【ファミリーベーシック】

一九八四年の近未来

【古本屋】


 秋も深まり、そこら中にある田んぼはあらかた稲刈りを終えられている、秋穂県秋穂市。

 その中心駅から普通列車で一駅の位置にある馬島駅。

 その駅前のさびれたアパートで営業している古本屋。

 古くさい黄色の看板に黒い文字で店名と売り文句が掲げられている。


『売ります 買います ミレニアムブックス』


 店内の奥側は、いたって普通の昔ながらの古本屋といった感じである。

 少し変わった点を挙げるとすれば、店の手前側の一角。

 コの字に並べられた木製本棚に、ずらりとゲームソフトが並ぶ。さらにそのコの字の中央にテーブルと椅子があり、今や懐かしい一四型ブラウン管テレビと、それにRFスイッチで接続されたファミリーコンピュータ。

 本日もこの古本屋で、ぬるめなレトロゲームトークがはじまります。

 いらっしゃいませ。



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【赤と白】


「てんちょうー」


 店の奥からノートPC片手に女の子が出てくる。

 白い無地のシャツにジーンズ、黒エプロン、ポニーテールと、いつもの正しい本屋さんスタイルで現れる、この古本屋のバイト、旭川千秋。

 ちなみに、大学では情報システム系の学科に所属している。


「なんだいー旭川くん!」


 返事をする店長、大平矢留は、カウンターの在庫を見ながらニヤニヤしている。


「ネット在庫入力終わったんですけど……なんか無駄にテンション高くないですか」

「そうかい? デュフフ」

「多少キモい程度に」


 多少、と旭川は控えめに言っているが、かなりの気味悪さだと思われる。

 そんなことには気も止めず、大平が在庫から一つ、ある物を持ち出して見せる。


「そうか、だって今日はいい品が入荷したからね!」

「なんですかそれ?」


 大平が持ち出したそれは、少しくすんだ赤と白、いわゆるファミコンカラーをしたキーボードである。


「まあ見るからにキーボードではあるんでしょうけど。その配色ってことは、ファミコンで使えるとかですか?」

「その通り! というかファミコンでしか使えない」

「ファミコンでキーボードつないでどうなるんです? だって昔はネットとかもなかったんですよね?」


 大平はオーバーリアクション気味に、ゆっくりと肩をすくめるポーズを取る。


「やれやれ……甘いよ旭川くん。君もそれ系の学部に通っているなら察しもつくだろうに」

「ええ!? まさかファミコンでプログラム組むとか?」

「ザッツライト! さすがは旭川くん」

「やっぱなんかテンションおかしいですね」


 やたらと暑苦しい大平に、半ばあきれている感じの旭川である。



【BASIC】


 日が落ち、寒くなってきた店内に石油ストーブをつけ、大平が話を続ける。


「これはね、昔友達の家で少し触ったことあるだけだったから。ちょっとした憧れの品だったんだよ」

「ほうほう。プログラム組めるってことは、言語はなんなんですか?」

「この商品名は『ファミリーベーシック』って言って、その名の通りBASIC言語でプログラム、というかゲームが作れるんだよ」

「なんか、ツクールシリーズの元祖みたいなものですか」

「そうだね。とは言っても、こいつに関しては制約が多すぎる。というか、利用できるメモリの量が極端に少ないから大したものが作れない。だから、一文字でもいいからプログラムの記述を減らしてメモリを節約したりとか、BASIC言語に頼らず直接機械語を記述してみたりとか、とにかくマニアックな使い方をしないとまともなものが作れない」

「今のプログラムからは到底考えられないような世界ですね……」

「まあ、今でもJavaScriptなんかは近いような気もするけど……まあそれは置いておこう。さっそく遊んでみよう!」

「ダメですって! プログラム組み始めたら仕事にならないでしょう! 今日はまだ発送分の在庫梱包してないんですから」

「そうっすね、すみません……」


 どちらが店長なのかといった感じで、ゲームが絡むとまるっきりダメな大平である。



【セーブ】


「あれ、なんかカセットに電池入れるとこありますけど」


 旭川がファミリーベーシックのROMカセットを見回した際に、電池ケースを発見したようだ。


「それね、データ保存に電池使ってるんだよ」

「そういうのって内蔵されているんじゃないですか!?」

「後期のファミコンソフトに関しては内蔵されているものがほとんどなんだけどね。これの作られた頃にはまだそれも主流じゃなかったんじゃないかな。他のゲームだと、いわゆる『ふっかつのじゅもん』ってやつでゲームを継続していた時代だからねえ。あとこいつの他のデータ保存方法としては、テープレコーダーだね」

