第20話 陽はまた昇る 三

 後日、本田屋の弦太、壮太を除く、月夜の襲撃メンバーが何でも屋に集まった。弥助は持参した野菜をお澄に手渡す。


弥助 「姉さん、この間はごちそうになりました。こんなものしかありませんけ

   ど…」

お澄 「あら、まあ、これは新鮮な野菜じゃない。ありがとう」

弥助 「遅くなりましたが、旦那にもお持ちしました。こんなものですが、ほんの

   気持ちです」

真之介「それはすまんな。しかし弥助が元気そうで何よりだ」

弥助 「旦那のお陰です。あっ、皆さんのお陰です」

真之介「とにかく、みんなご苦労だったな。お陰でうまくいった」

仙吉 「今じゃ、江戸中、その話で持ちきりですからね」

万吉 「旦那。これがあいつらの刀や着物を売った金です。さすが、仁神のはいい

   ものばかりで、高く売れましたわ」

仙吉 「あの腰巾着二人の巾着の中身は時化しけてましたけど」

 

 普通、町人が刀を売りに来ることはない。そんなことをしたら、すぐに通報されてしまうが、何でも屋は売りさばくルートを知っている。

 真之介はその金の中から一両を弥助の前に置く。


真之介「ご苦労だったな。これで、お志乃の墓に花でも供えてやってくれ」

弥助 「えっ、あ、ありがとうございます。でも、これは頂けません。いえ、こん

   な金で花を供えたってお志乃ちゃん、喜びやしません。花は自分で稼いだ金

   で供えます」 

真之介「そうか…」

お澄 「さすがは弥助さん。はい、お茶、羊羹もどうぞ」

弥助 「こりゃ、どうも」

真之介「ところで、仁神のその後の様子とか、何かわかったか」

仙吉 「それがですね、旦那」


 仙吉が憂鬱そうな顔で言う。


仙吉 「とにかく、あの屋敷はしんと静まり返ってましてね。まあ、若殿は病気っ

   てことになってやすが、それ以外のことは、いくら聞いてもしゃべっちゃく

   れません。それこそ貝のように口をつぐんでまして。今度ばかりはまったく

   様子がわかりません。あれは相当脅されてるようですね」

真之介「あの二人は」

仙吉 「どうやら、まだ、屋敷にいるようですが、しかし、これで、あの若殿も少

   しは懲りたでしょうよ」

真之介「それならいいが。人はな、子供のうちならまだしも、大人になってからは

   そんなに変わるもんじゃない」

仙吉 「てぇっと、髪が伸びたら、またぞろ…」

真之介「その可能性もあると言うことだ。後は反省してくれることを願うのみ…」

万吉 「そん時はかわら版屋たき付けて、髪の毛が生え揃った強奪強姦魔がまた町

   をうろつき始めた、若い娘たちはすぐに隠れろって。連日、記事書かしてや

   りますよ」

真之介「その手もあったな」


 だが、今度狙われるとしたら誰でもない、この自分なのだ。もう、とっくに安行は気づいているはずだ。


弥助 「その時、俺に出来ることは何もないかもしれませんね」

真之介「お前はこれからもうまい野菜を作り続けてくれ。それでみんなが元気にな

   るんだ」

弥助 「はい。旦那、姉さん、忠助さん、万吉さん、仙吉さん。皆さん、本当にあ

   りがとうございました。弦太さん壮太さんにもよろしくお伝えください。明

   日、お志乃ちゃんの墓へ参ってきちんと報告してきます」

お澄 「弥助さん、いつかまたご飯食べに来てよ。そして、今度はたくさん食べ

   てってよ」

万吉 「そうだよ、弥助さん。俺達はこの通りの何でも屋だから、何かあったらい

   つでも言っちくれい。力になるからさ」

真之介「それじゃ、今度みんなで飲みに行くか。だが、ここにゃうわばみがいるか

   らなぁ」


 皆の視線はお澄に注がれる。


お澄 「何ですよ、旦那まで。私はもうそんなには飲みませんよ」

真之介「そう言うことらしいんで、いずれ声をかけるからな。元気で待ってろよ」

