第31話 エミリーのライフル技術をチェックをしないと先へ進めない

 ライフルを担いでメンズの旅行着にハンチング帽のエミリーが歩く。師匠は双眼鏡に弾薬にターゲット代わりの板を抱えている。俺はいつもの装備とレバーアクションカービンに練習用の弾薬を背負って二人の後をついてゆく。ちょっと物騒な三人組だ。


 西都市の東門に到着。出国手続きのようなものがあるらしく、人が並んでいる。その中にヘンリーさんもいる。丁度ハンティングにいくタイミングだったようだ。

 出国手続きといってもそれほど面倒ではない。犯罪者やよけいな人間が出入りしないように身元の確認をする程度のことだ。手配書が回ってなければちゃんと武装しているか、目的は、と聞かれて、はいOKとなる。

 要は犯罪者が逃げたり西都市民が命をドブに捨てないように注意喚起をしているわけだ。


 人間が貴重なリソースだというのはここでも開拓村でも変わらない。畑を耕す馬や牛と同じように物を作れる人間は貴重な存在なのだ。人口が減ると都市は成り立たなくなり緩やかな死を迎えることになる。


「お久しぶりです、ヘンリーさん」

 列に待機していたヘンリーさんに声をかける。

「おお、ジョニーじゃねえか。ベックもいるってことは買い出し、ってわけでもなさそうだな。馬車じゃねえもんな。ハンティングの練習か?」

 さすがにベック師匠とつきあいの長いヘンリーさん。察しがいい。

「今日はうちの弟子とそのツレの特訓よ」

 師匠がヘンリーさんに返す。

「ツレ? ジョニーと一緒に弟子を増やしたってか? 懐のあったかいやつは違うねぇ」


 厳密には弟子ではなく売り子である。


「初めまして、エミリー・コウといいます。ジョニーの妹です」

 勝手にいいかげんな自己紹介をしているエミリー。

「のようなものです。こいつは師匠んとこで売り子をやることになりまして」

 補足を入れる。

「ジョニー君を慕って村から追っかけてきたんだと。若いってえのはいいもんだな」

「おうおうえらい別嬪さんじゃねえか、ジョニー君も隅に置けねえなぁ」


 おっさん二人にいじられる俺。照れているのか身体をくねらせているエミリー。よく見るとコートの下でしっぽがパタパタしているのが分かる。

 獣人の血が入ってることがバレたらどうするつもりだ。まあヘンリーさんは悪い人じゃなさそうだから大丈夫だとは思うけれど。


「んじゃ、またな。ベック、美味い肉を差し入れてやるからポンプ銃を安くしてくれ」

「おう、生半可な肉持ってきたら割り増ししてやるから気合い入れてけよ」


 二人はがははと笑い合って分かれる。


 東門の外は荒野が広がる荒れ地だ。ヘンリーさんは馬に乗って地平線の先に見える森へ向かっていった。

 振り返ると城壁のような石壁と分厚い木材でできた東門。相当の年季が入っている。100年ほど前にあったというモンスターの襲撃の痕跡か、ずいぶんと酷い傷跡があちこちに残っている。内側にあったような盛り土が外側にもあり、ずいぶんと高い壁がぐるりと都市を囲っているのが分かる。道の両側は盛り土で視界が利かない。モンスターに襲撃されたらちょっと怖いな。

 師匠にそれを聞くと。


「都市の回りは荒野だからたいしたもんは出ねえよ。遠くまで遮るもんがねえからなにか来たら壁の上の見張りが真っ先に見つけるさ。見張りが使ってる望遠鏡もうちで仕入れたもんを使ってるからな」

「見張りは志願かなにかで?」

「いや、保安官の管轄だ。連中の部下が交代で見張ってる。警邏けいらの一環だな。たいして危険はねえ割にちゃんと給料出るってんでやりたがるやつが増えてるって話だ」


 見張りだけで飯が食えるなら確かにいい仕事のように思える。が、警邏の一環ということなら喧嘩を止めたりするのも仕事のうちなんだろう。街の人間がほとんど銃を持ってるこの都市で、喧嘩の仲裁ってのは見張りよりも死にやすそうでご遠慮したい。

 やれることがあってよかった。つくづくそう思う。


 しばらく歩いて適当な柵と看板が見えてきた。「ベックマンのシューティングレンジ。無許可で立ち入った場合は生命を保証しない」と書いてある。わお、ワイルドワイルドウェスト。

 柵の中には物置小屋と一列に並んだテーブルがいくつかある。荷物を小屋の前に下ろすと師匠が35mくらいの距離に立っている柱に板を打ちつけて戻ってくる。


「じゃ、ジョニーは今のターゲットに向かって二箱練習な。お嬢ちゃんは向こうのターゲットが見えるか?」

「はい、あの木の所にある板ですね?」

 影になっていて俺にはよく見えない。

「そうだ。あれに向かって……撃ってみせるから真似してみろ」


 そういって師匠は双眼鏡を三脚に固定してテーブルに置く。転がっていた椅子を脇によけて立射のかまえを取る。

 ボルトを引いて上から弾が固定されたクリップを挿し、弾を押込んで弾倉に送り込む。クリップをポケットに納めてボルトを前進させ、一息吐いたあとに撃ってみせた。


 ターン、カシャッ。

 ターン、カシャッ。

 ターン、カシャッ。

 ターン、カシャッ。

 ターン、シャッ。


 五発の弾が発射される。

 椅子に座って双眼鏡でターゲットを見ていた俺は息をのむ。

 見事に五発の弾丸がターゲットのほぼ中央に穴をあけたからだ。


「師匠、あのターゲットのサイズはどのくらいですか?」

「今日持ってきたのと同じだ。横2フィート縦6フィート」

 人と同じくらいのサイズ、ということはここからターゲットまでおよそ150メートル。アイアンサイトで立射、ほぼ無風とはいえ……


「すげえ」


 感嘆しかでてこない。

 横目で師匠のほうを見る。エミリーが今まで以上に真剣な顔をして師匠の一挙手一投足を観察している。


 すばやく再装填するとまた五発をターゲットに撃ち込む。

 五回の発射音とボルト操作の音が鳴ったあと、ターゲットの頭部に近い位置にまた密集した穴があいていた。

 師匠がボルトを引いたままのライフルをエミリーに渡すと。


「やってみな」

 とだけいって数歩下がる。

「こらジョニー、座ってターゲット見てんじゃねえ。お前はやることあんだろうが!」


 叱られてしまった。

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