【ソルディバイド】

天岩戸を開くたったひとつの冴えたやりかた

【四八〇円也】


 夏も終わりかけの、ある日の昼前。

 カウンターで旭川が商品に値札をつけていると、Tシャツとジーンズの上に黄色と黒のエプロンをつけた女性が入口の自動ドアを開け、店内に入ってくる。


「いらっしゃいませー……あ、いずみさん」

「や、千秋ちゃん! いたねー、んふふ」


 意味深に笑うこの女性は、高清水たかしみず泉。この古本屋の右隣の中華料理屋『梅林ばいりん』の店員だ。髪は大きなおだんごで頭のてっぺんにまとめている。旭川が休憩中や仕事上がりにご飯を食べに行くことも少なくはなく、二人は顔見知りなのである。


「まだ夏休みですからねー。って、私がどうかしたんです?」


 旭川は怪訝な顔で様子をうかがっている。


「大平さーん! 今日ちょっと千秋ちゃん貸してくれない? お昼だけでいいから!」

「おう高清水か。いいよー、焼そばで手を打とう」


 高清水が店の奥に呼びかけると、なにやらノートPCで作業している大平は条件を突きつけながらも快諾する。


「なっ!?」


 旭川は唖然としている。


「おっけーおっけー、焼そばね。いやー助かるよー。お父さん夏風邪引いちゃってさ。お昼だけでも人手が欲しくてね」


 ちなみに高清水の父親は『梅林』の店長である。

 突然のことに呆然としている旭川の手を取り、引きずるように連れて行く高清水。


「じゃ、いってらっしゃい旭川くん!」


 親指を立て無意味にさわやかな笑顔で、焼そばひとつで人を売り渡した張本人が送り出す。


「ええー……、まあ、仕方ないか」


 困っているというので無下に断るわけにもいかず、素直に従い店から出て行く旭川。



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【NEWモジュール】


 昼下がりの午後二時頃。

 自動ドアが開き、旭川が戻ってくる。が、そのまますぐに、カウンターの隅に入りしゃがみこんでしまう。

 帰ってきたことに気付き、大平が店の奥から出てくる。


「おかえりー、お疲れ様どうだっ……た!?」


 大平はカウンターの中をのぞき見るや否や、絶句する。

 そこには、白いフリルのついたカチューシャ、膝上のスカートの裾をレースで飾ってある黒のワンピース、フリル付きの白いエプロン、黒の編み上げブーツ……いわゆる『メイド服』に身を包み、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている旭川が。


