第50話 空飛ぶ腰…

拮平 「だから、こうして怒ってんじゃないかさぁ」

真之介「何でも屋に怒ってないで、あの後妻のお芳に怒れってんだ。上だ下だと勝

   手ばかりぬかしやがってよ。お前もお前だ。何でその時に何も言わねぇん

   だ、このとんちき!聞いてる俺の方が腹立って来るわ」

拮平 「それがさ、いつだって、俺のいない時に引っ越しじゃなくて道具の入れ替

   えやんだよ。帰ってみたら、俺の物はある時ゃ二階、ある時ゃ一階なのよ。

   それにさ、箸より重いもの持った事のない非力な若旦那に箪笥が動かせると

   思うかい。また、そんな時に限ってあの何でも屋の野郎がいねぇんだよ。全

   く役に立たない奴らじゃないかい」

真之介「あのな、そういう問題じゃないだろ」

拮平 「じゃ、どういう問題なのさ」

真之介「鈍い野郎だなぁ。いつも言ってるだろ。やられたらやり返せって」

拮平 「あの、真之介様。よろしければ、そのやり返し方、お教えいただけません

   で、ございましょうか」

真之介「また急変か」

拮平 「いえ、急速に」

真之介「急変と言うのは、お前の御託が急に馬鹿丁寧もの言いに変わる事だ」

拮平 「ですから、急変でも何でも結構ですから、善は急速がよろしいかと」

真之介「ああ、簡単な事だ。今、あの後妻のものは二階にあるんだろ」

拮平 「その通りでございます」

真之介「それを二階から投げ捨ててやれ。口で言っても聞かないのなら、それしか

   ないわ」

拮平 「いや、それは…。ちと、ヤバイ」

真之介「何がヤバイだ。それくらいやってやれ」

拮平 「いや、あのですね、真様。二階から物を投げてはいけないって子供の頃教

   わりませんでした。もし道行く人に当たったら怪我するでしょ。何しろ、

   さっきも言ったようにあたしゃ、この通りの非力でございますし…。何と

   言ってもそれはいけない事ではないでしょうかい。」

真之介「誰が箪笥や煙草盆を投げ捨てろと言った。投げても誰も怪我しない、力も

   いらないものを投げるんだ」

拮平 「怪我しないもの?あっ、饅頭とか」

真之介「饅頭投げてどうすんだ。この馬鹿。着物を投げるんだよ。お芳の着物全

   部、二階から投げ捨ててやれ!」

拮平 「ああ、そっち」

真之介「それに長襦袢、腰巻もいいぞ。空から腰巻が降って来てみろ」

拮平 「えっ、腰巻…。わあぁぁぁぁん」

真之介「でな、その後でお芳に言ってやるんだ。あんまり好き勝手するんじゃねぇ

   ぞって。ついでに親父にも拮平怒らせたら寿命縮まるぞっとか」

拮平 「真ちゃん格好いい!」

----だから、違うって…。

 拮平は早速実行に移す。


拮平 「お里!お里!」

お里 「ふぁい、何でしょうか、若旦那。私はこれでも忙しんですけど」

拮平 「真ちゃんみたいな事言うんじゃないよ。いいからちょいと付いてきな」

 

