第30話 歴史と単位と進化と哲学にまみれた朝食の時間もしくは中二病の発症

 翌朝。


 ノート片手に師匠と朝食。一つ違うのはエミリーがいることだ。それ以外はいつも通り。コーヒー片手に今日の予定について話をした。


「お嬢ちゃんにはライフルの腕を見せてもらおうか」

 師匠は唐突に切り出した。

「どこでやるんです?」

 と俺。

「裏のレンジで使い方を教えたら、壁の外にある試射場につれていってやる」

 そんなものがあったのか。さすが、ギルドの幹部。金持ちであるなぁ。その割には従業員が一人もいない。結婚もしているのかいないのか。浮いた話も聞かない。


「お弁当を作りますね!」


 エミリーはノリノリである。ハイキングかなにかじゃないんだから。


「おう、食料庫の材料は好きに使っていいからな」

「わっかりましたぁ」


 鼻歌が混じって機嫌がいいようだ。しっぽも揺れている。


「その試射場はどのくらいの距離が取れるんですか?」

「最大で1/4マイルくらいだな」


 ざっくり400メートルである。いまいちこの世界の距離の単位が分からない。ヤード・ポンド法に準じた単位系のようだが、普段の会話ではそんなに距離の話などしない。

 銃の改造の話をしたときはインチ単位を使っていたからアメリカっぽいな、くらいの認識だった。もともと左右の足で一歩づつ歩いてさらに同じ足を出したときの距離を1000倍したものからマイルが決まる。その三歩分を五等分してフィートが決まったんじゃなかったか。

 人の身長に左右される単位ではあるが、理解はできる。文化が違っても人間の身体のサイズや星の巡りで距離や時間が決まるのはよくあることだ。精度は抜きにして。

 つまりこの星はおよそ地球に近い環境にある、ともいえる。もしくは実際がどのくらいの時間であろうと日が昇って沈んでまた昇るまでの時間を一日と定め、24で割ったものが一時間だと認識できているというだけのこと。その24という数字も人差し指から小指までの四本の指にある関節の数を倍にした、なじみのある数字ということだ。12を12と認識しているが、元の身体との記憶の整合性は怪しい。


 そもそもこの会話自体が日本語でなされていると俺は理解しているが、本当に日本語なのか怪しい。「僕」の記憶が「俺」の理解を上書きして適当に翻訳されている、もしくは認識をねじ曲げられている可能性もある。

 が、特に不都合はないので構わない。会話も書き文字も自分の「日本語」で通じているようだし。世界が変わっても一日は24時間だし、メートルはメートル、マイルはマイルだ。


 小難しいことを考えても仕方ないのでライフル射撃に意識を向ける。


「着弾の観測には双眼鏡かなにかを使うんですか?」

「おう。この間手に入れた最新型を使うせっかくの機会だからな」


 といって師匠はおなじみの形の双眼鏡を棚から出してくる。プリズム式だ。これが最新型ということは、光学機器に関しては元の世界では1890年くらいの技術水準だということか。ライフルやリボルバーの形を見てもだいたい同じくらいの時代だ。ということはしばらくしたらオートマティックの銃も登場するのかもしれない。

 M1911、いわゆるコルトガバメントの原型の登場が1911年。改良型のA1は1926年だったっけ?

 それから100年、基礎的な設計・・・・・・はほとんど変わらないはずだ。ストライカー式とか素材がポリマーになったりとか、リコイルのロック方式などはある程度の進化はあるけれど、基本はほぼ完成する。


「どうせならライフルにもスコープを付けましょうよ。三倍から九倍くらいのやつ」

 俺が師匠に提案する。

「そういやそういうのもどっかの都市で作られてるって聞いたことがあるな。試してみるのも面白そうだ。丁度いいサイズのが手に入ったらやってみようか」

 すでに存在していたらしい。幸いといっていいのかこの世界ではパテントという概念が存在しないようなので、師匠の店で売ってもどっかから怒られることはないだろう。

「ジョニーってそんなこと考える頭だったっけ?」


 失礼な。とはいえメインの思考は「俺」の記憶ベースなので元の「僕」と違った性格や知識になっても仕方ない。いまさら元の「僕」に戻っても困る。なにより「僕」に戻ったら今の「俺」の意識はどうなってしまうのか。


 この年になって中二病的な哲学的問題が俺の思考をかき乱すことになるとは。身体は15歳だから仕方ないのかもしれないけどね。

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