第25話 仕立て上がったコート+α
十日ほど経った頃だろうか。
そろそろコートが仕上がっているということなのでテイラーに向かう。
「いつもの.44口径を持ってけよ」
そんなに危険なのか? 俺を送り出す師匠の顔が少しにやけていた。
テイラーに着くと店長がわざわざ出迎えてくれた。考えてみれば鍛冶屋ギルドの幹部とその弟子の注文である。街の顔役の部下が店に現れたのとほぼ同義。よい顧客だと思われているのだろう。
「注文してた革の上着とコートができていると聞いて来たのですが」
ピシッとした三つ
「はい、ベックマン様、オカジマ様のご注文の品は完成してございます。どうぞご確認ください」
まず渡されたのは革のジャケットだった。
大きなウェストポケットの下にハンドウォーマーポケットがついている。袖のリブは袖口から少し内側に引っ込んだ所についている。細かい作業時にリブを巻きこまないように配慮したのだろうか。全てのホックボタンは服の表に出ないように隠しになっている。やはり作業中に製品にぶつけて傷を作らないような配慮なんだろう。
革のジャケットと一緒に渡されたのは作業ズボンだった。師匠がわざわざこちらも注文しておいてくれたらしい。ストレートジーンズに似た綿の生成り帆布のパンツだ。これも表にメタルボタンが出ないようなデザイン。
サイドにジーンズのようなポケット。尻にはポケットがないが、代わりに二重になって補強されている。膝も同様だ。それにしても分厚い生地だ。元の世界のジーンズより分厚く重い。22~25オンス程度の生地だろうか。
ベルトループはないが、ハイウェストになった部分にボタンがいくつかついている。
店長がサスペンダーを渡してくれる。
試着してみたが実に動きやすい。ごわつく以外は。裾は長く作ってあり、膝を曲げて丁度いい感じだ。ワーキングブーツとセットで履くのが前提なのだろう。膝当て位置も丁度いい。さすがテイラーメイド。
革ジャケットは丈が短めでポケットが隠れない程度の長さ。背中側が少し長めに作ってあるのは前かがみになる作業用だからか。脇の下のハトメは蒸れ防止だろうか。
「いかがでしょうか?」
「すごく動きやすくていい感じです。暑い日にはきついかもしれませんけれど」
といったら少し笑われた。
「たしかに今日は少々暑いですからね。それに作業場はもっと暑いでしょう」
次はレインダスターコートだ。
先ほどの作業パンツより薄手の帆布にロウ引き加工がなされている。独特の風合いがいい味だ。肩周りは二重。やはり脇の下にはハトメでベンチレーターになっている。襟部分にボタンがついてオーダー通りのフードがつけられる様になっている。取り外したフードはバッグにでも入れておこうかと思ったが、内ポケットがついて、そこに収まるようにしてくれている。使う人のことを考えてあるんだなぁ、と感心した。俺もこんな職人になりたいものだ。
試着として作業着の上に羽織ってみた。多少暑いが、夜は寒くなるので丁度いいかもしれない。昼間は革ジャケットを脱いでおけば問題なさそうだ。
貫通ポケットはちょっと広すぎる気がする。作業パンツのポケットに手を突っ込めるが、その上の方まで動かせるほど余裕がある。抜き撃ちするときの稼動範囲に近い。まさかこれも考えられていたのだろうか。どれだけ顧客のことを考えて仕立てているのか。よく分からないのは右側だけ腰の貫通ポケットから前に滑らかな生地で内張がされていることだ。これはボタンホールを内側で塞ぐ感じに伸びている。
「貫通ポケットは少々大きめに作らせていただきました。
銃を扱うとのことでしたのでファストドロウの邪魔にならないように」
「すばらしいです」
「実はベックマン様にそのように、とあとから指示がありまして。ご都合が悪ければ直しますが、いかがいたしましょう」
「このままで問題ありません。抜き撃ちを試してみて引っかかるようでしたらまた直しをお願いするかもしれませんが、そのときはよろしくお願いします」
実に満足できる仕事だ。
「すでにお支払いいただいておりますので」
いったいいくらかかったのか。怖くて質問できない。
「あと、これもお渡しするようにベックマン様から言いつけられております」
と革のベルトらしきものを取り出してきた。ポーチのついたガンベルトだ。
「これは?」
「ベックマン様が革職人にオーダーなされていたものだそうです。
一緒に渡すと喜ぶだろう、とのことでした」
喜ぶどころの騒ぎではない。大歓喜だ。バッグに入れていた.44リボルバーを挿し、腰に装着。
ホルスター部分はベルトに通すタイプで右腰にも、左腰から右手で抜くクロスドロー位置にもつけられるタイプだ。まず右腰位置で試してみる。貫通ポケットに手を突っ込んで抜き撃ちの真似をしてみる。どこにも引っかからず抜くことができた。これは
次はクロスドローポジション。といっても完全に左腰にしてしまうと早撃ちは難しいので左太ももの前あたりにする。コートに隠して携帯できるが、抜き撃ちにはちょっとコツがいりそうだ。左手で前身頃を払い右手で抜く。そして払った左手をリボルバーの上に。ガンベルト左のポーチに左前身頃が引っかかって邪魔にならない。これはいい。
もしかして銃の練習中に師匠がちょくちょく出かけていたのはこれの注文にいっていたのだろうか?
ありがとう師匠。そしてテイラーのおじさん。大切にします。これで俺も形だけはガンスリンガーの仲間入りだろうか。
「気に入ったのでそのまま着ていきます。師匠にも見せたいですし」
「はい、問題ございません。履かれていたズボンと、替えの作業パンツは一緒にお包みいたします」
「あ、それと帽子も作っていただきたいんですが」
「帽子屋さんをご紹介いたしましょうか?」
帽子は職人が違うのだろうか。
「素材がフェルトかストローですので、テイラーとは違う技術が必要な部分も多いのです。なのでうちではお作りすることはできかねます」
困った。街の人が被っているような帽子はここじゃダメか。
「コートと同じ素材か帆布で帽子を作るのはできますか?」
「それであれば承ることも可能ですが、他の帽子屋さんと同じ形というのは無理かと」
「フードをつけるほどは寒くないときに日よけとして使う帽子にしたいんです。場合によっては帽子の上からフードをかぶる場合もありますが。
こういう形の帽子で、縫い方はこういう感じに。素材はロウ引き帆布で、ここに布ベルトを、こっちには紐を……」
俺の悪い癖が出た。元の世界でのお気に入りをこっちで再現したくなったのだ。数十年は先取りする形になってしまうが……
「それであれば可能かと。しかし縫い行程に手がかかります。お安く仕上げるのであればミシン縫いとなってしまいますがよろしいですか」
「まったく問題ありません」
なんせ元の世界ならミシン縫いが当たり前なのだから。この世界では手縫いが高級品、ミシン縫いは機械の精度の問題もあって安物ということらしい。ばっちりがっちり縫い付けられているのであれば手縫いだろうがミシン縫いだろうが俺は気にしない。
「であれば、大銅貨五枚ほどかかりますがよろしいですか」
「よろしくお願いします!」
気持ちよく大五枚を支払う。
本当であればコートに合わせてカトルマン、いわゆるカウボーイハットか革ジャケットに合わせてフェドーラ帽、インディ・ジョーンズの被っているスタイルがよかったが、信頼できるテイラーに任せたい気持ちが強くなっていた。
「では三日後に」
三日後が楽しみだ。
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