 階段を上がる拮平の後に続くお里。


お里 「あれ、ここは元、もとい、元、元若旦那の部屋で、元ご新造様の部屋

   で、今はそのご新造様が出戻って来た部屋ではございませんか」

拮平 「何だい、それは」

お里 「あの、何か、間違ってますでしょうか」

拮平 「間違ってないけどさ。そんなこたぁどうでもいい。いや、良かない。その

   良かないだから、今からやるんだよ」

お里 「何をですか」

拮平 「リベンジだよ」

お里 「りべ、りべ!」

拮平 「ああ、これはつい教養が出ちゃったよ。エゲレス語だよ、と言ってもお里

   にゃ、何の事だからわからないんでそれはこっちへ置いといてっと」

お里 「若旦那、能書きはその辺にお願いしますよ。あのね、若旦那、あの時何と

   おっしゃいました。これからは、女としての素養を身に付けなくちゃいけな

   いよ。女ってものさぁ」

拮平 「ああ、わかったわかった、わかったよ」

お里 「とにかく私は忙しいんですから」

拮平 「じゃ、早速やっとくれ」

お里 「何を」

拮平 「うひひひひぃ、面白いよ、楽しいよ、ぐひひひひぃ」

お里 「例によって気持ち悪い」

拮平 「えっ、あんだって?」

お里 「いえいえー、こっちのことで。とにかくお早く願いますよ」

拮平 「じゃ、この箪笥の中の着物をここから投げ捨てとくれ」

お里 「ええっ!」


 これには驚くしかないお里だった。


お里 「捨てるって…。若旦那!そんなことしたら、ご新造様怒りますよ」

拮平 「怒ってんのはあたしの方だよ!だから、つべこべ言わないでさっさとおやり」

お里 「そうですか、ではっ、うん、こらしょっと。わっ、すごい着物!」

 

 箪笥の引き出しを開けたお里の目はパッと輝き、着物をつまみ上げつつ言う。


お里 「これは私にはちょいと地味。でも、うちの姉ちゃんにゃいい。こっちは

   おっかさんでも着れる」

拮平 「何やってんのさ、そっちは普段着だよ。上の観音開きの方だよ」

お里 「鍵とか掛かってませんよね」

拮平 「取り敢えず開けて見な」

お里 「開きました!わぁぁ、これはすごい、ご新造様ってこんなに着物お持ちなん

   ですねぇ」

拮平 「言われてみれば、あるじゃないかよぅ。これみんな引きずり出しな!」

お里 「いいんですか、いいんですかねぇえ」

 

 と、口では唱えつつ、最初はそっと畳紙たとうしを抱えていたお里だが、すぐに引っ張りだしてしまう。


拮平 「いいかい、中の着物を、いや、先に他の引き出しも開けてみな。長襦袢

   や腰巻あるだろ。それも投げ捨てるんだよ。わかったね」

お里 「でも、本当にいいんですか…」


 さすがにお里も不安になる。こんなにたくさんの畳紙を見たことない。またその中にはいい着物が入っているのだ。そこいらの女がこんなに着物を持てる筈もなく、それなのにこれを投げ捨てろとは…。

 このちょっとドジな若旦那の頭は完全にどうかしてしまったのではないだろうか…。


拮平 「いいから!盛大にやっとくれ!」

 

 と、言い残し拮平は部屋から出て行く。お里は別の引き出しを開けてみる。


お里 「わぁ!腰巻がいっぱい。へぇー、金持ちの大人の女の人の腰巻ってこん

   なんだ。手触りからして違うじゃないの」

 

 赤い腰巻を取りだし自分の腰に巻き、お引きずりよろしく畳紙の回りを歩くお里だった。


お里 「やっぱり女は玉の輿にのらなきゃだめってことね。これくらいの店でもこ

   んなに着物持てるんだから。そうだよね、男は顔で選ぶんじゃなくて金で選

   ばなきゃいけないってこと…。少しくらい年は離れてたって構やしない。こ

   のかわいいお里ちゃんの計画では五年後、遅くとも六年後には輿入れ。そ

   れもちょいと女に甘くて金のある男。今のうちから探すべきなんだわさっ

   と。まあ、いざとなれば、ここの若旦那で手を打てばよくなくない。上には

   上があるけど。それでも、ここも嫁が来ないように見張っとかなきゃ。さっ

   てと、取り敢えずはこれから、どうしよう…」

 

 それにしてもこれだけの高級着物をこのまま捨てるなんてもったいない。思案するお里だった。


お里 「そうだ!」

 

 お里は階段を駆け降りる。


お里 「お姉さん方、着物いりませんかぁ」

女中 「ええっ」

 

