Gナンバーの居候猫 第一幕 猫の飼い主に小判
ピーンポーン。
昼下がり、珍しく神山家のチャイムがなった。
「マオ。誰が来たか見てくれないか?」
隆二は本から目をそらさずにそう言う。
ここに尋ねてくるなんて研究所絡みか、なんかの勧誘か。どっちにしろあんまりかかわりたくない。居留守使うかどうか、マオに見て来てもらってから判断しよう。
「マオ?」
返事はない。
顔を上げると、居候猫はテレビの前で丸まって眠っていた。これじゃぁ本当に猫だなぁと少し苦笑しながら、諦めて玄関へ向かった。
「はい?」
「あ、こんにちは」
ドアをあけた先にあったのは、赤だった。
「ああ、嬢ちゃん」
「エミリです」
勧誘ではなく、研究所絡みの方だった。だが、まあ、マシな方だろう。エミリか、エミリの父親以外の研究所の人間が訪れたら、それはもう、地獄への入り口だ。もっとも、そいつらがチャイムを鳴らすなんていう大人しい真似するとは思えないが。
「あの、マオさんは?」
中をうかがうようにしてエミリが問いかけてくる。
「寝てるけど?」
「えっ。えっと、それはなぜですか?」
「なぜって」
睡眠とるのになんでもへったくれもないだろ。
「眠いからじゃないか? なんだっけ、今ほら、あれやってるだろ。二十四時間だか二十七時間だったか、続けて生放送やるっていう、番組」
「ああ。……そんな季節ですか」
「嬢ちゃんでもそういうのに季節感じたりするんだな」
「エミリです。それが?」
「ああ。で、あいつはそれを通しで見たいからって、ずっと起きてたんだよ」
結局寝ているけど。起きたらきっと、うるさいんだろうなぁ。なんで起こしてくれないの! とか。そんなもん、寝てしまうような番組構成をしたテレビ局に言えよ。
「そうですか」
エミリは何故か安心したように息を吐いた。
「なに?」
「いえ、とってもマオさんらしい理由だなと思いまして」
それは否定しないけど。
「そうじゃなくて。何の用?」
「……少し、いいですか?」
言って手招きされる。
「中で話せばいいじゃん」
「……マオさん聞かれたくないんです」
だから寝てるってば、とは思いながらもしぶしぶドアの外にでる。後ろ手でドアを閉める。
「で?」
「一週間ほど前から、G009、G010、G012、と立て続けに消滅しています」
Gから始まる実験体ナンバーには聞き覚えがある。
「……マオは、G016だったな?」
「はい」
なるほど、それはマオに聞かせられない。
溜息のような吐息を吐くと、腕を組んでドアに寄りかかる。本当、碌な話を持ってきやしない。
「016よりも若い番号っていうことは、マオの前か」
「そうです。ちなみに、成功した、と言えるのは008からです。が、008は別の理由ですでにありません」
G008がない理由がどうせろくでもないことだろうと思えて、深く追及しなかった。抹消、か。
「G011は無事だと?」
「今のところは」
「原因は?」
「調査中です」
「……そうか」
役に立たないなぁ。
「兆候としては、過睡眠があげられます」
だから、心配したのか。
「……わかった、気をつけてみる」
「はい。なにかわかりしだい、お伝えします」
そこでエミリは、彼女にしては珍しく一瞬口ごもり、心持ち小さな声で続けた。
「……あと、これは、言うか迷ったのですが。先日の、あの一件のあと」
「……ああ」
少しエミリから視線を逸らす。神野京介の、一件か。
「彼女のところ、行ってきました」
「……そうか」
ココナという名前の、京介の恋人。写真でしか知らないその顔を思い浮かべる。
「特になにも、できませんでしたが」
「ああ。……しないほうがいい」
かかわっちゃいけない。普通の人の人生に、自分たちは、かかわらないほうがいい。巻き込んではいけない。それが今守るべき最低限の礼儀で、せめてもの罪滅ぼしだ。
「はい。……とりあえず、お元気そうでした」
「そうか。……うん、わかった」
エミリに視線を戻す。
「ありがとう」
本来ならば、自分がやるべきことだったとも思う。
「いえ」
