どこかの未来でこんにちは

YU!

第1話 手のひらサイズの同居人

 西暦2046年

 この世界に人間と同等の感情を持った高度なミュニケーションロボットが誕生して、早20年の歳月が流れていた。


 最初のコミュニケーションロボット。

人そっくりに化学的な合成で作られた人造人間――バイオロイドと呼ばれた存在達が世界に向けて発表された時、人々は好機や恐れの感情を抱きながらも時間と共に彼らの存在は受け入れられ、彼らは人間のよきパートナーとして認知されて、さまざまな分野で活躍の場を広げていった。


 そして現在、コミュニケーションロボットの技術力は加速度的に成長を続けて、現在15センチまでそのサイズを小型化させたのだった。


「ご主人、ご主人、ここまでは基本的な知識ですけど、当然理解していますよね。…って、聞いてるんですか?」


 小さな身体で器用にタブレットを抱えながら、ロボットの歴史という今時の小学生が習うようなページを開いて、自身の主人に見せ付ける小さな少女。

 全長15センチの機械のボディを持った彼女は、現代社会に広く流通したコミュニケーションロボットの中の一台。

 月女神アルテミスと名付けられたロボットである。


「あぁ、ちゃんと聞いてたと思うぞ。この目が嘘をついてるように見えるか?」


 その言葉に自身の主人の瞳をジッと見つめた小さな少女は、溜息を漏らす。この分では、最初から聞いていた気配はなさそうだと判断した彼女は、両手いっぱいに抱えたままのタブレット端末を下ろして腕組をする。


「ご主人、恥ずかしい思いをしない為にもいい加減に基本的なことくらい、頭に叩き込んでくださいよー…あ、話し変わっちゃいますけどメール届いてますよ」


 朱色に染まりだした西日に照りつけられながら、自室の机の上に突っ伏して小さな少女の主人である青葉樹は、呻き声を上げながら、のろのろと身体を起こして口を開く。


「暑い…溶ける…。いつも通り、途中からアルテミスの整備の話にすり替えて話そうとしてただろ…もう、その手には乗らないからな」


「あれ、バレちゃいました?いい加減、私の整備も自分でやれるようになってくださいよ」


 7月の終わり。からっとした夏の西日の差し込む事務所内。樹は、冷気を回そうと扇風機とエアコンをフル稼働させても気温の上がり続けている部屋に溜息を漏らす。これでは、外に出ていた方が幾分マシなのではないだろうかという考えが過ぎるが、事務所の中にいなければ依頼人も来たものではない。


 内心これでは、電気代だけが無駄に上がっていくばかりじゃないかと思いながら、水滴の吹き出た炭酸水の入ったグラスの中身をあおるように飲み干して、少女から差し出されたタブレット端末を受け取る。


「いったいどこの世界にロボットの整備をロボット自分でやらせるご主人がいるんですか?…目の前にいましたけど」


 呆れたように主人である樹を見上げながら、腕組みをする少女。

 日の光を浴びて透明度を増した水色の髪と瞳。青と黒を基調にした素体に彼女に合わせて作られた白いスーツ。清楚な印象が目立つ容姿を持ち、個別名を葵と名付けられた月女神アルテミス


「毎回言っていると思うんだが、15センチのロボットであるアルテミスの整備するだけのスキルなんて俺には持ち合わせていないぞ」


 タブレットを片手に大げさに両手を広げる樹の姿に葵は、小さな身体をバネの様に動かして、タブレット用のタッチペンを蹴り上げる。樹は、サンキュと小さく呟きタッチペンを受け取り、タブレット内に情報に記入を始めていく。


「そりゃあ、人工筋肉や間接サーボの交換やアクチュエーターの調整をしろって言ってるわけじゃないですよ?もっと単純にナノマシンの人工血液の供給とかできることがあるじゃないですかー」


「それ、勝手に注文してるアルテミス用のドリンクだよな…」


 樹は、タブレットを走らせる手を止めて葵にジトッとした視線をぶつける。そんなものを供給しろとは、どういう料簡だと言わんばかりの樹に葵は、やれやれと嘆息を漏らす。


「もー、口で摂取するよりも直接背中のプラグに指してもらった方が劣化も少なくて、供給効率がダンチなんですよ!ダンチ!手元にデータ送るんで確認してくださいよ!」


 彼女は、手の平を広げてアルテミスサイズの空間ディスプレイを投影して、それを樹に振りかぶる。タブレットが葵から受け取ったデータを自動受信して、比較データを表示するが、樹はそれを見ようともせずに引き攣った顔で葵に問いかける。

 

「いや、そんなことよりダンチなんて言葉どこで覚えてきたんだよ…」


「こんなこともあろうかと、密かにご主人の倉庫に眠っていた映像ディスクから勉強させてもらいました!」


 その言葉に樹は呆れながら、軽く指先で葵の頭を押し出す。突然の行動にコテッという音を立てながら座り込む葵。小さな瞳で、樹に非難の目をぶつけていく。


「なんで、よりによって今から100年は前のアニメから学んでるんだ。というか暇だったから見てただけだろ!」


 アルテミスは、その拡張性の高さと豊富な人格AIが用意された高級層をターゲットにした隙のない作りをした機種である。ロボットと言えば、食事をしないで活動できるイメージが持たれているが、アルテミス用に調整されたナノマシンなどを食事のように口から補給することが可能である。

