第19話 陽はまた昇る 二

 仁神安行の片を付け、弥助を何でも屋まで送り届け、本田屋に戻ってきた弦太と壮太だった。裏口は開けておいてくれる手筈になっていた。だが、それを鶴七と亀七に見咎められてしまう。


鶴七 「何だい、お前たち。二人揃って朝帰りかい」

亀七 「ここんとこ、誰かさんたちより強いご浪人さんたちがいるからって、二人

   とも出歩いてばっかじゃないか」

鶴七 「お前たちは腕っ節が強いしか能がないのにさ。そんなに暇なら荷物運びで

   もしたらどうなんだい」

亀七 「これでも、私たちは毎日忙しい思いしてんだよ」


 壮太がむっとして何か言いそうなのを弦太が制す。


弦太 「まあまあ、私たちもたまには息抜きがしたかったもんで。それが、ちょい

   と、ついてましてね。どうです、今夜一杯。つまみも用意しておきますか

   ら。ねえ、いいでしょ」

亀七 「そ、そうかい。いや、どうする」

鶴七 「ま、そんなに言うんだったら、仕方ないか」

亀七 「その代わり、今回だけだよ」

鶴七 「そうだよ。何て立って、私たちはやさしいからさ」

弦太 「ええ、そりゃもう。では、今夜、待ってます」


 鶴亀コンビは去っていく。


お弓 「あら、二人とも帰ってたの」

弦太 「これはご新造様。ただ今戻りました」

お弓 「で、真之介さんのご用って」

弦太 「いえ、ここでは…」


 当りを窺いながら、お弓の部屋へ行く。そして、事のあらましを聞いたお弓は驚きの中にも安堵の表情を浮かべる。


お弓 「えっ、それ、本当なの…」

弦太 「いずれ、大騒ぎになるでしょう」

お弓 「そうだったの。そんなことが…。でも、みんな無事でよかった。本当にご

   苦労だったわね」


 と、お弓は二人に小遣いを渡すのだった。


壮太 「えっ、こんなに」


 壮太の細い目がさらに糸のようになる。


弦太 「ありがとうございます」

お弓 「いいから、ご飯を食べてゆっくり休んで、仕事もいいから」

壮太 「はい!」

弦太 「旦那様も近いうちにお見えになるそうです」

お弓 「そう…」


 一人になったお弓は心の底からほっとするとともに、ある種のやり切れなさに苛まれていた。

 真之介は今回も難題を解決した。それはお伸のためであり、感謝しているが、真之介は先妻の子。どうしても比較してしまう。

 お弓にも息子、善之助がいる。今は本田屋の主人という立場にあるのに、なぜか、仕事に身が入らない。かと言って、隣の拮平の様に遊び歩いているわけでもない。

 自分の息子なのに、さっぱりわからない…。


 一方のかわら版屋の繁次はまたしても何でも屋にいた。

 仁神安行の顛末を確認した後、牛川と猪山が括られているであろう所へひたすら走った。途中、若い男がよろけながらそれでも必死に走っているのに出くわすが、どうやら、それが白田屋の拮平らしいこともわかったが、今はそれどころではない。さらに、風呂敷包みを担いだ万吉と仙吉にも会う。二人が指さす方向へ全速力で走り、牛川と猪山の様子を確認すると、再度何でも屋にへ駆け込む。

 そこには興奮冷めやらぬ弥助もいた。


繁次 「だから、もっと詳しく教えてくれねえか」

お澄 「だから、見ての通り」


 万吉と仙吉に代わり、お澄が答える。


繁次 「だからよ、こんな思い切ったことをした動機が知りたいんだよ」

お澄 「それは言えない」

繁次 「だからさ、そんなこと言わないで。その動機くらい教えてよ」

お澄 「そんな、だからだからって言ってないで、早く帰ってお書きよ。江戸っ子

   は朝が早いんだ。ぐずぐずしてたら、よそのかわら版屋に嗅ぎつけられちまうよ」

----そうだ、先ずは一報を書かなくちゃ。

お澄 「何度も言うけど、旦那のことだけは書かないでよ。わかったね!」

繁次 「わかってるよ」


 と、何でも屋を後にした繁次は、これまた必死に原稿を書き、印刷に回せば、再度その足で何でも屋にやってきた。


繁次 「ねっ、お願い。だから、そこんとこ、もう少し詳しく」

お澄 「いいけど、只じゃないからね」

繁次 「えっ」

お澄 「うちは何でも屋です。夜中の押し掛け代も頂きますからさ」

繁次 「はいはい」

お澄 「返事は一回!」

繁次 「へい、お澄さん」


 そして、第一報が刷り上がれば繁次は売り子たちに口上も伝授した。


売り子「さあさあ、江戸っ子はやってくれたね。あの、極悪非道の旗本に天罰が

   下ったよ。身ぐるみ剥がれ、何と髷まで切られちまったと言うんだから、

   こりゃもう、たまげた、驚いた。どうしようもないったらありゃしない。

   二人の腰巾着もやられちまったと言う顛末を読んどくれ。あぁ、これ、実

   録ものだから。さあさ、買った買った」


 かわら版は飛ぶように売れた。

 だが、繁次は眠ることを忘れたかのように、尚も書き続ける。













































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