終円

 オフィーリアが竜を召喚したらしい。

 キオネの眼の前には竜のくろい脚がある。オフィーリアを食い、巨大化した竜がぶち抜いた天井と壁の残骸に、キオネは隠れていた。竜がなにを考えて絶命したように見えた女を丸呑みにしたのかはわからないが、竜のくろさ、発する魔術粒子の気配は変わらない。一層強く感じはするものの性質に変化は感じられない。このくろい竜は、オフィーリアに召喚されている。彼女は死んだにも関わらず。この、キオネのこの手で殺したにも関わらず。

 信じられない。思わず呟いてしまった。竜の脚がすぐさま、向かってきて、キオネは移動する。直後竜の脚がそこを踏み抜く。ぐらり、床が傾いだ。石を積み重ねた塔だ。ばらばらになって崩れ落ちきってしまうのも時間の問題だろう。

 ぎい。ぎいぎい、耳に触る金属質の獣の声が聞こえて、くろい竜はそっちへ――キオネとは正反対――向いたらしい。しめた。階段を探り探り降り、欠落部分を飛び越えているところで、足場が揺れた。くろい竜が重い一歩を踏んだのだ。とっさに掴まれる場所があり助かったが、これがなければ死んでいたかもしれない。キオネは足下を見て、舌打ちした。直下の足場までは飛び降りたらどんなに上手く着地しても命は無さそうだ。階段も今の揺れに崩れ始め、進行可能な道筋がない。一先ず今捕まっている窓枠へよじ登った。

 窓から見える高さからして、大して降りていない。外にも退路はないように見える。その景色の中に、あかく染まりつつあるしろい竜がある。間に塔を一つ挟んだ塔の最上階だ。あちらも崩れてはいるが、こちらほどではない。

 あのあかい竜は、くろい竜と決着がつくまでここでやりあうつもりだろうか。

 それは困る。竜どもの喧嘩ならここではないどこかでやって貰わなければ。この塔はもう保たない。衝撃を受けても受けなくても、崩れ落ちてしまう。魔術でなにかをどうにかはできるかもしれないが、魔術の気配でくろい竜に見つかってしまうだろう。

 竜がいなくなれば助かるかもしれない。

 キオネは知恵を絞った。掌を握ると、力がほとんど残っていないことに気がついた。爪が割れ血濡れた感覚があつく、痛い。いつの間にか頭をぶつけていたらしい。血が額を伝ってくる感覚がある。

 ”矢”の照準をあかい竜に合わせる。

 あかい竜は身体を震わせ、翼をうつ。こちらへ、くろい竜へ向かってくる。塔が揺れた。大きな揺れだ。塔の壁が、床が、のたうち波打つ。くろい竜が飛び立つのだ。キオネはあかい竜を追って、直上を仰いだ。くろい竜が飛び立とうとして、あかい竜が突撃、くろい方はそれを受け止め、受け止めきれず、一歩を踏む。揺れ。あかい方が飛び退く。それを追う、くろい竜の、背。

 キオネは矢を放った。

 くろい竜が、こちらを振り返る。オフィーリアと同じ。眼が合った。竜はこちら

に、矢に、向かってくる。矢がくろい竜の胸を貫き、なお、竜は止まらない。竜の手が迫ってきて、キオネを崩れ落ちる石壁ごと圧した。その圧迫の中で、キオネはわらった。この竜は、これで終わらせられると思っているのだ。くろい竜は悲鳴を上げ、のたうち、飛び上がる。『我々』はそれを追わない。これは終わりではない。これで終わりではない。『我々』は、かつてキオネだった体験から知っている。終わりと始まりの円はまだ回り始めたばかりであるのだ。


160212

第83回フリーワンライに参加したもの。

お題:しゅうえん

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輝く瞳に夜の色 木村凌和 @r_shinogu

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