【スーパーマリオブラザーズ2】

台風の歌を聴け!

【秋穂県の台風】


 秋穂県は台風の少ない地域である。

 ただ、一度大きな台風が来ると、生産の盛んなコメやリンゴなどに甚大な被害がでる。

 また、たまにくる大きな台風の印象が強いためか、予報が出るだけで学校が休校したりもする。そんな非常事態のような雰囲気に、子供たちは否が応でもテンションを上げられる。



【馬島駅の台風】


 馬島駅。秋穂県の県庁所在地秋穂市の中心駅から一駅でも、一時間に一本しか電車がなくても、車両が一両か二両編成でも、気にせず電車は止まる。当たり前である。



【古本屋の台風】


 馬島駅前に、台風で簡単に吹き飛びそうな、さびれたアパートがある。一階のテナント部分には、古本屋、中華料理屋、空き店舗。

 風でガタガタと音を立てている古本屋の看板代わりの庇テントは、古そうな字体も相まって、いっそうアパートの危うい感じを引き立てている。


『売ります 買います ミレニアムブックス』。


 同じくガタガタと言っている自動ドアを入ると、奥側三分の二ほどに背の高い金属の本棚が並ぶ。耐震性が心配な、古本屋らしい店内である。

 手前側にはレジカウンターがあり、その向かいのスペースは、木製の本棚がコの字に並べられている。見た目は古本屋らしく見えるのだが、陳列されている商品が異質。いや、コレが置いてある店はたくさんあるのだが、いかんせんここのコレは、店の規模を考えると量が多すぎる。

 ぎっしり陳列されているそれは、ゲームソフト。本棚の上にはゲームハードも並んでいる。

 さらには、コの字の中央にはテーブルが置かれており、歴史を感じさせる一四型ブラウン管テレビと、ファミリーコンピュータ(ディスクシステム付き)。

 ある意味、アパート含む店全体の雰囲気には合っているとも言えなくはない。

 そんな古本屋での、ぬるめのレトロゲームトーク、台風だろうとぬるーくお楽しみください。

 いらっしゃいませ。



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【台風ハイ】


「てんちょうー」


 入り口脇のカウンターから、少し間延びし、鼻にかかったような声が上がる。

 白い無地のシャツ、珊瑚色のカラージーンズ、そして欠かせない黒いエプロン。正しい本屋さんスタイル。

 おろせば肩より少し下くらいの髪をポニーテールにしているその女の子は、旭川千秋。この古本屋のバイトである。

 ノートパソコンを閉じ、スリープ状態にしているところなので、ネット上の在庫整理を終えたのであろう。


「なんだい旭川くん」


 店内奥から数冊の本を抱えて出てきた男は、大平矢留。この古本屋の店長である。


「風強くなってきてますね!」


 旭川はガラス戸の外を指差しながら嬉しそうに大平に話す。台風によってテンションが上がってきているようだ。


「そりゃ、台風だからな。休んでもよかったのに」

「いやいや、こんな台風の日だからこそ、ここに来たんですよ。大学の帰りだったから、家に帰るより、駅に近いここの方が楽なんです」


 旭川は、家の最寄り駅である馬島駅から大学まで電車で通い、その帰りにこの古本屋に寄り、バイトをしていっているのである。


「まあ安全地帯ってやつだな。グラディウスIIのボス戦然り」

「ちょっとそれは古すぎてネタがわからないです……。いくらわたしがシューティング好きだからといっても」


 その言葉を聞き、大平の目がキラリと光る。


「よしわかった! じゃあこれからそのすばらしさをPCエンジン版で」


 そこまで言ったところで、突然、店内の照明がすべて消える。幸いなことにまだ夕方前なので、外の雲は厚いが、薄暗い程度の明るさはあるようだ。


「きた! 停電ですかね!?」


 旭川のテンションは、外で吹きすさぶ台風のようにマックスである。


「そうみたいだね……。これじゃ仕事にならないし、今日は閉店だな」

「あれ、臨時閉店なのに、いつもと違ってテンション低めですね」

「だって停電してるじゃない。ゲームができない」


 大平はもう一生ゲームができないかのような雰囲気で、がくりと大げさに肩を落としている。だが、対して旭川はさも当然かのように言う。


「何を言っているんですか。そういう時こそ携帯ゲーム機じゃないですか」

「そうか……それだ! ゲームボーイアドバンスにしよう!」

「変わり身早すぎですよっ」


 さっきまでの落胆とは打って変わって、大平の表情は至高の明るさだ。


「でも、ゲームボーイアドバンスですか……てっきり初代ゲームボーイとかで来るのかと思いましたよ」

「だってゲームボーイはバックライトがないからね。こう薄暗いと遊べない。ライトボーイっていうのもあるんだけど、あいにく今はうちに在庫ないから。一方、ゲームボーイアドバンスSPならバックライトつきで快適。まあ、アドバンスSPでGBソフトも遊べるのだが、もう一つ理由がある」