弥助 「はい、ありがとうございます…。これからは、もう、前を向いて生きてい

   きます」

お澄 「何かあったら、いつでもね」


 弥助は帰って行く。


真之介「じゃ、これはお澄に。酒代の足しにでもしてくれ」

お澄 「いいえ、もうそんなに飲みませんたら。でも、本当に私も結構です。本当

   に…」


 お澄は石を握りしめていた娘のことが思い出された。真之介もそれ以上は何も言わず、何でも屋を後にする。だが、治まらないのは仙吉だった。


仙吉 「何ですか、姉さんまで格好つけちゃって。折角の旦那の好意なのに…」

万吉 「さもしいことを言うねぃ。あんな金で酒飲んだって、うまくも何ともねえ

   や。逆に悪酔いすらあ」

仙吉 「まったまた、兄貴まで何格好つけてんです。今は誰もいないっしょ。なん

   だかんだ言ったって金は金じゃないすか」

万吉 「あの金はな、これから胡瓜になるんだ」

仙吉 「えっ、胡瓜?胡瓜って夏のもんだし、それに侍は胡瓜の切り口が葵の御紋

   に似てるからって、食わないんじゃ…。ねえ、旦那も今は侍でしょ。それが

   何で胡瓜なんかに」

万吉 「その後、米になるんだよ」

仙吉 「???」

お澄 「兄貴もたまにはいいこと言うねえ」

万吉 「たまとは何だ、たまとは。それより、俺たちゃここんとこ頑張ったんだ。

   それこそ、たまには精のつくもの食わせろ、妹」

お澄 「何さ、見張り番しただけじゃないのさ」

万吉 「違わぁ。あの気絶して力の抜けたやつの着物脱がすのって、やってみると

   これが結構大変なんだよう」

仙吉 「でも、兄貴。木に括りつけた後、あいつらの元結を切るときは興奮しやし

   たね。旦那が鋏持って来いと言ったときは、何に使うのかわかりませんでし

   たけど」

万吉 「そうよ、床屋でもない限り、人の元結を切るなんて、それこそ、たまにも

   ねえことよ」

仙吉 「でも、若殿の方は髷まで切ったんでしょ。どうせならこっちもばっさり行

   きゃよかったに」

万吉 「そこまでやってしまうと、あいつら生きていけねえだろ」

仙吉 「なるほど。でも、あの元結を切る時、手が震えて毛も少し切っちまったけ

   ど、どうせなら」

二人 「いっそ、全部切ってやりゃあよかった!わっはははははぁ」

お澄 「ふん、そんな面白い思いをしたんだからさ、それで十分じゃないかね」

万吉 「それとこれとは話は別」

お澄 「大して変わりないさ」

万吉 「それにしても今月、俺たち頑張ったよなあ」

仙吉 「ほんとほんと、姉さん、今月はかなりのもんでしょ」

お澄 「まあね」

万吉 「月の晦日にゃ、本田屋からがっぽり」

お澄 「がっぽりじゃなくて、適正価格」

万吉 「どうだが。欲張りすぎて旦那に愛想尽かされなきゃいいけど」

お澄 「うるさい!稼ぎはいい時もありゃ、悪い時もあんの。私ゃ、これでも経営

   者」

万吉 「いくら経営者でも、一人でやってる訳じゃなし。いい時には、ちょっとく

   らい…」


 仕方がないという感じでお澄は財布から小銭を取り出す。


万吉 「何でぃお前、これじゃ、かけ蕎麦しか食えねえじゃあねえか。鰻とは言わ

   ねえが、せめて天ぷら蕎麦くらい食わせろぃ」

仙吉 「天ぷら蕎麦、いいすねえ。稲荷付きで」


 お澄はさらに仕方ないという感じで金を追加する。最初から天ぷら蕎麦の額を出すより、小出しにした方がありがたみが増すというものだ。

 万吉が金に手を伸ばそうとした時、勢いよく戸が開き、かわら版を握りしめた拮平が駆け込んで来た。万吉はとっさに金を懐に入れる。それを仙吉も見ていた。


お澄 「おや、若旦那、一体どうなすったんですか」


 荒い息のまま、拮平はかわら版を投げるように置く。


