第46話 幽霊と私

 そこには息を切らした、太り気味の駄馬がいた。


拮平 「みす、みず…」

 

 それは拮平だった。台所へ連れて行き、お房から水をもらって飲みながらも言う。


拮平 「おや、お房ちゃん、ひっ、ちょっと見ない間に、また可愛くなったね、

   ひぃ」

真之介「そんなことは、飲み終わってから言え」

拮平 「いや、今言っとかないと、言葉が古くなっちまいそうで」

真之介「それより、何をそんなに急いでやって来たのだ」

拮平 「あの、奥方は」

真之介「ちょっと出かけておる」

拮平 「あら、また何かやらかしちゃって、それで実家へ」

真之介「実家ではない。友達のところだ」

拮平 「するってぇと、友達に亭主の愚痴を聞いてもらいに」

真之介「拮平、お前はそんな事を言うためにわざわざやって来たのか」

拮平 「あっ、そう言やさ。ちょいと真ちゃん、水飲みすぎて体冷えちゃったよ」

真之介「そうか」

 

 二人は座敷へ移る。


拮平 「それにしても何だね。最近運動不足を自覚してさ。久しぶりにかけ足

   やってみたんだよ。そしたらもう、ちょっと走っただけで息上がる様になっ

   てさ、ああ、年はとりたくないね」

真之介「今からそんなことでどうする。お前のは食いすぎの寝すぎだ。それじゃ体

   も鈍るわ」

拮平 「そう言う真ちゃん、何かやってる」 

真之介「これでも私は道場に通っておる」

拮平 「では、そろそろ免許皆伝でございますかな」

真之介「そうは問屋が卸ろさねぇ」

拮平 「あらまあ」

 

 そこへ、お房が茶を持ってくる。


拮平 「まあまあ、お房ちゃん、さっきもかわいかったけど、今もかわいいじゃな

   いの」

 

 お房は困ったような顔をして、茶菓子を置くとすぐに立ち去る。


拮平 「本当にかわいいって年頃だね」

 

