レトロゲームと古本屋
みれにん
二〇一二年のミレニアムブックス【日常編】
【バルーンファイト】
はじめての共同作業
【
秋穂県秋穂市。
稲作を始めとし農業全般が盛んではあるが、日本一と言える『メジャー』な作物――とんぶりやジュンサイはメジャーではないと思う――がなく、いまいち目立たない県の県庁所在地である。
余談だが、何かのランキングで、「今まで一度も行ったことのない都道府県」の二位に輝いたのだとか。新幹線は通っているが、メインの線から分離している線なので、行こうと思わないと行けないからではなかろうか。
【
そんな市の中心駅から普通列車で一駅、時間にして三分ほどに位置する、馬島駅。割と近いものだが、夜二〇時を回ると無人駅となる。新幹線も停車する駅の隣駅が無人駅とは。そもそも一時間に一本しか電車が通っていないのもどうだろうか。
【二階建てアパート】
そんなさびれた感じの駅前に存在する、これまたさびれた感じのアパート。一階はテナントが入っており、左から古本屋、中華料理屋、空き店舗、と並んでいる。二階は住居のようである。
【古本屋】
一階一番左にある古本屋。入口の上にある
『売ります 買います ミレニアムブックス』
店の正面はガラス張りで、左に自動ドアがある。
ガラスには、新商品入荷を知らせる文章を毛筆で書いた紙がぺたぺたと貼られている。
店内の奥側三分の二ほどは、古本屋らしく背の高い金属の本棚がずらりと並んでおり、隅の方は、店内の照明が少ないせいもあり、薄暗くなっているほどである。
さて、店内の手前側だが、入口の自動ドアを入って左に小さなレジカウンター。右には、店内奥のものに比べたら背が低めの木製の本棚がコの字に並べられ、その本棚には様々なハード向けのゲームソフトがみっしりと詰まっている。その中でも、主要と思われるソフトは、パッケージを表に向けて並べられている。本棚の上にもメーカー問わず多くのゲームハードが並んでいる。そしてコの字の真ん中の空白部分、そこにはテーブルと椅子。テーブルの上には一四型ブラウン管テレビ。テレビの前にはファミリーコンピュータ、通称ファミコン。オプションとしてディスクシステムも付属している。
【ご来店】
そんな感じの古本屋で、ぬるめのレトロゲームトーク、はじめました。
いらっしゃいませ。
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【店長&バイト】
「てんちょうー」
ノートPC片手にぱたぱたと小走りの女の子。
ちょっと間の抜けた、鼻にかかったような声。人によってはかわいいと感じるかもしれない。
白い無地のシャツにジーンズ、黒いエプロン。これぞ正しい本屋さんスタイル。
髪はポニーテール、おろせば肩より少し下くらいか。
「なんだい旭川くん」
カウンターに座り、そう答える男はミレニアムブックス店長、
東京でIT関連の仕事をしていたが、昨年何を思ったか、三十路を機に地元に戻り古本屋を開業。
地元のコネとITの強さで、経営はそこそこ順調のようだ。
「暇です」
旭川が無駄なく、簡潔に状況を伝える。
「掃除は?」
「やりました」
「じゃあ、本棚の整頓は?」
「終わりました」
「えーと……ネット売り上げ分の発送は?」
「もうクロネコ行ってきちゃいました。ちゃんとネットの在庫更新もしてありますよ」
大平の猛攻もすでに読まれている。小足払いを下段受け身投げされるかのごとく読み切られている。
「いつのまに……。仕事早いっすね。一八時に来てまだ二〇時じゃないか。バイト始めて一週間だというのに……旭川千秋、恐るべし」
「じゃあ、やれる子ってことで、時給上げてください!」
にこやかに要求する旭川。現金なものである。
む……、と少し考え、大平が二本、指を立てる。
「二つに一つ」
「?」
「一。時給を上げる。ただし、やることなくなったらその日の仕事はおしまい。とっとと帰ってしまいましょう。
二。時給は据え置き。ただし、やることなくなったら店内自由行動。本読むなり、ゲームするなり、好きに――」
「二で!」
かぶせ気味に即答する旭川。
「早っ! まあ、そうなるか……」
お互いの利害が一致したところで、旭川が振り向き、コの字の中心のテーブルを指さして大平へ伝える。
「じゃあ今日はゲームしていいですか?」
「いいよ」
快諾する大平。旭川がぴょこんと飛び上がる。
「やった! あれ気になっていたんですよ、ゲームスペース」
「そうか、バイト始めてからまだそこ使ってないんだっけ」
「そうですよ……。古本屋ってもっと暇なものかと思っていましたし」
その発言に大平は首をすくめる。
「やれやれ……。そこそこ忙しいからバイト募集したわけなんだが」