「て、テープレコーダー? そもそもわたしカセットテープなんてほとんど触ったことないですし……何から何まで想像の斜め上です」


 しげしげとROMカセットを見つめる旭川。


「だろう? たぎるだろう?」

「あまりにイメージがわかなすぎてよくわかんないですけど……。でも、今度時間あるときにいじらせてください」

「今でもよかったのに」

「うーん……、やっぱり遠慮します。こないだ授業でやたら難しいプログラムの課題出されて、ちょっと今プログラミングには食傷気味なんですよー」


 困ったように笑う旭川。


「わかる! それなら仕方ない……」


 大平は元同業者としてしみじみと答えた。が、すぐにニヤリとして続ける。


「と言いたいところだが……フフ、旭川くん。このファミリーベーシック、プログラムだけではないんだよ」

「そうなんですか?」

「そうそう! しかも、今旭川くんがそういう感じなのであれば、なおさらやってみた方がいい」


 ポニテを揺らし一瞬迷う旭川。が、自信満々の大平の笑顔に圧され、ぽつりぽつりと答える。



「……じゃあ、店長が、そこまでいうなら」

「よし、決まり!」



【一九八四年の近未来】


 大平は軽快に舞うように、コの字の中央に鎮座するファミリーコンピュータの前へ進む。そして、丁寧かつしっかりと拡張コネクタにキーボードを差し込み、ファミリーベーシックのROMカセットも同じようにしっかりセットする。

 電源スイッチをオンにすると、突然、いかにも昭和の時代に想像されたような近未来のコンピューターといった感じの、ランダム風の電子音がピポポポと鳴り出す。画面のほうも、コンピューターのモニタと、それを構成する周りのパーツが描かれている。画面内のモニタには、細かな矩形がモザイクのようにランダムに色を変化させつつ表示されている。


「おお……近未来?」


 旭川は感心した様子で画面に見入る。


「これで近未来を感じ取るようでは、旭川くんの感覚は昭和だな」

「うれしくない……」


 頭を抱えてしまう旭川。


「ほらほら、これからもっと近未来が見られるから」


 大平がそう言ってRETURNキーを押すと、画面内のモニタが真っ黒になり、文字が打ち出される。


『ワタシハ ファミリーコンピュータ デス』


「うわ、話しかけられた!」

「ほら言ったでしょ、近未来だって」


 ファミリーコンピュータは話し続ける。


『ドウサヲ カイシ シマス』

『アナタハ ダレデスカ? ナマエヲ イレテ クダサイ』


 そう言うと、モニタの下のOPERATORと書かれた領域でカーソルが点滅し始め、『ハヤク ニュウリョク シテクダサイ』とでも言っているかのような効果音が鳴り続ける。


「てんちょう! 聞かれてますよ!」

「旭川くん入れちゃいなよ」

「ええと……じゃあちょっと座りますね」


 テレビの前のイスに座り、手慣れた感じで『CHIAKI』と入力し、RETURNキーを押す。


『リョウカイ!』

『アナタハ CHIAKI サン デスネ』


「はいそうですよ」


 律儀にファミコンに返事をしている旭川。


『サギョウヲ カイシ シマス』

『”GAME BASIC”ニ シマスカ?』


 ファミコンはここまで言うと、再び入力待ち状態になる。


「ここで『ハイ』と答えるとBASICが起動するし、『イイエ』と答え続ければ、電卓、シーケンスソフト、メモ帳と順にオススメしてくれるんだが、ここはひとつ挨拶してやることにしよう」

