第118話 痕ある花 二

 いつもの様に家事を終え、いつもの様に床の中で紗月のいびきを聞くが、中々に寝付けない弥生だった。別に紗月のいびきが気になる訳ではない、いつものBGMに過ぎない。だが、明日からは違う場所での暮らしが始まり、違う布団で眠るのかと思えば、何か興奮して眠れないのだ。

 今までに一度たりともそんな経験はない。それにしても、どんなところで働くのだろう。いや、どこでも、どんなところでもいい。一生懸命働けばいくら何でも「穀つぶし」と邪魔者扱いはされないだろう。

 まんじりともしないままに夜が明ければ、いつもの様にかまどに火を付ける。これが最後となるご飯炊きである。だが、朝食が済めば、いつにも増して用を言い付けられる。洗濯物の後は繕い物をあれもこれもと出してくる。


弥生 「あの、そろそろ支度を致しませんと、お約束に遅れてしまいます」


 弥生が着替えを包むべく風呂敷を広げようとすれば、すかさずそれを紗月が取り上げ、ぎの当たった風呂敷を投げて来る。結局、長襦袢、肌襦袢、腰巻を一枚ずつ持って行くことを許された。


弥生 「長い間、お世話になりました」


 と、手を付いて挨拶をすれば、母が巾着を差し出す。


母  「これを持って行きなさい」

紗月 「母上!」


 紗月の金切り声が響く。


紗月 「金など要らぬでしょうに」

母  「坂田様の手前もあります。それで、着る物は?どれか一枚持って行け」


 紗月が忌々しそうに母と弥生を睨む。弥生は、母が初めて自分のことを気にかけてくれたことが嬉しかったが、紗月は着物を持たせる振りをしただけだった。


母  「坂田様に、母が感謝をしていたと伝えるのですよ」

弥生 「はい」 


 それでも、紗月と母は玄関まで、父は門の外まで見送ってくれた。


父  「達者でな。体に気を付けて」


 父から、初めて親らしい言葉を聞いた気がしたが、弥生は振り向きもせず歩いて行く。

 これから、新しい暮らしが始まるのだ。そして、行先も告げられぬままに、利津に連れて行かれた先には、まるで雛飾りの様な美男美女の夫婦がいた。そして、これがあの噂の本田真之介とふみだった。長年、ふみの側に仕えていた、久の輿入れが決まり、その後任を探していたのだとか。さすがに弥生は妬ましくなってしまう。利津はどうして、こんな自分をこの様な家に送り込む気になったのだろう…。

 いやいや、ここは気持ちを切り替えなくては。どんなところでも働くと決めていたのではないか。


利津 「最初は見習いと言うことで、今月は給金なしと言うことで」

ふみ 「そんな、おば様。給金は」

利津 「とにかく、そう言うことで…」


 利津の意味ありげな様子に、ふみもそれ以上は何も言わなかった。


利津 「弥生。こちらの方たちは皆、良き人達ばかりである。骨身を惜しまずに務

   める様に。では、久。弥生に色々教えてやってくれぬか」

久  「あ、はい」

 