 と、女中たちが出て来る。


女中1「着物がどうしたって」

女中2「その着物、どこにあるのさ」

女中3「子供が変なこと言うもんじゃないよ」

お里 「まあまあ、もちっとは私の話も聞いて下さいな」

女中1「なら、早く言いな」

女中2「そうだよ、あんたと違って、こっちは忙しんだからさ」

お里 「わかりました。ではよくお聞き下さいましね。うちのバカ、若旦那が何か

   知りませんけど、着物を捨てとくれって。そこで、私が今から投げますん

   で、お姉さんたち拾ってくれませんか。捨てたものなら拾っても構わないで

   しょ。それがいい着物なんですよ」

女中1「それ、本当かい?」

女中2「だけどさ、どうして若旦那はそんなこと言ったのかね」

女中3「そうだよね」

お熊 「そんなこと、どうでもいいじゃないかさ」

 

 いつの間にかやって来たのか、その声は女中頭のお熊だった。


お熊 「お里、それ、本当に本当なんだろうね」

お里 「本当ですよ。私が言いつかったんですから、信じて下さいよ」

お熊 「まあ、あのバカ、若旦那なら突如とんでもないこと思いつかないとも限ら

   ない。それも今まではお敏さんが何とかしていたけどさ、今はたがの外れ

   た何とか…。わかったよ、早くおやり」

お里 「あっ、でも、一人占めは無しですよ。後で公平に分けて下さいよ。いいで

   すね、皆様。何しろ、二階から投げるのはこの私なんですからね」 

女中3「いいよ!後はあたし達がちゃんとやってあげるから、早く投げとくれ」

お里 「合点だ!」

 

 お里は急いで二階に駆け上がり、下を見下ろす。

 そこには既に、女中たちが首のしわ伸ばしも兼ね、ひたすら上を見上げている。

 それを不思議そうに見ている、白田屋の小僧と町行く人たち。

 そうなのだ。本当はこの着物全部でも欲しいけど、ここは欲を出してはいけない。欲を出しては先輩女中たちに睨まれてしまう。睨まれると言うことは、将来いいとこから嫁の話が来たり、問い合わせがあったりすれば、それこそどんな事を言われるかわかったものじゃない、同性の恨みは恐いのだ。着物数枚で玉の輿ふいにすることはない。

 これで三方得する条件は整った。お里は一瞬躊躇したものの、思い切って一枚目の着物を投げる。一枚投げれば、後は何ともない。次々と投げ続けるも幸か不幸か、その時、風が吹き始め女中たちは着物を追いかけなければならない有様だった。


お芳 「ぎゃー!何やってんの!お前たち!!」

 

 その声は外出から帰って来たお芳とお菊だった。


お熊 「ご新造様…」

お芳 「なにい!これ私の着物じゃない!どうなってえ!あ゛あああ!私の腰巻があああ!

   早く拾ええ!拾ええええ!なにやってんだよお!」


 着物より軽い腰巻は風にのり、ふわふわと空を飛んで行く。その様子を唖然と見ている通行人の中に、ふみと久がいた。二人ともあまりのことに声も出ない…。

 お芳の絶叫に、手代や番頭まで飛び出して来て、風にのった腰巻を追い掛ける。


お芳 「お里ぉ!何やってんの!止めなさい!こんなことして、ただじゃ済まないから

   な!待ってろよお!!」

 

 お芳とお菊は急ぎ階段を駆け上がる。


お芳 「なにやってんだい!お前、気でも狂ったのかい」


 気が狂ったのはお芳の方ではないかと思うくらいの形相だが、自分の顔は自分では見られないのが残念だとこの時お里は思った。


お里 「まあ、ご新造様、お帰りなさいませ」

お芳 「何がお帰りだい!これは、一体どういうことなのさ!」

お里 「それは、若旦那がこの様にしろとおっしゃられましたので」

お芳 「拮平があ、拮平どこなんだい!どこ行ったんだい!拮平!拮平!隠れてない

   で、出てきやがれ!拮平ぃ!」

お里 「若旦那はお出かけです」

お芳 「どこへ!」

お里 「存じません」

お芳 「なら、お里、どうしてこんなことになってなったのか、言ってみな!」

お里 「実は…」

 

 と、お里はその場に座り込む。


お里 「実は若旦那が…」

お芳 「そんなこた、わかってんだから、さっさとその先を言いな!」

お里 「何やら、思い詰められたご様子で。あたしゃ辛いよお里っておっしゃいま

   して」

お芳 「それから」

お里 「それから、おもむろに。いいかいお里、あたしの願いを聞いとくれ。一生

   のお願いだ、後生だから、頼むからさと」

お芳 「何だいそりゃ!そんなことはどうでもいいんだよ!さっさと肝心な事を言いな!

