レトロゲーム短編アーカイブス

みれにん

【マーブルマッドネス】

2011年のマーブルマッドネス

 都内某ゲームセンター。

 ここに、マーブルマッドネス、というレトロゲームがある。いや、いる。

 あまりにマイナーなレトゲなので、軽く説明を。

 1984年、米国アタリゲームズ社製(日本ではナムコがライセンス取得し販売)。立ってプレイする形のアップライト型筐体である。

 良質のFM音源を搭載し、美麗なサウンドでプレイヤーを魅了する。

 操作はトラックボールのみ。それを操作することで、画面上のビー玉を転がし、ゴールへと導く。

 途中には罠や敵が多数あり、食べられたり、溶かされたり、吸い込まれたりする。

 あまりに高いところから落下すると、割れてしまい、箒で掃かれる。

 このお掃除好きさは、メイドを彷彿とさせる。いや、メイドの魂が宿っているのだ、この筐体には。




 2011年現在、御年27歳。

 さすがにこれくらいの歳になってくると、よほどの熟練者でないと寄りつかない。


《いってらっしゃいませ、ご主人様。っとー》


 どうにもやる気がない様子である。頭に乗せられたカチューシャを直し、


《はあー、今日もなにもさせてもらえなかったな……》


と、一人ぼやく。

 今日のプレイヤーもいつもの顔馴染みで、たまに1プレイだけしていき、軽々と全ステージクリアしていくのだ。マーブルの妨害などないかのように。


《まあ、わかるけどさ。ステージ少ないし。上手ければショートカットだって使ってすぐ終わるし。でもつまんない、つまんない! 割れたビー玉のお掃除くらいさせて!》


 そう嘆く彼女の隣で、今日も三画面ダライアスに人だかりができていたのであった。




 ある暑い日の夕方、ちょっと変わった出来事が起きた。

 見覚えのない、サラリーマン風の男が入店してきたのだが、マーブルマッドネスの筐体を見つけたかと思うと、


(え……、まさか。いや、こんなところにあるなんて……)


などと呟き、とたんに落ち着かない様子で、店内のレトゲを冷やかしつつ、うろうろとしだした。

 その後もしばらく店内をさまよっていたのだが、何度か近くを通るたびにマーブルをちらちらと見ていった。

 時には、隣のダライアスの人だかりに混ざりつつ、マーブルを見てみたりもしていた。


《気になるなあ。なんか私のこと見てるよなあ》


 メイドも視線が気になるのか、デモ画面の青いビー玉が、PRACTICE RACE(ステージ1)なのに何度も何度も、屋根から落ちる雨粒のように落下していた。




 そんな微妙な空気が続き、数十分。

 ようやく男が彼女の前に立った。少し緊張しているようにも見える。


《やっと来た……。おかえりなさいませ、ご主人様!》


 メイドは少し安心し、誰が聞いているわけでもないが、まずはお出迎え。新しいご主人様(おわかりかとは思うが、お客様のことである)だと気持ちもリフレッシュされるものだ。

そして、自分の目の前に立つ男について考えてみる。


《やっぱり私が目当てだよね。あんなにちらちらと見てたんだし》


 まんざらでもなさそうである。フリルのついたスカートの裾をちょっと整える。


《でも、ということは、熟練者かな》


 マーブルがそう思うのは自然なことだ。彼女に興味を持つ者といえば、二十数年来のファンであり、熟練者くらいなものである。たまに若者達が物珍しそうに眺めてはいくが、プレイしていくほどの興味はないようだ。




