第52話 ハンマーを打ち下ろす道
「ヘンリーに話をつけてきた」
ヘンリーさんの所から帰ってきた師匠が切り出す。お土産の鹿肉をエミリーが受け取り台所へ向かう。エミリーは嬉しそうだ。「お肉っお肉っ♪」ミリーの歌が聞こえる。ヘンリーさんのとってきた鹿肉は焼いたら凄く美味いもんなぁ。
「ナイフと手斧なんかの刃物の打ち方は教えてくれるそうだ。どっちもオーダー通りに打ってみせるから必要な分は真似して作れだとさ。10日のうち4日くらいなら仕事を見てやれるって言ってた。ヘンリーに感謝しとけよ」
師匠がドスッと椅子に腰を下ろす。俺はコーヒーを注いで師匠に出す。
「ありがとうございます!」
心の中でガッツポーズ。
「午前は銃の練習。午後はヘンリーの所で修行な。帰ってきたら報告&晩飯。修行がない日は俺が銃の加工を教える。しばらくそれでいくぞ」
「はい!」
コーヒーを口に運び、一息つく師匠と俺。
「ヘンリーの野鍛冶仕事は一流ではないが……アイツはなんでもやる。かなり勉強になるだろう」
「と、言いますと?」
できればその道のトッププロに学びたいところだが贅沢が言える立場ではない。
「ヘンリーはなんでも屋だ。ナイフ、包丁、斧。なんでも打つ。鍋や馬車の修理もな」
あごに手をやりちょっと考える仕草。
「なんにでも手を出すから特定の道を究めるってわけには行かない。そんな余裕はないからな。でもそれなりに使えるものを作っちまうんだ、あいつは。しかも普段は猟師をやりながら、な」
嘆息が漏れる。人のいいおっさんだとは思っていたが、実は凄い人なのか?
「なにか一つの専門にならなかった理由でもあるんでしょうか?」
コーヒーを飲みながら疑問を口に出す。
「北門の親戚に刃物作らせたら腕が良いのがいるからなあ。自分の限界が見えちまったのかもしれん……」
一瞬、師匠はよけいなことを言った、という表情を浮かべ。
「今のは俺の勝手な想像だからな。ヘンリーには言うなよ。あれでけっこう気にするタイプだ。へそを曲げたら教えてくれんかもな?」
と失言を笑いにしてごまかす。
「少なくともなにかあったらあいつに頼めば間違いないのは確かだ。ヘンリーの腕は俺が保障する」
「わかりました」
大人しく頷いておく。
「ヘンリーの所に行かない日は俺が削りを教えてやるから。な?」
ベック師匠の専門は
「バレルは強度と精度が必要だからな。おやっさんの所に頼めば間違いない。もちろん微調整や仕上げ、表面処理は俺がやってるけれど」
苦手なものは得意な人間に任せて自分のできることに集中する。これも一つのやり方だ。師匠はこのやり方でプロが使う道具を作っている。
一方、なんでも自分でやってしまう人間もいる。完成したものは一流が手がけたものには届かないが、実用には支障がない。それでいいという道具は自分でやる。ヘンリーさんがそのタイプだ。銃以外は自分でやる。頼まれれば馬車の修理から鍋、鎌の類まで直す。できることは自分で、というのも一つの道だ。
俺は後者になりたい。でも今の自分にできることはほとんどない。だからまずベックマン銃砲店に師事した。銃の使い方、修理、カスタム。まずはこれを覚えるつもりだった。
しかし。しかし道半ばで死んでしまうわけにはいかない。なんせ街の中で喧嘩があれば銃が出る。チンピラに絡まれることもある。街の外にはモンスターも出る。頼まれたこととはいえエミリーを守ると決めたんだ。いや、村にいたあの頃から、出会った時から僕はミリーを守ってきた。エミリー自身もそれなりに戦えることは先の商隊遠征で証明してみせたけれど。
理不尽な暴力がいつ降りかかるか分からないのは、北都市でチンピラに因縁をつけられた時から分かっている。暴力はいつも理不尽で唐突だ。あのときはなんとか切り抜けた。しかし次も上手く行くかは分からない。誰も保証してくれない。あたりまえだ。なら自分でやるしかない……。
自分を追い込んでいる気がする。
思い詰めて抱え込んではいないか?
自分の中に抱え込んだものが詰め込みすぎていないか?
溜め込んで詰め込んで。腹に抱えたものが爆発しそうなんじゃないか?
……あっちの世界で、あの晩に泥酔した時と同じなんじゃあないのかい?
誰か、俺とは違う声色の思考が流れ込む。
思考が空回りする。
「おい、酷い顔をしてるぞ。大丈夫か?」
師匠に声をかけられ我に返る。
「大丈夫です」
そう答えた。
そう答えたが、口の中が乾いている。指先が震えている。こぶしを握り、開き。マグカップを掴みコーヒーを口に含む。
まだやれる。動く。そう自分に言い聞かせる。
よくない兆候だ。またあっちの世界の俺と同じ失敗をするのか? 思い詰めるな。頭の中で、
「大丈夫ですから」
師匠に答えたのか、自分に言い聞かせたのか。分からないまま。今後の方針は決まった。
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