拮平 「どうもこうもないよ!これは、この間のことだろ。ふん、何だい、侍が聞

   いて呆れらぁ。それに、お前たちまでなんだい。一緒になって、追いはぎと

   は恐れ入ったね」

万吉 「若旦那、何か悪い夢でも見たんですか。俺らならともかく、馬に食わせる

   ほど金持ってなさる真之介旦那が、追いはぎなんてみみっちいことやる訳な

   いでしょ。若旦那いつも言ってるじゃないですか、金の使い道に困って、侍

   になった真ちゃんて」

仙吉 「そうですよ。それにこれは第一報で、すでに続報が出てますよ。もうすぐ

   続々報も出るそうですよ。きちんと読めばわかりますよ」

拮平 「いや、しかし、あの月夜の晩…」

万吉 「いつの月夜の晩です。ここのところ、ずっと月夜なのに一緒に歩いてくれ

   る娘もいない俺達は、毎晩月を眺めながら、安酒かっ食らって、寂しく寝ま

   したとさ、なぁ」

仙吉 「そう、若旦那と違って俺たちときたら、聞くも涙語るも涙の物語~いよっ!

   ぺぺ、ぺんっ」

拮平 「うるさい!そんなことぁどうだっていいさ。俺は実際この目で見たんだから

   さ。ふん、いつもいつもそんなごまかしが通用すると思ってんのかい!」


 ここからはお澄の出番だった。


お澄 「まあ、若旦那。一体、どうなさったんですの。そんなんじゃ折角のいい男

   が台無しじゃないですか。そりゃ、この辺りでいい男と言えば、一番は真之

   介旦那ですけど、次ぎは白田屋の若旦那じゃないですか」

拮平 「ん、そうかい」

お澄 「そうですよ、あ、実は。この先に可愛い娘が越して来ましてね。あんまり

   可愛いんで、どんな男の人が好みなのって聞いてみたんですよ。そしたら、

   月並みだけど、明るくてよく食べる元気な人って。まあ、しっかりしたいい

   娘じゃないですか。何と言っても、男は元気が一番ですから」

拮平 「うん、そりゃあ…」

お澄 「だから、若旦那を紹介しようと思ってたんです、けどぅ」

拮平 「けど?」

お澄 「だって、今日の若旦那、顔色悪いし、有りもしないことを何とかかんと

   かって…。とても元気とは言えませんもの。それじゃ紹介できませんわ」

拮平 「い、いや、俺はいつも元気だよ」

お澄 「いいえ、その悩み深き、憂いに満ちたおやつれ顔。私だって悲しい…」

拮平 「そうかい、実は、色々あってねえ。ちょいと聞いてくれるかい」

お澄 「聞きますとも、いくらでも。でも、ここでは気がのりませんわァ」

万吉 「そうですよ。男は元気が一番。先ずは何かうまいものでも食って、顔色良

   くして、それからですよ」

仙吉 「若旦那、知ってます。この先に新しい鰻屋が出来たんですよ。これが大変

   な評判で、もう押すな押すなの畳半畳大繁盛ってんで。ここの鰻食ったら、

   元気もりもりになるそうですよ」

拮平 「もりもり、かい」

仙吉 「そう、もりもり」

お澄 「若旦那が元気になられたら、あの娘紹介しますわ」

拮平 「きっとだね」

お澄 「約束します」

万吉 「あ、早く行かなきゃ、鰻売れ切れちまいますよ」

拮平 「じゃ、行くか」

仙吉 「行きましょ行きましょ」


 拮平の気が変わらないうちにと、両側から挟みむように連れ出す万吉と仙吉だった。そして、お澄はいつものように隣に声をかける。


お澄 「お鹿さん、留守番お願いね。今日は土産買ってくるからさ」


 足取りも軽く三人を追いかけるお澄だった。








































































 





































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