「挨拶というと、F3の『コンニチハ』ですかね」


 旭川はF3キーを押し、RETURN。



【八卦】


『ハイ!』

『コンニチハ! CHIAKI サン オゲンキデスカ?』


「そこそこお元気ですよ」


『ワタシハ ファミリーコンピュータ デス』


「知ってるし! さっきも言ってたし!」

「旭川くん、やさしくしてあげて!」

「だってツッコミたくなるような隙を見せるから……」


と、旭川は口をとがらせている。


『イマ ワタシハ CHIAKI サンノ シジドオリ ドウサヲ シテイマス』

『ワタシハ ウラナイガ デキマス』


「唐突だなー」


『CHIAKI サン ウラナイヲ シマスカ?』


 入力待ちになるが、旭川はすかさずF1『ハイ』を入力。あまりの反応の早さに大平が驚いている。


「はやい!」


『リョウカイ!』


「シューティングとかで鍛えられてますからね、反射神経」


 ニヤリと口元を上げる旭川。


『ツギノ シツモンニ コタエテクダサイ』

『セイネンガッピヲ イレテクダサイ』


「ん……これ、スラッシュとかで区切ればいいんですかね」

「確かそうだったかな。スペースとかでもいけたかも」

「じゃあ、まずはスラッシュで」


 旭川は『1992/12/23』と入力。


『リョウカイ!』


「通ったー」


『ウラナッテ ホシイ ヒニチヲ イレテクダサイ』


「やはり無難に今日の日付にしておきましょう」


と、誕生日の時と同じ形式で『2012/11/2』と入力。


『リョウカイ!』

『ウラナイヲ ハジメマス』


 占ってくれている様子を表現しているのか、ランダム風の電子音が鳴り始める。


「なんかかわいい」

「音が?」

「音もそうですけど、なんか一生懸命占ってくれているようで」

「確かに」


『ワカリマシタ』

『ソレデハ アテマス』

『セイネンガッピハ S 67/12/23 デスネ』


「無理矢理昭和に変換されてますね」

「次の元号なんてわからないもんね、仕方ないな」


『S 87/11/2 ハ』

『エート? エート?』


「なぜそこで迷う!」


『ウマレテ  7254 ニチメニ ナリマス』


「日付計算していたのね、それなら仕方ないか……」


と、先ほどのツッコミから一転、旭川は穏やかな表情で画面を見つめている。


『ソノヒノ ウラナイハ ツギノヨウニ ナリマシタ』

『:ファンファーレ:ヲ ナラシマス』


 なにやら間の抜けたファンファーレが鳴り響く間、旭川も大平もじっとその様子を見続けている。


『モノゴトヲ カンガエルノニ テキシテ イマス ムズカシイ コトモ カイケツ シマス』


「おお、すごい! 良い結果なんて初めて見た!」


と、大平は驚いているが、旭川は「フフッ」と笑い、


「てんちょうは日頃の行いが悪いんですー」


と、ここぞとばかり大平へ攻撃する。しょんぼりする大平である。


『ウラナイ オワリ』


「それだけなんだ!? いちいちかわいいなもう!」


 ぶんぶん首を振り、それに合わせてポニーテールもふりふりと左右に振られる。


『ナカナカ ヨイ ケッカガ デマシタ ヨカッタ デスネ!』

『ウラナイヲ ツヅケマスカ?』


 旭川は満足した様子で、『イイエ』を入力。


『リョウカイ!』

『ウラナイハ ヤメマショウ』



【サヨウナラ】


『エート? エート?』

『ワタシハ ナニヲ シテイル トコロ デシタカ』


「いやいや! どこまでドジっ子なのこの子は! カワイイナ モウ!」


 どことなくファミコンに話し方が似てきているようである。


『エート? エート?』

『オモイダシマシタ!』


「ああ、よかった」


と、旭川は心底ほっとした様子である。


『サギョウヲ カイシ シマス』

『”GAME BASIC”ニ シマスカ?』


「あ、これでまた選択に戻ってくるんですね」

「そうそう、本筋とは別としてちょっとしたミニゲーム的に入ってる感じなんだね」

「それじゃそろそろ終わりますね」


 そう言うと旭川は『オワリ』を入力する。


『ワカリマシタ』

『サギョウヲ チュウシ シマス』

『データヲ ノコシタイ トキハ カセットノ バックアップスイッチヲ ONニ シテクダサイ』


「ああ、これが例のスイッチですか」