 真之介はやれやれと思う。これでは話が前に進まないと思った時。


拮平 「そうそう、真ちゃん、大変なんだよ」

真之介「何が」

拮平 「あの、真ちゃんちの番頭の紀三郎さ。どうやら、お敏に気がある様なんだ

   よ」

真之介「そうか」

拮平 「それがさ、うちの後妻を出汁にお敏に言い寄ってんだからさ。どうかと思

   わないかい」

真之介「後妻が何と言ってるんだ」

拮平 「ご新造様に似合いそうな柄が入りましたって」

真之介「それは、本当に入ったのかも知れん」

拮平 「いやいや、そのお芳にも近く新柄が入りますとか言ってやんの。それも

   さ、お芳に言った後でさ、お敏にご新造様によろしくとか、見え透いた手

   使ってさ、あいつも。どうする?競争相手増えちゃったよ」

真之介「お前はどうなんだ」

拮平 「そこなんだよね。もう、いっそ、真ちゃんに譲ってもいいかなとか、い

   や、やっぱり、お敏にはあたしが付いててやらないと、なんて思ったり。い

   やいや、それこそ、なーんもなしにすっぱり紀三郎にくれてやろうじゃない

   か。その方がさ、真ちゃんとあたしの友情にひびが入らなくていいかなぁと

   か。いや、それじゃ、あまりにみっともじゃなくて、もったいないない。

   やっぱり、そこは、このあたしが…」

真之介「一体どっちなんだ。私にも都合ある故、早く決めろ」

拮平 「ここからしばらくは、抜きつ抜かれつの三つ巴の熱戦が展開されるのであ

   ります。以上、白田屋の提供でお送りいたしました。ここからは本家本元の

   本田屋の提供でお送りします。なお、この結果をご存じの方には本田屋の商

   品を一割引きにてご奉仕させて頂きます。それ行け!本田屋へ」

真之介「何を下らんことを。お前はそんな事を言うためにやって来たのか」

拮平 「そうだ。あのさ、真ちゃん知ってる?うちのお芳のこと」

真之介「知らん」

拮平 「これまた、あっさり、さっぱり、すっきりだけどさ。こりゃ聞いてびっく

   り、見て、あひぃ、よ」

真之介「いいから、早く話せ」

拮平 「実はね、実は実はの実の話。あのお芳の野郎じゃなくて、女郎めろうこのアマって

   とこか。何と何と、子供が出来たって大騒ぎして、この拮平ちゃんを殺そう

   とかしてたけどさ。はっ、悪い事ぁ出来ないもんだね。想像妊娠とかいうや

   つでさ、本当は子供出来てなかったのよ」

真之介「その話はもう聞いた」

拮平 「そうだっけ。ふん、医者の娘のくせして、そんな事もわかんないとは」

真之介「それも聞いた」

拮平 「はっ、ざまぁ見ろってやつだよーん」

真之介「拮平、それは言いすぎだ。子供が欲しい欲しいと思っているから、そうな

   るんだ」

拮平 「おや、随分とお庇いになるんですね」

真之介「庇うとかではなく、女なら嫁に行けば子が欲しいと思うのは当然の事だ。

   男でも自分の子が欲しいと思うだろ。その思いが高じてそうなったのだ。

   それを悪い事とは。いくらお前でも許し難い。お敏が言っていた、お芳が

   お前を殺そうなどしておらぬとな。すべてお前の被害妄想だ」

拮平 「そうかな。うーん、真ちゃんに言われるとさ、そう思えてくるから不思議

   だよね」

真之介「何も不思議ではないわ。だから、何度同じことを言わせるのだ。お芳と無

   益な争いは止めて家を出ろ。このままあの家にいてはお前もおかしくなるし

   嫁も来んわ。年の変わらない気の強い姑がいる様なところへ誰が好き好んで

   行くか」

拮平 「そうだねぇ…。ところで真ちゃんとこ、子供まだ?」

真之介「その話はするな」

拮平 「あっ、それでけんかしたんだ。旦那が毎晩遊び歩いてるんで、ついに奥方

   は怒っちゃって」

真之介「けんかなどしておらぬ。けんかはけんかでも仲人の夫婦げんかの仲裁した

   らいだ。それに、私は毎夜遊び歩いてなどおらぬ。お前と一緒にするでな

   い!」

拮平 「でも、子供、まだ…」

真之介「拮平よ。その話、金輪際するでない。特にふみの前では止めろ。さもなく

   ば、この刀の錆となる」

拮平 「また、刃物を振り回す事ばっかり」

真之介「ああ、お前を見ていたら、なぜか無性に切りたくなる。言っておくがこの

   刀はお前用だ。お前切ったら、これ捨てて新しいのを買うことにしておる。

   早く新しい刀が買いたいものよ」

拮平 「あ、はい…。わかりました」

----返事は一回で、それ以上追求しないこと。これが俺の、真ちゃん取扱説明書。

真之介「とにかく、その話はするな。特に弟の兵馬に子が出来てからは、余計に辛

   い思いをしておる」

----とか、言いながら、お敏を…かい?