「なるほど、そりゃそうですね!」
旭川千秋、素直な良い子である。
【ギャップ】
コの字の中で周りを見回し、大平が言う。
「で、何をやりたいんだ?」
「わたし、昔のゲームって触ったことないんですよね、ファミコンとか。据え置き型だと、Xbox 360とWiiしかさわったことないんですよー。あ、PS2と3もあるか」
「第6、第7世代以降のみなんて……!」
それはショック。ちなみに、ファミコンは第3世代に属する。どれだけ世代が違うのかと。
目頭を押さえる大平を気にせず、旭川が続ける。
「Wiiにバーチャルコンソールありますけど、何やっていいのかわかんなかったし……。だから店長のオススメとかないですか?」
「うーん、そう、だな……」
多少のダメージが残る大平がふらふらとコの字本棚に寄っていき、箱なしのファミコンカセットがたくさん並ぶ棚から、白いカセットを取り出す。
「これなんかどうだろう。
バルーンファイト。一九八四年、任天堂。」
「あ、なんか聞いたことあるかも、DSのソフトなんかで」
「ああ、たぶん、チンクルのバルーンファイトDS、じゃないかな。クラブニンテンドーのプラチナ会員じゃないともらえないのに。なんでそんなマニアックなもの知っているんだ」
「うーん、なんででしょう。タイトルちょっと聞いたことあるだけなんですけどね」
「そうか、まあいいや。これはそのリメイク元となった作品だ。じゃあ、まずはプレイしてみよう」
【スタート】
テーブルの上に設置されているファミコンには、ディスクシステムの黒いRAMアダプタがさも当然のように居座っている。
それを丁寧にイジェクトし、わきに寄せる。
代わりに挿入される、白いカセット。
電源スイッチをオンにすると、静かにタイトル画面が表示される。
黒い画面上半分に、風船のようなフォントで『BALLOON FIGHT』とタイトルがあり、下半分にはプレイモードが並ぶ。
「……味も素っ気もないですね」
「昔のはこんなもんだ。でも音楽もないってのは珍しかったかもしれない……かな?」
「ふぅん」
1P側の大平が2-PLAYER GAMEを選択し、スタート。画面上では、鳥のようなくちばしのついた帽子をかぶった敵が風船を膨らまし始めている。
「わ、始まった! 予告なしですか!」
突然のゲームスタートに慌てる旭川。
「あ、説明してなかったな。Aボタンで上昇、Bボタンがそれの連射。あとは左右で動いて敵の風船を……」
大平操る赤い風船のバルーンファイターが素早く上昇し、すでに飛び上がっている敵の風船に体を近づける。
「割る!」
「おお! 華麗だ!」
「そして……落とす!」
風船が割れパラシュートで落下している敵に追い打ちをかけるように体当たりをかます。パラシュートが外れ、敵は水に落とされる。
「おお! 残酷だ!」
「弱肉強食の世界よ……」
「そうですか」
大平のよくわからない発言をスルー。なかなかひどい子である、旭川。
「ほら、旭川くんもやらないとやられるぞ」
「あわ、ほんとだ」
旭川の青い風船めがけて敵がふわふわと近づいてくる。が、旭川は慌てて飛ぶようなこともせず、地面を走り対処。軽く飛んで敵の風船を割り、着地した敵に体当たりで撃退。
「ほう、初めてなのにうまいもんだな」
「アクションとかシューティングとか、割と好きなんですよ」
「ふぅん」
あえて今はつっこまず、ゲームに集中する。
【ボーナス】
少し進み、
「お、なんですかこれ、土管?」
「うん、これはボーナスステージで、土管からランダムに出てくる風船を全部割ればボーナスだ。2Pゲームだと、たくさん割った方がボーナスをもらえるんだ」
「おお、がんばらないと」
二人で風船を割り続けるうちに、旭川が大平の風船に接触する。
「うわ、割れた! ごめんなさい、味方のも割れちゃうんですね……」
「そうなんだよ、言ってなかったな。まあこれはボーナスステージだから残機も減らないし、終了時に風船が二個の状態に戻るから、なんの問題もない」
「へえ、じゃあボーナスステージまで我慢すれば、風船一個でも復活するんですね」
「その通り! ザッツライト!」
「エクステンドがない代わりに、そういう救済措置があるんですね……なかなかいいバランスですね」
「エクステンドとかいう言い方知ってるのね……」
「シューティングやってますからね!」
大平は、先ほどの発言も思い出しつつ納得したようだ。
そして残りの風船を割る二人。息の合った共同作業で、すべての風船を割りつくす。
「おー、パーフェクト」
「すごい! ……あ、でもわたしのが二個差で多かったですね。店長の風船割ったタイムロス分ですかね」
「かもね。あれがなければきわどい勝負だったかもしれない」