「そう。だが、電源つけっぱなしでスイッチ入れなきゃいけないから、ROMカセットがぐらぐらして接触悪くなって止まっちゃうことあるんだよね……」

「ま、今回は電池入ってないから気にしませんね」


『CHIAKI サン マタ ヨビダシテ クダサイ』

『サヨウナラ!』


「うん、さようなら」


と、旭川は少し名残惜しそうに別れの挨拶をする。画面は再び初期状態、昭和の近未来を映し出す。



【お気に入り】


 その後、残っていた在庫梱包作業も一段落し、お客さんももうほとんど来ないような時間。

 大平がファミリーベーシックキーボードを持ちながら、帰り支度をしている旭川に問いかける。


「そういえば、旭川くんはいつもキーボードはどんなの使っているのかな」

「ん? 自宅でですよね?」

「まあそうだね。学校のは備え付けられているだろうから」

「家ではノートなんでキーボードは他にはいらないですよ」

「ならんっ!」

「へっ!?」


 突然大声を出す大平に驚く旭川。


「旭川くんもプロなんだから、道具にはこだわりなさい!」

「いやまだ学生ですけど……」

「学生も勉強が仕事です! 勉強即ちプログラミングとかレポートとか!」

「まあ確かに」

「PCで文字を打つことを生業としている人は、キーボードが仕事道具でしょう。昔の物書きの人のペンのようなものでしょう。高いものじゃなくてもいいから、自分のお気に入りのキーボードというものを見つけた方がいいよ」

「お気に入りですか」

「そう。打ち心地でもいいし、色とか見た目が気に入っているとかでもいい。まあ、打ち心地で選んだ方が、手の負担が減ったりとか、姿勢が悪くなりづらいとかあるだろうけどね」


 あ、と思い出して大平が続ける。


「そういえば、俺の古い友人に物書きさんがいてね。その人はPCで原稿を書いているんだけど、昔は肩こりとか疲れ目とかで原稿に集中できなかったみたいでさ。ある時ふと思い立って、自分にぴったりなキーボードを探してみたら、あら不思議、負担はすっきりなくなり、原稿に集中できるようになったとのことだ」

「なるほど、そんなに違う物なんですね」

「まあ、肩こりとかだと原因はそれだけでないんだろうけどね。運動不足とか。でも、一因ではあったんだろうと思うよ」

「いいこと聞きました。確かにレポート書いてるときに長くなってくると疲れてくるんですよね、いろいろと。さっそく明日にでも巳井田みいだのコンプマートにでも行って見てみますね」


 やはり、素直でいい子である。



【クロージング】


「じゃあ、おつかれさまでした! あの、店長……」


 帰り支度を終え、コートを着込んだ旭川が、真剣な表情で大平のほうを向く。


「ん? どうした?」

「……ファミリーベーシック、ムリにでも遊ばせてくれてありがとうございました。ちょっとこう、プログラミングに疲れた時でも、あのやりとり思い出すと、少しだけ楽しい気持ちになれるかもしれないなって」


 ぺこっと頭を下げる。ポニーテールも逆さに下がる。


「はは、そりゃよかった。PCいじるなら楽しまないとね!」


 少し照れた様子で斜め上を向きながら答える大平。


「ですね。……じゃあ、帰ります。今度はBASICもちょっと組んでみたいので、とっとと仕事終わらせられるようにがんばりますね!」


 にっこり笑い、右腕に力こぶを作るポーズをしてみせる。


「期待しているよ。お疲れー」

「おつかれさまでしたー」


 旭川が頭を下げつつ出て行き、本日は閉店。


 旭川を見送り、シャッターを閉めつつ大平がしみじみと言う。


「ほんっと、素直でいい子だなあ……。よし、それはさておき、久しぶりのBASICでも復習するか。先輩としていい格好したいし……」


 ひたすら俗物な大平であった。



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【蛍の光】


 旭川の気を楽にしてやろうとしてのことだったのか、それとも、ただ単に遊びたかっただけなのか。

 大平の真意はよくわかりませんが、一人の後輩の気持ちは救われたようです。


 ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。



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