第13話 若者たち 三

 お澄が夕食の用意をしている頃、万吉と仙吉が帰ってきた。


お澄 「ちょっと早いけど、夕飯にしようよ。はい、尾頭付きだよ。こういう時

   は尾頭付きでなきゃあね」

万吉 「あれま。尾頭付きて言ってもさ、どうせメザシか干物だと思ったら、鯵

   の塩焼きと来たじゃない。お澄は旦那のこととなると気が利くなあ」

お澄 「悪いかい」

仙吉 「いえいえ、悪かぁござんせん。それにしても、今夜はごちそうじゃあない

   すか、姉さん」


 今夜の献立は、鯵の塩焼きに吸い物とこんにゃくとごぼうの煮物だった。タクワンと佃煮もある。


お澄 「だったら、早くお食べ。あら、弥助さん。遠慮しないで食べてよ」

万吉 「ひょっとして、弥助さん、緊張してる?」

弥助 「……」

万吉 「でもさ、食べとかないと、いざって時に力出ねえよ」

仙吉 「そっ、腹が減っては戦さが出来ない」

お澄 「さっ、食べてよ」

弥助 「はい、頂きます。姉さん、この煮物うまいです」

お澄 「ありがと。たくさん食べてと言いたいとこだけど、今夜はほどほどにね」

万吉 「そっ、食べなきゃいけないけど、食べ過ぎてもいけない。仙吉、食い過ぎ

   んな」

仙吉 「兄貴こそ、じゃなくて、姉さんは食べないんですか」

お澄 「わ、私は後で」

仙吉 「もしかして、姉さんも緊張してしたりして」

お澄 「どうして私が緊張すんのさ。私ゃ何もしないのに」

万吉 「心配すんなよ。俺たち、いや、強い用心棒が。いやいや、旦那は運の強い

   お方だから。大丈夫だよ」

弥助 「そうですよ。こうして皆さんいるじゃないですか」

お澄 「あら、よかった。弥助さんが元気になってくれて。心配させた甲斐があっ

   たと言うもんね」


 だが、万吉も仙吉も知っている。一番緊張しているのは他でもないお澄なのだ。心配はすれど、何も出来ない自分がもどかしいのだ。

 食事が終わり、持って行く物の確認も終えると、万吉が押入れから風呂敷包みを出して来る。中身は着物だった。


万吉 「さっ、弥助さんもこれに着替えて。その着物じゃ夜は目立つからさ」


 と、万吉と仙吉も着替え始める。だが、これには刃物の有無を調べる意味もあった。真之介から弥助には絶対刃物を持たせるなと念を押されていた。


弥助 「黒じゃないんですね」


 濃い焦げ茶色の着物を見て弥助が言った。


万吉 「よく黒装束とか言うけどさ、夜って暗いけど、黒いって訳じゃないよね。

   旦那が言うには黒って意外と明るい色なんだって。で、夜に一番目立たない

   のがこの色」

仙吉 「ああ、黒装束って、芝居用だから」


 支度は出来た。


お澄 「忘れ物ないかい」

万吉 「ないよ」

仙吉 「いざ、出陣じゃ」

お澄 「しっ、声が大きいよ」


 お澄に言われて「おう」と、仙吉が声を発し戸を開ければ、そこにいたのは。


仙吉 「うああぁぁ」

万吉 「何だい、この野郎。今、大きな声を出すなと言わればっかじゃないか。

   お化けが出たみたいな声出しやがって」

仙吉 「お化けの方がまだいい…」


 そこにはかわら版屋の繁次が立っていた。


繁次 「はあ、さすがだねえ。あれから、気になって気になってどうしようもねえ

   んで、何となく見当付けてやってきたら、まさにど真ん中のどんぴしゃよ。

   俺の勘も大したもんだね」

お澄 「なにこれ、一体何なのさ」

万吉 「いやさ、この野郎が昼間、用心棒の二人が帰るところを見た訳よ。その後

   に旦那、で、俺たちだろ。何かあるんじゃないかって。いや、俺たちは何も

   言ってねえぜ」

繁次 「そう、お澄さん。すべてはこの繁次さんの勘だから。で、これから、何や

   んの」

万吉 「見りゃわかるだろ。泥棒に行くんだよ」

仙吉 「女の子、盗みにね」

お澄 「いいよ。もう、こんなすっぽん野郎に目付けられたんじゃ、仕方ないわ」


 いざとなれば、女の方が肝が据わる。


お澄 「その代わり、旦那のことは書かないで」

繁次 「大丈夫だよ。俺もかわら屋の端くれだ。身バレするようなことは書かねえ

   よ。約束する」

万吉 「そうじゃなくて、その場に侍がいたと書くなってことだよ」

繁次 「わかった、その通りにする」

万吉 「いいか、侍のさの字も書くんじゃねえぞ。もし、書いたらそれこそタダ

   じゃ、いや、あの用心棒が黙ってねえぞ」

仙吉 「そうだよ。俺たちゃ大したことねえけど、あの二人は強えぞ」

万吉 「そんでよ、足腰、いや、箸も筆も持てねえようにされるからな」

仙吉 「そん時は、俺たちもお手伝いしましょうね、兄貴」

万吉 「ああ、決して手加減なさらないようにって」

繁次 「わかった、わかったよ。それは絶対に書かねえ。本当に約束するよ。で、

   そちらの人は?」

万吉 「ああ、旦那の知り合いでね、一緒に行く人だよ。これでいいだろ。これ

   で」

繁次 「う、うん、いいよ」

お澄 「ちょいと、もう、行かなきゃ」

繁次 「一つだけ聞かせてよ。何やるの」

万吉 「時間がねえんだ。ここまで来たなら、後は黙って付いて来い」

お澄 「さっ、行かなきゃ。みんな、頑張ってね」

 

 四人の後ろ姿はすぐに見えなくなった。月だけがやけに明るい。











































 





 

























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