   これ以上もたもたしてると、只じゃ置かないよ!」

 

 と、ころがっていた腰ひもを拾い、鞭のように振りながら、凄みを利かせる。


お里 「おっ、ごっ、お、ご、ごご、ご新造様!」

----危ない危ない。うっかり、おっかさんて言うとこだった。

お里 「実は若旦那が、おいお里、あたしは悔しいんだよ。この部屋、元はあたし

   の部屋なんだよ、それをあの後妻が横取りしやがって。いやいいやいや、こ

   れも前世からの因縁であたしがやって来た前世の報いなんだよね。だから、

   いいんだよ。それはいいんだけどさ。前世はともかく、今のあたしは今生に

   生きている身なんだ。その今生のあたしがさ、頭ではわかっていても、どう

   しても許せないんだよ。だけどさ、これではいけない、いけないのいけいけ

   で、お願いだからこれで最後にするからさ、うっぷん晴らしを手伝ってくれ

   ないか。あの後妻の物を今一度この部屋から、捨て去ってしまいたいんだっ!

   それもこれもこの二階から全部投げ捨てておしまいっ!これであたしは何もか

   もお仕舞いにしたいんだよ!…。そこで!私は言いました。若旦那、お気持ちは

   わかりますけど、二階から物を投げては道行く人に当たり怪我をするじゃご

   ざいませんか。。それだけはお止めになって下さいましなぁ。でも、このま

   まじゃ、いえ、それだけは、やっぱりこのままじゃ、いえ、それだけは、よ

   よよよよ」

お芳 「いつまでも、何やってんだい!ここは芝居小屋じゃないんだよ!安い芝居は

   どっか行ってやんな!」

お里 「申し訳ございません。まあ、そんなこんなで、二階から投げるのは着物に

   しようじゃないかと言うことで話が落ち着いたんですよ。でも、でもでござ

   います。それではあまりにもご新造様がお気の毒というもの。そこで、いつ

   も優しいお姉さん方と相談致しまして、下で受け取ってもらうことにしたの

   でございますよ、ねえ」

女中達「その通りでございます!」

 

 その頃には着物や腰巻を回収した女中が揃っていた。


お芳 「そうかい。だけどさ、なら腰巻まで投げることはないじゃないか!お陰でこ

   の私がどれだけ恥かいたと思ってるんだい!」

お里 「それもこれも、若旦那の、息子の悪因縁を取り除くためと思って、どう

   ぞ、ご勘弁を…。まあ、さすがはご新造様。お美しいだけでなく、人間も出

   来てらっしゃる。常日頃からそん所そこいらの女とは違うと、お姉さん方と

   噂し合っておりましたんです、ねぇぇ」

女中達「その通りでございます!」

お芳 「とにかく、拮平はどこ行ったんだよう!帰ってきたら只じゃ置かないからさ!

   これであいつの気は治まったかしれないけど、こっちの気が治まってたまる

   かい!ようし、こうなったら、あいつの着物切り刻んでやる!お菊!鋏持って来い

   や!」

お里 「あの、ご新造様。しばし、落ち着かれて下さいまし」

お芳 「うるさい!これが落ち着いてなんかいられるかい!お里!お前もお前だよ!幾ら

   拮平に言われたとしてもだよ。それじゃ何かい、お前は拮平が死ねと言われ

   たら死ぬのかい!」

お里 「ご新造様、そう言う問題ではございません!これはゆゆしき事態です!」

お芳 「だから、この私がそれを正してやろうとしてるんじゃないか!」

お里 「でも、それはご新造様には無理でございます」

お芳 「何を偉そうに」

お里 「若旦那には、悪い狐が付いております」

お芳 「どうして、そんな事がお前にわかるんだい。それじゃ何かい、お前には霊

   能力でもあると言うのかい!」

 

