●皆のヘルマート(再開期)○ Ⅰ
「うん、アルバイトは順調だよ」
心配性のパパの電話もこれで何回目だろう。でもやっと今回は胸を張って報告ができた。
「でも今年は年末年始帰らないつもりなの」
「何!? どういうことだ? 男なのか!?」
電話の向こうのパパが興奮し出した。
「いや……何を言ってるのかなぁ……そんなことないよ〜」
「おいっ! バレバレだぞ! 許さんぞ!」
「今お店が大事な時期なの! 先輩が頑張っているのに私が帰るわけにいかないでしょ!」
ただでさえ、年末年始は帰省する人が多くて、お店は人手不足になるんだから。
「相手はその先輩なのかっ!?」
プチッ
携帯電話を通話を切って、次に電源を切った。後でママにフォローをお願いしよう。
腕時計を見るともうすぐ準夜勤の時間だった。結局、シフトは週四に落ち着いたけど週に一回は準夜勤に入ったままでいる。夕勤だけでもいいよって言われたけど、少しでも先輩の負担を減らしたいと思った。
それにたまに車で家まで送ってくれるし。服を着替えて鏡で身だしなみをチェックしてから家を出る。自転車に乗ればヘルマートまで十分かからずに着く。
お店は遠くから見ても分かるぐらい今日も
ドアを開けると、夕方勤務なのにレジで接客している守護神と不死鳥がいた。守護神は誰かに交代をお願いされたと分かるけど、不死鳥は
「おはようございます」
「おっ! おはよう」
「おはようございます」
私の疑問を顔から読み取ったみたいで、不死鳥は愛想笑いを浮かべた。
「なんで? めずらしくないですか?」
不死鳥が吐き捨てるように言った。
「深夜勤務のサボりがバレてよぉ、クビになりたくないなら空いた夕勤のシフト入れってさ! ひどいと――」
「クビにならなくて良かったですね」
私は満面の笑みでスルーしてバックヤードへ向かう。バックヤードのドアをノックしてから入った。
「おはようございます!」
返事は帰ってこない。どうやら先輩は今はいないようだ。事務所に行くと、そこには男喰いがいた。
「おはようございます」
慌てて挨拶する。
「あっおはよー」
男喰いはシフトを確認しているみたいで、手には手帖とペンを持っていた。
来週はクリスマスだし、いろいろと予定が組まれているんだろうなぁ。もっぱら男遊びなんだろうけど。
最近になって一新されたシフト表は、もう来週分が貼り出されていた。そこには、クリスマスイブもクリスマスも男喰いの名前がある。
「え? 大丈夫なんですか?」
思わず聞いてしまった。男喰いがこちらを向く。
「クリスマス? だって女の子は全員ケーキとチキンの売り子やるって話でしょ? 出ないわけにはいかないじゃない」
そうですけど、断ると思ったんだけどなぁ。
「好きな人に頼まれたら、だいたいは断らないようにしてきてるから」
ああ、好きな人には誘われなかったのかな。これ以上は聞かないようにしよう。
「新入りこそ! SVとどうなったの? まぁSVにクリスマス休みなんてあるわけないんだけど」
「いや、初めから何の関係でもありませんから!」
断固否定させてもらいます。
「え? まだ会ってるみたいじゃない」
「そ、それは……」
だって、家まで押しかけられてドアをドンドン叩かれたら断れないじゃないですか。
男喰いは「ふ〜ん」と一人で頷く。
「こりゃ時間の問題かなぁ」
「な、何でそんなこと言うんですか! やめてくださいよ! 私本当に違うんです!」
気になる人はちゃんといるんですから。
男喰いの腕を引っ張って抗議する。男喰いはそんな私を見て「あはは」と笑う。
ヒラッ
男喰いの手帖から小さい紙切れが落ちて宙を舞う。
「あっすみません」
私は慌てて床に落ちたそれを拾う。プリクラだった。女の子が三人で映っている。だけどどの人も私の知らない子だった。真ん中のガン黒の少女が目立っている。
「落としてすみません。お友達のプリクラですか?」
男喰いはプリクラを受け取ると微笑んだ。
「これ真ん中、私なんだよね」
「ええ!?」
