神出鬼没の商店街⑬

「ヒルダア! 受け取れ!!」


 走っている勢いそのままに、手に持った長刀をヒルダさんに投げつける琢部さん。


 ヒルダさんは呆れ気味の表情でそれを受け取った。


「琢部、私はこれを受け取ってなにをすればいいの? 教えて貰える?」


「そりゃお前、バッタバッタと敵を斬り伏せちまえ。冷然院の刀の錆にしてやれ!!」


「私、そこまで剣術に覚えはないけどね。ていうか、もう終わってるし」


 焦燥に駆り出された琢部さんを追いかけた先の顛末は、肩透かしのものだった。

 私達が辿り着いた時に、ホスピタルの前は静寂そのものだった。

 三つの人間が折り重なっていて、その上にヒルダさんが腰を下ろしている。


「ヒルダさん、行儀悪いよ」


「鎖子は死後の世界を信じたり、死んだ人間を尊重するタイプ? 私は私を襲って来た敵の死体に座ったところで心を痛める事はない」


「緋火瑠と緋火璃の前でも同じ事言える?」


「言わないしやらない。子供の前とそれ以外を一緒くたにしないで。母親ってのは私の付加要素であって、本質ではないから」


「ああそう」


 こちらの心配を他所に、涼しい顔で問答を続けるヒルダさん。結局、ヒルダさんの戦闘は見れず仕舞いだ。


「なんだよ、ヒルダ余裕じゃないか」


「五月蠅い晶、あんた来るの遅い」


「俺は別に戻って来いとは言われてない」


「倒し切れたからいいものを、私は抑えておくって言ったんだ。自分のとこが終わったら援護しに来いよ」


「あー……俺は俺で忙しかったんだよ」


「武器持ってるのを見ればそれは分かる。まああれだ、あんたにまともな増援を期待した私が馬鹿だったよ……てか、真凛ちゃんは?」


「それ! 琢部さんの所にも居なくて……!」


 私が急いで此処に来た理由は、ヒルダさんの安否もあったけれど、一番はそれ。


 真凛が居ない。この商店街に戻って来ている筈の真凛と、私は未だに出会えていない。


「琢部の所にも居ないなら……じゃあ――」


「鎖子さーーーん!」


「ぶふっ」


 本日二度目の衝撃。一度目と同じく、玉子が私に飛び込んで来た。


「凄いんですよ! 綾魅さんってば、もうこう……おっきくなって、飛んだり食べたり!!」


 抱き着いたまま小さく飛び跳ねる玉子の頭が、その度に私の顎を小突く。


「玉子、分かったから離れて」


「凄いんですよ! 本当に本当に!」


「玉子ちゃん、あんまり騒がないの」


「綾魅さん、おかえり」


 森に向かった時は小さかった綾魅さん。帰って来た姿は、本来の春比良綾魅であった。


 小さかった身長は私に並び、大きめのシャツを羽織る。スラリ伸びる細い脚の先は、クロックス。


「綾魅さんどっから出て来たの?」


「ホスピタルの裏口。出ようとしたらこんなんになってるから出るに出られなくて」


「シャツ着替えたの?」


「向こうで一回全裸になったから」


「なんで!?」


「秘密だよねー玉子ちゃん」


「そうです! 鎖子さん、申し訳ないんですが、秘密です!」


 口元に人差し指を立てて、二人で秘密のジェスチャーを共有する。

 別に秘密でもいいけれど。綾魅さんの能力は人体を弄る事。私は人体の修復作業しか見た事がないけれど、自分の体をあそこまで弄れる事を考えれば、例えばそれを服が破れる程変貌させる事は難しくないだろうと予想出来る。