拮平 「では、これからが本題」

真之介「はっ!随分と長ぇくせに、くっだらねぇ前振りしやがって」

拮平 「実は」

真之介「もう、前置きはいらぬ」

拮平 「実は、あるところに幽霊が出まして」

真之介「幽霊話など、どうでもよいわ」

拮平 「それが、只の幽霊話ではなくて、ものすごく信憑性がある幽霊話なんで」

真之介「どんな信憑性だ」

拮平 「それが、ちょいと町外れなんだけど、そんなに辺鄙でもなく、これと言っ

   たいざこざもないような平和な村があったと思いねぇ…。それなのに、あ

   あ、それなのに、近頃、突如として現れ出でた、若い女の幽霊…。何だい、

   黙ってるとこみると、真ちゃん、恐いのかい」

真之介「何が恐いものか、よくある幽霊話じゃないか」

拮平 「まあね、でもさ、取り立てて幽霊の存在を信じてないような人たちまで見

   たって言うんだからさ」

真之介「だから、何だって言うんだ。どこかに幽霊が出たからって、どう仕様も

   ねぇわ。この近くで出たとか言うのならともかく」

拮平 「いや、そんでさ。あのさ、焼いてさ、食ってさ。それを見に行こさ」

真之介「いやだ。何でよりによって、臆病者のお前と見に行かなきゃならないん

   だ。ああ、そうか、一人じゃ恐いから付いて来てくれか」

拮平 「そりゃ確かに、子供の頃の俺は憶病だったけどさ、今はちょいと違うよ。

   その違うってとこを真ちゃんに証明したい訳よ。そんでもって、お敏なんか

   連れてっちゃったりしたらさ、喜ぶんじゃないかなと思ったりしてぇ」

真之介「お前が喜ぶだけだろ。だけどよ、お敏が行くとは限らないぜ。そう言うの

   苦手な女は多いからな」

拮平 「そこを何とか…。でもさ、真ちゃんが行くとなれば、お敏も安心して付い

   て来ると思わない?ちょいと」

真之介「どうして、俺がいると安心なんだ」

拮平 「そりゃ、真ちゃん強いし、刀持ってるし」

真之介「刀で幽霊が切れるか。切ったとしても、相手は端から死人だ」

拮平 「いや、やっぱり真ちゃんがいると、何か、みんな安心できるんだよね。そ

   れが俺にはない、真ちゃんのすごさ」

真之介「お前とお敏と三人か」

拮平 「それがさ、かわら版屋も真相究明にのり出すとか言って」

真之介「じゃあ、かわら版屋にまかせとけ」

拮平 「実はかわら版屋がさ、真ちゃんに一緒に行ってほしいってさ」

真之介「情けねぇかわら版屋だな。お前たちだけで行けって言っとけ。その頃、俺

   は酒でも飲んで寝てるわ」

拮平 「まあ、そんなぁ。一緒に行こうよぅ」

真之介「いやだ」

拮平 「ああっ、やっぱり、恐いんだぁ」

真之介「恐いとかじゃねぇ。かわら版屋がのり出すんならそれでいいじゃないか。

   その真相が載ったかわら版まとめて買って隣近所に配ってやるわ」

拮平 「恐さも金で買う金持ちめ。ちぇっ、やっぱり、恐いんだ。ああ、ついに真

   ちゃんは憶病風の真っただ中に巻き込まれたのでありました~」

真之介「るせぇなぁ。ああ、わかった。じゃ、今から行くか」

拮平 「何をおっしゃる、真様よ。まだまだ、夜中にゃ間がありすぎるでやんす

   よ」

真之介「江戸っ子は気が短けぇんでな。それにちょいと下見もしてぇし」

拮平 「いえいえ、あの、その、つまり。それは今日の事じゃないんで」

真之介「何だと、早く行かなきゃ、幽霊さんがお出ましをお止めになるかもしれま

   せぬわいな。これ、拮平、即刻案内いたせ!」

拮平 「あの、ですからですので、今日のところは行くと言う確認だけで結構でご

   ざいますんでして」

真之介「何だ、つまらん」

拮平 「後日、いえ遅くとも明後日までにはお知らせ致しますので、くれぐれもよ

   ろしくお願い致します。ねえ、真様ぁ」

 

 と、拮平は急ぎ帰れば、入れ違いに、ふみが戻って来た。


ふみ 「旦那様、お房から聞いたのですが」  

----お房の奴…。

ふみ 「あのぅ、本当に幽霊を見に行かれるのですか」

真之介「見るも見ないも、幽霊と言う存在そのものが怪しいのであって、いると思

   えばいるし、いないと思えばいない。また、見に行ったとしても、その時、

   現れるかどうかもわからぬし、霊感が強い者には見えるとか。私には霊感な

   どないから、幽霊が寄ってくるかどうかもわからん」

ふみ 「私も霊感はございませんし、幽霊を見た事もありません」

真之介「そのようなものは見ないと言うか、見えない方がよい」

ふみ 「でも…」

真之介「でも?また、何でありますかな」

ふみ 「そのぅ、私も、連れてって下さいませ」

真之介「何を戯けたことを。幽霊とは夜中に出る物。辺りは真っ暗で、そのような

   ところへ行き、ケガでもされては、私が父上に申し開きが出来ぬで。私とて

   好き好んで行く訳ではない。ただ、行かねば、あの拮平がな、侍のくせに腰

   ぬけの腑抜けのと、それこそ鬼の首でも取った様に触れまわるに決まってお

   る。故に致し方なく行くのであって、よその幽霊話などどうでもよいわ」

ふみ 「でも、何か面白そうではありませんか」

真之介「面白いなどと、恐くはないのですか」

ふみ 「急に出くわせば恐いと思いますけど、旦那様がご一緒なら…」

真之介「ならば、私に幽霊退治でもせよと申されるのか」

ふみ 「いえ、そのようなことは、決して…。ちょっと、見れば、それでいいだけ

   です…。何と、申しますか、恐いもの見たさ…」

真之介「いや、やはり、駄目でござる。昼間ならまだしも、夜の夜中では、それこ

   そ拮平ではないが、まさに危険が危ない。ひょっとすれば、走らねばならぬ

   かもしれぬで、これはもう無謀と言うより他はない」

ふみ 「今の私はよく出歩いておりますので、足腰もしっかりしております」

真之介「わかった、わかり申した。もう、幽霊など見に行きは致しませぬ。その様

   なことは止めにしますので、姫もお考え直しを」

ふみ 「でも、それでは拮平が腰ぬけとか言うのでは。そんなの、私は嫌でござい

   ます」

真之介「いや、何と言われても構いませぬ。姫の御身に何事かあらば、腹を切らね

   ばなるやも。私は所詮はにわか武士にて候。さすがにそのような度胸も作法

   も存じなく候に、どうぞ、お考え直しを。これ、久!黙ってないで、お止せぬ

   か!」

久  「それが…。私もちょっと拝見できたらと…」

真之介「何が拝見だ。恐くはないのか!」

久  「ですから、ちょっと、見るだけ…」

 

 もはや、刀折れ、矢尽き…。

 次の瞬間、立ち上がる真之介。


ふみ 「旦那様、どちらへ」

真之介「ちょっと出かけて来る」

ふみ 「でも、後、一時いっとき(二時間)もすれば夕食ではございませんか」

真之介「とにかく行って来る!夕飯はいらぬ」

ふみ 「では、今から、幽霊を!」

真之介「違う!」

 

