【19XX】
ヴァリアブルボムの娘
【20円筐体】
「ただいまー」
玄関のドアを開けながら、家の中に帰宅を告げる。
返事はない。そういえば、彼女は今日友達と出かける予定だったかもしれない。
リビングに入る。先日引っ越してきたばかりなので、部屋のすみには未開封のダンボールが積み重なっている。その横に、家の中では見慣れない、しかし、僕にとっては懐かしい、銀色のミディタイプ筐体が居座っている。ご丁寧に、赤いふわふわした座面の四角いイスまで置かれている。
「……え?」
あまりに唐突すぎる筐体の登場に、つい驚きの声が出る。
「えっ? えっ?」
キョロキョロと周りを見渡す。誰もいないし、筐体の他に不審な点はないようだ。
言葉では表現し難い、ブラウン管特有の高周波の音がする。電源が入っているようだ。
近づいて画面をのぞき込んでみる。橙色の夕焼けをバックに、階級とスコアが上にスクロールしていく。これはまさしく……。
「19……XX……」
思い出す。もう10年も前のことか。そういえば、あのゲーセンでも、この筐体だったっけ。
慌ててカバンから財布を取り出す。……あるか?
あった、10円玉が二枚。
……あれ、そういえば、なんの疑問もなく20円を取り出してしまった。これも昔と同じで20円だろうか?
10円玉を2枚続けてインサート。ジャキン、ジャキン。
問題ない、プレイできるんだ。
イスに座り、画面に向き合う。
さて、じゃあモスキートでプレイかな……と、いや待て。
スティックにボールがついていない、だって?
本当にあのゲーセンの19XXの筐体、ってことになるのか?
そうなると、あの子のことを思い出さざるを得ないな。
あの薄暗い、地下のゲーセンで会った彼女は今どうしているんだろうか……。
【100メガショックどころではない】
1998年11月。もう二ヶ月もすればセンター試験ともいう時期。高三の僕は、朝っぱらからMVSの筐体にしがみついていた。
(朝七時から開いててMVSが置いてるなんて、最高のコンビニだぜ!)
その日は通学中に急に腹痛に襲われ、いつも立ち寄らないような超ローカルなコンビニでトイレを借りた。
一息ついて、トイレから出てきてレジ方向を見てみると、なんとレジの横にMVSが設置されていた。一も二もなく、僕はMVS筐体に飛びついた。抗えるわけがない。
(リアルバウト餓狼伝説にソニックウィングス3、ティンクルスタースプライツだなんて、僕のためのラインナップだなあ)
ちなみに、4タイトル切り替え可能なMVSだったが、残りの一タイトルは、ザ・キング・オブ・ファイターズ'97だった。KOFには興味がない。オリジナルのストーリーには少し惹かれるが、キャラの動きやグラフィックが美しくない。やはり無印RB餓狼が至高の一作。同意を得られることはまずないが。
【無印良品】
ということで、まずはリアルバウト餓狼伝説をプレイ。持ちキャラであるキム・カッファンでまずはなんとかクリア。鳳凰脚コマンドが苦手な僕は、小足連打からのコンボや、半月斬、飛燕斬に頼るしかないので、いつも苦しい戦いになる。こんなので持ちキャラと言えるのかどうかはなはだ疑問ではあるが、格ゲーが苦手な僕にとっては、クリアできるだけましな方なのだ。
1プレイ目からクリアできて気を良くした僕は、さらにリアルバウトをプレイ。
(こんな時間だから、気兼ねなく連コインできるぜ!)
