閑話

「父さんが運動神経良かったらなあ」


 父の朝霧譲は、中年太りとかそういうのとは無縁のスリムな体つきだったけれど、運動神経が壊滅的になかった。スキップの出来ないタイプの人間だけれど、大学時代にその事をきっかけにして同じ様にスキップの出来ない母さんと意気投合したから、その事をコンプレックスには感じていないようだった。


 当面の困り事としては、俺のキャッチボールの相手が居ない事だ。


「うーん……昔キャッチボールした時に、ボールが顔面に当たったのが怖くてなあ……母さんもそういうのは出来ないし……」


「そうねえ……私は、バレーのトスを失敗して、何回も顔でボール上げてたもん」


 母である朝霧綾は、そう言って笑った。二人がこんなものだから、俺の野球練習はいつも一人だ。


「せめて壁当て出来ればいいんだけどなあ」


「隣の家との間に塀でも作ろうか?」


「あーそれ助かるかも」


 ある日のなんでもない会話。いつも通りの緩やかな夕食。

 一家団欒と形容される、普遍的な時間。


 まだ、鬼の居ない頃の話。

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