「わ、わ、てんちょう! あんまり見てはなりません!」


 旭川も恥ずかしさのあまり、言葉遣いがおかしな感じである。

 と、そこに、昼休みで店を閉めてきた高清水が入ってくる。


「おいーす、いやー助かったよー夏休み時期は案外お客さん多くてさー。って、どうしたの千秋ちゃん、チワワのように震えてる?」

「おいおい高清水、これはどう考えてもお前の仕業なんじゃないのか」

「どれだろう? メイド服のこと?」

「明らかにそこでしょ!」

「いやーははは、できあがった青椒肉絲渡すときにちょっと手が滑って、こう、べしょっと」


 旭川の服に盛大にぶちまけたのだろう。 しっぱいしっぱい、と苦笑いをしながら頬を掻く高清水。


「で、貸せる着替えがないかなーと思ってあたしのロッカー見てみたらそれしかなくてね」

「メイド服しかないっておかしくね!? ブーツまで用意されてるし」


 ついつい大平がつっこむ。


「でもおかしいなー、さっきまで普通にしてたじゃん千秋ちゃん。いやむしろノリノリ?」

「だって、そりゃ、お手伝いとはいえお仕事ですから……」


 どこまでもまじめな子である。


「でもやっぱりいつものここでこの格好じゃ恥ずかしいです! ううう……」


 旭川はそう言って、未だに顔を真っ赤にし、カウンターに引きこもっている。


「あ、そうか、仕事でってことならいいんだね」


と、高清水はポン、と手を打つ。


「制服にしちゃえばいいんじゃない? いいじゃんかわいいし」

「それ採用! かわいいから許可」


 大平、快諾。


「ええー」


 旭川の本屋さんスタイルにニューモデルが追加された瞬間である。


「そういうことなら、そのメイド服は進呈しましょうー」

「グッジョブだ高清水」

「き、着ませんからねー!」



【あまのいわと】


 いつまでもカウンターから出てこない旭川に大平が問いかける。


「旭川くん、いつまでそこにいるんだい」

「だって……恥ずかしいですもん」

「かわいいしすごく似合ってるんだからいいじゃないー。ねえ大平さん」

「ああほんと、よく似合ってるのにな」


 またしても顔を赤くしてしまう旭川。


「うう……恥ずかしいものは恥ずかしいんだから、しょうがないじゃないですかっ」

「ふむ……」


 大平は少し思案する。


「よし、とりあえず一旦臨時休店しよう。高清水、入口に貼り紙を」

「ほいきた」


 高清水は、カウンターから紙とマジックを探し出し、貼り紙を作っている。

 一方大平は、カウンター正面のコの字に並んでいる木製の棚から、ソフトを探している。


「あ、あの……いったい何を」

「おお、知りたい? だめ、教えてあげない」


 大平がにやにやしながら旭川をいじめる。


「あった、これこれ。知りたければそこから出てきなさいな」


 お目当てのソフトを探し出した大平は、コの字の中央にあるテーブルにソフトを置く。テーブルの上には、一四型ブラウン管テレビと、それに接続されたプレイステーション。いつもであればファミコンとディスクシステムが接続されているのだが、今日はたまたまプレイステーションのソフトの買取があったのだろう。


「意地が悪いですてんちょう……」


 旭川はそっぽを向いてしまう。が、大平は気にも止めていない様子で、ソフトを開封し、プレイステーションのディスクドライブへセットする。


「貼ってきたよー。なになに、なにやるの」


 貼り紙を終え、自動ドアの電源を切り、高清水も準備が整ったようだ。


「おうお疲れ。まあ見てなさいな」


 大平は巨大な丸い電源ボタンを押し込む。

 画面には、低音の効いた音楽とともにSCEIのロゴが表示され、まもなくPSマークが表示される。


「もうこのマークも随分と見慣れたものだね」

「3になってもまだ使われているしね」


 旭川はカウンターの隅から少しだけ顔を出してちらちらと様子をうかがっているが、大平がそちらを見ると、すぐにぷいっとポニテを揺らし反対方向を向いてしまう。

 しばらく待つと、ATLUSのロゴ、彩京さいきょうのロゴと続けて表示され、最後にはゲームのタイトル画面へと移り変わる。


「『そるでぃばいど』? なにこれ」

「ふふん、たぶん旭川くんの好きなもの」

「……!!」


 旭川はすでに画面から目を離せなくなっている。


「やってみるか?」

「いや、まずは大平さんやってみてよ」

「よーしやるか」


 大平は慣れた感じでキーコンフィグを済まし、キャラクター選択画面へ。

 翼人、騎士、魔法使いと三キャラクターが表示される内、大平は、ヴォーグという名の大剣を持った騎士風のキャラクターを選択。

 画面が切り替わり、キャラクター達の会話でストーリーが展開する。


「急展開すぎるでしょ! いきなり王様みたいなの殺されたよ?」

「まあシューティングってそんなもんだよね……昔にしてはまだストーリー見せてくれているほうじゃないかな、これは」


 すぐに場面が切り替わり、先ほど大平が選択したキャラクター、ヴォーグが復讐に燃え、飛び立つ。

 コウモリや甲冑の騎士、ローブを身にまとった魔法使いと、バラエティに富んだ敵が現れるが、それを次々と斬り倒していくヴォーグ。


「……横シュー? ていうかシューティングって言っていいのこれ?」

「まあ、一応。短剣のショットも撃てるしね。アクション性の高いシューティングと言っておいた方がいいかもね。でも攻撃のメインは斬り攻撃だからアクションと言ってもおかしくはないんだよなあ」


