第14話 若者たち 四  

 そして、ついにこの日がやって来た。


 安行はどれほどの思いで、この日を待っていたことだろうか。

 茶屋遊びは楽しく、蜜花はこの上なく美しく、また、自分に好意を寄せてくれている。あながち商売上の世辞とも思えない。さりとて、ふみを諦められられるものではない。欲しいものは欲しい。両方とも欲しい。それに、奪われて悔しがる者がいるとすれば、その喜びと達成感は頂点に達するだろう。


牛川 「烏が鵜の真似をしおって」

猪山 「ここまでして、ふみ様が欲しいとは」

牛川 「いや、この程度で、ふみ様を手に入れられると思うてか」

猪山 「では、思い知らせてやるとしよう」

牛川 「一番衝撃を受ける方法で」

猪山 「既に、若殿も。いや、我らは以心伝心でござる」


 牛川と猪山は安行が今は、ふみより蜜花を所望していると、真之介に吹き込み、油断させた結果…。


 その夜、安行は一人で屋敷を抜け出した。牛川と猪山が慌てて後を追ってくるが、そんなことはどうでもよかった。

 今夜こそ、今夜こそ、あの小賢しい真之介にひと泡もふた泡も吹かせてやる。いや、絶望のどん底に突き落としてやる。ちょっと金を握っただけの野郎が、武士の世界に土足で踏み込みおった。だが、世の中金がすべてではないことを思い知らせてやる。武士をなめるでない。まずは、ふみだ。絶対にあんな呉服屋風情に、ふみを取られてたまるものか…。


安行 「ふみ殿!」


 叫びながら、今まさに三三九度が執り行われようとしていた所へ勢いよく踏み込む安行だった。


安行 「ふみ殿!迎えに参った!」


 安行は、ふみの手をぐぃと引き、婚礼の席から花嫁を連れ出すことに成功した。

 思えば、この瞬間をどれほど夢見ていたことか…。

 それからは暗い道をひたすら走った。

 そして、もうここまで来れば大丈夫だ。いや、ふみも疲れていることだろうと走るのをやめた。ふみはうつむいたまま、座りこんでいる。


安行 「ふみ殿。あなたの隣に座るのは、あんな卑しい商人ではない。この私なの

   だ」


 そう言って、花嫁の肩に手を掛け振り向かせる。

 だが、あろうことか、花嫁は狐の面を被っていた。

 何かの間違いだと思い、安行は面を取るも、その下も狐の面だった。

 それも取り去るが、取っても取っても、狐の面ばかり…。


安行 「うわあ゛あ゛あ゛あ」


 思わず声を上げる。

 そして、自分の声で目が覚めた。

 屋敷で昼寝をしていたのだ。


安行 「いや!これは何かの間違い…」


 その時、牛川と猪山が入って来る。そして、嬉しそうに言う。


牛川 「若殿、そろそろお支度を」

猪山 「今夜も蜜花が待っております」

安行 「何か嫌な予感がする…」

牛川 「大丈夫です。あんな布売り風情に何が出来ると言うのです」

猪山 「そうです。我らが付いております。心配いりません」


 そうだ、やはり、蜜花にも会いたい…。

 

蜜花 「若殿。次は二人きりでお会いしたいですわ」


 やはり、来てよかった。ついに、蜜花が二人きりで会いたいと言った。江戸一番の芸者が…。

 

雪路 「次はお三人でお越しくださいませ」

糸路 「ご心配には及びません。すべてあちらに付けておきますから」

雪路 「そして、その後は…」

糸路 「二人して、ゆっくりと」


 牛川も猪山も天にも昇る心地だった。安行の警戒心も消えていた。



 














































 



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