第9話【入寮一か月目】驥尾に付す・中編

 迎えた翌週金曜日の必修自習。


「えー、皆さんこんばんは。先週話させていただいた通り、明日は講習会を開きたいと思います。今日までに、開講したいと希望を募った結果、僕以外にも数名立候補者がいたので、発表したいと思います」


ということは、同じ教科だけではなくて、いくつか候補が出てきたってことか。

期待値上がるわ。


「明日の開講する科目は、数学、物理、古文とさせていただこうと思っています。数学担当は僕が、物理は佐谷君、古文を滝沢君にお願いしたいと考えています。配布プリントの枚数を決めたいので、参加を希望する人はこの場で挙手をお願いします」

「各科目で扱うテーマがわからないと、参加のしようもないんですけど、今回は何を講義するんですか?」

「あ、すみません。説明不足でした。数学はガウス記号の定義と、使い方を。

物理は波動を扱いたいと聞いてます。古文は源氏物語の視覚化。以上がテーマになってます。この場で決めるのも難しいかもしれないので、詳しく聞きたい方は休み時間に各個人に聞きに行ってもらって、自習の終了時間にまた希望を募ろうと思います」

「詳しく説明ありがとうございます」


質問した人のことは知らなかったけど、どことなく良い雰囲気のしない話し方をする人だ。まあ、それだけで判断するべきじゃないけれど。


「望月君、明日の出る?」

自習終わりに、中谷たちが聞きに来た。

「古文しか出れるものがないだろ。数学も内容によっては出たかもしれないけど、なんだ?ガウスなんちゃらって。初めて聞いたぞ。物理に至っては入試で俺らは使わないだろ」

「多浪の僕も初めて聞いたヨ。ガウスキャ〇ンなら聞いたことあるけどネ」

「週刊少年?」

「サ〇デー!」

「いや、神輝も高瀬さんも、それダメでしょ…」

「ま、そのレベルの俺らはお呼びじゃないってことだろ?とりあえず、俺も古文だな。視覚化っていうのが気になるね。映像使うわけでも無いだろうに、どういうことか受けてみたい」