エミリは小さく首を横にふった。
「あ、あと、これもお渡ししておきます」
言って何か小さな機械を渡される。
「この前のこととか、今回のこととか、色々考えた結果、対面でしか連絡手段がないというのも、と思いまして」
渡されたそれは、携帯電話、というやつだった。思わず渋い顔になる。
「あ、通信料などはこちらでもちますから、ご安心を」
隆二の顔をどう判断したのか、エミリがフォローしてくる。
「心配しているのはそこじゃない」
エミリを見る。
「嬢ちゃん」
「エミリです」
「俺がこれを使えると思うのか?」
神山隆二は、機械類にめっぽう弱かった。
「説明書もついてますよ、これどうぞ。神山さん、頭は悪くないんですから、それぐらい覚えてください」
さっきまでの大人しい態度はどこへやら。呆れたように、バカにしたように、エミリが答えた。
「理解と実践は違うんだよ。年寄りに無理させんなよ」
「年寄り年寄りって言いながら、若者言葉もしばしば使っていらっしゃるじゃないですか。もしかすると、わたし以上に」
「それはそれ、これはこれ」
「やってみなければわかりません」
そんな不毛なやりとりを繰り広げていると、
『隆二?』
ぴょこんっとドアにマオの首が生える。
「お、起きたか」
『うん。寝ちゃったの悔しいっ! あ、エミリさん……』
エミリに気づくと、少し隆二の後ろにかくれた。
「こんにちは」
『こんにちは……』
どうにも距離感は縮まらない。まあ、仕方有るまい。だって殺されかけたわけだし。幽霊に対してその表現が正しいかは別として。
そんなことを思っていると、
『あれ! それ、ケータイ!』
隆二の手の中にあるものを見たのか、マオのテンションがあがる。
『え、どうしたの? 買ったの? ついに?』
「嬢ちゃんにもらった」
「エミリです」
『えーいいなー! よかったね! ……でも、隆二に使えるの?』
「丁度それを議論してたところだよ」
どいつもこいつもバカにしやがって。そのとおりだけど。
「嬢ちゃん」
「エミリです」
「時間あるなら、レクチャーしてってくれよ」
言ってドアをあける。
「レクチャーっていう単語は使えるんですね」
エミリが真顔で言った。
『ププ、よくみたらこれ、おじーちゃん用のやつだよね? やだー、エミリさんったらナイスチョイス!』
台所で湯を沸かしていると、マオのはずんだ声が聞こえる。
『エミリさんのは?』
「これ、ですが」
『わっ、スマートフォンじゃん! いいなー、アプリとかなにいれてるの? ツイッターやってる? フェイスブックは? ラインは?』
「なんでお前そんなに詳しいんだよ」
持ってないくせに。
コーヒーをいれて戻って来ると、マオは机の上に座り、置かれたケータイをじろじろと眺めていた。
エミリが若干ひきながらそれを見ている。
「つーかお前、距離感急につめすぎだろ。嬢ちゃんひいてるじゃないか」
「エミリです」
「あとほら、テーブルに座るな。行儀が悪い」
言って椅子をひいてやる。
『はーい』
マオは大人しく隣に座った。
エミリの前にもコーヒーを差し出しすと、問題の機械を見る。
「とりあえず充電してありますから、使えるはずですよ。電源いれてください」
エミリがさらりと言う。
「……電源」
ケータイを凝視したまま固まった隆二を見て、
「……その電話のマークのところを長押ししてください」
エミリがどこか呆れたように言う。
わからないんだから仕方ないじゃないか。
「これ?」
「こっちです」
「ああ、これね。……つかないけど」
「長押しです。数秒押したままにしてください」
言われたとおりに、ボタンを押しっぱなしにすると、ぱっと画面がついた。
「おおっ」
思わず声が漏れる。なんだかちょっと嬉しい。
そんな隆二とは対照的に、
「まさか、電源をいれるのにも一苦労だとは思いませんでした」
『前途多難、ってやつね』
若者二人はつまらなさそうに言う。
ほっとけ。
「はい、じゃあとりあえず電話とメールぐらいはマスターしましょう。どうせネットとか使わないでしょうし」
『使えない、だね。正しくは』
