第8話 好きは隙

 真之介は何でも屋にいた。ここしか仁神の情報を得る所はない。


真之介「だから、どんな人間にも弱点がある。何でもいいから、知ってること全部

    教えてくれ。たとえば、好きなこと。好きってことはな、強みでもあるが、

   一方では隙だらけの弱点なんだ。お前たち、好きな女の前で警戒するか。そ

   こに隙が生まれる。隙のない人間なんかいない。好きは隙なんだ」

万吉 「好きなことって。仁神の野郎の好きなことって、人のものを取ることです

   かね。また、取られた方は泣き寝入り。そんなのが隙になりますかねえ」


 仙吉はちょっと考え込んでいる。


仙吉 「あの、好きが隙なら、あんまり経験のないことも隙になりませんかね」

真之介「なる」

仙吉 「いや、これはね、嫌いな男はいないと思いますけど、誰でも気易く経験で

   きることじゃないんで」

真之介「それは何だ」

仙吉 「実はですね。あの仁神の大殿さま。昔、若殿がまだ子供の頃、芸者に入れ

   上げたそうなんです。それはもう、ヤバイくらい。そこで、奥方がぶち切

   れ、親戚中で大殿を吊るし上げた結果、芸者狂いは何とか治まったんですけ

   ど、治まらないのは奥方で、今でも芸者を毛嫌いしているそうです。そんな

   んで、若殿も茶屋遊びの経験があまりないそうです。まあ、金もかかること

   ですから、たまに出入りの商人に、たかるくらい」

真之介「言われてみりゃ、あんまり話は聞かねえなぁ」

万吉 「まさか。だから。町娘に…」

 

 母親が毛嫌いするので、芸者遊びにうつつを抜かすことはできない。その欲求不満のはけ口が町娘とは、何とも…。


仙吉 「ああ、それと、例の尾崎友之進様。まあ、これはあくまでも噂なんですけ

   ど、実はあのお方、大殿の隠し子って、それこそ噂なんですけど。でも、お

   旗本ですから、外に子が出来たところで何の問題もない筈なんですが、それ

   が丁度、芸者問題でごたごたしてた頃で、表沙汰にしにくかったんでしょう

   よ。そこで、家来が外に作った子どもにしたと言う、噂」

万吉 「えっ、じゃあ、あの尾崎って侍、ひょっとして?」

仙吉 「まあ、そう言うこと。でもさ、これがあながち噂とも言えないんですって

   さ。奥方と若殿が尾崎様には殊更きつく当たっていることからしても…」

万吉 「じゃ、大殿はやさしいとか」

仙吉 「これが、無視」

万吉 「親子して、ひでぇなあ」

 

 万吉が自分のことの様に憤慨している。


真之介「うむ…。じゃ、上にはどうなんだ」

仙吉 「上ってどこの上です?」

真之介「目上、上役とか。誰か弱い上役でもいないか」

万吉 「これね、面白いこと聞いたんですよ」


 万吉が仙吉をちら見してから言う。


真之介「どんなことだ」

万吉 「この若殿、侍のくせに大した役者だそうで。そりゃ、誰だってお偉いさん

   の前に行きゃ、言葉使いも態度も改まりますわさ。それがそんなもんじゃな

   いって。決して、お世辞やお追従並べ立てる訳でもなく、もう、打って変

   わって、声色まで変わって落ち着いてもっともらしいことを述べるんだそう

   です。だから、上役の方たちにはわりと評判が良くて、たまに若殿の町での

   所業が耳に入ったとしても。皆さん覚えがあるんでしょうね。若い時のやん

   ちゃくらいにしか思われてないんだそうです」

真之介「しかし、お前たち、よくそこまで調べられたなぁ。感心するわ」

万吉 「いえ、それが…。それを屋敷で皆を集めて自慢するんですって。俺って、

   かっけぇぇ!天才、役者だとか平気で言うそうです。とにかく相当の自信家

   ですよ。そんな若殿が一番手こずってるのが、あの、ふみ様。でも、それも

   もうすぐだって…」


 お澄が万吉を睨む。睨まれて、慌てて言葉を濁す万吉だった。


お澄 「旦那、隙、ありますか…」


 真之介より、お澄の方が深刻な顔つきになっていた。


----いや、どこかにある。隙のない人間などいない。ましてや、城の中にお住まいの方でもない。町を歩きなさる方だ…。


























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