リビングデッド・ラヴァーズ⑤

「それで、凉ちゃん大学は神奈川の大きいとこに行くんだって。学校の名前忘れちゃったけど……」


「へえ。まあ確かに利発そうな子ではあるからね。親元を離れても大丈夫だろう。ご両親の心労は察するに余りあるけれど」


 意外過ぎる事に、桜はこの村に来て人見知りを克服したかの様な振る舞いをする。深くんと凉ちゃんの積極性故の荒療治かもしれないが、もし日月に戻ってもこのままであれば、兄としてこの上なく嬉しい事だ。


「深くんはずっと素振りの練習してた。将来野球選手になりたいんだって」


「へえ、熱心だなあ。中学は大きいところにいって、環境が整っているといいね」


 夕飯を口に運びながら、桜はテレビに釘付けだ。そんな桜を微笑ましく思いながら、僕は気が重かった。


「はあ……」


 それは、つい似合わない溜息を溢してしまう程。


「どうしたのお兄ちゃん?」


 構ってちゃんの意思表示みたいで自己嫌悪。しかし、それ程に状況は切迫していた。


「なんだっけ、ネクロマンサーの人の事?」


「ああ、ベルデマット捕獲の依頼だけれどね、さっき連絡があって、生死問わずデッドオアアライブに変更された。当初は生け捕りだった筈が、これだ」


「ふうん。じゃあ簡単になったんだね」


 僕は桜の発想につい吹き出してしまう。それだったらどんなに良いか。世界中が桜だけになれば、ある意味きっと平和なのだろう。

 

「確かに桜の言う事も一理あるね。生け捕りは殺すよりも困難だ。けれど、重要なのは依頼の難度ではなく、アメリカの協会からの依頼内容が変更された事にある。それも、生け捕りから生死問わずデッドオアアライブ。それを漠然と受け入れる事も出来るけれど、なにか裏があると見るのが普通だ」


「そうなの?」


「例えば、想定していたより強い、とかであれば問題なんだけれど、僕の嫌いな事情が絡んだり、政治のバランスであったりが要因にあるのならば、それはそれは本当にめんどうなんだよ」


「ふうん……でも、お兄ちゃんなら勝てるよ。お兄ちゃん強いし」


「それはそうなんだけれど、僕が言ってるのはそうじゃなくてね……まあ桜はそれでいいか。けれど、当分は待機になるだろうね。今は下手に動けない。いや、動きたくないってのが本音かな。まあ、現状張っている網を解く訳にはいかないし、丁度良くもある。この二日間、手掛かりらしい手掛かりは掴めていないし、ゆっくりやるさ」


 たった一人の山狩りは、なんの成果もなく一日を浪費させる。ここが空振りであるのなら当然の事だけれど、先の見えない宝探しは辞めたもの負けだ。辞めないという事に意義がある。


「桜、もう少し此処に居ても平気?」


「うん、大丈夫。お兄ちゃんのお仕事だし、大丈夫」


 黙々と食事を口に運びながら視線をテレビから動かさない桜。片手間とは言わんばかりに僕の言葉に返答するのは、少し悲しい。


 なんだか弾まない会話に気を重くしながら、早々と食事を済ませる。僕は食器を持って台所に行き、洗い物をした。冷凍食品だけだと、洗い物が食器だけで済むので非常に楽だ。


 そんな事を考えながら水を止めると、くぐもったナニかが聞こえた。


「ん?」


 遠吠えに似た、ナニか。それはどこか僕には聞き覚えがあったけれど、微かな残響の正体を掴む事は出来ない。


「野犬……? 言っていたのはこれか」


 村人の全員から口を酸っぱくして言われたのは、夜間の外出と戸締り。僕はそれに反する事なく、真夏だと言うのに雨戸までを締め、その決まりを守っている。


 リビングに戻ると、桜はまだテレビに齧りついていた。時折食事を運ぶ手が止まるのは、桜にしては珍しい光景だ。


 しかし、珍しいというのなら、なによりその見ている番組だ。


「桜、ご飯の手止まっているよ」


「うん、ちゃんと食べる」


 ここでも、桜は空返事だった。それにしても不思議だ。今までそんな桜を、僕は見た事がなかったのに。


「桜、野球なんて好きだったっけ?」


 テレビに映し出されるナイター中継。桜は、躍動する白球に視線を奪われていた。


「勉強中」


 桜はそれだけ言って、またテレビに齧りついた。

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