 どうやら利津は弥生をこの場から下がらせたいようだ。


久  「では、弥生殿。こちらへ」

弥生 「はい」


 弥生は久に付いて行く。


利津 「実は…」


 と、利津は昨日、弥生が屋敷に押しかけて来た経緯を話すのだった。


利津 「それも親が頼みに来るのなら、まだわかりますが、若い娘が土下座までし

   て頼むのです。その必死さに私も無碍には出来ず、それでこちらへ連れて

   参ったと言う訳です」

ふみ 「そうでしたか。でも、給金のことは」

利津 「いくら、姉が婿取りをするからと言って、すぐに妹が家を出なければいけ

   ないと言うものでもないでしょうに。それに、まさか、昨日と同じ着物で

   やって来るとは…。余りにみすぼらしかったので、女中の古着を着せまし

   た。何か、訳ありかと。これから少し調べて見ますので、ここは…」

ふみ 「わかりました。おっしゃる通りに致します」


 帰り際に利津は弥生に言った。


利津 「ああ、実家の方へは使いの者をやるで心配せずともよい。では、真之介

   殿、ふみどの。よろしく頼みます」


 弥生も利津を玄関まで見送りに行き、何度も頭を下げるのだった。そして、座敷に戻れば新しい主人夫婦にも改めて挨拶をする。


真之介「もうよい。その様にかしこまられると、元町人としてはやりにくい」

弥生 「申し訳ございません」

真之介「それがやりにくいと申しておるのだ」

弥生 「はい…」

ふみ 「普通にしておればよいのです。親元を離れて心細いかも知れぬが、実家と

   てそう離れている訳でもあるまい」


 当時はどこへ行くのも徒歩であり、四半時(30分)くらいの距離はちょっとそこまでと言う感覚でしかない。

 兎にも角にも、弥生の新しい暮らしが始まった。しかし、驚くことばかりだった。この家には地球儀をはじめとした珍しい品があるのだ。その一つ一つに目を奪われているうちに、気が付くと夕暮れ近くになっていた。


お咲 「お夕食の用意が出来ました」


 弥生はお咲の声に思わず固まってしまう。


----夕食の用意、忘れてた…。


 だが、台所に次ぐ居間には、それこそ座ればいいだけの六人分の配膳がなされていた。


----今日はお客様みたい。それにしても、ご馳走…。


 膳の上には晴れの日にしか食べたことのない、かまぼこが載っているではないか。食事が始まり早速にかまぼこを口に入れれば、かまぼこの触感と共に辛みが襲ってきた。それでも、弥生は必死にかまぼこを噛み続け、喉に押し込み、吸い物を飲んだ。


ふみ 「弥生は、板わさを知っていますか」


 ふみが聞けば、真之介と久と忠助が苦笑している。


弥生 「いえ…」


 板わさとは、聞いたことはあるけど、よくは知らない。


ふみ 「辛くはなかったですか、そのかまぼこ」

弥生 「はい、少し、ぴりっとしておいしいです」

ふみ 「まあ、そうですか。私は初めて板わさを食べた時は、思わず固まってしま

   いました」


 と、ふみが笑いながら言えば、お咲以外は皆笑い出してしまう。それは、真之介とふみが新婚間もない頃のことだった。二人の仲はまだ、ぎこちなかった。


真之介「食べたきものがあらば、なんなりと。食べ物の好みはわからぬゆえ」


 ある日、真之介が話のきっかけに聞けば、ふみは、かまぼこと答えた。夕食の膳には白いかまぼこに黄緑色の筋の入ったきれいなかまぼこがあり、その黄緑色を噛んだ、ふみは固まる。模様と思ったその色はわさびだった。


ふみ 「その時、初めて板わさを知ったのです。弥生がそれを知っているかどうか

   知りたかったもので」

真之介「しかし、やって来た初日に、それをやるか」


 真之介はなおも笑っている。


ふみ 「ちょうど、かまぼこがありましたもので」

お咲 「あの、私にはありませんけど…」

 

 お咲の膳には普通のかまぼこが載っていた。


久  「お咲はまだ子供なので止めました」


 板わさを作ったのは久だった。

 

お咲 「食べて見たいです」

忠助 「じゃ、食べて見る?」


 忠助が差し出した皿から、一切れ貰って口に入れたお咲だったが、わさびの辛味に驚きつつも、こちらも必死に食べて言う。


お咲 「大人の味です」


 そこで、どっと笑いが起きる。

 こんなに楽しい食事風景があったのか…。

 お咲と共に下げた器を洗っている時、ふと、思った。実家では今夜は誰が食事を作り、また、後片付けは誰がやったのだろう。湯呑ひとつ洗ったことのない姉である。これからは母がすべてやるのだろう。