「だネ。それは僕も気になってるヨ」

「………で、中谷は何してんの?」

俺らの話をウンウン頷きながら謎のジェスチャーをしていた。

「え?ガ〇スキャノンのマネ」

「だと思ったわ…」

「中谷ちゃん、あの漫画知ってル?!」

「知ってますよー。面白いですよね」

「週刊少年?」

「「サ〇デー!!」」

「お前ら、もう少し声落とせな。つーか、もう天丼じゃんそれ…」

「望月は好きじゃないの?」

「俺はマガ〇ン派」

「スポコン大好き少年か」

「漫画の話は八階戻ってからな」

「で、結局みんな古文だけ?」

「そりゃ、どう考えてもそうだろ。必要なものを必要な分だけやっていかんと。特に高瀬は…」

「神輝、ブラックにも程があるだろお前」

「いやいや。神輝ちゃんの言う通り、余計な科目に時間を回せるほど、僕らには時間はないヨ」

「それじゃ、試しに受けてみますか」

「たまに神輝君の図太さに感心するよ」

「図太いというより、性悪な感じするけどな」


八階に戻る階段でふと町の方へと視線を向けると、

「すげーな。ライトアップしてるじゃん」


綺麗にライトアップされたスカイツリーが目に入った。

公開されたばかりで、予約者しか上ることができないらしい。


「俺らが死ぬ気で勉強してる中、あそこじゃ男女が乳繰り合ってるんだろ?死にたい」

「今日は、神輝飛ばしてるなぁ」

「神輝節、ってやつかナ。季節毎にイベントは沢山あるから、その度に神輝は大変なことになりそうだネ」

「鬼門は性夜、もとい、クリスマスか」

「神輝君のSAN値回復には、苦労しそうだね」

「俺は、中谷がカツラ被ってミニスカサンタ、とかやればMAX回復すると思う」

「高瀬さんから色々話聞いて分かるようになったけど、そんな事したら僕襲われちゃうんじゃないの?!」

「HAHAHA!中谷、それは自意識過剰っていうんだよ」

「それなら、最初から望月君が疑われるような事言わなければいいんじゃないかな!?」

「細かいことは気にするなよ」

「まあ、モッチーの意見には僕も賛成だけどネ。可愛い男子の女装って見てみたいしネ」

「『男の娘』っていうやつじゃないですか…。やれと言われれば、やらなくもないですけど…」

「今年の冬は彼女なんて必要無いな」

「今から楽しみダ」

「僕は気が重いよ…」

「そんなことより、神輝が戻って来ないぞ」

「神輝、帰ってキテー」

「んぁ、呼んだ?」

「部屋戻ろうぜ。そろそろ眠いよ」

「そうだな。それじゃ、華金を楽しみますかね」

「部屋から出れない俺らが、何をどう楽しむって?」

「そこは各自てきとーに」

「神輝はどうせエロ本でも読むんだろ」

「青春だネ」

「高瀬さんは何かお楽しみ的な物はあるんですか?」

「中谷ちゃん、僕はスマホがない限りは死んだも同然なんだヨ」

「アーメン」

「すごい切り返しきたネ」


相変わらず部屋からは出ることができない(俺と高瀬さんは別だが)神輝と中谷は、そのまま部屋へと戻って行った。

「高瀬さんはこの後?」

「いや、それなら自習時間の最後までいないヨ。今日はお休みサ」

「おつかれさんです」

「モッチーは?この後何かするのかイ?」

「服部さんのところにお邪魔しようかなって思って」

「僕から連絡しておこうカ?」

「それをまさに頼もうと思ってました」

「任せなさいナ」


と、高瀬さんは気前よく頼みを聞いてくれた。

ポケットに手を入れて、取り出したものは携帯よりも一回り小さい端末だった。


「それ、バイト先で支給されてるピッチじゃないですか。それで連絡するんですか?怒られません?」

「その辺は大丈夫ダヨ。ま、何か言われたら謝っておくサ」

「ピッチ使ってる若者ってのも珍しいですよね」

「そだネ。土建系の仕事してるならまだしも、浪人生でこれ使ってるのはなかなか無いネ」


高瀬さんは少し苦笑しながら番号を押した。


「おっと、ここじゃカメラに見られるネ。階段に行こうカ」

「ですね」

「さて、あぁ、文哉、さすがに出るのが早いネ。もしかしてカメラ見てたのカイ?ま、そんなことはいいんだヨ。なにやらモッチーが部屋にお邪魔したいみたいでネ。今日は空いてるカイ?ハイハイ。そしたらベランダ開けといてネ」

「大丈夫そうですね」

「ダネ。何しにいくのか聞いてイイ?」

「英語の参考書で良いのがないか聞きに行くのと、どんな風に勉強してるのか見たいんですよ。頭いいって話でしたし」

「ほんと、文哉はもっと集中すればどこにでも行けるはずなのに、いかんせん株で成功してしまったのが悪い方向に拍車を掛けがちなのかもしれない…」

「高瀬さん、素が出てますよ」

「おっと、ま、それくらいには心配してるってことなのサ。何でもできる奴が本気を出さないといけない状況でも明確に存在していれば、尻に火が点くんだろうけどサ」

「とりあえず、ベランダからつたっていきますよ。ありがとうございます」

「頑張ってネー」


高瀬さんと分かれて、部屋に戻って荷物を置いた。

少し休みたいところだが、待たせても服部さんに失礼だろう。

「さて、スカイウォークさながら、いきますか」


八階のベランダの淵を綱渡りが如く、手でバランスを取りながら渡って行く。

「毎度思うけど、決死の行動にもほどがあるっていうの…」

この方法を思いついたのは本当に偶然というか、冗談みたいなものだった。

ふと、『ここ渡っていければみんなの部屋に行けるんじゃね?』

と思って、試しに立ってみたところからだった。

「まぁ、狂気の沙汰だわ。やれないことはないけど…」


四部屋分渡り切り、服部さんの部屋のベランダに降りる。

既に窓が開いていた。


「いらっしゃい」

「すんません。遅くに失礼します」

「どう、ぞ」


相変わらず口数が少ないというか、静かな人だ


「今日は、少し、時間が経つまで、静かにした、ほうが良いよ」

「え、何でですか?」

「今、寮長が、見回り始めた。部屋を扉の穴から、見てるみたい。ほら」

と言って、スーパーワイド程もあるパソコンの画面を服部さんは見せてくれた。

そこには、確かに寮長が三階の部屋の中の様子を除いている光景が写っていた。

「毎回思うんですけど、服部さんて何者なんですか…」

こんなことが普通に出来てしまうのも考えものだが。

「僕の、キャラっぽいでしょ?こういうやつ、小説とかには、出てくること、あるよね」

「メタ発言は禁止でお願いしますね」

「ノンフィクション、なのに…。それで、今日は何の用」

「あ、服部さんに英語のことで聞きたいことあって。文構造をしっかり取って読めるようになりたいんですけど、おすすめの参考書とかあります?」

「そういう、話ね」

「そういう、話です」

「ちょっと、待って」


そういうと、服部さんは部屋の棚に並んだプリントやら参考書を漁りだした。

思いっきりバサバサ落としてて、かなりうるさい。

さっき、静かにしたほうがいいって言ってなかった?