 大平がもったいぶって間を空ける。旭川もそれに乗っかっていく。


「なになに、なんですか」

「なぜなら、アドバンスにはファミコンミニがある!」

「見たことありますよー。当時はDSのソフトばっかりやってたので見向きもしなかったですけど……」

「当時というと、旭川くんは小学生くらいか。まあそりゃあ、小学生があれ買おうと思わないよな」

「それで、あれって昔のファミコンソフトのリメイクとかなんですか?」

「いやいや、リメイクなんてそんな野暮な。『』! 何も変わっちゃいない」

「それってやっぱり、逆に萌える感じ、ですかね」

「あたりまえでしょー。ちなみに前やった『バルーンファイト』もあるよ。でも今日はそのシリーズの中でももっとマニアックな、ディスクシステムシリーズを推したい」


 旭川は何か気づいたようで、カウンター正面のゲームコーナー中央に据えられているファミコンを指さして大平に問いかける。


「ディスクシステムってあれですよね、あのファミコンの下にくっついてるあのドライブで読み込んで遊ぶんですよね」

「そうそう。で、とにかくマニアックな作品が多い、んだけど、意外と現在の任天堂のシリーズ作品が誕生してたりするんだよね」

「あ、知ってます! 『ゼルダの伝説』はこれが最初なんですよね」


 旭川が人差し指を立てて嬉しそうに言う。


「よくご存じで。しかもディスクシステムのローンチタイトルだった。俺にとってディスクシステムのゲームの中で一番好きなゲームだ」


 初代ゼルダに関して旭川が知っていたことに気をよくして、大平はさらに続ける。


「他を挙げると、『メトロイド』、『パルテナの鏡』、『謎の村雨城』とか。メトロイドは言うまでもないね。ちなみに俺は『スーパーメトロイド』が好きだ。パルテナの鏡は最近になって3DSで出てたね。海外ではGBで続編出てたらしいけど。あと謎の村雨城なんかは、なぜかコーエーだけど『戦国無双』で村雨城モードとか出てたっけ」


 指折り数えながら次々とタイトルを挙げる大平は、そのまま、薄暗い店内のゲームが並んだ木の棚から、一本のGBAソフトを取り出す。


「あとはやはり、超有名シリーズのナンバリングタイトルでありながら、シリーズ屈指の激ムズ仕様という……コレ。『スーパーマリオブラザーズ2』」

「噂には聞いていましたが、ディスクシステム出身だったんですね」

「そう。ということで、今日はこれでいってみましょうねー」


 ひらひらとソフトのパッケージを動かしながら、大平が満面の笑みを浮かべている。


「その笑顔が嫌な予感しかしないです……」


 大平の様子を見て旭川は苦笑いをするしかなかった。



【クッパの本気】


 旭川は、大平から渡されたファミコンカラーのGBA本体に、ディスクと同じ色の黄色のカートリッジをセットし、電源を入れる。

 GAMEBOYのロゴに続き、タイトル画面が表示される。初代と同じデザインのロゴだが、『2』の文字が誇らしげに輝いている。さらに下には、『MARIO GAME』と『LUIGI GAME』の選択が求められている。


「マリオかルイージか選ぶんですか?」


 じっと画面を覗きこんだまま旭川が大平に問いかける。


「そうなんだ。そして、ちゃんと性能に差がある。マリオは……あ、初代スーパーマリオはやったことある?」

「あ、はい。さすがにこれはレトロゲーム入門としては外せないでしょう、と思ってバーチャルコンソールでやりましたよ」

「そうか、じゃあ話は早いな。2のマリオは初代とほぼ同じ性能。で、ルイージは、マリオよりジャンプ力が高いが、ブレーキ時により滑るようになっている」

「おお、使いやすいような、そうでもないような……。んーとりあえず、激ムズといわれているので、多少慣れているマリオにしておきます」

「よし、がんばれ!」


 スタートしてすぐに、ブロック上で赤ノコノコがうろうろしているので、下から叩く。偶然叩いたそれはアイテムが出てくるブロックだったのでキノコが出てくるが、段差に阻まれて下には落ちてこない。


