【ChristmasNiGHTS 冬季限定版】

ポニテイヴナイツ 冬季限定版 1/2

【秋穂県秋穂市の冬】


 日本海に面し、県全域の90%ほどが特別豪雪地帯に指定されており、さらに冬期間の日照時間が最も短い都道府県である秋穂県。

 県庁所在地の秋穂市は、特別指定を受けてはいないものの、豪雪地帯ということには変わりなく、どんより厚い雲から常時雪が降ってくる毎日である。路面も当然凍っている。除雪車が通った道でないと、車は身動きが取れなくなったりする。人もよく転ぶ。

 ただその曇り空と雪のため、冬なのに湿度は高く、それが肌に良い効果で美人が多いと言われている。一概に悪いことばかりとも言えないのだ。



【馬島駅の冬】


 そんな市の中心駅から普通列車で一駅、時間にして三分ほどに位置する駅。冬になると自転車に乗りづらいため、いつもより利用客が増える。というか、朝のラッシュ時間帯は首都圏並みの満員電車になる。ホームも人であふれかえり、入りきれないので、ホームに上がる階段で待たされたりもしている。まるで首都圏だ。首都圏との違いといえば、車両が二両編成なくらいだ。



【二階建てアパートの冬】


 そんな冬くらいしか活気付かない駅前に存在する、冬も活気付くことはないアパート。一階はテナントが入っており、左から古本屋、中華料理屋、空き店舗、と並んでいる。二階は住居のようである。



【古本屋の冬】


 入口の上に掲げられている庇テントの看板は、雪が吹き付けられて八割ほど見えなくなってしまっているが、本来は、黄色の下地に、黒く昭和の香りのする字体で文字が並んでいる。


『売ります 買います ミレニアムブックス』


 店の正面のガラスは、結露して水滴がびっしりである。また、高価買取強化商品名を毛筆で書いた紙がぺたぺたと貼られているが、それも結露によりしわしわになっている。

 店内に入ると、むわっとした暖かい空気が出迎えてくれる。暖房が、店内数カ所に置かれているダルマストーブのみのためだ。場所によって、暖かすぎたり、寒かったり。安定した室温にはならない。

 店内の奥側三分の二ほどの、背の高い本棚が並んでいる辺りは、少し薄暗く、暖房もあまり行き届いていないようである。

 さて、店内の手前側だが、入口の自動ドアを入って左は小さなレジカウンター。右には、コの字に並べられた、ゲームソフトがみっしり詰まった木製の本棚。店内奥のものと比べたら背の低い本棚で、その上にはメーカー問わず、多くのゲームハードも並べられている。

 そしてコの字の真ん中の部分のテーブルで、イスに座り渋い顔をしている男が一人。


「これだから湿気はいやなんだ……」



【ご来店】


 寒い冬の古本屋で、ぬるめのレトロゲームトークをお楽しみいただければ幸いです。

 いらっしゃいませ。



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【湿気】


「てんちょうー」


 店の奥から、両手にカップを持った女の子が、ポニーテールをぴょこぴょこ揺らしながら歩いてくる。

 旭川千秋。この古本屋のバイトである。

 今日も白い無地のシャツに、黒のチノパン、黒く長いエプロン。正しい本屋さんスタイル。


「うーん……。なんだい旭川くん」


 コの字の中央で、なにやら難しい顔で小さな古い機械をいじりながら答えるのは、ミレニアムブックス店長、大平矢留。


「あ、コーヒー淹れたんで店長もどうかなって思ったんですけど」


と、カップを差し出しつつ旭川が小首をかしげ、大平に問いかける。


「どうしたんです? 眉間にしわが寄ってますよ」

「コーヒーはありがたく! いや、最近店内の湿気ひどいでしょ。それでファミコンが湿気にやられちゃってねえ。分解掃除とかしてみたんだけど、もうダメみたいで」


 やれやれ、というジェスチャーの大平。


「湿気でやられちゃうんですか。任天堂ハードは頑丈と聞いていましたけど、そういう方向からだとやられちゃうんですね」

「そうなんだよ。昔それで何度修理や買い換えになったことか……」

「北国ならではの悲しみですかね」

「暖房をエアコンにすれば簡単に解決するんだろうけど、今さらいいエアコンを導入するっていうのも、ねえ」


 せまい店内とはいえ、確かにエアコンではかなりの出力がないと暖まらなさそうな広さである。そもそも、この寒い地域では、エアコンの出力が上がりづらいもので、いっそう暖まりづらいのである。