 と、駆けだして行く真之介と忠助。

 何でも屋には仙吉がいた。


仙吉 「おや、旦那、いらっしゃい」

真之介「お前一人か、珍しいな」

仙吉 「ええ、兄貴はいつもの猫探しで。姉さんはこの先の年寄りの針仕事の手伝

   いに行ってやすよ」

真之介「そうか。なぁ、お前知ってるよな。幽霊が出るって話」

仙吉 「ああ、知ってやすよ。俺たちゃ、あちこち行きやすから下手なかわら版屋

   より、噂話は耳に入りやす」

真之介「それはどの辺りだ」

仙吉 「そうすね、口で言うより、地図見た方が早いっと」

 

 と、地図を広げる仙吉。


仙吉 「この辺りですよ」

 

 仙吉が指差したその場所は、意外にもあのかっぱ寺に近いところだった。


仙吉 「まあ、河童が出たり、幽霊が出たり忙しいところすよ。で、その幽霊がど

   うかしたんですかい」

真之介「ああ…」

 

 その時、万吉が帰って来た。


万吉 「やーれやれ。いつにも増して手こずらせやがって…。おや、旦那じゃない

   ですか」

真之介「おお、邪魔してるぜ」

万吉 「仙公、何やってんだ。早くお茶ださねぇか」

仙吉 「ああ、そうでした。いえね、旦那が急いでらっしゃったようなんで、つ

   い」

万吉 「地図なんか広げて、何ですか」

真之介「幽霊の出るらしいところを聞いてたんだ」

万吉 「ああ、村野村って、早口言葉みたいな村ですが、それが」

真之介「それがな」

 

 と、ふみとの幽霊話を手短に話す真之介。


万吉 「えっ、あの奥方様が?はぁ、人は見かけに寄らないってこう言うことです

   か」

仙吉 「本当すね。はい、お茶です」

万吉 「出がらしじゃあねぇだろうな」

仙吉 「大丈夫すよ。て、何でこの俺が旦那や忠助さんに出がらし出すんです、兄

   貴じゃあるまいし。いえね、白田屋の若旦那に出がらし出しちゃったんです

   よ、この兄貴」

万吉 「あれはちゃんと出がらしって言ってから出したんじゃないか」

真之介「おい、そんなことはどうでいい。それより、ちょいとそこまで案内してく

   れぬか」

仙吉 「はい。では、この仙吉がご案内いたします。兄貴はお疲れでしょうから留

   守番お願い」

万吉 「いや、それはちょっと」

 

 その時、お澄が帰って来た。


万吉 「おう、お澄、いいとこに帰って来たじゃねぇか」

お澄 「あら、まあ、旦那じゃありませんか。もう、近頃すっかりお見限りで。今

   日は何です。もう、積もる話がありましてよ」

真之介「いや、相変わらず、元気そうで何よりだ」

お澄 「それが、そうでもなくて…」

真之介「ちょいと、急ぐんでまた帰りに寄るわ」

万吉 「そうそう、ちょいとこれから、仕事。さあ、旦那。早く行きましょ」

仙吉 「では、姉さん、行ってめぇりやす」

お澄 「えっ、ちょ、ちょっと、どこ行くのさ。ねぇったら、ねえ!何だ、もう

   行っちゃったよ。どんな仕事か、それくらい言ってからお行きよ。まあ、帰

   りに寄るって言ってたんで、ちょいと何か用意しとこうかねっと。それにし

   ても何だい。ちっとも片付いてないじゃないか。どうしてうちの男どもは自

   分の住処のこととなるとこういい加減なんだろうねぇ。あら、地図広げっぱ

   なしじゃないか。さては、どこまで行ったやらぁ」

 

 と、地図や湯飲みを片付け始める。 

 その頃、四人はかっぱ寺の近くに来ていた。


万吉 「ここから左へ。この道の方が近道なんですよ」

 

 さすが、何でも屋は地理にも詳しい。


仙吉 「ねっ、至って普通の村でしょ」

 

 確かに、よくある農村風景であり、家も数軒ずつが点在しているところだった。


万吉 「この辺りで、出るとか、出ないとかぁ」

 

 万吉が小声で言う。 

 真之介と忠助は辺りを見回し、とにかくそこから、かっぱ寺への道を確認する。いざとなればかっぱ寺へ駆け込む。いや、かっぱ寺が近くて助かると言うものだ。

 何でも屋に引き返せば、夕飯の支度をしていたお澄はすぐに手を止め茶を入れてきた。


お澄 「旦那、どちらまで行かれたんですか」

万吉 「幽霊まで」

お澄 「幽霊?」

万吉 「ほら、あの例の幽霊が出るって噂の村野村だよ」

お澄 「また、そんなとこへ、どうして?はい、どうぞ」


 と、茶を出すお澄。


万吉 「はあっ、旦那のこととなるとよく気が効くな」

お澄 「はい、忠助さん」

忠助 「これはどうも」

万吉 「俺たちには」

お澄 「自分でやって。そんなことより、どうしてあんな村に」

仙吉 「人は見かけに寄らないってことですよ、姉さん」

お澄 「それ何の話」

 

