第21話 陽はまた昇る 四
真之介はかっぱ寺にやって来た。
真之介「よっ、坊主。また、修行の邪魔しに来てやったぜ」
和尚 「これは旦那さま。お越しなされませ。いえいえ、私修行など縁のない生臭
坊主ですので、いつでも歓迎致します」
真之介「そう言ってくれると気が楽だ」
お光 「旦那さま、いらっしゃいませ」
お光が茶を運んできた。
真之介「お光か…。はぁ、ちょっと見ない間に大きくなったなあ」
和尚 「はい、大層しっかりした娘に育ちまして、小さい子の面倒から畑仕事まで
よくやってくれております」
その時、赤ん坊の泣き声がした。お光はすぐに立ち上がり声の方へ向かう。
真之介「また、増えたのか」
和尚 「はい」
真之介「親は無くとも子は育つと言うが、やはり大変だな」
この寺にいる子どもたちは罪人の子で、誰も引き取り手のない者ばかりなのだ。この和尚も元は本田屋に出入りする職人の息子だった。
和尚、真之介、拮平、万吉ともに同年と言うこともあり、よく一緒に遊んでいた。だが、和尚の父が酒の上の喧嘩で図らずも相手を死なせてしまう。
いくら酒の上とはいえ、世間は罪人の家族には冷たい。居た堪れなくなった母子は追われるように町を去るしかなかった。
真之介は本当に偶然に和尚ははこの夜逃げの場面に出くわしてしまった。大きな風呂敷包みを背負ったこの母子に出くわした。その時は驚いて声も出なかったが、これが夜逃げだと思った。
真之介は小遣いの入った巾着を渡し、急いで着物と帯と下駄を脱ぎ、黙って押しつけるように手渡し、走ってその場を去った。この時、十歳。
今もって、どうしてあんな夜更けに外にいたのかわからない。家に帰れば当然母のお弓から訳を聞かれるが「転んだ」と言った。母もお初もそれ以上は何も言わなかった。その時、真之介は子供には罪がないと言うのは、大人の都合のいい言い訳でしかないのだと思った。
その後、母子の消息は知れなかったが、今から三年程前、僧の姿で舞い戻って来た時はうれしかった。町はずれの荒れ寺へ住み着き、いつしか罪人の子供を引き取るようになっていた。
真之介は皆から金を集めた。出し渋る拮平からは趣味の根付を取り上げた。これが本当に腐るほど持っていた。だが、驚いたことに、和尚はあの時の着物帯、巾着に下駄まで持っていたのだ。どれもみんなぼろぼろに草臥れてしまっているが、それでも捨てずに持っていたとは…。
真之介「ところで坊主。あ、いや、もう坊主何て言ってはいけないのでした。和尚
様」
和尚 「どうぞ、お気になさらずに」
真之介「さようか。まあ、こっちは侍になったことだし、少しくらいいいか」
和尚 「はい」
真之介「最近、何か変わったことはなかったか」
和尚 「そうですね。あ、そうそう、河童が一匹捕まっておりました」
真之介「うーん、で」
和尚 「一晩中木に括られていたようで、かわいそうなので縄を解いてやりました。
すると不敵にも人の言葉を真似しまして、ここはどこかと問うので、地獄の
一丁目だと答えてやりました。すると、転ぶ様にいずこかへ立ち去りました」
真之介「それは良いことをしたな」
和尚 「河童はあの後どうなったのでしょう」
真之介「なんだかんだで駕籠にのって帰って行ったそうだ」
和尚 「それはそれは」
真之介「ああ、うっかりするとこだった。これはな、さるお方から寄進である」
真之介は懐から金包みを取り出す。
和尚 「これはまた、大枚ではございませんか。ご奇特なことでありがとうござい
ます」
真之介「まあ、差し詰め、河童の恩返しと言うところだろ」
和尚 「はい、河童にも情が通じたようです」
真之介「ところで、つかぬことを聞くが、人の髪の毛と言うのは一月、一年でどれ
くらい伸びるものだろうか。あっ、これは坊主に聞いても詮ないことだっ
たか」
和尚 「いえいえ、個人差はありますが、大体一年に四寸(12センチ)くらい伸び
るそうです。そう、男の髷なら二年くらい…」
真之介「二年か…」
和尚 「旦那様は二年先のことを今からお考えですか。人は皆、明日のこともわか
らぬ身です。明日生きていると言う保証は、誰にもございません」
真之介「そうだな。いや、しかし、坊主がどうして髪の毛のことにそんなに詳しい
のだ」
和尚 「これも、いわゆる一つの無いものねだりにございます」
二人して笑った。
帰り道、やはり心の片隅に引っ掛かっていた。そんな自分の小心さが嫌だった。もう、二年先のことを思い煩うのは止めよう。明日のことは誰にもわからないのだから…。
そうなのだ。
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