 と、お芳が凄みを利かせる。


お里 「いいえ、そんなものはございません。でも、私の従兄の兄さんがそうでし

   た。好きな女に振られて落ち込むのはわかりますが、そんな時に狐に取り付

   かれ、おかしなことを言いだしました。また、狐と言うものはそういう人間

   に取り付きやすいのだと近所の年寄りが申しておりました。そこで、お祓い

   を兼ねてしばし寺に預けましたところ、今は普通に過ごしております。です

   から、ご新造様、若旦那もしばらく寺へ預けてはいかがでしょうか。さすれ

   ば」

お芳 「うるさいっ!そんなことで、私の気持ちが治まるもんかい!」


 その時、足音がして嘉平が入って来た。


嘉平 「お芳…。これは一体どういうことなんだい」

お芳 「お前さん…」


 お芳はこの時とばかりに、よよと泣き崩れる。


嘉平 「あ、あのさ、いや、じゃ、あっちの部屋に行こうよ。お前たち、ちゃんと

   片付けて置くんだよ」

女中達「はい」

 

 お芳は嘉平に抱えられるように部屋を出て行く。


お菊 「お里!本当の事をお言い!ご新造様は今は気が動転されてらっしゃるから、あ

   れでうまくごまかせたとでも思ってんだろうけど、この私はそうはいかない

   よ!どうせ、口から出任せなんだろ」

お里 「きりきり、吐きやがれですか」

お菊 「そうだよ。わかってんなら、さっさと本当の事を言うんだよ!」

お里 「では、お聞きしますけど、この箪笥鍵掛かってませんでしたけど」

お菊 「えっ」

お里 「鍵かけ忘れたのはどなたですかね。ご新造様の身の回りのお世話なさって

   いるのはどなたでしたかしら」

お菊 「そんな…」

お里 「だから、簡単にいい着物が取り出せたんですよ」

お菊 「……」

お熊 「あっ、着物が一枚足りない」

 

 畳紙が一枚残っている。


お菊 「さては、誰かが…」

 

 鍵かけ忘れの挽回とばかりに勢いづく。


お熊 「お菊、それじゃ何かい。私達の誰かがどさくさにまぎれてくすねたとで

   も」

お菊 「それ以外に何が」

お熊 「冗談じゃないよ!」

女中1「そうよ!風に飛ばされちまったってこともあるし」

女中2「私達を疑うなんてひどい!」

女中3「鍵をかけ忘れた責任はどうするんのさ!」

 

 その時だった。


鶴七 「まあまあまあ、お取り込みのところお邪魔いたします」

亀七 「幸せを運ぶ、鶴と亀でございます」

鶴七 「これはまた今日もお美しいお姉さま方」

亀七 「怒りは折角のお顔を台無しに致しますよ」 

 

 入って来たのは、隣の本田屋の鶴七と亀七だった。見れば畳紙と風呂敷包みを持っている。


鶴七 「先程、風に舞っておりました、天女の羽衣を持って参りました」

亀七 「こちらは羽衣の中の…」

お熊 「まあ、わざわざすみません」

 

 表の騒ぎに気が付いた鶴七と亀七はいち早く飛び出し、舞って来た着物と腰巻を回収したが、その事に気が付かなかった女中たちは急いで中に入ってしまう。二人は自分の店で一応着物に傷がないか点検し、持って来たという訳だが、白田屋の手代が礼を言って受け取ろうとするも、自分たちが持って行くと二階まで上がって来た。


鶴七 「いいえ、色々と大変でございましたね」

亀七 「そちらのお着物は大丈夫でございますか。何かの折には何でもお申し付け

   下さいまし」

お熊 「まあ、わざわざご丁寧にありがとうございます」

鶴七 「では、これにて失礼いたします」

亀七 「ご新造様によろしくお伝え下さいまし」

鶴七 「以上、幸せを運ぶ、鶴と亀でございました」

 

 と、鶴亀コンビは帰って行く。

 そして、お菊を睨みつける女中たち。女中頭は立ち上がる。


お熊 「鍵は、しっかりと掛けておくんだよ!」

 