「はい、これ。あげるから、みっちりやってみな。小湊先生の教え通りに、文構造取って読めるように、なれば、問題ないよ」

と言って、二冊の参考書を渡された。

「基礎英文解釈の技術150」、「T大英語が教えてくれる英文読の真相60」と書かれていた。


「T大のって、もしかして過去問から出題されてるんですか?やばいっすよ。俺じゃ分からないですって」

「望月君、そこが、既に勘違い」

「え?どういうことですか?」

「T大の英語は、そもそも、読めないような文章とかでは、ないんだ。ま、その参考書は、もう一つの参考書が、終わってからにしときなね」

「?ま、まぁ、いきなりやる勇気はないですから、そのほうが助かりますけど」

「終わったころには、僕が言ってた、意味が分かるように、なってると思うよ」

「はー、そんなもんですかね?とりあえず、ありがとうございます」

「もう、使わないし、気にしないで」


それにしても、だ。


「服部さんって、ここまで来ちゃうと、やりたい事とかあるんですか?

お金はあるし、勉強もかなりできるって、高瀬さんから聞きましたよ」

「あのおバカさん、余計なことを…」

「込み入ったこと聞いてたらすいません」

「いや、別にいいよ。そう見られるっていうのも、分かるしね」

そう言うと、少し悩むような素振りをした。

大きすぎて、人に言うと笑われたりしたのかもしれない。

人の夢なんて、他人が笑う資格なんて無いと思ってる。

どう思うかなんて、個人の勝手だもの。


「……いことなら、あるよ」

「え?すいません。聞こえなかったです」

「えっと、だから、」

「はい」

なら、あるよ」

「これまた捻くれた返しですね」

「望月君、結構、先輩に対して、容赦ないね」

「わざとじゃないです」

「分かってるから、憎めないよ、ね」

「それで、何がやりたくないんです?」

「話、そらしたのに…」


軽くため息をついて服部さんは少し恥ずかしそうにこう言った。


「家を継ぐのが、やりたくない、こと」



このあと、服部さんの人生相談になぜか突入してしまった。

案外、子供っぽい一面がある人みたいで、ようやく人となりが分かってきた気がした。

なんにせよ、目的は達成できた訳だが、時刻は深夜三時前。

眠くなってきた状態でベランダを渡って帰るかと思うと、下半身に寒気が…

主に、股間あたりだが。


「どこ、行くの」

ベランダに出ようとした俺に、服部さんがベットから顔を出して聞いてきた。

「もちろん、自分の部屋に帰るんですよ。ここ渡っていかないと。監視カメラに映るじゃないですか」

「僕が誰だか、忘れて、ない?」

「服部文哉さん」

「そうじゃ、なくて…。ま、いいや。見てなよ」

服部さんは、ベットから手を伸ばしてパソコンのキーボードを打ち出した。

「何やってるんです?」

「高瀬と君は、普段、どうやって、バイトに行ってるんだっけ?思い出して」

「えーっと、あー、あー!そうじゃん!服部さんが監視カメラの映像を差し替えてるじゃないですか!来るときもやってくれれば良かったのに!」

「やってた、の。それなのに、高瀬はベランダ開けとけ、っていうからさ。完全に遊ばれたね」

「刷り込まれた!」

「違う、よ。君が単純な、だけ」

「はぁ、何はともあれ、玄関から帰ります…」

「そうしなさい、な」

「それじゃ、服部さん、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


普通に玄関から帰れることとなって、安心はしたけれど、完全に目が覚めてしまった。そりゃそうだ。そう考えてもあんなやり方で部屋まで行く必要なんてないんだから。


「やられたぁ」


とにかく、ベットに入って、眠くなるのを待つしかない。

明日は、というかもう今日だけど、面白そうな古文もあることだし。

「ただいまー」

自分の部屋の扉を開け、


ることができなかった。


「そうだ、ベランダから来たから、部屋の鍵、内側から掛けたままじゃん…」



後編に続く          


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

3S・モラトリアム 本屋 雄人 @yrikias

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