く都ルルドにある茉莉花堂によくお邪魔してるからね」
「……そう、です、うちのお得意様です」
その答えにウルリカは納得がいかないと言った風にちょっと首を振った。
「ふぅん、てっきりメルの恋人かと思ったのになぁ、だって溺れかけた時に名前を呼んだってことはそういうことじゃないのか?」
だめだ、コレは……完全に見抜かれてしまっている……。
ただにこにこと微笑むジルセウスと、真顔のウルリカに見つめられて、メルは真っ赤になって頬をおさえた。
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