 お菊を残して、全員部屋を出て行く。

 その頃、拮平は何でも屋の万吉と仙吉を連れて帰るところだった。


拮平 「風も止んだようだね」

万吉 「そうですね、さっきはひどかったから。で、今日は何を?」

拮平 「うん、まあ、いろいろと。部屋の片づけなんかをさ」

万吉 「こないだから、上を下への大移動やってますけど、まだ、何か」

拮平 「それは行ってからのお楽しみぃっと」

万吉 「おい、仙吉、さっきからずっと何見てんだ」

仙吉 「兄貴、あの木の枝に引っかかってんの。あれ、どう見ても、女の腰巻じゃ

   ないすか」

 

 拮平と万吉も上を見る。


拮平 「あら、そうじゃないか。そうだよ、腰巻だよ、うひひひひぃ」

万吉 「さっきの風で飛ばされて来たんでしょう」

拮平 「それにしても、うひひっ」

万吉 「若旦那、何、よその女の腰巻にそんなに興奮してんですか」

仙吉 「そうすよ、腰巻ったって、若い女の物かどうかわかりゃしやせんよ」

 

 拮平はお芳の腰巻も飛ばされたであろうことを思うと、笑いが込み上げて来るのだった。


万吉 「だけど、あれなら、多分…」

 

 その時だった。枝から下がっていた腰巻がするりとすべり落ち、三人の男の頭上に。一瞬、固まる三人。


拮平 「これまた、びっくりしゃっくり」

万吉 「喜んでいいやら、悲しんでいいやら…」

仙吉 「あれ、ここに名前書いてありやすよ」

 

 早速に腰巻を回収した仙吉が気付く。見れば、紐に名が書かれている。


仙吉 「およし」

拮平 「ええっ!!お芳ぃ…。げぇっ、げっげっげげえのぺっぺっへえぇ。悲しんじゃ

   なくて、気持ち悪りぃぃ」

万吉 「若旦那、どうなさったんです」

拮平 「お芳のだなんて…」

万吉 「およしたって、ご新造様の物と決まった訳じゃなし、第一ご新造様のが、

   飛ばされてくるなんてことないでしょ」

仙吉 「そうすよ、それにお芳なんて名前、世の中にゃそれこそ掃いて捨てるほど

   ありまさ。隣のお芳さんがなんて、よくある女の例えに使われたりしてん

   じゃないすか」


 いや、やっぱりこの腰巻はあの後妻のお芳のだ。それを頭からかぶってしまうとは、何たる屈辱、恥辱…。


仙吉 「でも、この腰巻、どうしやしょう。何なら、姉さんに持って帰りやすか」

万吉 「どうかな、それは。人の腰巻だろ」

万吉 「男には貸し褌もありやす」

拮平 「雑巾にでもしろ」

 

 拮平は本当は泣きたかった。依りによって、あの憎たらしいお芳の腰巻を被ってしまうなんて…。


万吉 「とにかく、早くそれを仕舞いな、人に見られたら変に思われるじゃねぇ

   か」

 

 仙吉は急いで腰巻を丸め袂に入れる。

 そして、三人は白田屋の店の方から入るも、どうも店の雰囲気がおかしい。

 やっぱり、何でも屋の自分たちが店先から入ったのが悪かったのかと思ってしまう万吉と仙吉。いつもは裏口から入るのだが、今日は拮平が付いてこいと言うから後に続いたのだ。だが、それにしてはちょっと様子がおかしい。

 店の者たちが何か拮平によそよそしい。目を合わせないようにしてるようにも…。

 拮平はそんな事には頓着せず、二階へと上がる。

 だが、二階は静かで元々は拮平の部屋だったのが、今はお芳の部屋に逆戻りしてる事以外は何ら変わりはなかった。


万吉 「若旦那、どこ片付けるんです。まさか、また下へ?」

拮平 「おかしいな…」

嘉平 「拮平!」

拮平 「何ですか、おとっつぁん」

嘉平 「何ですかじゃないよ。全く、お前って奴は」


 そして、何でも屋の二人に気付く。


嘉平 「また、お前、こいつら引き連れてさ。今度は何をやらかそうとしてんだ

   い」

拮平 「いいえ、お芳さんが入り用じゃないかと思いまして。最近この二人、ご贔

   屓なさってるそうじゃないですか」

万吉 「それはもう、ご新造様には大変…」

拮平 「あっ、今日は何かもういいそうなんで、また、頼むわ」

万吉 「そうですか。では、失礼します」

仙吉 「どうも…」

 