 敵の数もそれほど多くなく、短剣で打ち落とし、大剣で斬り倒し、テンポよく進んでいく。

 やがて、最初に王を倒した敵キャラクターが登場し、巨大な飛竜を残して去っていく。


「ボスだ!」

「ボスはなかなか手強いんだよなー。と、そんな時には……」


 火をあちこちにまき散らす竜に、ヴォーグは魔法で応戦する。 ヴォーグの体から正面に一直線に炎が飛び出し、竜にヒットすると、竜はひるんで後ろに押し流される。


「な? こんな風に要所要所で魔法を使って楽にすることもできるんだ」

「おおーなかなか戦略的」


 程なくして、ヴォーグの四連斬りでボスが沈む。


「お見事!」

「最初のボスくらいはね。ここからはシューティングが得意な人じゃないと……」


と言ってちらりと後ろを向くと、二人のすぐ背後にいつの間にかポニテメイドが目を輝かせて立っていた。


「うわいつの間に」


 高清水は画面に集中していて旭川に気づいていなかったようだ。


「てんちょう! 2Pで入っていいですか!」

「来ると思ってたよ。そうこなくちゃね!」


 天岩戸カウンターから引きずり出すことに成功して満足気な大平。2P側のパッドを旭川に手渡す。


「そういや千秋ちゃんシューターだったね……。こないだもなんかゲーセンで難しそうなのやってた」


と言いながら、高清水は旭川に大平の右隣の椅子を譲り、カウンターの中の椅子に座る。一瞬、何かに気づいた様子で外に目を向けるが、すぐに店内を向きなおす。


「『デススマイルズ』ですか。あれはまだビギナー向けなほうですよ!」

「あれで!? ……シューターの世界はわからんね」

「……それお前の音ゲーも同じこと言われるぞ、たぶん」


 余談ではあるが、高清水は音楽ゲームが得意なようである。



【シューター】


 そのようなやりとりをしているうちに、旭川はすでにキャラクター選択を済ませている。翼人の槍使い、カシュオンだ。


「カシュオンか。とりあえず覚えておいたほうがいいのは、連続斬りだね。斬斬斬→+斬で出せる」

「りょうかいです!」


 ぐっとデュアルショックパッドを握る手に力がこもる。そんな小さな動きでも、全身にちりばめられたフリルがかすかに揺れ動く。

 次のステージに進み、まずは道中。ショットで細かい雑魚を蹴散らし、大きめの敵には連続斬りで対応。カシュオンの斬りはリーチが長く、敵をまとめて仕留めていく。


「動きがさまになってるねえ。もしかしてやったことあった?」


 大平が旭川の動きに感心する。


「いえ、さっきの店長のプレイ見ながらなんとなくイメージしてただけです」

「それだけで……千秋ちゃん、恐ろしい子!」


 高清水も驚きを隠せない様子である。

 あっという間にボス戦まで進む。


「言わなくてもわかるかもしれないけど、ボスは一撃が痛い攻撃をいろいろ持っているから、斬りで近づくタイミングは見計らわないとね」

「そうっぽいですね、ありがとうございます」


 素直に忠告を聞き入れる旭川。

 ボスが高速な弾を連続で撃ち出してくる。カシュオンはいくつかもらってしまい、ライフが減る。


「お、これ、なかなか避けづらいですね」

「そう、これが彩京名物『彩京弾』だ! このゲームはまだ全然ましなほうだけどね。高速ではあるけど、かなりパターンにはめやすいので、覚えてしまえばなんてことはないんだ」

「よしよし、やってやろうじゃないですか彩京弾!」


 予告通り、次の連続弾は一撃も食らわずに避け、直後に連続斬りを叩き込み、ボスが沈んでゆく。


「うわーこれ爽快ですね!」


 楽しそうにコントローラーを上に持ち上げる旭川。


「いやまったく……ほんと末恐ろしい子だよ。さっきのでパターン化してしまうなんて」


 大平も旭川がここまでやるとは思っていなかったようで、驚きを隠せない。


「よーし次行きましょー」



【見た目が九割】


 ヴォーグとカシュオンの快進撃は続き、そのうち地下洞窟のステージまで進む。


「この辺までくると、なんか雑魚がうっとうしいですね」

「いやらしいんだよね、動きが。近づくと距離とられて弾打たれたりね」


 そう言いながら、ヴォーグはファイアーの魔法で雑魚をまとめて蹴散らしている。

 一方カシュオンは、キノコのお化けに突っ込み、斬りを繰り出すが、キノコは瞬間移動で逃げ、カシュオンに火の玉を食らわす。


「ええー!」


 さすがに瞬間移動は想定外だったのか、立て続けに食らい、ライフがゼロに。カシュオン、撃沈。


「くっ……こんなところでやられるなんて……」


 旭川がうなだれ、ポニーテールがフリル付きカチューシャにかかる。


「いや、初見でここまでくるってすごいと思うぞ」

「プライドが許さないのですー!」

「メイドとしての?」

「シューターとして、です」


 なんと言おうが、見た目がメイドなのは覆しようがない。



【混沌の時代】


 ヴォーグもすぐに、次にあらわれた巨人の石像のようなボスにやられてしまう。


「ああくそ、ストップの魔法さえ使えればなんとかなったのに」

「あ、それなんですけど」

「魔法の使い所がいまいちよくわからなかったです。ファイアーをボム的に使うくらいしか」

「そうだね、確かに。そこに関しては、経験が必要なとこだからね。魔法が効きやすい敵、効きづらい敵、ある魔法なら一撃で倒せるボスとか……。そういうのを攻略していくのもソルディバイドの楽しみのひとつなんだ」

