【光神話パルテナの鏡&謎の村雨城】

ナスと神話の親和性

【駅】


 午後2時。

 もう九月だというのに、お日様はまだまだ地球への攻撃の手を緩めない。お天道様、そろそろ許してください、もう充分でしょう。

 僕は汗をかき、自転車をこぎ、駅へと向かう。


 駅の駐輪場に自転車を止め、お気に入りのキャメル色の革のショルダーバッグの中を確認する。

 2年前に買った、型落ちのスマートフォン。

 テクニカの赤いヘッドホン。

 1000円しか入っていないコードバンの財布。

 家の鍵と車の鍵がついているコードバンのキーケース。

 そして、白と赤の、いわゆるファミコンカラーのゲームボーイアドバンスSPと、ソフトが二つ。

 一つは、光神話パルテナの鏡。

 一つは、謎の村雨城。

 なぜ今GBAがこんなところに。

 ……うん、考えるのは後にしよう。暑い、涼みたい。早く電車に乗ってしまおう。


 駅の改札、自動改札機に定期をかざし、ホームに入る。休日の昼下がりから出かけようとする人は少ないらしく、人影はまばらだ。今の僕にとっては都合が良い。

 それにしても、とにかく暑い。日陰に入っても汗が流れ落ちる。ポケットに入っていたタオルハンカチで汗を拭う。早く電車は来ないのか。

「まもなく、一番線に、電車がまいります。危ないですから、白線の内側に下がって、お待ちください」

 場内アナウンスが流れる。よかった、さほど待たずに済んだ。

 ホームに電車が滑り込んでくる。ドアが開くまでに、僕は再度汗を拭っておく。




【乗車】


 駅同様、車内もやはり空いている。エアコンの効きもばっちりだ。僕は車両の端の席、なおかつ、日の当たらない側の座席に座る。この一人分の座席が、今日の僕のテリトリーだ。


 さて、どうしようか。時間はたくさんある。しかし、手持ちのお金をほとんど持ち合わせていない。懐具合さえよければ、ゲーセンやネットカフェとかで時間をつぶせたのに。仕方ないので、定期券のあるこの路線で時間をつぶそうと考えたのだ。

 この路線、すなわち東武野田線の柏~船橋間は、始発駅から終着駅までの所要時間がおよそ30分。僕の利用している駅は、柏と船橋の中間から少し柏寄りに位置する。この電車に乗ってさえいれば、帰ろうと思った時にもすぐ帰れる。我ながらすばらしい案だ。


 さて、どうしようか。やはりこんな時には、ソーシャルゲームなんかが何も考えずに時間をつぶせていい。しかし、僕のスマートフォンは、古い。ゲームなんかしていると、すぐに電池がなくなってしまう。それは困る。連絡が取れない状況は困るのだ。彼女から連絡が入るかもしれない。

 ……いや、そのことは今は深く考えないでおこう。考えなければいけないのだろうが、今はダメだ。もう少し気持ちを落ち着けよう。


 さて、どうしようか。スマートフォンが使えないとなると、あとはやはり、GBAか。幸いなことに、持ってきていたソフトは、どちらも未プレイ。さっきはなぜコレがカバンに入っているのか不思議だったが、思い出した。

 数年前にファミコンミニのディスクシステムシリーズを全部セットで購入し、コレクションボックスを任天堂からもらったのだ。そして、購入時には、スーパーマリオブラザーズ2とリンクの冒険をひとしきり楽しみ、あとはコレクションボックスの中にしまいこんでいた。

 そのボックスを、数日前に部屋の片付けをしている際に発見したので、気まぐれに今日持っているこの二本のソフトと本体をカバンに入れておいたのだった。グッジョブ、数日前の僕。




【パルテナの鏡】


 ここで迷う。どちらからプレイするか、だ。少し考えてみよう。

 はるか昔、ディスクシステムを持っていた時期も含めて、二タイトルとも未プレイだ。だが、かろうじて、パルテナに関しては、友達がプレイしているところを見たことがあったし、何故か僕はソフトを持っていないのに攻略本だけ持っていた。ファミリーコンピュータ大百科シリーズだ。他の攻略本と違って、コラムやマンガが充実していて、読むだけでも楽しかった。