学校をサボっていることに関しては気兼ねしてもよかったのではないかと思うのだが、仕方ない、朝からMVSを稼働させているコンビニがいけないのだ。仕方ない。
練習中のテリー・ボガードでプレイするが、あえなく地下鉄ステージでエンド。
(キム以外はまだまだ練習が必要だなあ……)
それよりも鳳凰脚や鳳凰天舞脚を練習したほうがいいような気がするが、友人との対戦でキムばかり使うのはつまらないので、複数キャラを使えるようになりたかったのだ。結局、まともに使えるレベルになったのはキムだけだったが。
【かわいいのは見た目だけである】
気を取り直して、ティンクルスタースプライツをプレイ。シューティングに対戦要素を持ち込むという、当時としては画期的な試みをし、なおかつ絶妙なゲームバランスで成功した作品だ。対戦と言っても、キャラクター同士が撃ち合うわけではなく、左右に分割されたプレイ画面で、プレイヤーがそれぞれ縦スクロールシューティングをプレイし、敵を連爆させて倒すことで対戦相手のフィールドにおじゃまキャラを送り込み攻撃する、という、言わばぷよぷよのシステムをシューティングに持ち込んだようなものであるが、その楽しさは無類である。
当時これをやりこんでいた僕には、ワンコインクリアなど余裕であった。……と言いたいところではあるが、やはりラスボスのメモリー女王は強い。残機0でなんとかクリアしたのであった。
(ヒヤッとしたなー。粘り強すぎだよ女王!)
しかしクリアはクリア。緊張感から解放された心地よさを感じる。
【後の彩京である】
しかしまだまだ終わらない。さらにソニックウィング3をプレイ。
スタンダードな縦スクロールシューティングだが、戦国ブレードをはじめとして彩京シューティングファンな僕は、どことなく似たような雰囲気を当時から感じていた。あまり細かく意識していたわけではないが、敵弾の見た目、弾速、弾道、パワーアップアイテムやフォント、それに、一際目立つ登場キャラクターのあやしい雰囲気……、といった多くの類似点を感じていたのだろう。それもそのはず、後年知ったことだが、ソニックウィングスの開発チームが独立して立ち上げた会社が彩京だというのだ。似ているもなにも、そのものだったわけだ。
あの時代でもすでに古い作品になっていたため、そのような事実は知る由もなく、ただただ僕は、ソニックウィングスに親和性を感じてプレイ。
ある程度調子よく進んでいたが、ボスの放つ連続超高速弾、通称『彩京弾』に立て続けにやられ、あえなくゲームオーバー。
(うーむ、まだまだパターン化が必要か……)
あの高速弾に対応するにはアドリブ避けはかなり厳しい。パターン化は必須である。
ひととおりMVSを堪能し、時間は9時45分。もうここまできたら、やることは一つ。
(そろそろ開店だ。ゲーセン行こう!)
学校はどうした少年よ。
【ホームゲーム】
秋穂駅から自転車で2、3分程度進むと、お城のお堀が右手に見えてくる。そのお堀に沿ってさらに進み、お堀が途切れようかという辺りのその向かいに、割と大きめな雑居ビルがある。
入っているテナントは、居酒屋、ラーメン屋、カラオケ屋、そしてゲームセンター。
そのため、夕方にもなれば、ビル前は学生たちや仕事帰りの社会人たちの自転車で埋め尽くされてしまう。
だが今は午前中、さすがに閑散としている。
僕はビルの前に自転車を止め、『ゲーム』『GAME』などと書かれたぴかぴか電球が光る看板の脇を通り、一階へ。
一階は、入口からUFOキャッチャーやプリクラが並んでおり、楽しげな音楽で客を誘っている。
さらに奥へ進むと、デイトナUSAやビートマニアなどの大型筐体がある。この当時、デイトナはすでに2が稼働しているため、ここのは時代遅れになっているのだが、50インチのDX筐体で周回数が多めに設定されているので、僕はかなりの頻度で遊んでいた。
だが今日は、とことんビデオゲームの気分。下りしかないエスカレーターに乗り、地下へ。
地下一階に降り立つ。薄暗く、煙草の匂いの充満した空間。地下フロア全体を、余裕を持たせながらミディタイプ筐体が埋め尽くしている。ここが、僕の高校時代の大半を過ごした、ホームだった。
【1998年のマーブルマッドネス】
僕は店内を見渡す。やはり、開店直後なので、客はかなり少ない。
(こんな時間に来たのは久しぶりだなあ。自由登校の時期になったら、まずはゲーセンでリフレッシュしてから勉強もいいな!)