 と、ふみの幽霊見物の話を聞く。


お澄 「へーえ、あの楚々とした奥方様がねぇ」

仙吉 「幽霊、みんなで見れば恐くない」

 

 と、仙吉が湯のみをかざしながら言う。


お澄 「では、あたしもご一緒に、ねえ旦那」

万吉 「駄目だよ」

お澄 「何で駄目なのさ」

万吉 「いやさ、あんまり人が多いと幽霊の方がびっくりすらぁ」

仙吉 「人の多いところに幽霊が出たって話は聞やせんからね」

お澄 「多いたって、一人増えただけじゃない。それとも何。幽霊さんは数、数え

   たりするんでかね」

万吉 「案外数えたりして、今日は一人多いからやめてとこうかなって」

お澄 「まさか。それで旦那、どうなさるんですか、まさか、奥方様連れて幽霊見

   物?」

真之介「だから、頭悩ましてんだ。何とか止めさせる方法はないものか」

仙吉 「幽霊が出なくなるように仕向けるってのは」

万吉 「どうやって」

仙吉 「いっそ、幽霊を脅かすとか」

万吉 「どうやって」

仙吉 「さあ…。言ってみただけ」

万吉 「何だよ、わかんねぇことばっか並べやがって。幽霊ってどうやったら驚く

   んでしょうねぇ、旦那」

真之介「さあな。それがわかりゃ金儲けができそうだ」


 そこへ、拮平がやって来る。


拮平 「おい、出がらしじゃない茶飲ませろや」

万吉 「あれ、若旦那」

拮平 「あれっ、真ちゃんじゃない!どうしたのさ、昼間は邪魔したね、あら、奥

   方帰って来ないの。いやさ、帰ってきたけど、すぐに追ん出されたとか」

真之介「うるせっ、こちとらお前のせいでとんでもねぇ事になってんだ」

拮平 「何さ、追ん出された上にまだ何かあんの」

お澄 「仙ちゃん、若旦那にお茶」

仙吉 「へいへい、ほう」

真之介「何で、俺が追い出されなきゃあいけねぇんだ」

仙吉 「若旦那、お茶です」

拮平 「だってさ、昼間は留守だった奥方が帰って来たというのに、こんなとこで

   茶飲み話してんじゃん。うっ、何だい、やっぱり出がらしじゃねぇか!」

仙吉 「そうすか、みんなでほんの二杯ずつ飲んだだけですよ」

拮平 「それなら立派な出がらしだよ!」

仙吉 「ほう、立派な出がらしですかい、さすが若旦那、いいのにお当たりな

   さった」

拮平 「何がいいのさ!」

真之介「おい拮平、幽霊見物の日取りは決まったか」

拮平 「明後日ってことで」

真之介「わかった。じゃ、またな」

 

 真之介に続いて忠助も立ち上がる。


お澄 「あら、旦那、お夕飯の用意できてますけど…」

真之介「そうか、悪いけど、まだ、寄るとこあるんで」

お澄 「そうですか…」

拮平 「あら、ちょいと真ちゃん、もう帰んの」

真之介「ああ、明後日まで、顔見せるな」

 

 真之介と忠助は何でも屋を出る。  


拮平 「何だい、あれは。それにしてもお澄は真ちゃん帰ってがっかりかい。じゃ

   あな、真ちゃんの代わりにこのあたしが飯食ってやろうじゃないか」

お澄 「若旦那はお敏さんが待ってんじゃないですか」

拮平 「それが、お敏はさ、朝から微熱が熱っぽいてんで寝てんのよ。かわいそう

   なお敏」

お澄 「微熱が熱っぽい?でも、そんなにかわいそうなら、側に付いてておあげな

   さいよ」

拮平 「そうなんだけどさ、まあ聞いてよ。こんな姿、若旦那に見られたくないっ

   て。熱があっても気ぃ使ってんのさ、コンチクショウ!ああ、お敏って、何

   て可愛いんだろ」

お澄 「はい、お帰りは、あちら」

 

 翌日、忠助が久を説得している。


忠助 「ですからね、そんな危ないことはお止めになって、夜は夜でも楽しい事が

   あるじゃないですか。ほら、夏になったら、屋形船にのるのでは」

久  「ええ、姫様も私も船と言うものにのった事がないので」

忠助 「もうすぐ夏ですよ。で、ちょっとくらい恐い思いをしたいなら、怪談もの

   のお芝居を見に行けばいいじゃないですか。そうそう、別荘もありますよ」

久  「えっ、別荘!?その様な話は聞いてない…」

忠助 「いえ、ご実家の別荘です。けど、いつでもお使いになれますよ。山合いの

   景色のいいところです」

久  「忠助は、行ったことあるのですか」

忠助 「ええ、旦那様のお供で」

久  「では、今までどうして、その事を教えてくれなかったの」

忠助 「その別荘まで、ちょいと距離がありまして。それに今までは、奥方様にこ

   ちらの暮らしに慣れて頂くのが一番でしたから」

久  「そうでした」

忠助 「だから、旦那さまにお願いすれば、楽しい事が色々経験できると言うもの

   です」

久  「それはもう、私まで楽しい思いをさせて頂いて、旦那様には感謝してもし

   きれないくらいです」

忠助 「だったら、危ないことはお止めになって下さいよ」

久  「でも、奥方様が楽しみにされてますので…」

忠助 「その危ない事をお止するのも、久様のお役目では」

久  「そうなんですけど。実は、私もちょっと興味がありまして…」

 