 ということで、少しだけ馴染みのあるパルテナの鏡からプレイすることにする。

 さっそく、ディスクシステムをイメージした黄色いカートリッジとヘッドホンを本体にセットし、電源オン。

 バックライト付きの液晶なので、昼間の車内でも画面は見やすい。SPになってから買ってよかった。ライトボーイとか使いたくない……いやあれは初代ゲームボーイか。

 ディスクシステムの売りポイントの一つである、FM音源を利用した美しいBGMとともに、タイトル画面が流れる。

 懐かしい。やっぱりディスクシステムの音源は好きだな。特にゼルダの伝説なんかのタイトル画面なんかは、子供ながらにも感動したものだ。

 スタートボタンを押すと、名前入力画面。この当時のディスクシステムのセーブ可能なゲームでの基本的な画面構成で、三人分の名前欄が用意されている。さっそく名前を入力して、ゲームスタート。


 さて、昔のかすかな記憶に頼ると、まずは縦スクロールアクションで、敵を倒しながらどんどん上に登っていき、4ステージ目でボスのいる砦がある。それをクリアすれば次は横スクロールアクション、そしてまた四ステージ目で砦、みたいな繰り返しだったような。

 とにかくピット君とともにどんどん登っていこう。




【船橋駅折り返し】


 いつの間にか電車は船橋駅に到着していた。20分ほどプレイしていたようだ。乗客の数はまばらなままだが、顔ぶれは入れ替わっている。

 む、難しい……! なんだこれ、結構簡単に足踏み外して落ちて死ぬし、敵も容赦なく変な動きしてくるし、死神に見つかるとふざけた音楽流れるし!

 まず、落ちる。ジャンプして着地時に少し動くのはなんでなの!? 狭い足場はちょっとこれ厳しいよなあ。

 あと、敵の動き。変な軌道で上からふよふよと飛んでくるあれがうっとうしい。慣れればなんとかなるんだろうけど、少し時間が必要かな。

 あと死神な! あれはなんというか、イラッとさせられる。死んだ時にも同じようなふざけた音楽流れるし。『ヤラレチャッタ』じゃねえ!

 あ、またヤラレチャッタ。ぐ……。

 あまりの悔しさに涙がにじむ。ゲームをして悔しくて涙が出るなんて初めての経験だ。

 ……やめよう。謎の村雨城にしよう。

 そっと電源を切り、カートリッジを入れ替え、再び電源オン。




【謎の村雨城】


 突然雷が落ち、真っ赤な空をバックに巨大な城がそびえ立っている。タイトルロゴが空に浮かび上がる。なんて斬新なタイトル画面なんだ。でもこれ、子供の時にやってたら、タイトルだけで怖かったかもしれないな。BGMとか無いけど、ちょっとかっこいいかも。

 期待に胸を膨らませ、スタートボタンで、やはりお約束の名前入力画面。え、でもなんかこれ、背景青すぎじゃない? しかも主人公の鷹丸さん、思ったより太っている、というかおっさんに見えるんですけど……。

 出端をくじかれた感じもあるが、まあ気を取り直し、名前入力……おっと、なんでこれ日本の侍とかが題材なのに名前アルファベットしか入れられないの!?

 ああもう、仕方ない、いいよ。名前なんてどうせこのデータ選択画面でしか見ないんだ。とっとと名前入れてスタートしよう。

 さて最初のステージは……AOSAME JOH、と。

 おいおい! 結局こういうところもアルファベットかよ! もうちょっと雰囲気大事にして!