そんな甘い考えを抱いて店内をうろうろしていると、見慣れないものが目に飛び込んできた。
(……ん? 女の子? メイド!?)
古めかしいアップライト筐体の前で、メイド服姿の中学生くらいの女の子が、ほうきで掃き掃除をしている。
メイド喫茶が一般に認識されているような現在であれば、ゲーセンにメイド服の女の子がいてもなんらおかしくはないが、1998年当時では、それはとても物珍しいものになってしまう。僕はなぜだか勝手に焦り、つい周りをキョロキョロと見回してしまう。再び視線を戻すと、メイドちゃんの姿はなかった。
(あれ、いない。見間違い? と、それよりも……)
僕は女の子が掃除していた筐体が気になり、近づいてみる。
(マーブルマッドネス?)
トラックボールの埋め込まれたその筐体は、古いながらも整備が行き届いてそうで、外見では壊れているところはなさそうであったし、なによりきれいだった。
画面上にはデモプレイが流れている。ビー玉のような球体が転がっている。段差から落ちて割れてしまってほうきで掃かれたりして、コミカルな様子である。しかしこれが10年以上も前のゲームだとはにわかには信じがたい。動きが秀逸すぎる。
僕は、今度来たら遊んでみようと思った。やはり今日はビデオゲームの気分なのだ。
【偏りすぎて伝わらないシューティング検討会】
このゲーセンには、他のゲーセンにはない特色がある。20円コーナーだ。10円玉2枚で1クレジット。筐体も入っているゲームも古いものが多い。まあ、ゲームに関しては、古いといってもせいぜい2、3年前くらいのものが多いので、僕にとっては充分においしくいただけるものばかりだった。
(今日は時間もたっぷりあることだし、やはり20円コーナーを遊び倒すのが正しい過ごし方だよな!)
もうその、正しいも何も……いや、サボっていることに関しては、もはや何も言うまい。
さて、20円コーナーのどのゲームを選ぶかというと、やはり得意種目であるところのシューティングが筆頭に上がる。
そのラインナップは、今考えれば、とにかく熱い、熱すぎる! としか言いようがない。
ライデンファイターズ、バトルガレッガ、戦国エース、首領蜂、19XX。
片っ端から遊んでいくのも悪くない気もするが、せっかくの長い時間だ、一つに絞って腰を据えて遊んでみるのがいいかもしれない。
そう考えた僕は、一つ一つ検討してみることにする。
ライデンファイターズ。
苦手だ。なぜか雷電シリーズは苦手だ。前作までと比べれば遊びやすい気がするが、やはり苦手は苦手。なしだな。
バトルガレッガ。
弾が見えない。難しい。なしだな。
戦国エース。
僕は戦国ブレードの方が好きだ。司淳のむっちりしたキャラデザが好きなんだ。なしだな。
首領蜂。
好きなんだが、先日のプレイ時に4面でこっぴどくやられた記憶が蘇る。あの道中はひどい。いやあ、なしだな。
19XX。
実はよくわからない。ここで稼働したのもつい最近なんじゃないか。わざわざ新規で始めることもなかろう。なしだな。
検討終了。何も残らず。
途方にくれた僕は、とりあえず目の前にあったダンシングアイをプレイ。ポリゴン脱衣アクションパズル? とでも表現すればいいのだろうか。見た目の怪しさとは打って変わって、結構難しいのである。すぐにゲームオーバーになってしまった。
(くそ! これでは片っ端から遊んでいってたほうがまだましだったんじゃないのか!)
なぜダンシングアイをプレイしたのかは謎である。とにかく、惨めさやら悔しさやらが入り交じった複雑な気持ちになってしまったことだけは確かだった。
【偏りすぎて伝わらないシューティング再検討会】
このままムダに過ごすのはもったいない。僕は再度検討を試みる。
ライデンファイターズ。
雷電ってなんか古くさいんだよな。嫌いじゃないんだけど。なしだ。
バトルガレッガ。
弾が見えない。難しい。なしだ。
戦国エース。
こよりの胸が足りない。なしだ。
首領蜂。
今日はどちらかというと怒首領蜂な気分だ。なしだ。
19XX。
黒髪ロングでセーラー服の乙女がプレイしている。なしだ。
(……あれ、なんか最後、ノイズが混じったような?)