お咲 「弥生様のお陰で早く片付きました」

弥生 「えっ、そう…」


 またも、お咲に様付で呼ばれ、妙にドギマギしてしまう弥生だった。その後は居間で真之介たちと歓談となる。


ふみ 「弥生、済まなかったわね。びっくりさせて」

弥生 「とんでもございません。大変おいしゅうございました」

ふみ 「それならよかったけど」


 当時のかまぼことは割と高価なもので、下級武士や町人にとっては晴れの日のご馳走の一品であり、今夜はたまたま真之介の実家からの到来物のおすそ分けがあったと言う訳だ。

 そんな高価な頂き物のあるような呉服屋とはどんなとこだろう。そんな高級な店になど行ったことのない弥生である。


ふみ 「明日は、旦那様の実家に参りましょう」


 その夜は久と共に眠ることになった。きっと久は姉の紗月の様にいびきをかいたりしないだろうと思う間もなく、昨夜、ほとんど寝てない弥生はすぐに眠りに落ちてしまう。

 翌朝、いつもの様に目覚めた弥生はいつもの様にそっと起き、そっと着替え台所へと向かいかまどに火を付ければ、人の気配を感じた犬のはなが、早速に散歩に連れて行ってもらえるものとそわそわしている。


お咲 「まあ、弥生様、それは私がやります、私の仕事です」


 お咲は驚いてしまう。夕べはともかく、こんなに早く弥生が起きて来るなど思ってもみない事だった。


弥生 「いいのよ、じゃ、二人でやりましょ」

お咲 「はい」


 忠助も起きて、はなを散歩に連れて行く。


弥生 「二人でやると早いわね」


 と、言いつつも、実家では母がそれこそ十数年振りに飯炊きをしているのかと思えば、何とも言えない気持ちだった。

 朝食が終われば、片づけ掃除となる。それも二人でやれば早い。また、庭や外の掃除、水汲みは忠助がやった。


久  「まあ、掃除など、お咲にやらせればいいのに」

弥生 「いえ、いつもやってることですから。それに、二人ですれば早く済みま

   す」

久  「では、今までは一人で?」

弥生 「はい、庭掃除、洗濯、水汲みも一人でやっておりました」

久  「母上や姉上は何もしないのですか」

弥生 「ええ、大体は私だけで、薪割りは父が。でも、母は内職がありますから、

   姉もたまには手伝います」

久  「ああ、畑があるのでしたわね」

弥生 「畑仕事は主に父が、草取りなどは私もやります」

久  「姉上は何もなさらないのですか」

弥生 「寒さ暑さに弱いとかで…」

久  「そんな、寒さ暑さに強い人って、いますかしら」

弥生 「でも、やはり、跡取りですから」

久  「まあ…。それより早く着替えましょ。これから、旦那様のご実家に参りま

   すので」


 弥生は早速に久からもらった着物を着られることがうれしかった。それにしても、ふみの美しいこと…。

 そして、初めて足を踏み入れた町の賑わいに圧倒されてしまう。さらに、本田屋の中はまるでからくり屋敷の様だった。つい、あちこちきょろきょろしてしまう。その様子をふみと久がほほえましく見ていた。


ふみ 「面白いですか」

弥生 「はい、あ、申し訳ございません。無作法なことを致しまして」

ふみ 「いいのですよ、私たちも最初はそうでしたから」


 その時、真之介ともう一人男の声がした。


真之介「ああ、これで、明日は雨か」

善之介「なに、この言われ様。たまには実家に顔を出せと言うからやって来たの

   に、来たら来たでこれなんだから。まったく、やってらんないっ」

真之介「それはお前がたまにしか帰って来ないから、そう言われるんだ」

善之介「おやまあ、これは久様ではございませんか」


 真之介と共に二階に上がって来たのは、弟の善之介だった。


善之介「まあ、この度はおめでとうございます。何ですか、お輿入れだそうで」

久  「ありがとうございます」


 と、言いながらも善之介に先に、ふみに挨拶をするよう促す。


善之介「これは失礼を致しました。ご無沙汰しております。奥方様にはお変りもな

   く、いつ見ても、いえ、ご拝見、ご拝顔、そう、麗しきご尊顔を、あれ、何

   だったっけ」

真之介「その様に、日頃使わぬ言葉を無理して使わずともよいわ」

善之介「そうはおっしゃいますけど、兄さん、兄上。これでも私は気を使ってると

   言うのに」

 

