神出鬼没の商店街⑫
「裏切り者ったあなあ……また面倒なこった」
私は鬼束商店街について知っている事は知っているし、知らない事は知らない。
特に、住人達の半生も交友関係も、知っている事は極僅か。
第一、私は玉子みたいに好奇心旺盛な訳じゃないから、興味がないんだ。
それでも、分かる事。身内に裏切り者が居る、という事実が心身に与えるダメージは、筆舌に尽くし難いと思う。
「怠いな……まあ、どうでもいいな」
それでも、こいつは私の想定内。鬼束食堂のウェイターは、どこ吹く風といった表情で、飄々と言ってのけた。
「晶……お前って、本当アレだな」
「アレってなんだ? 上手く言葉が出てこないのか? 疲労か? 加齢か?」
「私はまだ高一だからいいけど、それ絶対商店街の女子陣に言うなよ」
「なんでだよ?」
私がこいつの身を案じてやる必要はないのだけれど、一応忠告してやった。
「裏切り者……琢部さん、思い当たる節は?」
「そういう鎖子はどうなんだ?」
「まだ探偵ごっこするの? 麻酔銃でも使おうか?」
「祖父の名にかける方が好きだな」
「生憎、東雲の名なんて今直ぐ熨斗付けて捨てたいくらい。つーか、爺ちゃん婆ちゃんの顔なんて知らないし」
「熨斗付けたら返せよ」
「琢部ー」
琢部さんとの幼稚なやりとりに、晶が割って入る。
「なんだ晶。裏切り者に心当たりでもあるか?」
「いや、ない。それより、増援だ」
「ああん?」
相変わらず晶は表情一つ変えない。晶が指差す先、商店街の入り口方向から、白いローブが五人。
「一人余るな」
「馬鹿! 俺と愛羅を勘定に入れるな! お前と鎖子でどうにかしろ!」
「だそうだ。鎖子、三人頼む」
「無理に決まってんだろ! 一人が精一杯だ!!」
「二人居る癖に」
「私は半人前なんだよ!!」
「能力使って一人分か……」
速度を緩める事なく、一直線に突進を慣行する五人組に対して晶は悠長。だから私は声を張り上げる。焦燥から漏れた私の八つ当たりにも似た咆哮は、即座にその性質を変化させる。
「じゃあ、俺が全部やるよ。愛羅、いつもの」
晶が言って、愛羅さんは呼応もせず姿を消した。正確に表現するのならば、崩れた日野浦商店から突き出ていた細腕が、瓦礫に消えた。
ほんの数瞬の間を置いて、瓦礫の山が膨張する。膨れ上がった山は、そのまま吹き飛ぶ。実際に見た事がある訳ではないが、活火山の噴火よろしく、マグマが噴き出る様に瓦礫が四方に飛散する。
「うわっ!」
飛び散る破片を避ける為一瞬身を屈めるけれど、確かにそれは見えた。
瓦礫の山から伸びる愛羅さんは、大きくて長いなにかを掴んで放った。恐らく、下敷きになっていたのであろうそれを、埋もれているまま強引に放り投げたのだ。
鈍色の、長い長い棒状のモノだった。回転するそれを晶は軽々と受け取り、即座に走り出した。
向かってくる五人を迎撃する形。
手に持ったのは、所々が錆びた鉄の塊だった。
そう、見た感じは、ただの鉄塊だった。
四メートル程の長さをした円柱状の鉄棒。形は綺麗な円ではなく歪だった。柄、と呼んでいいのだかろうか、晶が持っている辺りは少しほっそりしている。
長さもそうだが、直径が大きい。五、六十センチはありそうな直径。だから、晶の持つそれは、こん棒の様に見えた。
「琢部さん、あれって?」
駆ける晶を直視しながら、横に居る琢部さんに尋ねる。
「あー、あれな――」
琢部さんが答えるのが早いか、遅いか。
晶は持っていた棒を雑に振り上げ、突進してくる白いローブの一人に真っ直ぐに振り下ろした。フェイントもなにもなく、ただ真っ直ぐ、単純に。
それは躱すのに訳ない打撃である筈だった。けれど、それは叶わない。
振り下ろしは、早く、そして強かった。
晶が棒を振り下ろすと、そのまま敵が一人潰れてしまった。真っ直ぐとめり込んだ棒は、そのまま人体を物ともせず鬼束商店街の道路を砕く。
道路の破片と、人体の欠片が、ばらばら、と。夕陽に照らされた真っ赤が、飛散する。
「うちにある本物の一つだ」
琢部さんの言葉に反応するより早く、晶が道路にめり込んだ棒を担ぎ挙げて、再度振り下ろす。こちらもまた単純な打撃だったけれど、それで十分だった。
白ローブの二人目は、恐らく身体強化に自信があるのだろう。差し出された鉄棒を腕で受けようとした。その、別段鋭利な刃がついている訳でもない鉄棒は、そのまま白ローブの体を通過した。
上半身を捉えた打撃は、そのまま人体を圧縮する。命を、こそぎ取る。
「なっ――」
初めて見る丕火晶の戦闘は、奴の人柄に符合して、がさつだった。
ただ只管に鉄の棒を振り回す。しかし、それだけで一人ずつ、潰れてしまう。
「なにあれ!?」
「本物っつったろ! 存在が曖昧な神代の代物だ! ヴァルハラにて巨人の戦士が愛用したと言われるこん棒!」
神代。世界各地に散らばる神話の物語。存在を示す文献は数あれど、それ等の殆どは世界から消失してしまっている。
あまりにも知名度があり過ぎる神の時代の物語は、悪にしゃぶり尽され堕落した。神聖生物達は狩りとられてしまった。知られ過ぎるという事は、それだけ大きな力を持つ代わりに、弱点を露呈するという事。
例え事実がそうでなくとも、神話でそう決定付けられてしまったのならそうなってしまう。
だから、現存するというだけで大儲けだ。しかも、それが武器だというのなら、世界の終焉だって難しくない。
神が神と戦う為に、神が悪魔と戦う為に、神が災害と戦う為に鍛え上げたそれは、人の手になんて収まる訳がない。
時には大陸を呑む大津波を切り裂き、時には終焉の日に大地と天をひっくり返し、時には万の悪魔を一振りで滅ぼす。
「
「なーんもねえよ」
「え?」
私の膨れ上がった期待は、空回りする。
「名前もないあの
「どうして……?