「他のシューティングとは違う、独特の楽しみですね」

「そんな中にも、連続斬り四段目で倒せばスコアに倍率かかる要素もあったりして、面倒だから魔法で倒そうか、いやいや、スコア狙いたいから斬りで強引にいこうか、みたいなジレンマもあり、みたいなね」

「奥深いですねえ……」

「発売された一九九七年当時といえば、少し前まで元気の無くなっていたシューティングが盛り返し始め、様々な試みの作品が出てきていたんだ。弾幕シューティングの元祖と言われる『怒首領蜂どどんぱち』なんかも同じ年だね」

「もちろん怒首領蜂は知ってますよ! 今も続編出てますしね。やってます」

「そう、そんな中で出てきた、アクションともシューティングともつかないソルディバイドは、時代を象徴する隠れた名作かもしれない」

「す……素敵です、ご主人様! とか言いたくなる感じでかっこよくまとめてしまいましたね!」


 大平の解説に感動したのか、プレイ前までの恥ずかしがり具合とは正反対の様子で、メイド風のセリフまで口にしてしまう旭川。


「あー、あのー、きれいにまとめたところで申し訳ないんだけど」

「お? いたのか高清水」

「ひどいなー大平さん……。あたしは二人のプレイをぽかーんと口をあけて見ていたのさ。まあそれは置いといて、なんかさっきから外がすごい雨だよ。ゲリラ豪雨ってやつ?」

「あーそうだな、いつの間に。ひどいな」

「それで、あたしも降り出した時にすっかり忘れてたから申し訳ないけど……洗った千秋ちゃんの服が干してあるんだよね、店の裏に」


 ばつが悪い様子で、苦笑いしながら手を合わせる高清水。


「えええ!? ちょ、早く取りに行かないと!」


 メイドがダッシュで店の奥に消えていく。走ると全身のふわふわがいちいち揺れ動く。


「なんか、お仕事できるメイドさんって感じで……かわいいね」

「いやいや、余計なお仕事させられてるのお前のせいだからな」

「そうだった」


 高清水が屈託無く笑う。



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【クロージング】


 服は、風向きの関係で奇跡的に雨に当たりづらくなっていたようで、軽く湿った程度で済んだようだ。店内のエアコン近くに干すとすぐに乾いた。

 旭川は夕方から用事があるようで、服が乾くとともに、メイド服からいつものスタイルに着替え、帰っていく。外の雨はすでにやんでいる。

 高清水も夕方からの店の準備があるということで、隣へ帰ろうとする。が、大平がそれを呼び止める。


「高清水、今日のメイド服の騒ぎ、あれ、お前が仕組んだんだろ」

「え!? いやあ……ははは。なんでわかった?」


 高清水はまったく隠す様子もなく、すぐに白状する。


「なんとなくだけど、それしか考えられないだろ……。お前いくらミスったからと言っても、人に青椒肉絲クリーンヒットさせるなんてどんなドジっ娘だよ。さらに着替えがメイド服しかないって! 旭川くんは素直な子だから信じたんだろうが、どうせわざわざ用意しておいたんだろう。ご丁寧に編み上げブーツまで用意しちゃってさ」

「あとついでに言うと、雨も気づいていたけど、服濡れていればもう少し千秋ちゃんメイドを眺めていられるかなーって思って、言わなかった!」


 悪びれずに聞かれていないことまで明かす高清水。


「まったく、しょうがないやつだな……旭川くんにメイド服を着させるためだけにそこまでするか普通」

「でも、かわいかったでしょ」

「う、まあな。俺もノリノリだったことは認める」

「じゃあ大平さんも同罪ってことで! では戻るよ、じゃーねー」


 大きく手を振りながら隣に戻っていく高清水。大平は首をかしげている。


「……ん? いやどう考えてもお前が悪いだろ!」


 大平の叫びがむなしく店内に響き渡るのであった。



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