 あ、いやいや、案外外国人なんかが好きだったりするかもしれないしな。まあ許しておくか。

 おお、音楽はなかなかいい雰囲気だな。頭に刻み込まれる。

 ゼルダと同じような画面構成のトップビューか。進んでみると、草むらから忍者がわらわらと出てくる。なかなか芸が細かいな。こっちは小刀みたいなのを飛ばせるのか。

 忍者に近づいて攻撃してみる。……おお、近距離だと刀で斬りつけるのか! なかなか楽しいなこれ。

 鷹丸アクションに感心しながらうろうろしていたら、忍者が手裏剣を飛ばしてきた。とっさについつい攻撃ボタンを押したところ、鷹丸が刀を振り、手裏剣が消えた。なんと! 刀で手裏剣をはじくとは……! よーしこれはなかなか良作の予感かも。がんばろう。




【柏駅折り返し】


 プレイ開始時に船橋駅に止まっていて、今はすでに柏駅から折り返し発車しようとしている。およそ一時間弱くらい経ったのか。かなりがんばってプレイしていたのだと気づかされた。


 いや、しかし、ありえない。このゲームはない。

 難しい。というか、操作感が悪すぎて難しさがさらに増している。最初のうちはまだ敵も少なく、斬新なアクションを楽しめたというのに、進めていくうちにそのような余裕は一切無くなった。数時間の慣れでなんとかなるようなものではないように感じた。あれだけたくさんの敵や飛び道具が飛び交うのなら、もっとキビキビと反応してくれてもいいものだよ、鷹丸さん。さっきのパルテナの鏡の操作感の悪さなんて、かわいいものだ。

 これが同じ任天堂の作品なのか……?

 今まで僕がプレイしてきた同じディスク作品、ゼルダの伝説、スーパーマリオブラザーズ2、メトロイド、リンクの冒険……、あの激ムズな名作たち。きっとあれらは、どの作品も絶妙な操作感が命だったのだ!

 この、謎の村雨城には、それがない!

 上下左右にしか動けず、斜めからの攻撃に対応しづらいのは、まあ仕方ないとしよう。

 その肝心の上下左右の移動すら、思い通りではない。なぜかするっと敵や飛び道具に向かっていってしまう鷹丸さん。僕が下手なだけかもしれないが、どうしたらいいのだ。


 深呼吸をしてみる。

 ……還ろう、パルテナの鏡に。

 難しいと涙をにじませた、一時間前の僕に。




【逃走と不安】


 再度カートリッジを入れ替え、電源を入れる前に、しばらくスマートフォンを見ていなかったことに気がつく。彼女から連絡が入っていたりしていないだろうか……? マナーモードにしてバイブレーションをオンにしていたので、連絡があれば気がつくはずだが、ゲームに熱中しすぎて気づかないなんてこともありえなくはない。

 カバンからスマートフォンを取り出し、ロックを解除する。……通知はなかった。ホッとしたような、不安なような、何とも言えない気持ちだ。


 彼女とケンカをして家を飛び出してきた。もはや何が原因でケンカをしていたのかはあまり覚えていない。些細なことだったのだろう。もう何を話しても細かいところに突っかかり、話が逸れていき、そのたびに言い争いになり、どうにも収集がつかなくなってしまっていた。それで、一旦時間をおかせてほしいと一方的に告げ、家を出た。それからはもう、行く当ても手持ちのお金もない僕は、駅へ来てしまったわけだ。

 我ながら情けない。連絡ぐらいこちらから入れておこう。スマートフォンのメッセージアプリで彼女へのメッセージを作成する。


『勝手に飛び出してきてしまってごめん。言い訳はしない。逃げ出してしまった。仲直りをしたい。連絡待ってます』


 情けないが、簡潔に本音を伝えよう。伝わってくれるといいんだが。送信。




【ディスクシステム起動】


 電車が船橋駅に向けて出発した。改めて電源を入れよう。ちょっと気持ちを落ち着けるために、ゲームボーイロゴ画面中にBボタンを押しっぱなしに。こうすることで、懐かしのディスクシステム起動画面を見られるのだ。

 マリオとルイージが交互に出てきて中央のスイッチを叩いたり、鉢合わせると追いかけ回したり。様々なパターンの動作が用意されていて、これをじっと見ているだけでも飽きない。