 全裸になったという事はそういう事だろう。どうせ。


「てか、なんでホスピタルが壊れているの? なんでこっちに敵が居るの? ヒルダの下の、そうだよね?」


「綾魅綾魅、晶見てみなよ」


「……」


「あー……店長には内緒にしてくれ。商店街を壊したのがバレたら殺される」


「いやいや、そうじゃなくて。なんであんた達が戦闘になるの? どうしてこの商店街に外敵が居る訳??」


 戻って来て早々の綾魅さんが抱く疑問は、当然の事だ。

 この商店街の住人であるのなら、尚更。


「さあ。私だって知りたいよ」


「……裏口しかないでしょ」


 やはり琢部さんと同じく、こちら側に敵が存在している事から直ぐにそれに辿り着く。その選択肢しか取れない程に、この商店街のシステムは盤石なのだろう。


 それを口にすると、綾魅さんは直ぐに商店街への奥へと歩き出す。その手をこれまた直ぐにヒルダさんが掴む。


「何処行くの?」


「殺してやる」


「歪がやったって確証は?」


「それしかないでしょ!? それ以外に何かある? 一度あいつはこの商店街を壊したの! ヒルダは知らないかもしれないけど、あいつはそういう奴なんだよ!」


「綾魅から散々聞いたよ。私だって、歪だと思う。それで、歪の所に行って、どうするの?」


「だから! 殺すって言ってるでしょ!?」


「あいつの店で勝てる訳ない」


「店ごと潰す」


「琢部、この馬鹿止めて」


 ヒルダさんの手を振り払おうと、綾魅さんが腕を激しく振る。ヒルダさんは琢部さんに救援を要請したけれど、琢部さんは口ではなく手でそれに応える。


 鬼束食堂から歩いて来たのであろう、鬼束舞香を指差す。


「ただいま」


 辺りを見渡して、舞香さんは深い深呼吸を一つ。


「俺ぁ帰る。後はお前等でどうにかしてくれ。愛羅と片付けだ」


 琢部さんはそう言って、下駄を鳴らしながら帰って行く。


「あー……店長、後で好きなだけヤキ入れてくれ。俺は店に戻る」

 

 晶も同じ様に、鬼束食堂へと戻って行く。


「……ホスピタルの片付けしとく。だから、綾魅と舞香で解決して。私、あいつ苦手だし」


 言って、ヒルダさんは舞香さんと綾魅さんに背を向けた。 


 三人は散り散りになる。自分の商店街の、恐らく未曾有の出来事だというのに、どこか無関心に。どこか冷たく。


 どこか、諦めた様に。


 皆が皆、その後の展開を知っているかの様に、帰って行く。


「さ、鎖子さん……皆さんどうしたんでしょう……? こちらにも敵が居るのが、そんなにいけない事なんですか?」


「帰ったら説明してあげる。ヒルダさん、玉子の事見てて貰っていい?」


「ん? いいけど、鎖子は?」


「私は真凛連れて帰らなきゃいけないからさ」


 何となく。


 本当に何となくだけど、私は付いていかなければいけない気がした。


「気分悪いもの見るだけだと思うよ?」


「それは経験則?」


「と、聞いた話。歪って、そういう奴だし、舞香もそういう奴だから」


 私が綾魅さんから聞いた事があるのは、かつてこの商店街が一度失くなってしまった話。

 

 域神歪という人間の欲望で、多くの人が死んでしまった話。


 域神歪はそれを、まるで子供が食器を割ってしまった程度の事で済ませた。

 自分の家族が死んでいるのに。


 鬼束舞香はそれを、まるで子供の粗相を窘める程度で済ませた。

 自分の親が死んでいるのに。

  

「ねえ綾魅、どうしてこの商店街が壊れているの?」


「歪が裏口からこいつ等を入れた」


「……ひー君だって確証は?」


「この商店街の防衛システムを突破して攻撃する方法をこいつ等が知ってたって事にする? そんな訳ないでしょ? 舞香が全財産を叩いて作ったシステムなんだから。裏口から以外在り得ない」


 此処に来た時と同じ様に大きな溜息を吐いて、舞香さんは頭を抱える。


「それじゃあひー君の所に行こうか」


 そのまま舞香さんが歩き出して、それに綾魅さんが続く。


 私も遅れまいと、早足の二人に付いて行く。


 域神歪が、何らかの理由で裏口からの入場方法を流出させた。それは、この商店街の事を考えれば十分に大罪と形容出来るけれど、誰も彼もが無関心な風体で、綾魅さんだけが強く憤っている。


 私は、この商店街の全てを知らない。知っている事だけ、知っている。だから、多分私の知らない部分に、現状を理由付ける何かがあるんだろう。


 その不可解なブラックボックスに大きな不安を抱きながら、私は進む。

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