第26話 非日常は突然に

 テイラーを出る前にリボルバーに弾を込める。


 これでいちおう身を守ることはできるようになった。

 今までは右腰に豆弾リボルバーを吊ってたのだけれど、それに加えて左太もも前に.44口径を提げることにした。

 バッグの中には履いてきたズボンと作業用ズボンの洗い替え、それに作業用の革ジャケット。補強されている作業ズボンをサスペンダーで吊して腰回りにはガンベルトと二丁の拳銃。上にダスターコートを羽織ってバッグを左肩から斜め掛けして絞る。左の前身頃は自由にめくれるから抜き撃ちは可能だ。練習してないからすばやく抜くことはできないけれど。


 癖でノートと鉛筆をポケットに入れようとしたが、適当なポケットがなくて困る。仕方ないのでダスターコートの内ポケットに突っ込もう。フードは取り出してコートにつけたままでいいや。これでタンブルウィードが転がってコートの裾がはためいていたら完璧に西部劇だよな、などと考える。

 バッグをかけたままフードを付けようとして四苦八苦していたら見かねたテイラーの店長が付けてくれた。


「それではまた、帽子のお引き渡しのときに。ご愛顧ありがとうございます」

「どうも、お世話様です」


 ついついお辞儀をしてからお店を出る。なんか締まらない。マカロニウェスタンの主人公がぺこぺこお辞儀してたらシュールだろ。嗚呼、電話口でもお辞儀をしちゃう日本人よ。

 なぜ相手が見てもいないのにお辞儀をするのか、という哲学的、人類学的難問を抱えながら歩く。町並みはウェスタンの映画セットそのもの。離れた所に街を取り囲む石垣のような城壁。下の方は盛り土で高さを稼いでいるようだ。所々は針金でできたかごに石を積めたもので補強されている。戦争の爪痕だろうか。

 道はぬかるんでいて歩きづらい。所々に馬のくそが落ちているので要注意だ。ブーツが汚れたり濡れたあとは替えがないから困る。そこそこ古ぼけてきているブーツしかないからなぁ。やはり予備を一足オーダーしてローテーションすべきか。他の人はどうしているんだろうね。大通りだけは石畳になっているから大通り沿いの師匠の店近辺を出歩くだけならマシなんだけれども。

 靴職人ギルドとか革職人ギルドでもあるのかな、などと思いつつ師匠の店に帰る。そういえば村にはそういう職人さんはいたなぁ。アルバムをめくるように「僕」の記憶を漁って思い出す。「俺」の記憶を漁るときは映画のように脳裏に浮かぶのだが、この違いってのはなんなんだろうね。


「ただいま戻りました!」

「おう、お帰り」


 出迎えてくれる師匠がにやにやしている。ガンベルトの件だろうとあたりをつける。

「師匠、ありがとうございます!」

 と深々とお辞儀。この行為は「僕」の記憶でも最大限の感謝を表すジェスチャーだ。

「おうおう、いいってことよ。それで練習して一端のガンスリンガーになって、ガンスミスの仕事の役に立ててくれや」

「はい!」

 返事だけは元気。いや、本当に感謝してはいるんだけれど。

 とその直後、師匠がにやにやを一層強くしている。なんだと思う間もなく走る衝撃。


「ジョニー、会いたかったよぅ!」


 聞こえる少女の声。吹っ飛ぶ俺。にやにやを浮かべている師匠。

 その瞬間がスローモーションで強烈に焼き付けられた。

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