3.2
迷路。複雑に入り組んだ道を抜けて、目的地、ゴールまで辿り着くことを目指すゲーム、パズルのこと。「迷路」は英語で「maze(メイズ)」と言うので、特に紙の上で解くパズルとしてのそれは迷図(めいず)という当て字をされることもある。
作為的に作られたものを指すことが多いが、山道や繁華街の路地などの実在する入り組んだ道を指して、比喩的に「迷路」と言うこともある。部屋や通路が入り組んだ建築物は、特に迷宮とも呼ばれる。(ウィキペディアより)
「……来ると思った」
ぼそりと呟く。
いつか来ると思っていたのだ、迷路パターン。敵側が迷路を作り出し、魔法少女たちはそこから逃げ出そうともがく――ありがちである。
私だって、少々形は違うとはいえ魔法を使うものである。これくらいの予想はしていたし、漫画やアニメの上ではちゃんと主人公たちが脱出できてハッピーエンド、次のステージへ★みたいな、甘ったるい終わり方がついていたことも知っている。
彼女たちにとっては、単なる消化するだけストーリー、だ。
しかし。
「これがちゃんとアニメの世界で、ちゃぁんと素敵なエンディングテーマが用意されていたら良いんだけど――ねっ」
だらんと垂れ下げていた右手をまっすぐに伸ばす。なぜか、指輪から伸びる銀色の文様が腕をきつく締めつけているような気がした。
ぎゅうう、と。まるで、蛇のように。
大きく息を吸う。文様のことは無視することにした。自分のことより――まず、目の前の敵だ。日が沈まない以上、杏は家から出ることができない。もし出ることができていたとしても、ここにたどり着く保証はない。
つまり。
「いつも通り、私一人での戦いってこと」
頬が、紅潮していくのを感じる。心臓が激しく脈打ちだす。口が瞬く間に笑みを作っていくのを、私は止めることができない。
歌うように、生きている証であるかのように、私はそれを唱えた。
「《誠実なる葡萄酒、アメジストよ。我に力を》――よこしなさい」
自分の衣装が変わった――そう感じた瞬間、私は飛び出した。
ポケットから万年筆を取り出すと、縦向きに大きく回転させる。手加減なんていらない。前回は杏がいたし、彼女は新しい技を試してみたいと言っていたから――それのお手伝いをしたけれど、今はその必要はない。
まさか、あそこまで楽しそうにするとは思わなかったけれど。一瞬固まってしまったし。なんかつまらない罪悪感で変な考えを起こしてしまったし。
それほど、彼女の微笑みは素晴らしかった。
その笑顔に、その嗤い顔に。
本当に、ぞくぞくした。
「――ぅおらっ!」
変化した、私の身長ほどもある大鎌を、絵本をこちらに向けたままの幼女に振りかぶる。
狙うは首、首、首首首首っ!
わざわざ迷路の中を頑張ってさまよう気なんて毛頭ない。悪い奴が悪いことをしているのだから、そいつを倒せば万事解決。
敵なんて、悪い奴なんて、倒してしまえばそんなの同じことだ。
そうでしょう?
「――っ」
幼女の顔が一瞬で歪み、そして
「……っち」
不意に広がった絵本によって隠れた。シールドのつもりのようだ。勢いを殺しきれず、そのまま突っ込む。
ガキン、と金属同士がぶつかる音。
腕が、それを伝った胸が腹が太ももが膝が脳みそが猛烈な痺れを見せる。
「ぐぁ、がっ」
頭を軽く振って、気絶することだけは避ける。鉄? 何この本鉄でも入ってるのか? 同時に体ごと鎌をふるい、横からの一撃。
ガキン、
敵が衝撃を受けている間に横に回り込み縦への一撃、
ガキン、
しまった向こうの方が流れを読んできたかふんなかなかだねさらに一撃、
ガキン、
いらっと来たのと痺れが痺れてマヒしてきたのでもういっちょ
ガキン、
はぁんなるほどこいつ確かに必死だわそれもそうか必ず死ぬっていうかもう死んでるしさてもう一撃
ガキン、
「おねーちゃん、どうし」
知るかガキがだったら話しかけてくんなそらもう一つ
ガキン、
「あ、あそびたかっただけなの」
うっせぇじゃあ早くばてろやこの幽霊が
ガキン、
ガキン、ガキン、ガキンガキンガキンガキンガキンガキンガキンツ
「だって、だれもみてくれないんだもん」
壁の向こうから聞こえてきた声に、私は思わず手を止めた。すっと熱が冷めていくのを感じる。腕はもう痺れきってしまっていて、感覚がない。
向こうのダメージも深刻なようで、大きく広がった絵本はずたずたのぼろぼろだった。それでもなんとか、主である幼女を守っていた。
攻撃がひとまずやんだのに安心したのか、絵本の向こう側からは泣きじゃくる声。
「だって……だって、おかあさんも、お、おとうさんも、こっちをむいてくれないんだもん。ぼんやりして、ぼんやりして、ぼんやりしているだけで、ここだよ、めいろあそぼうよっていってもみてくれないんだもん。おとなりのおばちゃんも、たっくんちのぺろも、だれもわたしをみてくれないんだもん。あそんでくれないんだもん」
鎌を以てしても突き破ることができなかった鉄壁の壁の向こう側にいる敵は、ただの小さな女の子だった。駄々をこね、愛嬌を振りまき、ただそこで身を守ることしかできない、ちょっとわがままな年ごろの幼女でしかなかった。
……ふうん。
私は振り下ろしかけていた鎌をそのまま頭上で一回転させ、ロッドに変えた。
一つ、溜息をつく。胸の中に溜まっていたモノを吐き出すように、深く、深く。
空は太陽に別れを告げようなんて気はさらさらなさそうに、青く澄み渡っていた。
「……迷路の出口、教えてくれる?」
泣き声が、止まった。
ゆっくりと、ゆっくりと、絵本が小さくなっていく。うるんだ瞳、赤くなった頬、しっかりと結ばれた唇が姿を現す。おさげの片方は、衝撃でだろうか、すっかりほどけてしまっていた。
安心したのだろう、激しく上下に動いていた肩が落ち着きを取り戻していく。怖くて怖くて仕方がない、そんな表情が、徐々に安らいでいく。
そして、おそらく彼女にできる精一杯の笑顔を浮かべようとして――
再び、恐怖で目を大きく見開いた。
ひょっとしたら彼女も好きかもしれない、かわいらしい魔法少女のロッドを、私は真っすぐに向けて――
凍り付いた海のような、極めて冷静な声で呟く。
「《アメジスト・ショット》」
続けて、大鎌による一閃。
小さな女の子の首は、今まで倒してきた敵よりもずっとずっと軽かった。
魔法少女は嘘をつく 桜枝 巧 @ouetakumi
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