第53話 野鍛冶の師匠
ヘンリーさんを師匠と呼ぶようになった。
「おら、しっかり見てろ。イエロー直前になるまで熱してオレンジからレッドになるまで叩くんだ」
力任せに叩いて一気に形を作ったりはせず、何段階にも分けて形を仕上げていく。まるで鉄が硬めの粘土のようにじわじわと形を変えていく。縦横縦横。リズミカルに鉄を叩いていく。幅が丁度かあともうすこし、というタイミングで鋼材を立てて狭くする。叩いて伸ばす。ナイフの形が見える前、途中の段階からすでに完成したときの形が思い描かれているのだろう。叩く位置も力加減も一切迷いがない。
「おら、休むな。叩け叩け!」
「ハイ!」
師匠が保持した鋼材を俺と師匠が交互に叩いていく。カンコンカンコンとリズミカルに響く槌音。合間合間に燃えたぎるコークスの中に突っ込まれる鉄塊。
汗が止まらない。近くに置いたコップからチビチビと水を飲みながら作業を続ける二人。
「それ、いくぞ!」
カンコンカンコン。
コークスに突っ込まれる鉄板。
「ほれ形を整えるぞ!」
カンコンカンコン。
カンキンカンキン。
コークスに突っ込まれる鉄の細板。
ずいぶんとナイフらしくなってきた。叩く力もリズムもだんだんと小刻みに、鉄を掴んだ
カンッ、キンッ、カンッ、キンッ。
コークスに突っ込まれる鉄のナイフ。槍の先端のように細く形成されたそれはいまだ完璧な形ではない。
「よーし、柄の長さを整えるからジョニーは休んでろ」
柄になる方を赤熱させられたナイフ。その柄にタガネを叩き込み、鉄を千切っていく。
もう一度熱を入れ、ハンマーで形を仕上げる。
さらにもう一度。今度は全体に熱を入れ、一気にお湯の中に突っ込む。
ジュウッという激しい音と共に蒸気があがる。
再度軽く熱を入れ砂の中に突き刺した。
「ふう。後は研いで表面処理をすればブレードは終わりだ。どうだ、だいたい分かったか?」
肌は熱で焼け、その上を汗が流れ落ちるヘンリーさん。俺は冷えた水を差し出す。
「流れはなんとか。叩き具合や力加減、温度管理は全然です」
自分も水を飲み、答える。やり方は分かったが、やれる自信はまったくない。
「こればっかりは数をこなさんと分からんからな。明日までナイフはこのまま冷ます。明日は研ぎと表面処理を教えてやるから。おつかれさん」
「お疲れさまでした、ヘンリー師匠。ありがとうございました!」
翌日。黒くカーボンが表面に残ったナイフブレード。今日はその細部を成形、研ぐ作業だ。鉄ヤスリを渡され、指示だけ出される。こまかいブレードの形は俺の好みにしろ、ということらしい。とはいえ最初の依頼通りに形はできている。先端の鋭さを微妙に調整するくらいしかやれることはない。あとは柄の尻の部分の尖り具合を考えるくらいだ。
万力で固定し、金属ヤスリで全体を削っていく。黒いカーボンが剥がれ落ち、槌目がシルバーに輝いていく。鈍色の金属がだんだんと姿を現す。
刃の片方は鋭く滑らかなカーブをつけ、反対側は先端のみ刃をつけて残りはまっすぐに削り落とす。刃全体が鈍いシルバーになったところで砥石に移る。水を流しながら刃をつけていく。くすんだシルバーだったものがだんだんと輝いていく。片面を研ぎ、反りを取り。きっちり研ぎ上げて次の砥石へ。もはや鈍色は何処へやら。ブレードが見事に輝いている。
「だいたい終わったな。ふむ……研ぎは大丈夫か」
ヘンリー師匠がナイフの刃先を爪に当ててチェックしている。
「父に習ったので。それに村では自分でやるのが基本でしたから」
手を洗いつつ砥石も洗い、所定の位置に戻す。
「よしよし。ならグリップの穴あけて表面処理にいくか」
ボール盤にブレードを固定し、グリップを固定する穴を手早くあける師匠。目分量で位置決めをしていたように見えるが、そのバランスは絶妙だ。職人の勘働きというやつか。
ヘンリー師匠がやっとこでナイフの端を掴む。全体を煮え湯で温めてから拭き、薬液をハケで塗りたくる。塗った端からナイフは真っ黒になっていった。それを流水で十分に洗い、ウェスで拭き上げる。グリスを全体に塗り込んでいく。多少ムラのある黒だったナイフがグリスで見事に均一な色となる。
「綺麗だ」
俺が呟き、仕上がりに満足げなヘンリーさんも頷く。
「
「まだまだ先は長いですね……」
ため息がでる。
「グリップを作るくらいは簡単だ。
グリップは硬めの木を二枚。鉛筆で木材に大まかな形を書いて、ブレードにネジ止めしたら師匠がそれを削ってくれる。形ができたら一度ネジを外し、俺が選んだボルトの頭とナットがギリギリ埋まるように穴を広げる。
「具合はどうだ?」
「バッチリっす」
思った以上に手に馴染む。
削り出してあった真鍮板のヒルトをブレードに通し、グリップをボルト止め。はみ出たボルトの先端はグラインダーで削り落とし、形を整える。ブレードとグリップの幅が合わない部分はヘンリーさんがいつの間にかブレード厚に切り出してくれた木材を接着。ヒルトとの隙間も薄い木片を貼り埋める。ヤスリで整えるとグリップと一体化して、埋めた部分が分からないレベルになる。
「あとはタッチアップとグリップのオイル処理だな。タッチアップならベックの所でできるだろ。グリップだな。オイルフィニッシュなら……ほれ」
と、オイルが入ったボトルとウェスを渡される。グリップを磨き始めると。
「シースはそうだな、グリップと同じ木で良いか」
木を丸鋸で薄く切り出し箱を組む。ブレードの当たる側面の一部を削り薄い革を接着。全体を組み上げ、接着剤で貼り合わされ、四隅と途中がネジ止めされる。シースの差し口と角は軽く面取されている。作業に見とれている間にシースが出来てしまった。手渡されたそれにブレードを差し込むとひっくり返しても落ちず、手で引き抜けばほとんど抵抗なく抜き差しできる。どんな魔法だ……。
「グリップ穴をあけるときにブレードサイズを測っておいただけだ」
こともなげに答えるヘンリー師匠。すげえ、まったく気づかなかった。
シースもオイルで磨く。よく見ると刃先のほうに水抜き穴がある。師匠はシースとオイル瓶を受け取ると中にオイルを垂らす。水抜き穴から出てきたオイルはウェスで拭き取り、シースを寄こす。
「ベルトループは好きな位置につけろ」
と薄い鉄板に穴をあけ、曲げて木ねじと一緒に渡してくれる。これでナイフとシースは完成だ。
「明日は手斧だな」
これまた大変そうな作業になりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます