●新入りの私がヘルマートで真実を知るまで(繁忙期)

 当初は、火・木・日の夕方勤務だけの話が、月曜日と土曜日の準夜勤務に出るように言われた。


「いきなり言われてもちょっと……」


 初日で仕事もまだ覚えていないし、流れも把握していないし。

 だけど、若き店長はそんな私の都合なんてお構いなしだった。


「一人辞めちまったからよ。今確認したんだが、不死鳥とお坊ちゃんがやっぱり出られないとか言い出して代わりがいないんだ。しばらくでいいから頼む」

「はぁ……」


 一人辞めた。今さっきこのお店を出て行った包帯ぐるぐる巻きの男性のことかな。シフトに穴を空けて辞めちゃうなんて急だなぁ。ケガがひどいのかもしれない。


「わ、分かりました」


 準夜勤務に出る心づもりをしていなかったことや、遅い時間まで働くことで学業に支障が出ることへの不安はあったけど、事情が事情だから仕方がない。ひとまずのことだと言うし、すぐに新しい人を募集してくれるはずだ。


「じゃあ、明日から頼むぞ」


 若き店長は大きくため息を吐いてから、事務所を後にした。

 取り残された私はすぐにレジ側のドアからレジカウンター内に出た。


 初日は、レジの接客と冷凍されたフライドフードを、フライヤー機で揚げることだけをやった。うちのコンビニはたばこを取り扱っていないので、銘柄を覚えることも、お客さんに言われた銘柄を探すといった負担がなくてよかった。最初は慣れないから戸惑ったけど、レジとフライドフードを補充することだけなら正直暇だった。


 私がレジカウンター内にいる間、天下取りは店内清掃や商品の品出しと前出し、コピー用紙や割り箸にスプーンやストローにビニール袋の補充、商品の鮮度管理、ゴミ捨て、発注とめまぐるしく動いた。日曜日だから一週間で一番暇らしいんだけど、お客さんは途切れずに来店してくる。現金以外での支払い方法や、公共料金の代行収納、宅配など私の知らない初めてのことは、天下取りを呼んでお任せするしかなかったけど、天下取りはレジが混む時以外は、レジの外で時間内に仕事を終わらせることに必死だった。


 コンビニの仕事ってこんなに多いんだぁと見ていて驚く。二人では終わらせるのはギリギリだと感じた。だから当然、新入りの私に仕事を教えている時間なんてなかった。


「おいっ、もうそろそろ交代の時間だからレジ点検するぞ」


 あと十分で夜十時になろうという時に、天下取りはやっとレジに戻って来た。

 交代時には必ずレジの点検をしないといけない。


「本当は、次の勤務の人が立ち会いの下でやらないといけないんだけどさ、今日の準夜勤務の奴は十分前に来るどころか遅刻してくるから! もうすぐセンター便が来ちゃうから俺らだけで点検してズレてなけりゃそれでいいから!」


 センター便と言うのは、おにぎりやサンドイッチ、お弁当、パックジュースなどの冷蔵食品の配送のことで、朝・夕・夜の一日三回あるらしい。うちでは十時にこの日最後のセンター便が来るとのこと。

 天下取りがコインカウンターにコインを並べて、紙幣と一緒に数えるのを横で見ながら、お客さんが来たら空いている方のレジで接客をする。

 夜十時になった。

 天下取りが舌打ちする。


「ちょっと電話してくる!」


 天下取りの言う通り、準夜勤務の二人は本当に遅刻している。


「おはようございます!」


 自動ドアが開く。商品が入ったカゴがいくつも重ねられて積まれた台車を押しながら、センター便の配送の人が入って来た。

 ど、どうするんだろ?

