物語を始めるために

山崎世界

第1話 始まり、そして終わり

カタカタカタと取り留めのない雑音が木霊する。


ちょっと書いては消すちょっと書いては消すという退屈な作業を繰り返してバックスペースはもう疲れたとでも言うかのように押し込まれてストライキを起こす。


「何を書いてるんだ」


gるおせlsぱ。適当に手を走らせたところでそれは物語の体すら成し得るはずもなく、文章ですらなく、母を無くしたアルファベットの子は恨めしそうに俺を睨むだけである。


「いやいやいや何を無駄に格好つけているんだ」


ふと、そんな声が聞こえた。


「初めというのは果たしてそんなに重要かね? 素晴らしい起承転結でも見せつけたいのかい? きらりと目が輝くような設定か、ついつい目を引くような読ませる文章……何てそんなもの一朝一夕で身に付くわけも考えつくわけもないさ」


けれど、時間は刻一刻と過ぎていく。


「そうだね。だからまあいいじゃないか。不完全であろうと言葉足らずであろうとそこにこうやって形として残るのであれば。後から見返して思わず赤面ものであろうとも、そこにあった何かしらというのは残るものさ」


俺はパソコンの中の隠しフォルダを開く。親のパソコンを勝手に使って書き殴って、隠しファイルの使い方なんかもググって、秘密裏に書いていた文章たちだ。


ああ……恥ずかしい。何だこれは。最低限の形式くらいはどうにかしろというのだ。読みにくくてたまらない。


けれど、こうして眺めていると思いだす。確かこのキャラはこんなことを考えていて、だから、俺はこんな風に考えるようになった。俺という人間は、大体、創作の中のキャラクターと一緒に成長してきた。


「……あれ?」


そして思い出す。思い出せないことを思い出す。まとめる自信が無くて、自身が無くて、黒歴史なんざ要らねえと妙に冷めて、いつしか記録することを、記憶することを忘れた何かがあった。


死者と寄り添う死神の物語、大切な者だけを守るために世界の敵となることを誓った哀れな男の話、世界の裏側で暗躍する支配者に立ち向かう男の話……もちろんプロットなんて上等な代物はないし物語としていつか重大な矛盾を突きつけられざるを得ない。そんな何かだ。


だが、それは零れ堕ちてしまった、後悔という名の俺の欠片だった。


「残さなきゃ……な」


頭の全てを解析することなんざ人間が未だ到達し得ないもんだろう。だが……あーもう。面倒くさい理屈は抜きだ。とりあえず、まずは初めの一歩を俺は踏み出すことにする。


「長々と何書いてんだろうな」


俺は独り言をつぶやいた。

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