「単純だけどなかなか燃えますね!」
【身投げ】
二人のバルーンファイトはしばらく淡々と続き、PHASE 19。
「この辺になってくると敵の復活もずいぶん早いですね」
「そうだね。特にあの一番強い肌色っぽいのがうざったい……あ、低すぎ」
「あああ、魚に食われたー!」
旭川の青バルーンファイターが敵をかわそうと水面すれすれで移動していたところを、巨大魚が水中からすかさず食べにきたのだ。
「油断したねー旭川くん」
「悔しいですがあとは任せましたー……」
「んまあ、俺だけ続けても仕方ないし、身投げしよう」
と、大平も水面にわざと落下していき、魚に食われる。
「確かに身投げだ……。しかしあの魚の音楽、いかにも『食われたー!』って感じで雰囲気出てますね」
「そうだな。あと今流れてるゲームオーバーの音楽も割と好きだな。最後の変な音も含めてね」
「ほんとだ、変な音」
びゃっ、という感じの変な音とともに、タイトル画面へ戻る。
【イワタの伝説】
プレイが終わり、ぼんやりデモ画面を眺めつつ、大平が思い出したように言う。デモ画面では、プレイヤー同士が風船を割り合っている。
「そういや、今回は完全に協力プレイになっていたけど、昔はこのデモみたいにお互いの風船を割ることに夢中だったな」
「子供はそっちの方が好きそうですものね、なんとなく」
「あ、そうだ、もう一個のモードの『バルーントリップ』もやってみるか?」
「どんなのですかそれ」
「まあ簡単に言うと、障害物を避けつつどこまで飛んでいけるか、だね」
「んまあ、楽しそうですけど……とりあえず今回はいいです。一人で暇な時に遊んでみます」
「そうか、残念だ。是非ともまたやってみてくれ」
満足気味な旭川とは対照的に、大平は少し遊び足りない様子である。
「でもこのゲーム面白いですね。二十八年も前のゲームなのに。操作感も独特というか、風船で飛ぶってこんな感じなのかな、って」
「操作感ね、確かにこれはすごい。実はこれをプログラムした人は、たった一人で、しかも現在はかなりの有名人」
と、ちょっと嬉しそうに、もったいぶった感じで大平が言う。
「え、誰ですか? わたしも知ってる人ですか?」
「たぶんね。
「岩田……で有名人、って言ったら、もしかして、任天堂の?」
「そう、四代目任天堂社長のあの人だよ」
あまりの驚きに、驚いた猫のように目を見開く旭川。
「ええーほんとですか!? あの人、プログラマーだったんですか!」
「らしいね。本人の希望としては生涯プログラマーらしいんだけど、経営の手腕を買われて社長職に、って感じらしい。任天堂の社長、というのも異例で、それまでは山内家一族が代々社長だったんだけど、岩田の代で初の一族外の経営者、となったわけだ」
「ふうん……なんか、すごい、としか言えないです」
「そりゃそうだ。他にも岩田の話を挙げるときりがない。まあこれはまた今度ゆっくり話すとしようか。このゲームを作った他のメンバーもそうそうたるものだからね、それも含めてね」
【クロージング】
そこまで話すと大平は立ち上がり、両手を上に伸ばしながら言う。
「さて、今日はもうお客さんも来ないだろうし、閉店閉店! いや、なかなか楽しい時間だった。旭川くんがそんなにゲーム好きだったとはねえ」
旭川も立ち上がり、カウンターに入り、帰り支度を始める。狭い店内なので、カウンター=控え室――といっても荷物置き場程度だが――になっているのだ。
「まあ、わたしのいつもやっているのは最近のものばかりですけどね。でも今日ので目覚めました! レトロゲームももっとプレイしてみたいです」
「仕事ちゃんと終わらせてからな」
「終わらせなかったことなんてないじゃないですかー。そこはぬかりないです」
グッとこぶしを握って、にっこり笑ってみせる旭川。
「頼もしいねえ。じゃ、次は明後日かな? お疲れー」
「おつかれさまですー」
大平が旭川を見送り、シャッターを閉め、本日はこれにて閉店。
(うんうん、想定していた以上にいい遊び相手ができたな……。明後日はどれで遊んでやろうか!)
どちらかというと大平の方が楽しみになってしまっているようであった。
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【蛍の光】
かくして、レトロゲームを楽しむ古本屋の日常が始まりました。
はじめての
のんびり見守っていただけると幸いです。
ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。
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