 センター便の配送の人が奥の壁面の棚の前にカゴを下ろしていく。ドキドキしながら見ていると、天下取りが事務所から戻って来た。手には何かバーコードスキャナーに似ているものを持っている。


「二人ともすぐ来るからこれで検品始めてて!」


 そう言って手渡されたのは、検品機という配送便の数量チェックをするものだった。


「セッティングしてあるから、バーコードを読み取るのは一緒だから! すぐ動いて!」

「は、はい!」

「ちょっと待て!」


 すぐにレジを出ようとした所で呼び止められた。


「先に勤怠きんたい切って!」


 天下取りは言うのと同時に事務所を指差した。


「タイムカード切ってからやって!」


 天下取りのものすごい剣幕けんまくに私はすぐ頷いた。

 タイムカードを切ってから事務所を出て、レジからまっすぐ奥の壁面へ辿り着くと、積まれたカゴの中をのぞき込んだ。


 一番端の右側から左に向かって、順番に商品を手に取って検収していく。検品機の画面に表示される商品名と個数が合っているかを確認してカゴに戻す。一段目を全てチェックし終えたなら、カゴを横に下ろして二段目に入る。そんな感じで私は検品を進めていく。


「何やってんですか! 早くして下さいよ!」


 お客さんが通路を歩き、商品棚を覗く邪魔にならないように気を使いながら、半分くらいまで進めたところで、天下取りの怒声に私は振り返ってレジを見た。


「悪い悪い! すぐ入るから」


 眼鏡をかけた男性が、顔の前で両手を合わせる。口元をニヤつかせる男性に胡散臭うさんくささを抱いた。残すは高く積まれパックジュースだけというところで、その男性は制服に着替え終えてやってきた。「おう。後やるよ!」と私から検収機を受け取る。


「新入り?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「俺は不死鳥だ。頑張れよ」


 不死鳥は私の肩に手を置いて歯を見せて笑う。目だけは笑っていなくて、ぎこちない笑顔からは気味の悪さを感じて、背筋に冷たいものが走った。


「お疲れ様でした」


 私は逃げるようにして、不死鳥の横を通り過ぎた。まっすぐお店側のドアからバックヤードに入る。


「どうしてこんなに遅れるんですか!?」


 入った途端、天下取りの怒声が聞こえた。

 恐る恐る曲がり角があるせいで四角になって見えない事務所に向かう。

 そこには、顔を真っ赤にして睨みつける天下取りと、仏頂面で腕組みをしている無精髭ぶしょうひげの目立つ男性が立っていた。


「バイトリーダーでしょ! しっかりやって下さいよ!」


 目を血走らせて食いかかる天下取りに、バイトリーダーは目を閉じたまま微動だにしない。

 横からちらっと、若き店長のデスクの上に設置されているモニターを見た。お店の各場所に設置されたカメラによって、店内の様子が映し出されている。

 レジにはお客さんが列を作って並んでいた。

 天下取りとバイトリーダーはそれに気づいていない。私はUターンする。


「今までこの日は入っていなかったんだからしょうがない」


 バックヤードを出る直前、バイトリーダーの拗ねた子供のような口調が耳に届いた。

 夕方勤務から解放されたのは十時半だった。

 天下取りは若き店長のイスに腰掛けて、遠くを睨みながら肩を大きく上下させている。まだ怒りが収まっていないみたい。私は恐る恐る天下取りに近づいて行く。


「今日はお世話になりました。仕事がほとんどできなくてすみません」


 天下取りは私の声に反応してこっちを向いた。


「いやまぁ、期待してなかったけど、ひどいな! 全然ダメだな」

「すみません!」


 私は深々と頭を下げる。顔を上げると、天下取りは大きく目を見開いた。


「次までに仕事もっと覚えてこいよ! そこにマニュアル書あるだろ? 全部に目を通しとけ」


 若き店長のデスクの上には壁に取り付けられた本棚があった。そこに分厚いファイルに綴じられた『マニュアル上』と『マニュアル下』が並べられていた。


「はい! 勉強しておきます!」


 天下取りはフンッと鼻息荒く立ち上がると、ドスンドスンと事務所を後にして、バックヤードのドアから出て行った。

 ずっと張っていた肩の力が大きく抜けて、その場にへたり込んだ。

 コンビニの仕事ってこんなに大変だったなんて。


 明日は準夜勤務だ。これから週五で勤務する。ここでやっていけるかどうかの不安に私は押しつぶされそうだった。でもせっかく雇ってもらったんだから。天下取りの言う通り、マニュアル書に目を通すこともしていなかった自分は、準備ができていなかった。


 よし!

