1話 勇者探し

 さて困ったぞ。

 勇者を探すってことになったけど、具体的にどう探せばいいのかわからない。

 文明さえ近代程度のものを有していてくれれば写真とかありそうなものだが、生憎そのようなものはない。写実画ならあるだろうが、勇者たちが召喚されて早々そんなことに付き合っていられるわけもなく、せいぜい似顔絵程度の絵しかない。


 ということで落書きに毛が生えた程度の絵では何もわかるわけもなく、とにかくそれらしき人物を探す旅に出なくてはならなくなった。

 支度金はたんまりもらえた。それによくわからない魔法道具と武器一式。できれば戦いたくないが、勇者と合流するまでは頼らざるを得ないだろう。



「従者様!」


 城を出たところで、先ほどいた神官の一人の少女が駆け足で俺のもとへやってきた。然程大きくなくとも揺れる胸が素敵だ。


「きみはさっきの……」

「神官のルキデです。従者様のサポートを仰せつかりました」


 そして恭しく礼を俺に向けた。

 勇者のサポートが従者であり、従者のサポートってどうなんだろうかと思ってみたが、手伝ってくれるというのならばありがたい。


「それは助かるよ。ありがとう」

「よろしくお願いします。では早速なのですが、イタリの勇者がまだこの町に潜伏しているとの情報を得ました」


 なんか犯罪者じみてるな勇者。潜伏って何かのウイルスみたいな扱いじゃないか。

 っと、勇者探しも大事だけど、それよりも大切な話を今のうちにしておこう。


「ところでいつなんでもしてくれるの?」

「えっ!? それ今聞くことなんですか!?」

「いやー、知ってたらテンション変わるかなーって思って」

「……考えておきます……」


 ルキデは神妙な面持ちで考え始めた。

 俺はルキデを嫌っているわけじゃない。むしろあの姫ガキに比べれば……いや比べたら悲惨な結果になるくらいルキデへ好意を持っている。

 ワガママじゃないし、丁寧にお願いしてくるし、かわいいし膨らんだ胸族だし。

 だけどなんていうか、虐めたいというより意地悪をしてみたい衝動に駆られるんだ。

 もちろん泣かせたり嫌われたりするようなことはしない。俺は日本人だから『和』を大事にしたいし。

 和○。うん、いい響きだ。





「いました従者様! イタリの勇者です!」


 早速だな。あの姫ガキの注文通り、背が高くスラッとした茶髪白人だ。イタリア人らしい彫の深い顔立ちをしている。

 前情報から察するにロクでもなさそうな相手だが、とにかく友好的に会話を進めよう。


「やあ。ちょっと話を聞いてもいいかな?」


 話しかけてみたが、俺なんて眼中に無い感じで辺りを見回し、道を歩いている女性に声をかけに行ってしまった。


「ねえ、聞こえてる?」

「女性に声をかけているときは黙っててよ。順番は守らないと」


 このイタ公、俺のほうが先に声をかけてたのに無視したじゃないか。

 だけどこういった奴は男の俺の言葉にきっと耳を傾けない。


「ルキデ、頼む」


 俺が頼まれた仕事なのに、早速ルキデを頼ってしまった。だけどこれは仕方ないことだ。


「あの、勇者──」

「おっ、シスタールキデじゃないか。久しぶり。相変わらず愛らしいね」

「そんな、私なんか……」


 ルキデは少し頬を赤らめた。これがイケメン特権か畜生。

 っと、僻んでも仕方ない。


「きみに話があるのはルキデじゃなくて俺なんだけど」

「もしきみが女性だったら喜んで会話していたところなんだけど、残念だったね」


 この女ったらし、どうしてくれようか。


「ハハハっ、ジョークだよジョーク。そんな顔をしないでよ。僕は別にきみの女装を見たいわけじゃないから仕方なく会話するよ親友」


 俺が苛立っているのに気付いてか気付かずか、肩をバシバシ叩き笑いながらこんなことをほざく。

 うん、やっぱりこいつめんどくさい奴だ。友好的に接しようとしても意味がない。

 だけど避けては通れない。誘導開始。


「お前勇者だろ。魔王倒しに行けよ」

「え?」

「え? じゃないよ。魔王だよ魔王」

「あのね、僕はまだこの町の女性の1割程度にしか声をかけていないんだ。全員に声をかけるまで他の町へ行けるわけがないじゃないか」


 女性ってどんな括りだよ。


「じゃああっちのおばあさんには声かけたのか?」

「あちらの奥様はシェニアさんだね。2年前に息子さんを亡くしたんだけど、お孫さんのため気丈に振る舞っているやさしい女性だよ」


 えっ

 ほんとに女性全てになの? 老若問わずに? てかそれだと一割に声かけただけでも凄くない?


「見境ないな。ある意味すげぇわ」


 そう言った俺の襟首を勇者が掴み、睨みつけた。


「たかだか年齢程度のことで女性を区別してんじゃねえよクソ日本人」

「ご、ごめんなさいっ」


 イケメンに凄まれて思わず本気で謝ってしまった。

 やばい、イタリア男やばい。これは確かにモテるわ。全ての女性に対して平等になんてそうできるものじゃない。

 だけどこれは見習うべきだな。声をかけるかはともかくとして、俺がモテるための教訓にしよう。


「ちょっと従者様、勇者に言いくるめられてどうするんですかっ」


 俺がうんうんと頷いていたら、ルキデが耳打ちしてきた。おっとやばいやばい。



「なあ勇者」

「下郎が僕に話しかけるな」


「さっきのは完全に俺が悪かった。すまん。だけど話を聞いて欲しいんだ。とても大切なことなんだよ」

「なんだよ」


「えーっと、例えばさっきのおばあ……女性のことなんだけど」

「シェニアさんだよ。女性の名前くらい一瞬で覚えないと失礼じゃないか」

「ご、ごめん。えっと、それでシェニアさんの御子息なんだけど、どうして亡くなったんだ?」

「なんでも隣町からの荷物を運搬中に魔物から襲われたそうなんだよ……」


 イタリア勇者は少し悲しそうな顔を見せた。

 おっ、シェニアさんには申し訳ないけど予想通りでよかった。


「じゃあ魔王を倒しに行こうぜ」

「何をどうしたらそうなるのかな?」


「魔王がいる限り、魔物は暴れ続ける。そうするとシェニアさんみたいに悲しむ女性がどんどん増えていくんだぞ」

「う、そ、それはまずい! 女性の笑顔は世界の宝だ。早急に手を打たないと」

「だろ? 女性に声をかけるのはその後でもできるし、きっとそのときはみんな笑顔になっているさ」

「よし行こう親友!」


 チョロい、チョロいぞイタリア勇者。

 基本いい奴っぽいし、これなら案外早く魔王討伐ができそうだ。


「さ、流石です従者様!」


 ルキデは尊敬の眼差しで俺を見る。よし好感度げっと!

 あとはイギリスの勇者とアメリカの勇者か。どっちも百癖くらいありそうだ。


「というわけで他の勇者を探しに……っていねえ!」


 一瞬目を離した隙に勇者は近くの女性に声をかけていた。


「おーぅぃ、イタ公。そんなことしている場合じゃないって話しただろうが!」

「だから仕事が終わるまで町中の女性に声をかけるのは諦めたよ。だけど目に映る女性くらいはいいじゃないか」

「通りを見てみろよ! 女性だけで100人以上いるんだぞ!」

「やあこれは大変だね。ははは」

「大変どころじゃねえよ!」


 俺はイタリア勇者を引きずり、隣の町へ向かう馬車へ押し込めた。

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