「とりあえず、わたしの連絡先を赤外線で……。どうせ神山さんが番号交換する相手なんていないでしょうから、覚えなくていいですね。わたしがいれますね。貸してください」
「どうせどうせって失礼だな」
そのとおりだけど。
なに言っているんだかわからないまま、エミリにケータイを奪い取られる。エミリが隆二のと、自分のとをなにやら操作して、
「はい」
すぐに返された。受け取るとそこには、進藤エミリの文字と、電話番号と思われる数字と、なにやらアルファベットの羅列が並んでいる。
「わたしの番号とメアドです」
『エミリさんって、進藤っていうんだねー、知らなかったー』
それを横から覗き込んでいたマオが驚いたような声をあげる。
「ああ、そういえば名乗ったことありませんね」
『うん』
「進藤エミリです。どうぞよろしく、マオさん」
エミリがマオに微笑みかける。
『マオです!』
マオも戯けて挨拶をする。
それを見ながら少し意外な気がする。エミリがこんな風に巫山戯るところ、初めてみたかもしれない。
ぼんやりそれを見ていた隆二に、エミリが鋭い視線を向ける。
「ぼぉっとしてないで、次は電話かけますよ」
そのまま鋭い口調で言われる。あ、やっぱりいつもどおりかも。
その後、電話の取り方やかけ方を呆れられながらも教えられ、現在、
「とりあえず、メール打ってください。こんにちは、お元気ですか、ぐらいでいいので文面」
と放置されているところだ。
メールアドレスは面倒だから、とエミリに勝手に決められた。それにしても、神山だから、god_mountainって、酷いセンスじゃないか、これ?
慣れない操作に四苦八苦している隆二を尻目に、エミリとマオはなんだか楽しそうに話をしている。
『へー、じゃああの研究所って、国が作った秘密の研究所ってこと? それだけ聞くとかっこいいねー、なんか! ミチコの敵とかいそう! それか、事件が起きて刑事さんが調べに来そう!』
マオが目を輝かせて言うのを、
「あくまでも敵役、なんですね」
エミリが苦笑いでうける。
『エミリさんは子どもの時から研究所にいるの?』
「ええ。住居はずっとあの敷地内なので。祖母の代から。だからここからですと、ちょっと遠いですね」
『隆二ともずぅっと知り合い?』
「そうですね、父がもともと神山さん達の担当だったので」
『ああ、あの似てない……』
「よく言われます。ですので、実務につく前から何度か面識は。ちゃんと仕事はじめたのは、中学のときですね」
『へー、すごいね』
それにしても、話題がなんだか物騒だろう。楽しそうだからいいけどさ。
などと思うものの、つっこむ余裕は隆二にはない。
『でも中学生働かせるなんて、人いないの?』
「……いないんですよ」
マオの屈託のない質問に、エミリの顔がひきつる。
「研究班は、そこそこいるんですけれども。あの人達は研究にしか興味がないので、後始末をするわたしみたいな人は、数が少ないんです」
『ふーん、そのままいなくなっちゃえばいいのに』
ストレートな物言いに、さすがにぎょっとして隆二は顔をあげた。思わなくないが、それをよくまあエミリに言えたものだ。
エミリは苦笑いしながら、
「まあ、マオさんからしたらそうなりますよね」
と呟いた。それから、自分を見ている隆二に気がつくと、
「神山さん、余所見しないでください」
冷たく一言。隆二は慌ててケータイに向き直った。ええっと、次はどうしたら。
「あっ」
「……はい?」
「全部消えた」
ここまで打った文面が、何を間違えたのか消えてしまった。あとちょっとだったのに!
「……やりなおしてください」
エミリが溜息まじりに言葉を吐いた。
『隆二は本当機械駄目ねぇー』
マオもおちょくるように言う。
うるさいな、お前だってできないくせに。まあきっと、触れたらあっという間に使いこなしてしまうんだろうけれども。
そう思いながらも、再び仕方なしにケータイに向き直った。
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