「まあ仕方ない、売り物のを一つ店用にしよう」


と、本棚の上から値札のついたファミコンを持ち出し、テーブルにそれをそっと置き、なぜか嬉しそうに言う。


「これがないと動作確認もできないしね!」

「またまた。自分が遊びたいだけですよね」


と、笑顔でぴしゃりと言う旭川。


「まあ、正直言ってそうなんですけどね……」


 旭川はなんでもお見通しである。



【イヴイヴ】


「ところで」


 旭川が唐突に切り出す。


「店長、今日は一二月一六日です。来週の今日、一二月二三日は何の日か知ってます?」

「一二月二三日? そりゃあ知ってるよ」


 なぜそんなことを聞くのかという様子で大平が答える。


「天皇誕生日だろう。祝日だしね」


 その回答にちょっと不満そうな旭川。


「それはそうなんですけど……。もう一人誕生日の人がいるんです」

「うーん? 覚えがないな」


 首をかしげる大平。


「こないだに入力してたじゃないですか! 私ですよ私!」


 ばん、ばん、と自分の胸元――割とあるらしい(高清水談)――を平手で叩く旭川。

 ちなみにファミべえとは、先日大平が仕入れた『ファミリーベーシック』のことである。旭川がいたく気に入ってバイト代天引きで買い取って、愛称までつけたようである。


「おお! 全然覚えてなかった……。申し訳ない」


 手を合わせ謝罪する大平。


「今上天皇と誕生日が一緒とは、なかなか……。なかなか、何なんだろう?」


 確かに、なんとなく何か言いたいような気はするが、何と言えば良いものかよくはわからない。


「一二月二三日というと、最近はクリスマスとも呼ばれたりしているな」

「そのイヴイヴってのが問題なんですよねー」


 腕組みをし、ため息をつく旭川。


「誕生日とクリスマスが近すぎるせいで、大体まとめてプレゼントってことにされちゃうんです」

「まじか! 旭川くん、そりゃあ一大事だ、かわいそうすぎるだろう! 信じられん! あああ……」


 手で目を覆い、天を仰ぎ見る大平。そのリアクションに逆に驚く旭川。


「いやいや、昔からそうだしそれほど大げさに悲しむことも――」


 旭川が言っている途中でさえぎるように大平が言う。


「だって、誕生日とクリスマスといったら、年に二回の、新品ゲームソフトを買ってもらえるチャンスじゃないか! それが一回になるなんて……」

「その着眼点、まさに店長らしいですね」


 どこまでもゲーマー視点な大平に呆れる旭川。


「ところで、その一年に一度のチャンスを、旭川くんは去年はどう使ったんだい?」

「……ええと、PS Vitaですけど」


 少し恥ずかしそうに旭川が言う。


「結局、旭川くんも結構好きだよね」

「ですかね……」


 何を隠そう、PS Vitaの発売日は二〇一一年一二月一七日だったのである。

 発売直後のニューハードをねだる。旭川も大概である。



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【土星】


 時は流れ、クリスマスも間近の二〇一二年一二月二二日。

 この日は普段では売れないような、一風変わったものが多く売れていくようだ。


「ありがとうございましたー。っと、てんちょうー」


 客を見送った旭川が、店の奥から出てきた大平を呼び止める。


「なんだい旭川くん」

「なんでこんなに変なものばかり売れるんでしょう、今日は」


と、旭川は小首を傾げている。


「今のお客さんなんて般若心経買っていきましたよ?」

「そうだな……。まあきっと、プレゼント交換にでも使うんだろうよ」


 ああ、と納得した様子で柔らかな笑みを浮かべる旭川。


「ネタに走りたくなる気持ちは確かにわかる気がします」

「さて、それじゃそろそろ閉店準備でも始めようかな」

「はーい」

「明日は旭川くん休みだよね?」

「あ、はい、せっかくの誕生日ですから! あ、すみません、もしかして出た方がよかったですか?」

「いやいや! そういうわけじゃなくて……」


 かぶりを振る大平。


「明日来ないなら今日のうちに渡しておかなくちゃな、とね」


 そう言うと大平は、カウンターの下からいかにもクリスマスといった感じの、緑と赤のカラーリングの紙袋を取り出し、旭川に渡す。


「はいこれ、誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントが一緒になってかわいそうな旭川くんに」

「えええ!? なんかでかい! ていうかそんな、これ、もらっていいんですか!?」


 大平から受け取った紙袋を腕に抱え、目を見開く旭川と、その様子に満足気な大平。


「いいんだ、是非旭川くんにもらっていただきたい」

「そうですか……じゃあありがたく!」


 旭川は紙袋を抱えたまま、中身をちらちらとのぞいている。


「……開けてみていいですか?」

「いいよ」


 紙袋から取り出したものは、白いセガサターンと、丸くて特徴的な形のコントローラー、それにソフト。


「うわ、セガサターン! なんか変なコントローラーもついてますよ!?」

「それはセガマルチコントローラー、通称。一緒に入っている『ナイツ』を遊ぶためには必須と言ってもいいコントローラーだよ」

「へええ」


 ぐるぐる回してマルコンを観察する旭川。十字キーとボタンの他には、PSのそれよりも埋没したような感じのアナログスティックと、トリガーのようなLRボタンがついている。

 マルコンに興味津々の旭川に大平が提案する。


「どうせだから遊んでいったら?」

「いや店長が遊びたいだけでしょ」

「正解! さあさっさと準備しましょうねー」

「やれやれですね」


 悪びれない大平に旭川は肩をすくめるが、こちらもまんざらではないようで、てきぱきと準備を始める。



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