「誰も持ち運べねえんだよ。重過ぎて」
「重い?」
「だから誰も持ち運べなかった。ただそれだけだ」
「それだけで
「ある。あれはただ重量が重いというだけで
「え?」
それなら、それならば。
琢部さんから視線を切って、暴れ回る晶を見る。丁度最後の敵を追いかけている晶は、やはり軽々しくそれを担いだ。
「晶……振り回してるじゃん。兄貴でも舞香さんでも無理なもんを、どうやって……」
「ウェイター」
「え、何?」
「あいつの能力だよ。
また道路が割れる音がして、多分最後の人間が潰れた。暴れ回った晶の周辺は、建物や道路がRPGでも打ち込まれたみたいに壊れている。当の晶本人は、涼しげな表情。
「誰にも持ち上げられない鉄塊は、これ以上なくあいつに符合した。晶はあれを和紙一枚振り切る手軽さで扱い、インパクトの瞬間元の重さに戻す。持ち上げて振り下ろしさえすれば、あとは世界一重い鉄塊が重力に任せて落下してくれる。あいつのやってる事は、ただ持ち上げてるだけだ」
「晶は身体強化の才能がねえからどうしようもねえんだが、あれを俺が持ってたお蔭で相当に強い。まあ、実戦ともなればお前んとこの金属バットには負けるだろうけどな。ちなみに、手に持ったものを重くする事も出来る。確か、元の二倍くらいだったかな」
「またシンプルな……けど、あの武器があるなら、十分最強だ……あれ、でも、最初の敵は?」
「ああ、あれは敵に掴みかかって軽くして、叩き付ける時に極限まで重くしてるだけだ。相手が身体強化で硬化してる事もあって、鉄塊を地面に叩き付けるのと変わらねえ。パッと見た感じ、相手の能力は分からなかったが、鎖子の相手が晶の相手だったら、多分掴みかかった瞬間に殺されてたな」
まるで世間話をする軽さで、命のやり取りが紙一重であった事を知らされた。あの時私と晶の相手が逆だったら……私は、残る敵を撃破出来ただろうか。
「琢部、終わったぞ」
「おーよくやったよくやった。しっかり派手に壊したな。舞香に殺されるぞ」
「負けても殺される」
「それもそうだ。さて――」
晶は重量を限りなくゼロにしているのであろう棒を引きずりながら戻って来る。鉄棒にこびり付いた肉片や血液が、道路に赤いラインを伸ばす。
そこで、私はある事に気が付いて瓦礫の山へと視線を向ける。琢部さんの妻、愛羅さんが埋まっている瓦礫の山へ。
相変わらず愛羅さんは、細腕を瓦礫の山から生やしている。晶の能力は分かった。分かったけれど……愛羅さんは?
愛羅さんは、あの棒をぶん投げてなかったっけ?
「一旦の窮地は脱したか。次は裏切り者探しだな」
「じゃあヒルダの所に戻るか?」
「あん、お前ヒルダと一緒だったのか。ヒルダは何してんだ?」
「ホスピタルで襲われた。その時の敵を足止めしてる」
「ばっ!!!」
私の疑問点は沢山あったけれど、琢部さんの怒号で全て吹き飛ばされた。
「か野郎!!! ヒルダ今丸腰だろ!? それ置いてきてどうすんだよ! 先に言えそれを! 悠長にしてる場合じゃねえだろう!!!」
「あー……確かにそうだな」
私はヒルダさんの力量を知らないから、と言い訳は出来るが、この男はそれが出来ない筈だ。
晶は、相変わらずずれたペースで物事を進めていた。
「愛羅! ヒルダの刀!」
「は~い」
既に用意済みだったのか、瓦礫に潜む愛羅さんが刀身の長い日本刀を琢部さんに投げる。
琢部さんはそれを受け取ると、下駄を掻き鳴らして駆け出す。
「早く行くぞ! 鎖子もついて来い!」
「勿論!」
事態は、少し進展する。
裏切り者を探して、私達は駆け出した。
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