 ふみと久につられて弥生も笑った。


善之介「おや、こちらの方は」

久  「私の後任の弥生殿です。旦那様の弟御です」

弥生 「弥生と申します、よろしくお願い致します」

善之介「これはまた、ご丁寧に。あっ、そうでした。ちょうど良かった。つい、忘

   れるところでした」


 と、側に置いた風呂敷包みを善之介は久の前に差し出す。


久  「何でございますか」


 風呂敷包みの中から出て来たのは、久の似顔絵だった。


善之介「売れない絵描きなもので、お祝いと言ってもこれくらいのことしか出来ま

   せん」

久  「いいえ、ありがとうございます。まあ、実物より、きれいに描いて頂きま

   して…」

善之介「おや、そうですか。これが私から見た久様なんですけど」

久  「あの、近頃目がお悪くなられたのでは」

善之介「まあ、おわかりですか。実は、そうなんですよ。ですから、世の中のすべ

   てがもう、美しく見えて仕方ないのです」

久  「それは、結構なことで」

善之介「ええ、結構、毛だらけ、ねこ灰だらけ…」

真之介「もう、その当りで止めて置け」

善之介「では、兄さんがうるさいので」

久  「でも、これは若い時の記念になります。うれしいですわ」

善之介「喜んで頂いて幸いです。では、失礼します」

真之介「来たばかりでもう帰るのか」

善之介「ええ、お邪魔なようで」

真之介「誰が邪魔扱いしたか」

お弓 「まあ、お待たせいたしまして」


 その時、お弓とお伸が入って来た。そして、茶が振る舞われ、改めて弥生が紹介される。


お弓 「ふみ様をよろしくお願いします」

弥生 「は、はい」


 お弓の笑顔を前にそれだけ言うのがやっとだった。世間にはこんなにもやさしい母親がいたのか。いや、世間にはこの様に仲の良い家族がいた。いや、ここは、別天地か極楽か。ここだけ特別なのかもしれない。   

 その後は、お伸の婿の小太郎も交えての夕食となる。


久  「いいご家族でしょ。私も見習わなくては…」


 これから新しい家庭を築いていく久にはお手本となっても、弥生には帰るべき家もなければ、家族もいない。どこかへ嫁に行くこともないだろう。


ふみ 「少しは慣れましたか。色々驚いたのでは」

弥生 「はい、もう珍しくも貴重な経験をさせて頂いております」


 弥生がこの家にやって来て、ひと月近くになる。輿入れを控えた久は既に実家へ帰っている。


ふみ 「私も最初は戸惑いました。ろくに屋敷から出たこともなかったのですか

   ら。それが今ではすっかり慣れてしまいました」


 午後のひと時、ふみと弥生が茶を飲みながらおしゃべりをしていた時だった。玄関で声がしたかと思えば、足音が響いて来た。


雪江 「ふみ殿、お邪魔します」


 従姉の雪江と絹江だった。以前ほどではないにしても、こうして視察にやって来るのを忘れない。


ふみ 「これはお出迎えも致しませんで」

絹江 「いいのですよ。勝手知ったる、ふみ殿のお家」


 その時、二人の視線が弥生に、いや、弥生の顔の傷に注がれる。


ふみ 「ああ、久の後任の弥生です」  

弥生 「弥生と申します、よろしくお願い致します」


 と、弥生が手を付くが、二人は無関心を装いながらも視線だけは外さない。


雪江 「それはそうと、真之介殿は今日も?」

ふみ 「はい、釣りに出かけております」

雪江 「それは良いご趣味で。また、仁神様とも仲良くていらっしゃること。お茶

   会はあれから」

ふみ 「はい、たまに」

雪江 「よろしいこと。私たちはあれからさっぱり…」


 少しの前の茶会の場に、サプライズゲストよろしく、安行が顔を出した。ふみと安行のことを知らぬ者はいない中、これから何が起きるか興味の対象となっていた時、突如絹江が声を張り上げた。


絹江 「まあ、若殿。その御髪は?」


 その時の安行の髷はまだ十分に伸びきってはいなかった。一同がざわつく中、ふみは絹江が更年期の症状を発しているとその場を切り抜けたことがあったが、当然、それからは二人とも茶会に呼ばれなくなってしまう。そのことを雪江は今だに根に持っているが、当の絹江はすっかり忘れていた。