ノイズではない。考え込んでいるうちに、いつの間にか19XXの筐体に女の子が座ってプレイしている。選択している機体は、前翼型が特徴的な震電。1面ボスの亜也虎改に元気にスーパーシェルを撃ち込んでいる。
亜也虎改は、すぐに沈んだ。『撃墜』の文字がでかでかと映し出される。
階級昇進が終わり、次の攻撃目標、雷鳴へ。
道中のプレイも続けて見物。彼女は、本作の最高移動速度を誇る震電を持てあましているのか、どうにも動きが危なっかしい。今にも敵機や敵弾に特攻しそうな勢いだ。
そう思っているとまもなく、やはり敵弾に自ら飛び込んで撃墜されてしまう。
がくりと一瞬うなだれる彼女。気を取り直し、再びプレイに集中するが、今度は敵機に突っ込む。
嗚呼、と天を仰ぐセーラー服。少し首を振ると、長くさらさらした黒髪がなびく。ほのかにいい香りがしたような気がする。
残機0の状態でなんとか雷鳴にたどり着く。画面上部から巨大戦艦がものすごい勢いで通り過ぎていく演出は秀逸である。
ここで僕はあることに気がつく。
(この子、ボム使ってないんじゃないのか?)
そう。いかに危険な状況でも、ボムを使っていない。
いや、どうなのか。わざと自分を追い込むために使っていないのか、それとも、ただ単に使いどころがわからないのか。
……プレイの様子を見ていると、どうも後者のような気がしてならなかった。
やはり彼女は、最後までボムを一個も使わないまま雷鳴に撃墜され、ゲームオーバー。
ゆっくりと立ち上がって振り向き、目が合う。プレイを見られていたことに今気づいたのか、少し驚いた様子だ。気恥ずかしいのか、頬を赤らめて席を離れる。
(あ、これ、順番待ちしてたと思われたのかな。まあいいか、それならそれとして、やってみるか!)
【健闘ヲ祈ル】
ポケットから20円を取り出し、インサート。もしかして、と思い、後ろをちらっと見てみると、視界の端にセーラー服が入る。
(やっぱり見てるか。……しかし、美人さんだったな)
先ほどすれ違った時に顔を合わせたが、すごく美人、というわけではないが、バランス良く整った顔立ちをしている。歳は……よくわからなかった。セーラー服だから同年代か少し下か、くらいか。
(さて、美人さんに見られているのならば、がんばらないと。初プレイなんだけどな……)
しかしそれは心地よい緊張。ギャラリーがいてこそシューターとしては燃えるもの。そして、見ているならばと、きまぐれに僕は一つの作戦を考えてみた。
僕はモスキートを選択。移動速度は最も遅いが、火力が最強の機体。
1面の攻撃目標が亜也虎改と表示される。
(おお、後ろから見ていた感じだと演出が最高にかっこいいと思っていたけど、BGMでさらに相乗効果だな)
音楽と演出にすでに引き込まれている僕。健闘ヲ祈ル。
(ショットは3種、得意武器あり、溜め撃ちは……あるな。ロックオンできるのか。使えるなこれは)
1面はシステムを確認しながら侵攻。インストカードがついてないので自前で確認するしかない。
そうこうしているうちに、すんなりと亜也虎改まで到達、撃墜。
(ふむ、今のところずいぶんぬるいな……?)