 リュックからノートとペンケースを取り出す。

 マニュアル上と下を取り出して、一ページ目から開いた。

 明日の準夜勤務までに全部覚えてやる!

 若き店長のデスクを借りて、マニュアル書を読んでノートに要約していく。ピンポーンとお客さんがお店を出入りする度に、それを告げるブザーはここまで聞こえてくる。それでも集中力を削がれることなく私は打ち込んだ。


 それから一時間くらい経ち、

「やれやれ、まじであいつカリカリしすぎだよなー」

「本当ですね。図体ずうたいと比例して態度までデカくなってますね」

 レジ側のドアを開けて事務所に入って来たバイトリーダーと不死鳥は、私に気づいて驚いた。


「あれ? どうした?」

「あ、すみません。今マニュアル書に目を通していて」


 あっはっはとバイトリーダーは笑った。


「まじめだね〜」

「今日は仕事ができなくてご迷惑をかけてしまったので」


 不死鳥は、スタッフが休憩できるように壁際に設置されたテーブルについた。


「俺なんか目を通したこともないよ。てか、皆そうでしょ?」


 そう言いながら手に持った缶コーヒーのフタを開けて口を付ける。


「はぁ……」


 まだ初対面だけど、この人は見習っちゃいけないスタッフなんだろうなって思った。


「ま、いいんじゃない? 頑張りなよ」


 バイトリーダーはそう言って壁際のテーブルに向かい、不死鳥が座っていない方のイスに腰を下ろした。

 私は再び、マニュアル書に集中する。


「ところでよ〜不死鳥」

「はい、なんすか?」

「男喰いのことなんだけどよ」


 えっと、今日とくに躓いたところはここだ! お会計では……支払い方法だけでもこんなにあるのかぁ。


「実は俺あいつのこと狙ってんだけどさ」

「はい、知ってます」

「え? なんで知ってんの? 俺誰にも言ってないぞ?」


 現金以外では、交通マネー、クレジットカード、電子マネー、商品券っと……どれでもまずヘルポイントカードがあるかどうかを尋ねる。もしもの時の支払いキャンセルや返金は……


