第51話 マニアックなブーツのオーダーと覚悟

 翌朝、師匠に靴の件を伝えると、俺とエミリー用に旅用のブーツを仕立ててくれるということになった。もちろん師匠が、ではない。師匠の馴染みの店で、だ。ちなみにブーツも仕事用品ということで師匠持ち。これで懐の心配なしに細かいオーダーを出しまくれる。

 街歩き用の靴はサイズの合う出来合いのキャンバス編み上げを買う。ソールは薄い革にゴムを貼り付けたシンプルなやつだ。

「すごく動きやすいかも」

 ミリーが試着して歩いたり飛んだりしている。今までのミリーのブーツは誰かのお古を直して締め上げることでむりやり合わせていたようだ。そんな靴で二泊の旅は辛かったことだろう。もうちょっと気遣うべきだったな。

 俺はあえてすこし大きめを買い、インナーソールを自作するつもりだ。街歩き用ということは普段はこれを履くことになる。街中で銃撃戦があった場合にはこれで自由に動けなければならない。くるぶしあたりまでを覆うハイカット、地味なカーキ色のキャンバスシューズを選んだ。

 そして今回のメイン、足の採寸と足型選びだ。これは俺もエミリーも合う足型があった。エミリーが早々に選んだのは旅用に向いたメンズスタイルのロングブーツだ。すねの途中までありズボンの裾を入れて引っかからないように動きやすさを重視したスタイル。足首と履口をベルトで適度に絞れるようになっている。いわゆるエンジニアブーツの長いやつ。といっても足首のベルトは飾りではなくきっちり固定できるようになっている。

 あとは俺用ブーツの形状オーダー。山歩きのブーツ、ハイキングのブーツ、エンジニアブーツ。どれにすべきか。とりあえずは古びた方を修理がてらエンジニアブーツっぽくいじってもらおう。当然つま先は鉄芯入りで。重くなってしまうが、鋼材を運んだりする場合もあるからしかたない。

 あたらしい方のブーツは半長靴スタイルの編み上げブーツにしてもらう。さすがにこの世界の技術レベルだ。ジッパー、ファスナー、チャック、まぁ呼び名はなんでもいいが精度に期待はできない。脱ぎ履きは面倒になるだろうがしかたない。贅沢はいえない。

 当然欲しいブーツの形状が伝わらないので三面図&縫製位置を指定。裾入れ裾出しのどちらの場合でも足の甲の部分が緩まないように、足の甲と脛部分の編み上げ幅を変えて別ピースにしてもらう。足首がある程度曲げられるようにという意味合いもある。靴紐の下のカバー、いわゆる中ベロはキャンバスにしてもらい、きっちり縫い付けてもらう。砂の入り込み防止だ。ソールの革と革の間には圧延鋼の鉄板を入れてもらい踏み抜き防止。トゥにも同じく圧延鋼の鉄芯を入れてもらう。足の甲は靴紐を絞ればきっちり押さえられ、足の指は多少遊んでぶつからない程度のスペースを確保。靴下二枚の重ね履きでちょうどいいサイズを目指す。ハイカットのキャンバスシューズを鉄と皮で補強したようなブーツになるだろうか。この世界には高強度な合成繊維はないだろうからしかたない。そして一番の難点が靴底ソールだ。


 ソールは革のミッドソール、厚めの革アウターソールにゴムを貼った上でブロック状に切ったゴム板をしっかり接着してもらう。取れないように内側から釘でも固定してもらおう。削れてくればスパイク代わりになるかもしれない。ゴムを一体成形できるならそれが理想だが、まだ技術的に無理だろう。元型を作って流し込み形成ならいけるかもしれないけれど強度が不安だ。構造を断面図で説明。

 ブロック配置もイラストで説明。縦横に滑りにくく、踏み出したときにしっかりグリップするように。

 周囲にブロックを並べて、拇指半球部分にも大きめのブロックを配置。かかとは減りやすい外側に大きめのブロックを置く。内側はタイヤのトレッドパターンのようにナナメに絡み合うようにブロックを互い違いに置いていく。拇指半球からつま先付近へのブロックは多少細かくブロックを置いてもらう。歩くときに濡れた石やタイルの上で滑るときはだいたい踵をついたときか重心をつま先に移したときなのだ。

 現代ならビブラムソールのエッジが立ったモデルを選んでおけば間違いないのだが、この世界では期待できない。ないなら作るか、プロに作ってもらうしかない。念のため磨り減った時用に替えのゴムブロックソールも数足分作ってもらうように依頼。山歩き専用のオリジナルモデルとして専売していいから、とお願いもしておく。ついでにゴムを扱う業者さんか金属鋳造の金型屋さんに持ち込んで同じやつを量産するアイデアも提供。形成時に圧力を掛けて固まるまでの時間が難しいことを伝えておく。これでゴム底ブーツが安定供給されるようになればいいが……。


 ふと師匠達を見ると唖然と、むしろ得体の知れない生き物を見るように俺を見ていた。またやってしまったか……。

「その、なんだ……。なんでジョニーは靴や服にやたらと凝るんだ?」

 あきれた顔のベック師匠。

「ジョニー、変。すっごい変。ジョニーじゃないみたい」

 ちょっと怯えているエミリー。

「山歩きのときに靴は大事なんですよ。村にいたときは贅沢いえないんで、ずっと同じの履いてましたが……」

 といってちょっと遠い目をする。親に対する気遣いを演出しつつも頭の中では「元の世界で高い金出して買った靴が雨の日には濡れたタイルやリノリウム、グレーチングの上では危険で履けたもんじゃない。晴れの日専用にせざるをえなかったときの悲しさ」が浮かんでいたのだが。

 なんにせよあっちの世界ではコケたところで頭さえ打たなければ怪我くらいで済む。こっちだとモンスターに喰われることになる。

 ……死んだら、いや死ななくても隙を見せたらモンスターに喰われるかもしれない。そんな過酷な世界だ。いや、それでなくても。西都市の中でさえ中心街を外れれば。喧嘩に巻きこまれて撃たれる、チンピラや強盗に小銭や金目のものを狙われて撃ち殺される、そんなこともあるという。街中ですら絶対安全とは言えない。元の世界、いやあっちの世界の常識は一切捨てよう。早く、それも深層心理、無意識のレベルでこちらの世界の住人にならなければ。

 俺が死んだらミリーを守れない。師匠やヘンリーさんへの恩返しもできていない。

 用心してしすぎということはないはずだ。

 決めた、徹底的に準備をしてやる。殺されないために。守るべきものを守るために。

「師匠。ナイフと手斧を作れる、腕の良い鍛冶屋を紹介してください。俺のオーダーに文句をつけない人であれば」

 たぶんこのときの俺の目は、酷く濁った光を宿していたにちがいない。

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