2話 町を出て
なんだかんだ苦労しつつ、ようやく俺とイタリア勇者は町を出ることができた。
もちろん俺のサポート役のルキデも一緒だ。こんなところでお別れなんて早すぎる。
「それで親友。魔王っていうのはどこにいるんだ?」
「さ、さあ?」
俺にもよくわからん。横目でサポーターのルキデを見ると、知っていそうな顔で頷いた。
「えっとですね、この大陸の南端辺りだと思われます」
「さすが子猫ちゃんは賢いね。親友は日本人なのになんで知らないんだ? 勉強のやりすぎで勉強のやり方を忘れたかな?」
「俺はさっき来たばかりなんだぞ。なんで今まで知らなかったんだよお気楽イタリア人」
「ははは、そりゃあ興味がなかったからだねっ」
「興味持てよ! そんなんでどうして勇者やってんだ!」
「女性たちに頼まれたからだよ。決まってるじゃないか」
そりゃあ女の人に助けてくださいと懇願されたらそう簡単に嫌とは言えないだろうけどさ、OKしたらその責任を取るべきじゃないだろうか。
「あの、従者様」
「ん?」
俺とイタリア勇者のやり取りを不安そうに見ていたルキデは、こっそりと耳打ちしてきた。
「あまり強い口調で勇者の機嫌を損ねたらよろしくないのでは……」
「大丈夫、あいつらは女性に危害を加えない限り大抵のことに興味無いから」
「そ、そうなんですか」
イタリアンは細かいことをいつまでも引きずったりしない。明るくおおらかがモットーであると思う。
もちろんそれは仕事にも影響してる。どうしたら納期を3か月以上遅れても平気でいられるのか理解できない。
「それよりこの道を辿った先、次の町までどれくらいあるの?」
「そうですね……馬車なら3日くらいだと思いますよ」
3日か。ということはところどころで野宿をするんだろうな。俺、ガッチガチのインドリストなんだよ。
というわけで野宿1回目。俺たちは馬車から少し離れたところで焚火をしつつ食事にありついた。
ガチガチの干し肉をどうするのかと思ったら、煮込んで使うということを知った。なかなかいい出汁が出そうだ。
できるまでぼーっと空を眺めていたら、何か不穏な音に気が付いた。
「なあ、なんか音がしないか?」
「都会なんてもっとうるさいよ。なんだ折角日本人やってるのに山奥で暮らしてたのかな?」
「そういう音じゃなくて、何か近寄ってくるような……」
だんだんと草をかき分けるような音が近付いてくる。まさか魔物?
だけどこっちには勇者がいるんだ。きっと倒してくれるはず。
「従者様、どうやら人のようです」
ルキデの言葉で一瞬盗賊かなと思ったが、多数の音ではないし、こんなわかりやすいことはしないだろう。
俺たちは静観することにした。
「や、やあ……」
「おっと久々だね」
草むらをかき分けて出てきたのは、赤毛の少年だった。
「知り合いか?」
「彼がイングランドから来た勇者らしいよ。僕も一度しか顔を見てないけど多分そうだ」
ほう、この少年が。向こうから来てくれるとは、探す手間が省けた。
「ジャーヴィスだよ。よろしくね」
「ああ。俺は──」
「見ればわかるよ。中国人だね。汚れた空気のせいで肌が黄色いからすぐわかるよ」
「英国人に言われたくねぇよ! てか俺は日本人だ!」
その昔、霧の都ロンドンと言われていたが、あれは霧などではなく工場の煙だったそうだ。それだけ汚染されていた都市だったのだが、肌の色が変わったという記述は無かったと思う。
まあそこまでイギリスに詳しいわけじゃないからよくわからんが。
「ああ日本人だったのか。じゃあ空気が汚染されていることに変わりはないね」
「言ったな! 日本に対して言っちゃいけないこと言ったな!」
言っていいことといけないことの境界線というものがある。だけどそんなことは英国人に通用しない。
てか日本の場合、殿様商売であぐらをかいて怠慢かましてたT電が全て悪いんだよ!
「──んで、なんでこんなところにいたんだよ」
ジャーヴィスを含め、みんなで食事を終えたところで気になったことを聞いてみた。
「聞いてよ! 馬車の中で退屈していたから御者と話をしていたんだ。そしたら急に怒り出して降ろされたんだよ。酷いと思わないか?」
これで相手が日本人であれば酷い話だと思うところだが、なにせこいつはイギリス人だ。
「……ちなみにどんなことを言ったんだ?」
「大したことじゃないよ。こんな木の板の上に何時間も座っていられるきみはとんでもないマゾヒストだね。ひょっとしたら尻の下に女性の靴を敷いていて、踏まれている気分になって興奮しているのかい? って聞いただけだよ」
ほらな。そんなこと言ったら普通怒るだろ。笑ってくれるのはイギリス人だけだ。
「あのな、普通そんなこと言われたら憤慨してもおかしくないんだよ」
「それは日本人と異世界人の器が小さいだけなんじゃないかい?」
「器の大きさで測れるもんじゃねえよお前らの口の悪さは! おいイタ公、お前も言ってやれ」
「はは、狭い島国同士の争いは愉快だね」
「おめーに言われたかねぇよ!」
そもそもイタリアの国土は日本より小さいし、その大半が海に囲まれている。そう考えれば島国と大差ないはずだ。
てかわざと突っ込まれようとしているのかもしれない。放っておこう。
「従者様、少々騒ぎすぎです」
「ご、ごめん」
「どうやら声を聞きつけ魔物が集まってきたようです」
警戒もせずがさがさと音を立て何匹かの獣らしき姿が確認できた。
「あれはキラーマングース……いえ、キラープレーリードッグです!」
「なんだそのかわいらしい感じのする……モンスターなのか?」
「ええ、その名の通り人を食い殺します」
それはやばい。動物は好きなんだけど、さすがに襲われたくはない。
「ほら勇者たち、出番だぞ」
「何を言っているんだ。アフターディナーティーの時間だよ。魔物だってきっと休憩するさ」
「しねえよ! てか今まさに接近してきてんだろ!」
「魔物が出たってだけでまだ襲われてないじゃないか。ひょっとしたら襲わないで通り過ぎるかもしれないぜ!」
「襲われてからじゃおせーんだよ!」
チクショウ、ブリ公もイタ公も使えねえ!
先手必勝、俺は剣を抜き魔物へ向かって無我夢中で振り回した。
「はぁ、はぁ……」
くそっ、体中が痛い。あちこち噛まれて出血している。いい装備だったから助かったようなものだ。
だけどなんとか追い払うことに成功。今のところは助かった。
ルキデの治癒魔法で怪我を治してもらっていると、どこぞに隠れていた2人がひょっこりと現れやがった。
「おーっ、凄いじゃないか」
「お前らなぁ!」
「いや本当に凄かったよ。さすが日本人だね! かっこよかった!」
「えっ?」
「マジマジ。日本人すげえなぁ。サムライやニンジャの国なだけはあるね」
「そ、そうかなぁ」
子供の頃に親から無理やり剣道を習わさせられていたいただけなんだけど、その技がこんなところで役に立つとは思わなかった。
「従者様、だからあなたが言いくるめられてどうするんですかっ」
「すまん……」
だって褒められると嬉しいじゃん。
……普段から褒め慣れてないせいか、調子に乗りそうだった。さすが俺のサポート役。
とりあえず2人には頭にげんこつを落とし、反省を促してみた。
「ところで今更だがジャーヴィス。なんでこんなところにいたんだ?」
「それならさっき言ったはずだよ。 鯨? 鯨を食べるとそんなに物覚えが悪くなるの?」
「俺は食ったことねぇよ元捕鯨国め。そうじゃなくて他の町を目指していた理由を聞いているんだ」
「なんだそういうことか。あの町ではボクを見ると何故か殴りかかってくる連中がいるんだよ。ここは見た通り野蛮な世界だね」
お前が余計なことを言ったせいだとみんなわかっているのに、どうしたらこうも被害者面ができるんだろうか。
「つまり町から追い出されたから他の町へ逃げようとしていたわけだな」
「人聞きが悪いなぁ。僕はこの時代に取り残された世界を見て回りたいだけなんだ」
完全に言い訳だろそれ。てか勇者の務めは?
「いやいや、魔王倒しに行けよ」
「そんな危険なことできないよ」
「行けよ。勇者なんだろ? だったらなんでそもそも勇者の装備もらってるんだよ」
「きみは日本人だったよね?」
「そうだけど、それがどうした」
「日本では町を歩いているとティッシュやお菓子を配ってるそうじゃないか」
「広告とセットだけどな」
「もらう?」
「ああ」
「じゃあきみは勇者だ!」
「勇者の装備とティッシュを一緒にするなぁ!」
じゃあなにか? 勇者の剣はうまい棒か? たこ焼き味は歯茎に刺さるから武器だってか?
「もらえるものはもらうよ。きみだってそうじゃないか」
「俺はそれに対しての責任を負うけどな」
広告やちらし、小冊子の類はすぐ捨てずにちゃんと目を通す。もちろん電話したり店に行ったことはないけど。
「ずるいよ! それじゃあまるでボクが悪者みたいじゃないか!」
「悪者だろ持ち逃げ犯! お前の装備は魔王を倒すために託したんだぞ!」
異世界召喚されたい奴は日本にいくらでもいるんだよ。甘ったれるな。
まあ大抵は
俺だってとうとう勇者に選ばれたってぬか喜びしたくらいなんだしな。
「きみは日本人だよね? なんでそんなにこの世界へ加担するんだよ」
「そりゃあルキデになんでもするからって言われたからだよ」
「「えっ?」」
勇者2人が見開いた目で俺を見た。
「ど、どういうことだい?」
「どうもこうも、そういうことだよ」
俺は勇者2人からリンチを受けた。
勇者の飼い主 狐付き @kitsunetsuki
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