エピローグ

「で、何があったんだよ」

 茂がしつこく聞いてくる。

「ひ、み、つ」

 僕は唇をとんとんと叩きながら、笑った。

「僕さ、高校卒業したら、東京の大学に行くから」

「は?」

 突然の僕の宣言に、茂が目を丸くする。

「〝行きたい〟じゃなくて、〝行く〟?」

「そ。決定事項」

 そう言って笑った。

「……やっぱ、勇気。変わったわ」

「僕さ、古文が好きで。その研究ができる大学が東京にあるんだ。そこに行くって決めたんだ」

 母さんは反対したけど、父さんが説得してくれた。

「へぇ、がんばれよ」

「ありがと」

 フツーに応援されて、フツーにお礼をして、僕は自転車に跨る。


 好きなことは、恥ずかしいことじゃない。


 夢中になるのは、かっこわるくなんてない。


 それを教えてくれたのは、先生。大好きな、先生。


 東京で先生の前に突然現れた僕を見て、ちょっとだけ困ったような笑みを浮かべ両手を広げた先生。僕はその胸に迷わず飛び込んだ。

 文句を言うことも忘れ、そのまましばらく抱きしめあった。


「よし。今日も頑張ろう」


 僕はまっすぐ前を向いて、自転車をこぎ始めた。




 蝉しぐれ 完


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蝉しぐれ 春日野ひかる @hikaru_k

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