 万吉と仙吉は部屋を出ていく。階下に行けば女中たちが二人を待ちかまえていた。


女中1「ねえ、お二階の様子どうだった」

万吉 「どうもこうも。大旦那が若旦那に話があるらしく、俺たちは今日はこのま

   まお払い箱ですよ」

仙吉 「ねえ、それより、何があったんす。教えて下さいよ」

女中2「それがさぁ」

 

 と、隅の方に連れて行かれて、事の顛末を聞く二人。


万吉 「ええっ、そんな事が」

仙吉 「それで、大旦那がお怒りなんだ」

女中3「大旦那、何て言ってた?」

万吉 「その前に下ろされちゃったんで」

仙吉 「あっ、ひょっとして!」

万吉 「そうだ!仙吉、きっとそうだよ」

女中1「なになに?」

仙吉 「実は、来る道で木から滑り落ちて来たんすよ、これ」

 

 仙吉が袂から腰巻を取り出す。


女中2「ひょっとして、ご新造様のだったりして…」

女中3「そうだよ、これ、ご新造様のだよ」

 

 それで、拮平が落ち込んでいたのか…。


仙吉 「それなら、こっそり返しといてもらえませんか」

女中1「そりゃ、いいけどさ。上の様子が気になるねぇ」

女中2「やっぱり、どっかの寺へ」

万吉 「えっ!寺って?」


 万吉と仙吉は驚いてしまう。。


女中3「あのさぁ、例のお里がさ、若旦那には悪い狐が付いてます。こんな時は寺

   に預けるのがいいです!なんて、大口叩いちゃってさ」

女中1「全く、末恐ろしいガキだよ、あの子は」

仙吉 「あの、寺ならいいところありやすよ」

万吉 「おい、仙吉。滅多なこと言うもんじゃないよ」

女中2「どこどこ」

仙吉 「かっぱ寺ですよ、正式には何と言うのかぁ…」

 

 と、散々考えるふりをして。


仙吉 「知りやせんけど」

万吉 「知らんのかい!」

仙吉 「そう言う兄貴も知らないしょ」

万吉 「そりゃ、まあ」

女中1「あんたたち、面白いね」

仙吉 「そりゃ、どうも」

万吉 「何、喜んでんだい、仙吉よ。俺たちゃな」

お熊 「ちょいと、あんた達!そこで何やってんの。仕事だよ」

女中達「はあい」

お熊 「ところで、お菊どこへ行ったのかね」

女中1「さあ、あの人、ご新造様のことしかしませんから」

お熊 「全く…。あら、それは」

 

 女中頭は腰巻に気が付く。


仙吉 「これは俺たちが来る途中で見つけたんですよ」

 

 お芳の腰巻を男三人で被ってしまってしまったとは口が裂けても言えない。


お熊 「そう、でも、どうして何でも屋の二人がいるの」

万吉 「若旦那に呼ばれたんですけど、お取り込みの様で」

お熊 「と言うと、若旦那、二階?」

仙吉 「ええ、大旦那と」

 

 女中頭は二階に目をやる。やはり、気になるようだ。

 その頃二階では、嘉平、お芳、拮平は三角に向かい合い、四角い話を繰り広げていた。


嘉平 「だからって、そんなこと、お里にやらすことないじゃないか!」

拮平 「これもさ、元はと言えばこの女が好き勝手やったからじゃないか!あたしの

   部屋勝手に取り上げてといて、今度はまた上だ下だって、後から入って来た

   くせに、あんまし調子のるんじゃないよ!」

----真ちゃん、俺も言ってやったよ!


 だが、お芳も負けてはいない。














































 








  







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