 いくら、説得しようにも、話は堂々巡りでしかなかった。


忠助 「申し訳ございません」

真之介「こうなったら、覚悟決めるしかないか」

 

 真之介も再度、ふみに説得を試みるも成功する筈はなく、明日になるのが恐かったが、何があろうとなかろうと時は過ぎて行く。

 そして、次の日。


真之介「出来るだけ身軽な格好で。鼻緒は大丈夫であるか。手ぬぐいは忘れぬよう

   に」

ふみ 「手ぬぐいはいつも持っております。それは外出時の常識ではございませぬ

   か」

真之介「思わぬ事があるやもしれぬで、余分にと言う事だ」

ふみ 「はい」

 

 ところがいざ出かけようとした時。


お房 「私も連れてって下さいませ」

真之介「お前は留守番してろ」

お房 「でも…。私一人じゃ、一人の方が恐いです」

 

 そう言えば、夜にお房一人と言うことはなかった。


お房 「ここで一人留守番する方が恐いです、同じ恐い思いするなら、旦那様たち

   とご一緒の方が。ですから、私も連れてって下さいませ」

真之介「ならば、私の実家の方に行っておれ」

お房 「それじゃ、私一人ハネになってしまいます。話についていけません」

 

 結局、五人連れとなってしまう。

 さらに、何でも屋には思いがけないメンバーが集まっていた。

 真之介一家五人、拮平にお敏、さらには紀三郎に弦太に壮太までいる。


真之介「これは一体どう言う事だ!」

紀三郎「はい、本田屋を代表して参りました」

真之介「何が本田屋を代表だ。弦太と壮太もいるではないか」

----お敏が気になってやって来たくせに。

紀三郎「あの二人は、ご新造様が奥方様に何かあっては大変と使わしたものです

   が、壮太などは気が進まないようです」

真之介「気が進まないのなら、帰れ」

壮太 「ここまで来てはもう帰れません」

 

 壮太は大きな体を小さくして言う。


お澄 「まあ、お敏さん。熱はもう下がったのですか」 

お敏 「えっ、熱?」

拮平 「いいやいや、もう大丈夫なんだよね、お敏。もういいのいいの、すごくい

   いんだってばさ、ねえお敏」

お敏 「えっ?ええ、まあ…」


 お澄はそれ以上追及しない。してもしなくても、いつもの拮平の他愛ない作り話なのだから。


拮平 「あら、それより、まあ、奥方様じゃございませんか、久様も。よくもま

   あ、こんなせせこましいところへようこそ」

お澄 「若旦那、何ですか、そのせせこましいところとは。ここはあたしの家です

   よ。それを勝手に」

拮平 「まあ、いいじゃないかさ。あの、ひょっとして、お二人とも、お行きにな

   られるとか?はあ、これはまた、真ちゃ、真之介様ご一家勢ぞろいとは…」

----なんだかんだ言っても、結局自分とこが一番多いんじゃないか。


 そこへ、かわら版屋の繁次が相棒を連れてやって来る。繁次は仁神髪切り事件の時、功を焦るあまり一人で動いてしまったのが堪え、それからは相棒と一緒に行動しているが、この人数にはさすがに驚いてしまう。


繁次 「えっ、これ、みんな行くんですかい」

真之介「ああ。聞け!無理に来なくとも良い。気の進まない者はここに残れ」

 

 誰も残る者はいない。

 かっぱ寺でも真之介が同じことを言うも、これまた、誰も残らない。

 かくして、幽霊見物ツアーは総勢十五人となる。


真之介「こんなに大勢押しかけて出ると思うか」

繁次 「どうですかね」

真之介「出なけりゃ、ネタにならないだろ」

繁次 「いいえ、そん時は、幽霊見物御一行様の珍道中物として書きますよ。これ

   だけいれば、誰か何かやってくれるでしょう」

真之介「転んでも只では起きないか。まあ、拮平がいるからな」

繁次 「いえ、それより、奥方様の気丈さの方が期待できます」

真之介「さあな、いざとなったら怪しいものだ」

繁次 「そろそろ出発しませんか」

真之介「そうだな。おい、もう一度言う。行きたくない者は行かなくていい。ここ

   で待ってろ」

 