 が、そろそろ再開しよう。謎の村雨城のつらさを知った今の僕なら、パルテナの鏡くらいなんてことはないはずだ。おそらく楽しめる。

 Bボタンを押し、ディスクローディングの動作をさせ、ゲームを起動させる。




【パルテナの鏡再び】


 コツさえつかんでしまえば大したことはなかった。

 要は、さっきの僕は焦りすぎていたのだ。初プレイということもあるし、なにより彼女とのケンカがどこかに引っかかっていたのだろう。素直にメッセージを伝えてよかったと思う。

 時間制限などないので、とにかく安全第一に、出てくる敵は落ち着いてすべて倒し、出てこなくなるまで倒し続ける。

 足場の悪いところも、着地直前に少し進行方向の逆にキー入力することで、すべりを回避できることに気がついた。

 死神もギャーギャー言うが、召喚される子死神も含め落ち着いて対処すれば、あのふざけた音楽もかわいく思えてきた。

 しかしどうでもいいことだが、勝手な想像をしてみると、あの死神に見つかった時やピット君がヤラレチャッタ時の音楽、あれはこの神話の世界の『死』ということが軽視されていることを表しているのではないか。『死』というものがかなり軽く考えられているからこそ、あのふざけた音楽や『ヤラレチャッタ』になってしまうのだろうか。だって神様とか天使とかだし、死ぬとかそういうのあんまり問題にしてなさそうだものね。

 そんなこじつけまで考えながらプレイできるくらいに余裕が出てきた。良い調子だ。落ち着いて、倒す、進む。体力も攻撃力もお金も余裕が出てくる。良いサイクルだ。




【ナス】


 そして、また船橋駅を折り返し発車する頃、ついに初めて砦に到達した。

 砦の中も大したことはない。敵も弱いし、気をつけて進めばなんてことはないだろう。と思った矢先、なにやら紫色の奇妙な顔をした敵に遭遇。しかも、紫色の何かを放物線状に投げてくる。

 昔攻略本で読んだかすかな記憶が蘇る。ああ、これが噂のナスビ使いか! 投げてきているのはナスか!

 これはシュールだなあ。神話となんら関係なさそうだけど……いや、この前彼女が作ってくれた、ムサカとかいうナスとジャガイモのラザニア、あれってギリシャの料理だったっけ。うまかったなあれ。もしかしたらギリシャとナスで何かあるのかもしれない。

 そんなことを考えていると、ナスビ使いの投げてきたナスに当たってしまい、ピット君はナスに足の生えた生き物と化してしまう。うわ、なんだこれ、攻撃できないし! でもなんかかわいいな。

 そういえば、このナスの状態で温泉に入ると揚げられているみたいだとか見たなあ。確かに、しゃがむと足が見えなくなって完全にナスだしな。ムサカとか天ぷらとか考えていたらおなかが空いてきた。ナス食べたい。




【帰還】


 突然、スマートフォンが震える。メッセージ着信だ。慌ててゲームにポーズをかけて、スマートフォンをのぞき込む。


『ナスとひき肉のカレーを作ったんだけど、一緒に食べない? 別に、あなたのために作ったんじゃないんだから。ちょっと作りすぎちゃって食べきれないだけ』


 ツンデレサービス付きか。ニヤリとさせられてしまった。

 それより何より、ナスだなんて出来過ぎじゃないか。

 さらに、今の僕にナスを使ってくるだなんて。ナスを食らったら攻撃などできるわけがない。君はナスビ使いか。そんなことを言うと確実に怒られるだろうな。いや、ネタを知らないだろうし怒るとか以前の話だな。帰ったらナスつながりでこのゲームでも見せてみよう。ナスの状態で温泉を目指して「ほら、ナスの天ぷら」とかどうでもいい話をしてみよう。呆れられるだろうかな。まあ、ケンカの後はそれくらいどうでもいい話をできる方がいい。

 今は僕の最寄り駅まで二駅の位置。ちょうどいい。やはりこの作戦は成功だったみたいだ。東武野田線に感謝。

 一旦ゲームをスリープにして、メッセージを送って、終わりにしよう。


『奇遇だな、僕もたまたまナスが食べたくなっていたところなんだ。そしておなかが空いている。ビールを買って帰るから、ナスカレーを僕にもくれるかな。そして、ナスについて語り合おう』

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