そう思って油断しているとやられるのがシューターの常。それ以上に、さっきの作戦を遂行するという自分勝手な使命もある。気を引き締めて二面へ。
先ほどプレイを見ていたとはいえ、自身では初プレイのため多少の危なっかしさはあるが、順調に侵攻していくモスキート。
そして、ついさっき彼女が撃墜された地点へ到達する。
(ああ、確かにちょっと弾が多くなる辺りなのか……よし)
弾に当たるかどうかというところで、ボムを使い突破。
(至って普通のボムなんだな。さて、彼女は気づいただろうか)
画面上の安全を確認し、ちらりと後ろに視線を投げると、困ったような悔しいような、どうにも複雑そうな顔をした彼女がいる。
(うん、効果あったのかな。さて、次のポイントだ)
再び彼女が特攻をかけたポイントへ到達。そこでまたボム。再度後方確認。唇をかみしめているようだ。
(まあ、悔しいよな。自分のやられてるポイントを覚えられてて、ボム使われてるんだから)
下手したらただの嫌がらせとも取られるだろうが、これはちょっとした助言だ。もっとボムを使うように促すアドバイス。そんな偉そうなことができる立場ではないのかもしれないが、女性シューター(しかも見目麗しい)というのを僕は初めて見たので、ちょっとお節介を焼きたかったのだ。
2面ボス、雷鳴が高速スクロールで登場。さて、ここでもボムを使うか、と思っていたところ、「ねえ」と真後ろから話しかけられた。
(うわ、まずったか? 挑発行為と取られたか……?)
と内心焦っていると、思ってもいない内容を投げられた。
「ねえ君。ボムの使い方を教えてあげよっか!」
(え? ボムの使い方って、どゆこと? こっちが教えてあげていたつもりだったのに)
「ボムは使ったらボタンを押しっぱなしにするの。それだけ。やってみて」
「どうも!」
すでにボス戦が始まっていたので、手短に礼を言い、言われたことを思い返す。
(ボタンを押しっぱなし? 溜め打ちでもできるってことなのか?)
少し追い込まれかけた時、言われた通りにボムボタンを長押ししてみる。一瞬、ボムの効果で弾が消え、その後ゲージが溜まっていく。
(これはすごい! けど……)
溜めながらの弾避けというのはなかなか難しい。溜めている最中に撃墜されるモスキート。あっ、と背後から声が漏れる。悔しさのあまり、ショットボタンを連打する僕。
再度危険な場面があり、再チャレンジ。だがしかし、またもや途中でやられてしまう。
その後なんとか雷鳴は撃沈させたが、3面道中であえなく撃墜され、ゲームオーバー。
【ヴァリアブルボムの娘】
(この作品、バランスのいいスタンダードなシューティングかと思っていたけど、それだけじゃない。こんな変わり種のボムを持っていたなんて。初プレイから引き込んでくれるな!)
当初の作戦のことなどとうに忘れて、ぼんやり筐体の前に座って余韻に浸る僕。そのため、セーラー服の彼女が後ろで待っていることもすっかり忘れていた。
「ねえねえ、次プレイしていい?」
「あ、すみません! というか、さっきはありがとうございました。うまく使いこなせなかったけど……」
「ふふん。じゃあわたしが見せてあげるよー」
と言って20円をインサート。先ほどと同じ震電を選択。
(いやしかし、まさか話しかけられると思わなかったな。バランス取れた見た目から想像されるのとはかけ離れた、なんというか、アニメ声とでも言えばいいのか、妙にかわいい声だったな)
などと彼女のプレイ姿を斜め後ろから見ながら思い返す僕。
やがて2面で危うい場面になり、今度はボムを使う。溜める、溜める……。溜めている間の彼女の動きは、先ほどまでの危なっかしいものと違い、敵弾を避けまくる。
(なんだ!? さっきまでより全然動きが安定してるじゃん!)