 その後は例によって、雪江は茶菓子の羊羹を食べることに専念し、絹江は実家の弟嫁の悪口に余念がないが、今日は違った。二人とも口は口で動くが、目は弥生から離さない。


絹江 「それで、どこの娘です」


 絹江はどこの馬の骨と言いたいところを堪えた。


弥生 「はい…」


 弥生が父の名を告げれば、扶持は、兄弟はと、戸籍調べが始まる。


絹江 「ああ、ああ。それで。姉の婿取りの邪魔になってはと思い、それは殊勝な

   心掛けである」

弥生 「恐れ入ります」

絹江 「まあ、こちらはな、御家人と言っても、そんじょそこらの旗本と違い裕福

   であるゆえ、何かと良きこともあろう」

雪江 「ほんに、羨ましきことで。出来るなら、私がここで働きたいくらい」

ふみ 「雪江殿、ご冗談が過ぎます」

雪江 「本当のことです。跡継ぎに厳しく接すれば姑が怒るのです。また、側室は

   そんな姑に取り入って、私一人が悪者なのですよ。もう、うんざり…」

絹江 「そうですよ、子供のうちから厳しく躾けねば、どこかの息子の様に髷を切

   られるやもしれませんもの」


 二人とも子はなく、側室が男子を生んでいる。また、姑がうるさいとか言っているが、逆にやり込めているのだ。とにかく、いつでも不満だらけの二人でしかない。

 今日も長い間仕舞い込んでいたような手ぬぐい一本を持って来た。そして、帰りには台所へ入り、乾燥ワカメを引っさらうように持って帰るのだった。


ふみ 「いつも、ああなのですから、気にしない様に…」


 ふみは、二人が弥生に不躾な目を向けていたことを済まなく思った。


弥生 「はい」

ふみ 「あれで、私の従姉かと思えば、嫌になります」

弥生 「私も姉とはずいぶん性格が違います」

ふみ 「姉妹でもそうですか。私には弟しかいないので」


 その頃、ふみ宅を辞した雪江と絹江は、当然弥生のことで盛り上がっていた。


絹江 「寄りによって、あんな娘を側に置くとは。ふみも物好きなことよ。さす

   が、呉服屋の嫁だけあるわ。いや、それなら尚のこと、そうでしょ、姉上。

   顔のいい男集めて、女の機嫌を取っているような呉服屋のくせして」

雪江 「だから、余計でも引き立て役が欲しいのですよ。自分が美しいと言う、う

   ぬぼれだけでは飽き足らず、何と、浅ましいものよ」

絹江 「そうですわ、そうに決まってます。ふみほど顔と腹の違う女はいません

   わ。私なら、あんな傷物見るのも嫌なのに、それを平然と。真之介も真之介

   じゃないですか、どうして反対しないのです」

雪江 「真之介はふみの言いなり。また、美しい娘が近くにいては真之介とて…」

絹江 「ああ、そう言うことですか。さすが、姉上」

雪江 「そなたが男女のことに疎いのです」

絹江 「ええ、私はそう言うの、あまり興味はありませんけど。ふみってああ見え

   て、中々嫉妬深いのでは」

雪江 「ああもこうもなく、そのまんまですよ」

絹江 「はあ、だから…。嫌ですね、みっともないったらありゃしない。やはり、

   町方の嫁ともなるとああなるのですか」

雪江 「ええ、私ももう、うんざり…」


 うんざりしているのは、二人の側付き女中の方だった。いつもいつも、誰かの悪口を聞かされる毎日。適当に相槌を打つ術は覚えたが、つくづく久が羨ましい…。

 貧乏旗本でそれなりの苦労はあったと思うが、ふみの輿入れに付いて来てからは、見違えるほど明るくなっていた。そればかりか、今度は輿入れするのだ。

 出来るなら、自分たちもどこかへ輿入れしたい。だが、この主人達は、そんなこと、爪の先程も考えてないだろう。何しろ、人の幸せ大嫌い、人の不幸は大好きなのだから…。

 

 そして、月が明けると、弥生の母と姉の紗月がやって来た。



 






 





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