第12話 若者たち 二

 犬も歩けば棒に当たると言うとか言うが、ここのところの繁次は石ころにも当たらない。

 事件など起きない方がいいと言われても、これだけ人がひしめいて暮していれば、何らかのトラブルがあるのに、それがここのところ、至って平和なのだ。

 そんな繁次の前方に野良犬がやったきた。犬が人を噛んでもニュースにはならないが、人が犬を噛めばニュースになる。


繁次 「おい、野良公。噛んでやろうか」


 犬もそんな気配を感じ取ったのか、すぐに繁次を避け、横道へと行ってしまう。


繁次 「ちぇっ、ついてねえなあ…」


 と、腐りながら歩いていれば、いつの間にか何でも屋の近くに来ていた。何でも屋の三人とは、減らず口を叩き合う仲だ。


繁次 「暇なんで、ちょいと、冷やかしてやるか」

 

 その時、何でも屋から若い二人の男が出て来た。それだけなら、それこそ何でもないことだが、それは思いがけない取り合わせだった。


繁次 「ん、あれは、あの大男は、本田屋のお伸様の用心棒じゃねえか」


 お伸の外出時には常に付き添っている二人だった。周囲からは護衛とか用心棒とか言われているが、普段は手代として働いている。そんな二人が揃って何でも屋から出て来た。

 本田屋ほどの大店になれば、植木屋や大工はもちろん、何かあっても人手は十分すぎるくらいに足りている。こんな小さな何でも屋に頼むことなどまずない。仮にあったとしても、そんなことは小僧でも使いに寄こせばいいだけのこと。ましてや、用心棒が二人してやって来るとは…。

 だが、何と今度は、真之介と下男の忠助が出て来た。

 真之介と万吉、お澄兄妹は子供の頃からの付き合いということは知っているが、この組み合わせは何だ…。


繁次 「これは何か、ありそでなさそでなくない」


 ここは是非にも、何でも屋に入らなくてはと思っていると、今度は万吉と仙吉が出て来た。それも、自分の方に向かって来たではないか。


繁次 「よう、これは何でも屋の兄さん方」

万吉 「おや、誰かと思えば、屋根屋のゲジさんじゃない」

仙吉 「あれ、今日は屋根登らないの」

繁次 「何だい、そりゃ。あのさ、いつも言ってるけどさ、俺は屋根屋じゃなく

   て、かわら版屋なの。それも名前も繁次だからよ」

万吉 「だから、今流行の短縮言葉で言ってあげてんじゃないの」

繁次 「それをやるなら、上の方でシゲさんとか言ってくれない。ゲジって言われ

   んの、気分よくないんで」

仙吉 「何を時代の先端を行ってる屋根屋さんが、そんな小さいこと、気にしない

   気にしない」

繁次 「気にするよ。いやいや、そんなことより、ちょいと聞かせてよ」

万吉 「何を」

仙吉 「これでも俺たち、忙しいの。貧乏暇なしってやつでさ」

繁次 「さっき、出て行ったの。あれ、本田屋のお嬢様の用心棒だよね」

万吉 「それが何か」

繁次 「何で、お嬢様付きの用心棒がやって来た訳。その後で旦那だよねえ。ちょ

   いと気になるんだけどさ、何か、面白いことでもあんの」

万吉 「あったらどうだって言うの」

繁次 「それ、教えてくれない」

万吉 「ああ、今度ね、皆で飲みに行く話」

繁次 「そんなことで、昼間っから集まるかい」

仙吉 「それが。旦那主催で大宴会やんの。その打ち合わせ」

万吉 「何なら、ゲジさんも来るかい。飛び入り参加ありよ。参加費一両」

繁次 「いいからさ、はぐらかさないでよ。ねえ、本当は何やろうとしてんの」

万吉 「あのさ、そんなこと聞いて、はいそうですって俺たちが教えるとでも思っ

   てんの」

仙吉 「そう、俺たちの口は石より堅いの」

万吉 「こんな仕事でも信用第一だからさ」

仙吉 「兄貴、早く行かないとかわい子ちゃんが待ちくたびれてやすよ」

万吉 「そうだった。チヨちゃん、今行くから待っててね」

仙吉 「じゃ、にゃあにゃあ。飲み会は本当だからさ」


 そそくさと立ち去ろうとする二人の背中に、繁次が言葉を投げかける。


繁次 「俺の勘によると、ちょっとヤバそうなことやんじゃねえの」


 それは単なるハッタリだっだが、一瞬、二人の背中に変化があったことを繁次は見逃さなかった。この何でも屋の二人、確かに口は固いが揺さぶりに弱いと見た。


繁次 「屋根、かわら版、なめんなよっ」

























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