ガン
「私、今でも一番自分が可愛かったと思うのがこの頃なんだけど、アルバイトするとなるとさすがに許してもらえなくてね〜」
そりゃあそうでしょう。ここの壁に貼ってあるスタッフの身だしなみチェックに引っかかります。
「これよかったらあげる。今度新入りのプリクラちょうだい」
そう言って男喰いにプリクラを手渡される。
「ありがとうございます」
「SVとツーショット希望ね」
「いや、だからーっ!」
「あ、新入り来てたのか? おはよう」
突然後ろから先輩に声をかけられてビックリした。
ドアの空く音が聞こえなかったのに。
「せ、先輩おはようございます。今来たんですか?」
振り返った私に先輩は手に持っていた携帯電話をかざして見せる。
「ウォークインで電話してた。人間嫌いがねぇ」
先輩はめんどくさそうな顔をしている。
「何かあったんですか?」
「ほら、クリスマスの売り子の女の子には、サンタのミニスカートのコスプレしてもらうでしょ? 男はトナカイね。人間嫌いがさ、俺の彼女をそんな客寄せパンダにするなんて許さないって言うんだ。あっもちろん、本人のアイドルは了承済みなんだよ? その分、女の子には時給も
「今さらですね。でも彼女としては言ってもらえたら嬉しいかも」
「いや、そうかもしんないけど。あいつすっかり人間好きになってんなぁ。いいや。後でアイドルを
先輩はすぐに切り替えてデスクに向かった。先輩は対話を重視する。何かを新しいことを始める時とか、きちんと一人一人が納得するまで話し合う。デスクの上で自分のノートパソコンと向き合う先輩を見る。毎回、独自のデータからプランを練り上げているのは、とても
今は先輩が店長代理を務めている。あの日を思い出す。
警備員が不死鳥と留年をどかして、先輩の後を追って社長室に入るけどなぜか追い出された。私達と一緒にその場で待ってろと言われたみたい。それまで押さえつけられていた皆が解放される。その間に下の階からも応援の警備員や社員達がやってきた。守護神も
皆が社長に詰め寄るのを社長は手で制す。社長は私達一人一人を見てからニッコリと頷いた。
「皆さん素晴らしいスタッフですね。お店を思う気持ちに私は感動しましたよ。この店の担当SVはいますか?」
「は、はい!」
先頭にいたSVが最敬礼で社長の前に飛び出した。
「こんな素晴らしいスタッフに恵まれたお店を畳むなんて、とんでもありません。あなたもなんとか存続できるように努力しなさい」
SVだけじゃなく、私達も耳を疑った。
え? こんなに簡単に
社長はSVをじっと見ている。SVはハッとして「ハイッ!」と大きく返事した。社長はそれから自分の隣りにいた先輩を向いてその肩に手を置く。
「あなたがいるならこの店は大丈夫でしょう。再来年度、あなたを待っていますよ」
そう言って社長は社長室に戻って行く。
ドアの前でもう一度だけ振り返った。
「皆さんを
社長室のドアが閉まった途端、私達はガッツポーズをとった。
「やったーっ!」
「すっげーっ!」
「バンザーイッ!」
歓声が廊下に響く。社員達の困惑した顔が私達に向けられる。
「先輩っ!」
私は先輩に駆け寄った。
「やりましたね! 社長を説得するなんて本当にすごいです!」
先輩は私を優しい目で見て微笑んだ。
若き店長とサポーターはお店を辞めた。実はサポーターが妊娠五ヶ月目で、近々結婚するするとのこと。妊娠してたのに飛行機に乗って、海外遠征の応援に行くなんてって思ったけど、それがサポーターの変わらないライフスタイルらしく、若き店長がそれを尊重してあげたいんだって。ま、結果的にお腹の子供は無事だったからいいんだけど。そんな若き店長はトラックの運転手を始めて、サポーターとお腹の子供を養うことに燃えている。
そうなると、代わりの若き店長が派遣されて来るのかと思ったら、なんと先輩が店長代理として