 男がコインを投入。ゴーンという甲高く、しかし低音の効いたクレジット音が鳴る。

 スタートボタンが押され、PRACTICE RACEが始まる。

 トラックボールをころころと転がすと、画面上の青いビー玉がそれに応えてころころと転がる。


《ずいぶんとゆっくりなスタートだな……え!?》


 スタート直後のバーにゴン! と当たったかと思いきや、男の操作するビー玉が、崖から落下したのだ。


《ええー! そんなとこで落ちる普通!?》


 その後もよろよろ、ころころとコースを進み、なんとかゴール。残時間は30秒。所有時間の60秒中、普通は50秒くらい残してゴールできるものだ。

 そんな調子でステージ2 BEGINNER RACE開始。

 やはり、幾度となく落下し、割れ、箒で掃かれ(ここがマーブルが一番の見せ場と思っている場面である)、食べられる。道中前半程でタイムオーバーとなり、ゲームは終了。


《うーん? 調子悪かったのかな? 私としては久々のお仕事で楽しかったんだけど。どうせなんだしもう一回プレイしてくれないかな、ご主人様ぁ?》


 気分的には上目遣いで誘ってる感じのマーブルである。

 幸い、周りに見物客もいなかったので、男はすんなり連コインした。


《さて、さっきのは調子が悪かったのか、それとも……》


 興味津々なマーブルである。




 再プレイのPRACTICE RACE。今度はすんなりとゴールする。


《でもおかしいな。普通はジャンプして点数稼ぎに行くもんだけどな》


 若干疑念を抱きつつBEGINNER RACEへ。

落下。割れ(箒で掃く)。落下。落下。落下。細い道がどうしても進めず、またしてもタイムオーバー。

 響くゲームオーバーの悲しげなショートサウンド。


《え? うーんもしかして、というか、これは確実に》


 そう、確実に。


《この人、ものっすごく下手だ――》


 だが、まだ止める気配はない。小銭を取り出し連コイン。


《へえ、まだ遊んでくれるんだ! 根気あるなあ》


 ドレスの腕をまくり、ここ数年でまれに見る使用の多さとなった箒をばさばさと払った。




 もういくらつぎ込んだのかわからないほどプレイする男。

 隣のダライアスは相変わらず盛況だが、マーブルマッドネスを気にする者はいない。連コインし放題である。


《楽しいなあ、楽しいなあ。これって二人きりでデートみたい? って何言ってるんだ私は》


 久しぶりのことでマーブルも多少浮かれているようである。フリルがゆらゆらと揺れている。

 今度のプレイは、少し慣れてきたのか、なんとかBEGINNER RACEもゴール。

 初のステージ3 INTERMEDIATE RACEへ。スタート直後の細い細い通路に、苦戦しながら進んでいく。壁にぶつかり跳ね返され、思うように進めないようだ。


《通路前の坂道で横に逸れれば、通路通らなくても行けるのになあ》


 マーブルは思う。


《……でも、なんでそんなことも知らないのに、私にこだわってるんだろう?》


 通路を抜けると、急な坂道。その坂道の先にはすぐ崖が。


《あぶない!》


と思うと同時に、崖の直前に敵を移動させるマーブル。うまいことビー玉が敵に当たり、ピヨピヨ言っているものの落下は防げた。


《え、あれ、なんで私手助けなんてしてるんだろ。……べ、別に心配なんかしてないんだから! たまたま、そう、たまたま配置的にそうなっただけ!》


 誰かに聞こえるわけでもないが、勝手に言い訳をしているマーブル。

 そんなマーブルの手助けも虚しく、少し進んだところでタイムオーバー。


《まあそうだよね、私が手助けしてもしなくてもそうなるよね。ふふん、まあその程度の腕ではね》


 デモ画面のビー玉が真っ赤に染まっていた。




 連コインを続けていた男に、店員が話しかけた。


「お好きなんですか、マーブルマッドネス。先ほどから何度もプレイしていますね」

「ええ、まあ」


 男が答えた。


「遙か昔に、一目惚れしていたんです」


 男は懐かしそうに目を細め、語り始めた。


「高校の頃、地元のゲーセンにこいつがあったんですよ。一プレイして、ゲーム性だけでなく、そのグラフィック、サウンド、すべてに魅了されました。ただ……」

「ただ?」

「当時は高校生でした。お小遣いも少なく、とりあえず出会った日はその一プレイしかできませんでした」

「でも、そんなに気に入ったのなら、また後日プレイしたんじゃないんですか?」

「できなかったんです」


 男は目を伏せた。


「その日を最後に、そのゲーセンは閉店してしまいました」

「なるほど。閉店」


 店員は感慨深げにうなずく。


「90年代は徐々にアーケード業界が縮小していっていましたからね」

「今日はこいつ、いや、彼女とでも言ったほうがいいですかね。彼女に再会できて本当に嬉しかった。初恋の人ですからね」


 はは、と照れくさそうに笑った。

 突然、バツン! と音を立てて、マーブルを中心としたゲーム数台の電源が落ちた。ダライアスのプレイヤーが店員を呼んでいる。


「申し訳ありません! ブレーカーを確認してまいりますので、お待ちください。クレジットはサービスいたしますので」


 店員が配電盤を操作すると、すぐにゲームの起動が始まった。




 男は、マーブルマッドネスが再起動したことを確認すると、満足げに店から出て行った。


《あいつ、な、なんて恥ずかしいことを。私が聞いているとも知らずに》


 再起動したマーブルは相変わらず過電流気味だ。お見送りのご挨拶もすっかり忘れてしまっていた。


《まあでも》


 彼女は思う。


《許してあげようじゃない。しばらくの間は退屈しないですみそうだし。でも》


 デモ画面の割れたビー玉を丁寧にお掃除しつつ、彼女は少し考えて、


《最終レース、ULTIMATE RACEまで一緒に遊んでくれるのが条件かな。何年かかっても成し遂げてもらうんだから!》


と、嬉しそうに一人呟くのであった。


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