そして最後までゲージを溜めきり、解放。画面中を爆風が包み込む。
「おおすげー!」
「でしょうー。これぞヴァリアブルボム! ……っとうわ!」
彼女は満足気に笑みを浮かべたかと思いきや、すぐさま撃墜される。
「あちゃあ……。またやっちゃった」
ぶつぶつ言いながら震電は侵攻を続けるが、やはりまた雷鳴で撃墜され、ゲームオーバー。
ボム溜め時と通常時のあまりのプレイの差に、僕はプレイが終わり席を立ったばかりの彼女についつい聞いてしまう。
「ええと……なんで、溜めてる時のほうがやたらとうまいの?」
彼女は困った様子で小首をかしげて答える。
「うーんなんでだろうね。わたしも不思議なんだけど、ヴァリアブルボム溜め中はなんか避けられるんだよねー。他の時はさっぱりだけど」
ぺろっと舌を出して照れている。
ちょっとかわいいかも、と僕の方も内心照れてしまう。
「でもしかし、君のプレイのおかげで、いっつも苦手なボムの使いどころが掴めそうな気がする! ね、明日もまた来る? 見せてほしいな、君のプレイ!!」
目をきらきらさせて迫り寄ってくるセーラー服。
お手本として認識されていたことは喜ばしいことだが、僕は彼女のあまりの勢いに押され気味で、なんとか希望にだけ答える。
「う、うん、わかった。明日来られるかどうかはわからないけど、次会った時は絶対見せるよ」
その答えを聞き、彼女は両手を合わせて喜ぶ。今にも飛び上がりそうな雰囲気だ。あ、ほんとにぴょんと飛んだ。
「やった! じゃあ約束。えーと、じゃあ約束の印に……はいこれ。じゃ、またね!」
そう言って彼女が僕の手に何かを握らせ、奥の階段を駆け上がりながら、軽く手を振り去って行った。僕の左手に残ったものは、筐体のスティックのボール。先ほどまでプレイしていた19XXを見ると、それがない。
(筐体から取ったのか! いいのか、これ)
僕はとまどいながらも、彼女から受け取った緑色のボールをポケットにしまいこむ。
(マーカーミサイル、かな、これ。ロックオンされた?)
ちょっとわくわくした気持ちを抱きつつ、僕は店員を呼びにいくのであった。
「すみません、スティックのボールついてないんですけど……」
【10年分のヴァリアブルボムのレベルはいくつ?】
これが僕と彼女の、最初で最後の出会いだった。
なぜ最後なのかというと、その日、学校から家に連絡が入り、僕が学校をサボったことが親にばれて、こっぴどく叱られ、受験が終わるまではゲーセンへの出入りを禁じられたからだ。
内心ではあのセーラー服の女の子にごめんなさいと謝りつつ、仕方ないと腹をくくり、受験勉強に専念したのである。
その後、第一希望の首都圏の大学に合格し、進学。
一人暮らし=ゲームし放題という強力な罠にかかり、留年を繰り返すがなんとか大学を卒業し、そのまま首都圏で就職。
その頃にはすっかりセーラー服の彼女のことなど忘れており、僕の地元である秋穂県秋穂市出身の友人の紹介で知り合った女の子とお付き合いをするようになり、最近引っ越して一緒に暮らし始めたところだった。
彼女はどこを取ってもいたってスタンダード。だが、それが僕には安心できる存在だった。多少刺激が足りないと思うこともあるけども、それも彼女の性格だと思えばなんの問題もない。
と、小さいながらも幸せを感じていたところに、これだ。
なんでここにあの時の筐体があるんだろう。
だってそうだよね、スティックにボールがついてないんだもの! 絶対あれだよ! ちょっとしたドッキリっていうかもはやホラーだよ!
ちょっとパニックに陥りかけたところで、リビングの奥の寝室のドアが開く。そこには、あのゲーセンで会った時と変わらない姿、すなわち、黒髪ロングでセーラー服の女の子が立っていた。
もう僕の許容範囲を超えている。何か言おうとしてみるが、何も言葉が出てこず、僕はただ赤いイスに座ったまま、口をぱくぱくとしながらセーラー服を見つめている。
彼女は嬉しそうに抱きついてきて、こう言う。
「じゃーん! この姿では、久しぶり?」
この姿では?