 またしても、誰も行かないとは言わない。言えない。


真之介「ではな、寺を出たら黙って歩け。既に深夜だ。みんな、手ぬぐい持ってる

   な。ない奴は貸してやる。そして、幽霊の出るらしい場所に着いたら、手ぬ

   ぐいを噛むなり口に当てるなりするように。男もだ」

拮平 「どうして」

真之介「これだけの人数がびっくりして、それも夜中に悲鳴でもあげて見ろ。それ

   こそ、大騒ぎになるわ、わかったな…。じゃ、行くとするか」

 

 そして、真之介はやけ気味に吠える。


真之介「者ども!覚悟して付いて来い!」

一同 「おう!」

 

 その様子をかっぱ寺の和尚は笑いながら見ていた。

 真之介と繁次を先頭に弦太と壮太が最後尾。一同はそれこそ黙って歩いていたものの、拮平が徐々に後ろに下がってくる。ついには最後尾まで来てしまい、両脇から弦太と壮太が拮平の顔を覗く。


弦太 「どうしたんです、恐いんですか」

 

 弦太が小声で言う。


拮平 「だ、大丈夫だよ」

弦太 「後ろからやって来るかも知れませんから、真ん中辺りがいいんじゃないで

   すか」

 

 そうだった。最初は真ん中あたりでお敏と並んで歩いていたのだった。それが見ればお敏はどうやら前の方にいる。やはり、お敏の側がいいと前に行こうとしたが道が狭くなり、大きな壮太に押されるように歩くしかない拮平だった。

 やがて、下見していた「定位置」に到着。皆がしゃがみこむ前に忠助が身振りで手ぬぐいを噛むか口に当てるかをやってみせる。

 だが、待てど暮らせど幽霊は現れない。

----今夜は空振りか…。

 と、真之介が思った時だった。何か、影の様なものが動き、それは近づいてきた。

----これが幽霊か。

 その時、後ろで、うぎゅと言う声がする。

----やばっ、幽霊だ…。

 やはり、女の幽霊だった。 

 幽霊女の足元は見えないが、すり足の様な感じでこちらへと近づいてくる。

 さすがに恐い、恐かった…。

 一同は思わず側の者にしがみ付いたり、掴んだり、顔を伏せたり、口の手ぬぐいを噛みしめ、恐怖に耐えるしかなかった。

 だが、次の瞬間、真之介が立ち上がり幽霊の後を追う。繁次と相棒も後に続く。

 幽霊は角を曲がった。


真之介「消えた」

繁次 「消えましたか」


 幽霊は次の角を曲がって消えた…。

その頃、拮平はもがいていた。万吉と仙吉がどうした事かと覗きこむも尚もじたばたしている。万吉が気付き拮平の口の中の手ぬぐいを抜き取る。


拮平 「はあぁ、死ぬかと思った」

 

 と、一息ついた拮平の目に飛び込んできたのは、土気色した幾つもの顔だった。

----幽霊だ…。


拮平 「ひえっ!」

 

 すると、またも手ぬぐいで口をふさがれる拮平だったが、もう、何が何だかわからなくなってしまう。


真之介「どうした」


 押し殺した真之介の声がした。


万吉 「若旦那が気ぃ失ったみたいで」

----やれやれ…。


 拮平を壮太に担がせ、一行は引き揚げることにした。


万吉 「幽霊はどうなったんですか」 

真之介「消えた」 

 

 かっぱ寺に戻れば、和尚が茶の用意をして待っていてくれた。やはり本物の幽霊を見たショックは大きく、放心状態で湯呑を持つ手が震えている者もいた。


和尚 「幽霊は出ましたか」

仙吉 「ええ、出ましたよ。女の幽霊が、こう、すすっと歩いて来やしてね、今、

   思い出してもぞっとしやすよ」

和尚 「おや、若旦那は気を失われたのですか」

万吉 「ええ、それが、旦那に声をださねぇ様にみんな手ぬぐいを口に当てろって

   言われてたのに、若旦那何もしないんで。そんで幽霊が現れたら妙な声出す

   もんだから、俺が若旦那の口に手ぬぐいを、ちょいと強く押し込んだんで

   す。それで若旦那、苦しくてじたばたしして、手ぬぐい取ったら、この通

   り…。苦しけりゃ、自分で手ぬぐい取りゃいいのにって思いません。あら、

   やだ。若旦那、また寝てますよ」

和尚 「お育ちがよろしいと、こうなるのですかね」

万吉 「お育ちがよろしいのは、旦那も同じじゃありませんか」

和尚 「一人息子で大事にされたのですよ」

仙吉 「されすぎ」

 

 真之介もふみ達に声をかける。


真之介「大丈夫か」

ふみ 「はい、大丈夫です」

真之介「お房はどうだ」

お房 「はい、何とか…」

 

 茶を飲んで落ち着いたようだった。 


真之介「おい、みんな、少しは落ち着いたか。落ち着いたらそろそろ帰るとする

   か。和尚、拮平は気が付くまでその辺に転がしといてくれ」

和尚 「いいえ、寝てますよ」

真之介「そうか」

和尚 「お預かりします」

真之介「とんだ、迷惑かけたな。また、来るわ」

 