「あ、いや〜見てて分かりますよ! てか男喰いが言ってたし……」

「なんだと!?」


 ちらっとデスクの上のモニターを見る。お客さんが列を作って並んでいた。レジの奥や店内を見回して店員がいないことに訝しんでいる。


「あ! レジ並んでます」


 私は振り向いて二人を呼んだ。


「何であいつが言ってんだよ!? 皆に言ってんのか?」

「いや、この間俺の家に来た時にですね……」

「は? てめぇどういうことだよそれ!」


 バイトリーダーは勢いよく立ち上がった。不死鳥はへらへら笑っている。


「てめぇ、俺の女に手を出しやがったのか!?」


 バイトリーダーは不死鳥を睨みつけて、胸ぐらを掴み上げた。


「いや、俺はノータッチですよ。爆弾抱えたくないですし!」


 不死鳥は両手を上げて自分の無罪をアピールしている。


「ちょっと〜」


 レジのお客さんの声が聞こえて来た。モニターを見ればもう十人近く並んでいる。


「あ、あのレジが!」


 私は二人に事態の緊急性を伝えているんだけど。


「そんなこと言ったって、あいつだいたいの男には手を出してますよ!」

「てめぇ、俺の女のこと侮辱してんのか! あいつがそんなことするわけねーだろ!」

「バイトリーダーと付き合ってないですよね? だってあいつはお坊ちゃんと……あと天下取りにも手を出してたはず」


 バイトリーダーの言葉にならない怒声が飛んだ。


「もうっ!」


 私はレジ側のドアを出て、すぐにレジへ駆けつけた。


「何やってんだ! どんだけ待たせれば気がすむんだ!」


 真っ先にお客さんの怒声が飛んだ。


「す、すみません!」


 レジには十人ぐらいが列を作っている。私一人じゃどうしても待たせてしまう。並んでいるお客さんの睨みつけるような視線を一身に浴びつつ、ひたすら謝り続けて会計をした。クレジットカードの支払いが出た時は、勉強していてよかったと心底思った。


「ありがとうございましたーっ!」


 十五分ぐらいかけて並んでいたお客さんの会計を全部終える。それから肩を落として事務所に戻った。


「てめっ!」

「あんな女なんか知るかってんだよ!」


 ドアを開けると、そこは戦場だった。バイトリーダーが不死鳥に乗りかかり、顔面を殴りつける。不死鳥は、体を横に回転させてバイトリーダーを床に倒して首を絞め付けた。バイトリーダーはうめき声を上げながら、自分の手を不死鳥の首に伸ばす。

 横幅の狭い床を埋め尽くした大の男二人は、寝転がりながら互いの首を絞め付ける。


「やめて下さい!」


 二人とも顔を真っ赤にして息苦しそうだ。だけど、お互いに手の力は抜かない。


「お願いですから! やめて下さい!」


 私は床に倒れている二人の腕に手を伸ばした。だけど女の私の力じゃ、渾身の力を込めている男の人の手を動かすことはできない。


「おはようございます」


 バックヤードから男性の声が聞こえた時、助かったと思った。

 事務所に顔を出した二メートル近い巨体の男性は床でもつれ合う二人と、その二人に手を伸ばす私を見下ろしたまま固まった。


「お願いです。めて下さい!」


 私は迷わず助けを求めた。巨体な男性は固まったまま動かない。


「早く! 二人とも首絞め合ってて危ないんです!」

「そ、そんなこと言ったって……」


 何事にも動じなさそうな無表情と、威嚇いかくするような巨体からは、あまりに似つかわしくない言葉が出て来た。男性は何をするでもなくただ動かない。よく観察すると、目を左右に泳がせていた。瞬間、私の中の何かが弾けた。


「いい加減にしろ―――――っ!」


 バイトリーダーと不死鳥の横っ面をそれぞれ思いっきりビンタした。


「仕事中でしょ! 何やってるんですか!?」


 バイトリーダーと不死鳥は、ようやくお互いの首を絞める手から力を抜いていた。


「しっかりして下さいよ!」


 年下のしかも新入りの私に怒られた二人は、バツが悪そうにそっぽを向いて立ち上がる。


「お願いだからちゃんとやって下さい」


 気がつけば私は泣いていた。あんまりにも情けなくて。自分でも何がここまで悲しくさせるのか把握できていなかった。だけど、頬をとめどなく流れる涙を止めることができない。私は泣き続けた。バイトリーダー、不死鳥、そして守護神と呼ばれた巨体の男性は、そんな私を黙って見守っていた。すぐに「おーい!」とレジで呼ぶお客さんの声が聞こえて来た。


 二人は仕事に戻り、守護神も深夜勤務に入る準備を始めた。

 私も涙を拭って、デスクに戻ってマニュアル書を読む。

 コンビニは何があっても止まることなく回り続ける。

 誰もその流れに逆らえないから従うしかない。

 バイトリーダーと不死鳥がケンカになった原因の男喰い。

 次の日の月曜日に、準夜勤務で私を待っていたのはその男喰いだった。

 私は流れ通り準夜勤務に入った。

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