「なんですかこれ! 最初のキノコが隠しアイテムっぽいし、ブロック叩いて飛ばさないと取れないなんて」


 旭川はぶつぶつ言いながら、ブロックを下から叩いてキノコをはじき飛ばし、スーパーマリオに。

 まもなく五連ハテナブロックが登場、叩く叩く。


「なんか黒いキノコ出てきましたよ!」

「毒キノコだよ。食べると死ぬ」

「うわわ、見た目通りだった……」


 軽くひょいと飛んでかわすマリオ。

 その後もところどころで危ういところがありつつも、なんとかゴールのポールまで到達。

 ポニテが飛びそうな勢いで振り返り、困り顔の旭川が大平に愚痴る。


「ちょっとちょっと、1-1でこれって最初から飛ばしすぎじゃないですか!」

「完全に初心者お断りって感じでいいじゃない」


 旭川の斜め後ろから画面をのぞき込んでいた大平は、相変わらずニヤニヤと楽しそうだ。

 二人のやりとりを尻目に、マリオは地下へもぐってゆく。


 1-2、地下ステージも苦戦しつつもクリアし、1-3のアスレティックステージに到達した旭川。


「リフトがキノコ製になっててちょっとかわいいんですけど……ちょっと多すぎでしょうこれ! あ、落ちた」


 リフトに乗り損ねマリオ、落下。


「む、難しい……」

「いやいや、初めてにしてはがんばってるほうじゃないかな」

「イラッとしますー!」


 旭川が軽く深呼吸をし、ステージ再開。


「うわ、ゲッソーが飛んでる!」

「地上面だと踏めるよ。しかも割と高得点」


 ふにゅっ。1000の表示とともに踏まれたゲッソーが落ちていく。


「なんかもーなんでもありですね」

「クッパ様、使えるものはなんでも使おうという方針にしたんだろうな」


 その後のクッパ城1-4は余裕でクリアする旭川。

 WORLDは2に進み、最初のステージ。


「緑のジャンプ台が出てきたね。思いっきり飛んでみるんだ」

「思いっきり……ほいっ。うわっ、ちょっと飛びすぎじゃないですか!」


 旭川の操るマリオは、スーパージャンプ台の効果で、画面外まで飛んでいってしまう。


「飛んだまま進めるから進んでみなよ」


 大平に言われた通りに進んでみると、マリオは画面外のまま、画面のみ右へスクロールしていく。


「おお、進める。でも着地地点がよくわから……あ、水に落ちたー」


 旭川マリオ、残機がなくなりゲームオーバー。


「むぐぐ……くやしいですー。WORLD2までしか行けないなんて。初代とは比べものにならないですね」

「ほんとにね。クッパ様の本気! って感じだな」



【こんな幼稚園児はイヤだ】


 先ほどまで旭川がプレイしていたGBAを受け取る大平。


「では、お手本プレイを見せましょう。久々だからお手本になるかどうかわからないけどね」

「お願いします!」


 大平もマリオを選択しスタート。

 大平は、旭川が文句を言っていたキノコのブロックの周囲をうまいこと壊し、ノコノコを使い無限増殖をし始める。


「え、いきなりここで無限増殖できるんですか、ずるい!」

「それくらいしておかないと、クリアは本当に難しいのさ。でもここで増やしても、クリアできないこともしばしば」

「そんなにですか……」


 ダッシュ。ジャンプ。ブレーキ。三角跳び。リフト調整。助走をつけてジャンプ台。パタパタを足場にして普通では届かない足場に着地。コインぞろ目ゴールの1UP。頭上のリフトとクッパとのスレスレの空間を縫うようにひょいとすり抜ける。追い風を利用し大ジャンプ。……ありとあらゆるアクションをこなし、大平マリオは進む。

 残念ながら、電池残量があまりなかったため、7-4で電源が切れる。


「とまあ、こんな感じだが」

「えー……、店長巧すぎやしませんか?」

「当たり前よ! 幼稚園児の頃からマリオとゼルダやってんだぞ!」

「うわーこれやる幼稚園児ですか? かわいくない……」


 眉間にしわを寄せて引いている旭川。


「なんとでも言ってくれ。とにかく、ポイントは、緩急をつけるポイントを押さえること、かな。例えば、プクプクが飛んでくるステージはスタートからゴールまで走り抜ける、とか、パックンフラワーが多いから慎重に、とかね。後半になれば、Bダッシュしながら正確なコントロールを求められるなんてこともざらだけど……。まあ結局は、年季のなせる技ってことになっちゃうか」