 と、拮平を除く一行は帰って行ったが、和尚は真之介が幽霊について何も語らなかったのが気になった。そして、また来ると言って帰った真之介は翌日の午後、繁次と共にやって来た。


 その日の夜、真之介と忠助が帰宅してみれば、ふみ達は夕食も食べずに三人とも身を寄せるようにしていた。


真之介「どうしたのだ。遅くなるやもしれんで、先に食べるよう言ったに」

ふみ 「はい、でも、何だか食欲がなくて…」

 

 夜明け近くに帰って来てから、皆、泥の様に眠り込んだ。昼前に目を覚ますもやはり食欲がないとか言っていた。真之介はその後すぐに出かけた。


ふみ 「やはり、幽霊など面白半分で見に行くものではないのです。昨日はそうで

   もなかったのですけど、今日は辺りが暗くなったら、何かもう恐くて…。旦

   那様がお帰りになられてほっとしております」

 

 かっぱ寺では気丈に見えたふみも今は元気がなく、女三人はうなだれていた。


真之介「さようか。実はな。実は、昨日見たのは幽霊ではない」

一同 「ええっ!」

 

 驚く女三人。


久  「で、でも」

忠助 「その通りでございます。奥方様、久様もお房ちゃんも、あれは幽霊ではあ

   りません」

ふみ 「でも、あれは確かに人、人の姿でした」

真之介「ああ、確かに人、それも若い娘だ」

久  「幽霊でもないのにどうして、あの様に深夜にうろつくとは。それこそ幽霊

   のようだったではありませんか」

ふみ 「では、旦那様が最後におっしゃった、幽霊を見たと言うなと口止めされた

   のも」

 

 真之介は一行が解散する時に言った。


真之介「これだけの人間が幽霊を見たと言えば大騒ぎになる。だから、しばらくは

   幽霊は出なかった、見なかったと言うことにしてくれ」 

 

 そして、真之介は今日の午後、藪医者のところで繁次と落ち合い、その後かっぱ寺へ行く。


和尚 「やっぱりお見えになられましたね」

真之介「まさか、知ってたのか」

和尚 「いいえ、何も存じません。しかし、旦那様の様子で何かあると思っており

   ました。で、いかがな事に」

真之介「あれは幽霊ではなく、夜歩き病、夢遊病だ」

 

 夢遊病とは、夢中遊行症のことで、眠っているうちに起き出し何らかの行為をして再び眠るが、目覚めてもそれらの事を全く記憶していないのだ。


和尚 「どうして、それがおわかりになったのです」

真之介「それは、着ていたものが寝間着だった。それも着古した寝間着だ。絵の幽

   霊は主に白っぽい着物だが、柄物の着物の幽霊目撃例もあるとか。それにし

   ても幾らなんでも寝間着の幽霊はないと後を追った。すると、側の家に入っ

   た、それも自然に。おそらくあの家の娘だろう」

和尚 「さすがは…」

真之介「それで、みんなには一応口止めして置いた」

繁次 「ええ、俺も家に入るところは何とか見たんですけど、その時はそう見えた

   んだと思ってました。まさか寝間着だったとは、さすがにそこまでは」

真之介「藪医者に聞いて見たが、あの様な病にはこれと言った治療法はなく、気持

   ちを落ち着ける薬を飲むくらいしかないそうだ」

和尚 「夢遊病と言うのは子供の頃にはある事です。ここの子供たちの中にも最初

   は気持ちが不安定で、夜中に歩きまわる子もいます。みんな罪人の子として

   辛い目にあってきてますからね。やがて、それも自然に治まって来ます。最

   もここではそんなことは誰も気にしませんから。普通、大人になると治まる

   ものですが、何らかのきっかけで再発したり、ふいに発症することもあるそ

   うです。また、意識のないままにとんでもない事、時には人を殺めたりする

   事もあるとか」

真之介「ああ、歩きまわるだけでもこうして幽霊騒ぎになるのだからな。それで和

   尚、あの家に行って見てくれぬか。私が行ったのでは話が大きくなってしま

   う」

和尚 「わかりました、行ってみます。何でしたら、ここでしばらくお預かりした

   方がいいかもしれませんね」

真之介「しかし、それでは」

和尚 「いいえ、ここの子たちは特別驚きはしませんよ。かつて自分がそうであっ

   た子もいれば、そう言う子を見てますから、病気だと知ってます。それにこ

   こは夜、門を閉めれば塀をのり越えでもしない限り、外に出られませんか

   ら。とにかく、明日にでも様子を見に行ってきます」


 和尚の言葉に安堵して帰宅した真之介が見たものは、女三人の沈んだ顔だった。


真之介「そう言う訳だ」

ふみ 「そうでしたか…」

久  「そういう病気もあるのですね」

 

 そんな中、お房がやおら立ち上がる。


お房 「おつゆ、持ってきます。お腹が空きました!」

 

 その姿に思わず笑いがこぼれる。

























































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