 より人間さを追求した結果、このような機能が用意されたらしいが、せっかくの機能を無駄にする発言をしたり、主人に反論する葵はアルテミスの中でも異質な存在。

 イレギュラー中のイレギュラー的存在が葵という存在だ。


「どうせ、埃かぶってるだけなら見た方がいいかなーって思ったので勝手に見ただけですよー?」


 机の上でそっぽ向きながら、吹けてもいない口笛を吹く姿。樹は、頭を抱えながら随分個性豊かになった心を持ったロボットをどうしてくれようかと悩まされながら、葵のくつろぐ机の上にそっと手を差し出した。


「まぁ、いいか…。それじゃ、仕事に向かうとしようか?さっきメール着てただろ」


 様々な進化を遂げた生物と同様に彼女達のようなコミュニケーション用のインターフェイスとして人の形をとるだけに留まらず、この世界のロボットは様々な形に姿を変えて、日常の中に溶け込んでいる。

 彼女達のような心を持ったロボットと人間――明確に違う点を挙げるとするならば、人間から悪意のある改造を施されたことで、彼女達の持つ意思に関係なく犯罪行為に利用することができると言うことだろう。犯罪に利用されて処分されていく心を持ったロボット達を少しでも救う為に民間団体が生まれる辺り、その闇は深い。


「はーい。今日から不正に改造されているロボットの調査を始めるんですよね?」


 少女ロボットを使って少女を盗撮なんて、なんて悪趣味な――手にしたタブレットに表示された依頼に大して侮蔑の視線を向けながら、樹の手の平に飛び乗るとその手に運ばれて、彼女の定位置であるYシャツの胸ポケットに滑り込む。

 樹は、胸ポケットに葵が収まることを確認すると、タブレットをボディバックに放り込み、立ち上がる。


「ロボットの監視だけで済めばいいんだが、そうもいかないんだろうなぁ…」


 机の隅に無造作に投げられている歯車が刻み込まれた小さなバッチをジャケットの胸元に取り付けた樹は、蒸し暑い事務所から逃げ出すように歩を進める。


「あ、ご主人ちょっと待った!ドラムードーラームー」


 胸ポケットから頭と手だけだした葵は、樹を呼び止めてもう一人の住人の名前を呼びかける。彼女の呼び声反応して、部屋の隅にあったドラム缶のようなロボットが音声認識で待機状態に入る。

 ドラム缶のような見た目をした多目的お掃除ロボット――その名もドラム。先代の事務所の主が名付けた名前がそのまま登録されたままにされたこの事務所の同居人。

 

「留守の間に事務所のお掃除お願いします!それじゃ、ご主人さっそく現場に行きましょう!」


 彼女の声を認識したドラムは、のろのろとブラシを動かしながら、ゆっくりと事務所内を動き出して掃除を始めていく。今の事務所の主である樹は、その光景を見ながら、いい加減新しいお掃除ロボットを買い換えないといけないだろうかと真剣なまなざしで見守るが、そんな予算がどこにあるんだと溜息を漏らして、事務所の外へ足を踏み出した。


「ほら、事務所は優秀なドラムに任せて行きますよー!レッツゴー」


 葵は、急かすように手足を動かしていたが、不意にその動きを止めて、自身の主人である樹に視線を向ける。樹は、その姿に何かを察した表情に変えて少女の変化を気にせずに歩き出した。


「よしッ!…やっぱり事務所に帰りましょう!ドラムと一緒に楽しいお掃除ですよー!!」


 彼女が意見をコロッと変えてぐずりだした理由。それは、彼女の高感度センサーの数値が外の外気で跳ね上がった為。つまり、精密機械が心を持ってしまったが故に生まれてしまった不幸な出来事。

 樹は、間接に熱が篭るや合成皮膚が焦げるとポケットの中で騒ぐ少女に悪態をつきながら、


「何言ってんだ、仕事をしないと誰かが買ってに注文してる飲み物も買えなくなるぞ?」


「うぐっ、それを言われると心が痛い…では、荒ぶる感情を抑えきれずに少女をつけ回して、ロボットを使って覗きを働く悪者を懲らしてしまいましょう。私がいなくても、犯人見つけるなんてチョロいですって!ちょっとくらいボコって反省させてポリスマンに引き渡してしまえば終わりなんで、私は部屋に引きこもらせていただきます!!」


「それだけ口が回れば十分動けるな」


 胸ポケットに収まって、早口で語りだす小さな相棒に苦笑しながら、依頼人の家に向かうために磁気浮上式鉄道の走る駅まで15分の距離を歩き出す。

 

「ひえぇーーおうちに帰して!帰ってアニメの続き見るのー!」


「ネタバレしてほしくなければ、おとなしく仕事に行くぞ?」


 やや怒気を込めた樹の言葉に過剰反応する葵。元々事務所にあった映像ディスクの大半に目を通している樹だからこそ使える禁断の業。これには、少女も鬱陶しげな視線を空に向けて答えるしかない。


「サーイエッサーとしか言えない…早く冬にならないかなぁ」


「お前、冬になったら関節が鈍いとか言い出すだろ」


 まるで、未来を見てきたと言わんばかりの口振り。パートナーのあまりに正確すぎる推理にただ引き攣った顔でシャツのポケットの中に潜ることしかできなかった。

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