「でもいくらなんでも巧すぎだと思いますよ……。何も言わずに後ろで口開けてポカーンと見てましたもん。んー、なんかくやしいです!」


 突然、旭川がイスから立ち上がる。


「マリオの如く外の強風の中を走り抜ければ私にも何か掴めるのでは……!」

「うわ、まてまてまだ危ないって!」


 入口の自動ドアを手で開けて外に飛び出す旭川と、焦ってそれを追う大平。



【台風の歌を……聴けなかった】


 だが、外の風はすっかりおさまっていたようで、おだんご頭の一人の女性が隣の中華料理屋の前で肉まんを食べながら、まだ雲に覆われている空を見上げている。中華料理屋の娘、高清水泉だ。


「やあ、お二人。肉まん食うかい?」


 高清水は自分の食べていた肉まんを差し出してくる。


「食べかけはいらんよ……。それより、風はもうおさまったんだな」

「そうみたいなんだよね。さっき急にぴたっと止まってね。それでちょっと様子見に外出てみたら、二人が出てきたってとこさ」

「そうだったか。まあ早いところ停電も復旧してくれそうだな」

「だねえ。ところで、千秋ちゃん、すごい勢いで店の中に逃げて行っちゃったけど、どうかしたの?」


 肉まんをもぐもぐしながら高清水が問いかける。確かに、すでに旭川の姿がない。


「え、ああいや、風おさまったの見て安心して戻っていったんじゃないかな、はは」


 大平が適当な理由をつけてごまかす。


「じゃ、俺も戻るわ」


と大平もダッシュで店内に戻っていく。

 不思議そうな顔をしつつ、相変わらず肉まんをほおばり続ける高清水のみ取り残されるのだった。



【クロージング】


「おーい旭川くーん」


 大平が店内に戻ると、旭川はカウンターに突っ伏している。


「ああ、危うく醜態をさらすところでした……。泉さん、変に思っていませんでした?」

「大丈夫、適当にごまかしておいたから! あいつ、何か食っている時は特に注意力散漫だし」

「そうですか……ありがとうございました」


 顔を上げて礼を言う旭川。素直な子である。


「それよりも」


 大平が珍しく大まじめな顔で旭川に言う。


「今回は風おさまっていたから良かったものの、急に出てったら危ないだろう。反省して!」

「はあい。すみませんでした……。ちょっと台風でおかしなテンションになってたってのもあったかもです」


 イスに座ったまま体を小さくまとめて、これまた素直に謝る旭川。


「素直でよろしい」


 大平も旭川の様子に納得したようだ。


「でも、ゲームでテンション上がってしまうのは、いつもなら店長のほうがすごいですよ」

「う、まあ確かに自覚はある……」


 いつもの自分の様子を言われると何とも言えない大平である。


「まあ、楽しければいいんですけどね! 今日は、全然うまくできなくて悔しかったですけど、店長のスーパープレイは見ていて楽しかったです」


 心からそう思っているようで、旭川の表情は明るい。


「そうかい? そりゃよかった! 今度は最後まで見せてやりたいものだな」


 大平も賞賛を素直に受け取る。


「ほら、それじゃ風弱まっているうちに帰っちゃいなよ。いつまた天気悪くなるかわからないし」

「そうですね。そうしちゃいます」


 そう言うと、旭川は黒いエプロンを脱ぎ、カウンター内に置いて、代わりにキャメル色の革のショルダーバッグを取り出す。帰り支度は完了だ。


「じゃ、おつかれさまでした! 店長も早く帰ってくださいね」


 残る大平を気遣いつつ、自動ドアを手で開けて元気に出て行く旭川。


「言われなくとも。電気が使えないんじゃいても仕方ないしね。おつかれー」


 大平はそれを笑顔でひらひらと手を振って見送る。



 その後、大平も帰り支度を始めるが、店内の照明が一斉に輝き出す。停電が復旧したようだ。


「お、ラッキー! じゃ、もう少し……」


 先ほど電池の無くなったGBAをカウンター内の充電器に接続し、さっそく電源を入れてしまう大平であった。



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【蛍の光】


 本当にゲームが絡むと見境がなくなりますね。放っておきましょう。

 では、今日はこのあたりで。くれぐれも台風にはお気をつけください。

 またのお越しをお待ちしております。



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