「あれ、なにがなんだかわからない?」
冷静に考えればわかるような気もするが、今の僕にはさっぱりわからない。僕はただ、うんうんとうなずく。
「うーん、男の人ってほんとにわからないもんなんだなー。……よっと」
彼女は目の前で、自分の髪の毛を剥ぎ取る。するとそこには、いつもよりかなりしっかりメイクをしてあるのでわからなかったが、いつものボブカットの彼女がいた。
「どう? 驚いたかな?」
話し方も声色もいつもの落ち着いたトーンになる。
「え、じゃあ、もしかして……」
彼女はにっこりと微笑み、満足した様子で再びウィッグをつけ、話し始める。
「その通り! わたしがあの時のセーラー服の美少女なのでした」
ばあーん。両手を挙げて嬉しそうにしている。
「自分で美少女言うなよ!」
ついついつっこむ。彼女はそんなことは気にしていない様子だ。
「実はねー、結構早い段階から気づいてたんだよね、あの時の少年だって」
「じゃ、なんで早く言ってくれなかったの」
半分呆れ、半分憤りを感じつつ、僕は彼女に問いかける。すると彼女は言いづらそうに、口をとがらせながら答える。
「だって……、ヴァリアブルボムと同じで、じっと猫かぶってる間はいろいろうまくやれると思うんだけど、こう一回本性見せちゃうと後が怖い!」
「
彼女はさらに続ける。
「けどね、引っ越し作業の時に、君の持ち物の中にスティックのボールだけが入ってるの、見ちゃったんだ。ああ、そうか、あのわたしにもらったものでも、今までずっと大事にしていたのか。それなら大丈夫かと思って、実家に取っておいてもらってた筐体を送ってもらったわけ! それで当時の格好すればわかるかなって!!」
なにやら勝手にテンションマックスになる彩子さん。
「ま、約束したし、僕がボールを取っておいたのは確かだけど、なんで彩子さんは筐体なんて取ってあるの!? そもそも彩子さん僕より年上でしょ!? なんでセーラー服なのさ! あと割と大事な打ち明け話なんだろうから、もう少し落ち着いて話してもいいのでは?」
僕はもはやつっこむことしかできない。しかし彩子さんは気にしない、止まらない。溜めに溜められたボムの爆風はまだ続く。
「まずはね、セーラー服だけど、ゲーセンに行く時は必ずこのコスプレなの。それで自分を解き放つ! それが楽しいんだよねー。で、それが気軽にできたのも、実はあのゲーセン、わたしのおじさんが経営してたからなんだ。でも去年、駅前の再開発の関係で店閉めちゃって。その時に、まだあの時の19XXの筐体があったから、そのままもらったんだよね。ボールはこっちに送る時に外して送ってもらった」
えへん、と胸を張る彩子さん。ボール外したってのは胸を張るところなんだろうか。
「だから、プレイするには君のボールが必要。さあ、出してくれる? 次会ったらプレイ見せてくれるって約束でしょ。10年分のプレイを今ここで!」
「わかった、わかった! 彩子さんの知っているとおり後生大事にボールは取ってあるし、プレイも見せるよ!」
10年分はちょっと厳しいかもしれないけど。
なんだかいろいろ急展開過ぎる。彼女のヴァリアブルボムは強力すぎる。
まあそれもそうか、仕方ない、10年も溜め続けたボムだしね。でも少しは反撃をしてみよう。
「彩子さん」
「なになに?」
「10年前もそうだったけど、僕は彩子さんにも19XXにも、ぐいぐい引き込まれっぱなしなんだ。だから、っていうのもおかしいけど、道中ドジやっちゃっても、大丈夫、僕はフォローできる。彩子さんは存分にヴァリアブルボムを使っていってよ」
「え、いいの!? それって二人プレイだね」
えへへ、と照れ笑いする。いつもの彩子さんとは違った笑い方。かわいい。まだ一周目だっていうのに、打ち返し弾か。不意打ちだよ彩子さん。
刺激が足りないと思っていたはずが、こんな偶然や驚きがあったなんて。彩子さんは19XXの化身か。こんなにうまくヴァリアブルボムを扱うとは。
これから彼女と過ごす時間は、19XXのように無類のものになるのだろう。そう思いながら、僕の心にはステージクリア画面のあの文字が思い浮かんだ。
作戦成功
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