先輩は内定をもらっていた会社を断って、ヘルマートに入社することに決めた。実はすでに内定をもらっている。自分がヘルマートを変えて行きたいんだって。すごいと思う。店長代理と言っても、やることは店長業務と同じで責任もとらされる。先輩は一日のほとんどしかも毎週休みなくヘルマートで働いている。今年度はあとちょっとだし、単位をほとんど取っているから、来年は週に一回ゼミだけ出れば卒業は問題ないと言っている。
体の方が心配。だけど、先輩は全然疲れていない。ううん、疲れているんだけど、どんどん生き生きしているように見えるから不思議だ。
それに比べて、
「もっとしっかり仕事してくださいよー」
レジカウンターで、だるそうに突っ立っている不死鳥を叱った。
「どんだけサボればいいんですか! サボるのはたまにぐらいにしてください。さすがに半分以上はまずいでしょ!」
「分かった。分かった。もう勘弁してくれよ」
守護神とレジ点検をしている男喰いが、私達の様子を見て吹き出している。
ピンポーン
自動ドアが開くと、男性客が入って来た。髪がぼさぼさ髭もボーボー、ずっとお風呂に入っていないみたいで肌も黒ずんでいて着ている服もすり切れていた。男性客は迷わず私のいるレジへやって来る。
「あの、食べ物をください」
私は満面の笑みを浮かべる。
「かしこまりました! お一人様五百円までになってしまうんですが、どうぞお好きな商品を選んで下さい」
そう答えると、男性客はホッとした表情を浮かべて「ありがとう」と言った。
私はレジカウンターに置かれているストックボックスに目を落とす。そこには現在、一五〇三ストックと書かれていた。これは、その日の食事もままならない人達への貯金。お店に来てくれたお客さんの良心に任せて、ストックしてもらい、今みたいに必要な人達に与えるシステム。先輩が考えた。
「外国では結構、広がっている風習らしいんだ。うちも見習って取り入れようと思う」
そう言って、先輩は透明のボックスに百万円の束を放り込んだ。
「せ、先輩!?」
我が目を見張る。
「百万円ですよ!?」
「ああ。何とか効果って言うだろ? 誰かがこれだけやっているのを見たら、周りも真似しやすいでしょ?」
いや、そうじゃなくて。
「もうこれで貯金はないんだよ。車もローンで買っちゃったし、すっからかんだ。でも、その方が余裕がないから楽しくないか? 何事も本当に良いものは余裕の中からは生まれないよ」
「でも、この世の中、先輩みたいにお金を人に与えるのは難しいです」
私がそう言うと、先輩は首を横に振った。
「本当の心の余裕って言うのは不思議なもんで、お金じゃなくても、誰かに与えることでしか生まれない。それに、お金を恵んでるっていうのもどうなんだろうな。日々の生活がままならない人達は、わずかなパンをもらえれば生活が良くなるんだろうか? 俺達にできることなんて本当に限られていると思う。それでも、今できる精一杯のことをやり続けること。今できることを喜んですることが、相手にも喜んでもらえることになる」
先輩は「温かさ」が大事だと言って笑った。
「ストックがゼロになったらそれまでだから、人の良心に頼ろう。人頼みってのはずるいけど、こういうのは頼りたいよな?」
先輩に釣られて私も笑う。
「はい。頼りたいです」
私は自分のサイフを取り出す。
こういう人の頼り方は清々しいなって思った。
目の前でレジ点検をする不死鳥の横顔を見る。サボリグセはあるけど、言えば仕事はやってくれる。守護神や男喰い見る。ここには自分たちのスタイルを持って仕事をする仲間達がいる。お店を見れば今日も素の顔で買い物に来るお客さん達、事務所には目標を追いかけるために必死になる先輩がいて、ヘルマートは今日も明日もこれからも回り続ける。そして何時でも誰でも拒まない。暗闇を照らそうと光を灯し続ける。
自動ドアが開いてお客さんが入って来る。
「いらっしゃいませーっ!」
私達はいつも変わらずお客さんを出迎えます。
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